氷の貴婦人

洗礼式の朝

　やはり離婚が一番だろう。今度はもっと本気で友と話し合おうとグレッグは決めた。

　そこに乳母に伴われキースがやって来た。伯爵夫妻も一緒だ。

「おはようございます。お母様」

　キースがソフィを見て駆け寄り、嬉しそうに挨拶する。そのうれしそうな様子と、天使のような愛らしさから、叔父の自分でも顔がだらしくなるが、ソフィには何の効果も無いようだった

　ソフィはキースがそれ以上近寄らないよう手で制し、きっぱりと言った。

「私はあなたのお母様ではないの。だからこれからは、そう呼ぶのはお止めなさい」

　この言葉にはグレッグも驚いた。

「ソフィ、それは、あんまりなのじゃないか」

　グレッグの方を振り向いてから、背筋を伸ばして周りを取り囲む人々を見回した。

「今後のこの子供の幸せのためには、そのほうがいいと思うの。
　洗礼式を節目として、ちゃんと線引きしましょう。伯爵夫妻、お認めいただけませんか」

「どうして、と言っても無駄なんだな」

　キースを乳母のもとに戻らせ、少し離れるよう指示してから話し始めた。

「はい、私も母を慕っておりますので、あの子供の気持ちはわかります。
　努力はしたのです。せめて花や本や星が好きなようにでも関心を持てないかと。

　駄目でした。これからもっとアトレー様に似たら、この子を見て吐くかもしれないのです。罪のない子供を不幸にしたくはありません。今の内に関係を整理したほうがいいと思います」

　伯爵達も内心考えていたことだった。そろそろ決めないといけない。

「最後に子供に謝らせてもらえませんか」

　キースがソフィの前に連れてこられた。触れるほど近くに寄ったのは初めてで、戸惑いながらも嬉しそうにしている。

　ソフィはキースの前に膝を突いた。

「キース、心の弱い私が悪いの。ごめんなさいね。皆に可愛がられて幸せになってちょうだい」

　キースがソフィに腕を伸ばしたが、ソフィはそれを無視して立ち去った。

　伯爵夫妻と使用人達は、病気のせいだと理解してはいたが、感情が納得していなかった。腹が立ったり悔しかったり悲しかったりと混乱して、気持ちの持って行きどころが無かった。

　しかし、どうとも出来ない。それに、使用人の内輪の賭け事で、もう少し成長したキースを見て吐く方に、５割くらいが賭けていた。



　教会に着くと、既にランス伯爵家の一行が着いていた。めでたい日なのに、両親は、なぜか落ち着かなげだ。
　母がソフィの方にやって来て、袖を引いた。

「ちょっと、向こうで話さない？　聞きたいことがあるのよ」

　そう言われ、教会の庭の、人気のない隅に歩いて行ってから、こう切り出された。
　
「今朝、子爵夫妻がマイクを連れて家に来たの。今まで友人宅を泊って回っていたのよ。今日から一週間我が家に滞在するの。それで、私達も今朝初めてマイクを見たの」

　そう言ってから息を整えた。

「マーシャの産んだ子供の事、ソフィは初めて見るのよね」

「ええ、そうよ」

「あのね、キースと似ている気がするのよ」

「そうね。そっくりね。双子みたい」

　母はそっけなく言うソフィの手を取り、軽く揺すった。

「あなたは、もしかして知っていたの？」

「ええ、知っていたわ。結婚式の二日前にまぐわっている二人を見たわ」

　母が口を手で押さえた。その時の子なのね、と言った。
　きっとそうなのだろう。

「そうね、二人の永遠の愛の結晶ね」

　母は、泣かないソフィの代わりに、ソフィの体を抱いて泣いた。


　洗礼式が始まり、子供達が通路の中央に出て並んでいる。

　一人ずつ順に前に出て、洗礼を受けていく。生まれた日の順なので、二人は前後して並んでいた。
　マックスがキースの前にいる。

　余りにも似ているし、前後して並んでいるので、係の人間がキースと姉の子供を、双子の兄弟だと勘違いしたようで、二人を一緒に神父の前に進ませた。
　
「かわいい双子だね。お名前を言えるかな？」

「キース・ゲートです」

「マックス・サウザンです」

「双子じゃあないんだ。それじゃあ、二人は親戚かな？」

「ううん、知らない子だよ」

「僕も、初めて会った」

　これはまずいのかもしれない、と神父は思った。
　それで、そそくさと洗礼を授け、二人を王と王太子の元に回した。