氷の貴婦人

文字の大きさ
上 下
17 / 56
第二章 キースの寄宿学校生活

僕の事、少しでも好き?

しおりを挟む
 そういう返しが来るとは思わなかったので、困った。

「僕の事が嫌いだったのでしょうか」

「いいえ」

「じゃあ、少しは好き?」

 言ってしまってから、自分の言葉にぐさっとえぐられる。少しでも好きなら、こういう状況にはなっていないだろう。もう十一歳なので、それくらいはわかる。

 案の定、少しも考えずに言われた。

「いいえ」

「だったらなんで僕を産んだの?」

 流石にムカついて来て、少し涙目になりながら母をなじってしまった。こんな風に話すつもりはなかったのに、とっさに出た言葉だ。

 しかも陳腐なセリフで、それも恥ずかしい。こんな恥ずかしい思いをさせる母に腹が立つ。

「そうねえ、病気だったからかしら。
 まともだったら、自分を殺してでも、あなたが産まれないようにしていたわね」

 ぎょっとした。何て事を言い出すんだ。

 よっぽど驚いた顔をしていたのだろう。

「驚いた?もう帰ったほうがいいわ。そして、もう近つかないように。私はあなたの母じゃないって言ったでしょ。忘れてしまったのね」

 情けないことに、僕は座り込んでしまった。

「一体なぜそこまで嫌がるんですか?」

「嫌じゃないわよ……」

 そう言ったまま、しばらく考え込んでいる。

 そしてぱっと顔をあげると、驚いたように言った。

「私、あなたのことを憎んでいたのよ。勿論あなたの父親のこともね」

 驚きすぎると気持ちが平坦になるって本当だ。僕は立ち上がり、ズボンについた葉と土を払った。

「じゃあ、僕だってあなたのことを憎みます」

「そう。それは仕方無いわ。
 でも、私は初めてあなたに対して何か感じられて嬉しいわ。じゃあね」


 ◇ ◇ ◇


「そういう会話をしたのよ」


 ソフィは嬉しそうだ。

「楽しい会話には思えないけど、どのへんが嬉しいのかな」

「それはね、あの子を見て初めて感情が動いたの。前は見るたびに感情が消えてぼんやりしたのに。
 私、あの時感じたはずの憎しみに、蓋をしていたようだわ。やっとそれが出てきた。アトレーも姉もキースも憎い。でも、素敵な感情だわ」

「うん、僕もアトレーとマーシャは嫌いだ。一緒に悪口をいっぱい言おうよ」

「嬉しいわ。ニコラス。
 それにね、キースの事を憎んでいたと言った途端に、それが薄れていったの。それもすごくうれしいのよ」

 ニコラスはほっとして、チェリーパイを大きく一口フォークで切って、口に入れ、もう一口分をフォークに乗せて、ソフィの口元に差し出した。

「良かったよ。僕はキースの事は、悪く言いたくないもの」

 チェリーパイを飲み込んだソフィは、まずは、と言ってアトレーの嫌な思い出を話した。

「あの人ね、私の好きな花を、ちっとも覚えてくれなくて......」
 

 二人はどれだけ彼らの事が嫌いかを順番に話し、そのうちにそれは笑い話に変わっていった。



 家に帰り着いたキースは部屋に駆け込み泣いた。母に腹が立ったし、子供っぽい態度をとった自分も恥ずかしかった。

 自分は年齢より大人だと思っていたし、母ともっと冷静に恰好良く話ができると思っていたのだ。

 そしたら、もしかしたら僕に謝って仲良くなれるかも、なんてことも、チラっとだけ、本当にチラっとだけど思っていた。

 ひっくるめて、すごく腹立たしかった。

 枕に顔を押し当てて泣き、その後、ベッドに、バシバシと八つ当たりしていたら祖父母が、やって来た。

「どうしたんだいい。何があった?」

 いつも優しい祖父が心配そうな顔をしている。

 ずっと小さい時だったら、お母様がひどいの、と泣き付いただろう。いや、お母様という単語は僕には無かったから……

 そして、改めて思った。

 お母様と、本当に初めて話をしたのだ。

 すごい、と思い、なんだか嬉しくなってきた。そして落ち込んだ。何を喜んでいるんだ、僕は。


「何があったの。言ってご覧」

 心配そうな祖父母に、今日の初めての体験のことを話した。

 自分の行動力を自慢したり、母の言葉に怒ったり、ちょっと笑ったり、涙ぐんだりと忙しかったけど、全部話し終えるとスッキリした。

 祖父母は、まあ、とか、おお、とかしか言わずに聞いていてくれた。

 叱られると思っていたので、実は驚いてもいた。絶対に近付いては駄目と、ずっと言われて来たことを破ったのだから。


「ソフィがお前と話をしてくれるとは驚いたな」

 祖父の第一声はそれ。
 驚くのがそこなのに驚いた。普通、憎んでいた、辺りに行くでしょ。

 祖母も、驚いたわね、と相槌を打っている。そこまで拒絶されていたの? だろうな。

 祖母が更に驚くことを言う。

「私ね、ずっと考えていたの。彼女の放心状態は出産後に治ったでしょ。
 本能が赤ん坊を守ったのじゃあないかと思うの。
 彼女が言った通り、もし正気だったらあなたは産まれていなかったと思う」

 祖父が、そこまでは……と言いかけたが、遮ってきっぱり言う。

「私も、きっとそうするわ」

 いつも優しい祖母の瞳がギラついている。すごく怖い。

 思わず祖父に近寄ると、祖父も一歩近寄ってきていたので、二人でくっくような感じになった。
しおりを挟む
感想 266

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

婚約者の恋人

クマ三郎@書籍発売中
恋愛
 王家の血を引くアルヴィア公爵家の娘シルフィーラ。  何不自由ない生活。家族からの溢れる愛に包まれながら、彼女は社交界の華として美しく成長した。  そんな彼女の元に縁談が持ち上がった。相手は北の辺境伯フェリクス・ベルクール。今までシルフィーラを手放したがらなかった家族もこの縁談に賛成をした。  いつかは誰かの元へ嫁がなければならない身。それならば家族の祝福してくれる方の元へ嫁ごう。シルフィーラはやがて訪れるであろう幸せに満ちた日々を想像しながらベルクール辺境伯領へと向かったのだった。  しかしそこで彼女を待っていたのは自分に無関心なフェリクスと、病弱な身体故に静養と称し彼の元に身を寄せる従兄妹のローゼリアだった……

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

痛みは教えてくれない

河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。 マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。 別サイトにも掲載しております。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

処理中です...