4 / 56
感情が麻痺してしまった花嫁
しおりを挟む
言うべき言葉が無かった。
両親も、これは、物慣れないから、とかのレベルではないと驚いていた。
しかも、助けを呼ぶ声に、ドアの前まで行っておきながら、無視してしまった。なんだか、すごい罪悪感を感じる。
「食事をこの二日間、まともにとっていない。とにかく何か食べなさい」
そう言われてソフィは素直にスプーンを手にし、スープを飲み始めた。
「君の気持に気付かず、無理をさせてしまい悪かった」
そう言いながら、アトレーが優しく彼女のほほを擦った途端、ソフィが吐いた。
使用人たちは悟った。本当に吐くほど嫌なのだ。物のたとえとか、嫌味で吐き気がすると言ったのではないのだ。
そう感じ取り、罪悪感にかられた使用人達の動きは素早い。タオルやバケツが持ち込まれ、食卓は瞬く間にきれいに片付けられた。
そして侍従長が、伯爵夫妻と、アトレーに、医者を呼ぶかどうかを訪ねた。
診察をした後、医者は三人に言った。
「強いストレスを抱えているようですね。よほどショックな事があったのでしょう。今は現実を受け止め切れていない状況だと思います。しばらく、静養させた方がいいでしょう。ストレスの元に心辺りは有りますか?」
あ~、とか、う~ん、とか言いながらも、言葉が出なかった。
アトレーが答えた。
「私が触ると吐き気がするそうです。何で急にそうなったのか、全くわかりません。今日は結婚して、たった二日目です」
医師はしばらく何かを考えていたが、少し言いにくそうにこう言った。
「意に染まぬ結婚で、うつ状態になる女性はいます。そういう結婚だったのであれば、慎重に様子を見て行かないと、自殺まで進む場合もあります」
三人共、そんなはずはない、彼女もこの結婚を楽しみにしていたのだと口々に力説した。言いながらも、死にたいと言っていた言葉が頭の隅をかすめる。
「それでしたら、こんな状態にはならないはずなのですがね。
では、様子を見るしかありません。アトレー様に触られると吐き気がするなら、落ち着くまでは、顔を合わせないようにしてください」
そんな、と情けない顔で言うアトレーを医師は慰めた。
一週間後にまた来ます。一時のものであれば、そのころには普通の状態に戻っているでしょう。結婚式の疲れも取れているはずですからね。そう言って、帰って行った。
アトレーは呆然としていた。
今まで女性に拒まれたことが無かったし、それも吐くほど嫌だとは。
彼は初夜にソフィを抱き、彼女の初々しさと、抗うかわいらしい姿に、すっかり虜になっていた。体も思っていたよりずっと豊満で、抱き心地がよく、自分でも驚くほど彼女におぼれていたのだ。
昨晩、逃げたソフィを捕まえるのも興奮した。彼女が本気で嫌がっているなどと考えもしなかったので、刺激的で楽しいとさえ思っていたのだ。
たった二日間でお預けをくらうのは、彼女を知らなかった時よりもずっときつかった。何がいけなかったのだろう、と考え込んでしまった。
結局一週間しても状態は変わらず、医師からは、感情が麻痺している状態だと告げられた。なにか、大きく心が動くことが起これば、元に戻るかもしれないと言う。
そして、アトレーが彼女に接近するのは、勧められないとも言われた。
そんな状態のまま過ごして一か月たった頃、サイラス殿下から、お茶の誘いがあった。新婚の二人の話を聞きたいそうだ。
これがきっかけで、元に戻るかもしれないと思い、誘いを受けた。
当日は良い天気だったので、庭園のパーゴラでのお茶会になった。暖かく、花が咲き乱れ、蝶が舞っている。
パーゴラの日陰で飲むお茶は美味しかった。
「結婚前のお茶会から二か月ほどかな。ソフィ嬢はソフィ夫人になって雰囲気が変わったね。なんだかすごく落ち着いたね」
「ありがとうございます」
サイラスは、ソフィの変わりようを不思議に思っていた。いくら結婚して落ち着いたからと言って、これはおかしいだろう。あの朗らかでかわいらしい性格の女性が、こんなに静かな冷たい雰囲気を纏うようになるなんて。
ローラ妃も同感だった。いったい何があったのだろう。
アトレーの事が大好きで、彼の話を熱心に聞き、じっと見つめていた女性が、今はカップしか見ていない。私達二人に関しても、ほとんど関心が無いように見える。
いくら何でも、変わりすぎだ。
サイラスがローラに、庭を案内してあげてと言って、二人を庭園の散歩に送り出した。
そして、アトレーに聞いた。
「一体何があったんだ」
「それが、私にもわからないのです。
結婚式の次の日から、ああなってしまって。ストレスで感情が希薄になっているそうです。何か感動するようなことがあれば、戻るかもしれないと言われているので、本日はそれを期待していました。前回はすごく楽しそうでしたから、それを思い出してくれるかと」
「それは、大変なことだが、ストレスとは一体何の?」
言いたくなかったので、お茶を飲む振りをして言葉を濁した。
両親も、これは、物慣れないから、とかのレベルではないと驚いていた。
しかも、助けを呼ぶ声に、ドアの前まで行っておきながら、無視してしまった。なんだか、すごい罪悪感を感じる。
「食事をこの二日間、まともにとっていない。とにかく何か食べなさい」
そう言われてソフィは素直にスプーンを手にし、スープを飲み始めた。
「君の気持に気付かず、無理をさせてしまい悪かった」
そう言いながら、アトレーが優しく彼女のほほを擦った途端、ソフィが吐いた。
使用人たちは悟った。本当に吐くほど嫌なのだ。物のたとえとか、嫌味で吐き気がすると言ったのではないのだ。
そう感じ取り、罪悪感にかられた使用人達の動きは素早い。タオルやバケツが持ち込まれ、食卓は瞬く間にきれいに片付けられた。
そして侍従長が、伯爵夫妻と、アトレーに、医者を呼ぶかどうかを訪ねた。
診察をした後、医者は三人に言った。
「強いストレスを抱えているようですね。よほどショックな事があったのでしょう。今は現実を受け止め切れていない状況だと思います。しばらく、静養させた方がいいでしょう。ストレスの元に心辺りは有りますか?」
あ~、とか、う~ん、とか言いながらも、言葉が出なかった。
アトレーが答えた。
「私が触ると吐き気がするそうです。何で急にそうなったのか、全くわかりません。今日は結婚して、たった二日目です」
医師はしばらく何かを考えていたが、少し言いにくそうにこう言った。
「意に染まぬ結婚で、うつ状態になる女性はいます。そういう結婚だったのであれば、慎重に様子を見て行かないと、自殺まで進む場合もあります」
三人共、そんなはずはない、彼女もこの結婚を楽しみにしていたのだと口々に力説した。言いながらも、死にたいと言っていた言葉が頭の隅をかすめる。
「それでしたら、こんな状態にはならないはずなのですがね。
では、様子を見るしかありません。アトレー様に触られると吐き気がするなら、落ち着くまでは、顔を合わせないようにしてください」
そんな、と情けない顔で言うアトレーを医師は慰めた。
一週間後にまた来ます。一時のものであれば、そのころには普通の状態に戻っているでしょう。結婚式の疲れも取れているはずですからね。そう言って、帰って行った。
アトレーは呆然としていた。
今まで女性に拒まれたことが無かったし、それも吐くほど嫌だとは。
彼は初夜にソフィを抱き、彼女の初々しさと、抗うかわいらしい姿に、すっかり虜になっていた。体も思っていたよりずっと豊満で、抱き心地がよく、自分でも驚くほど彼女におぼれていたのだ。
昨晩、逃げたソフィを捕まえるのも興奮した。彼女が本気で嫌がっているなどと考えもしなかったので、刺激的で楽しいとさえ思っていたのだ。
たった二日間でお預けをくらうのは、彼女を知らなかった時よりもずっときつかった。何がいけなかったのだろう、と考え込んでしまった。
結局一週間しても状態は変わらず、医師からは、感情が麻痺している状態だと告げられた。なにか、大きく心が動くことが起これば、元に戻るかもしれないと言う。
そして、アトレーが彼女に接近するのは、勧められないとも言われた。
そんな状態のまま過ごして一か月たった頃、サイラス殿下から、お茶の誘いがあった。新婚の二人の話を聞きたいそうだ。
これがきっかけで、元に戻るかもしれないと思い、誘いを受けた。
当日は良い天気だったので、庭園のパーゴラでのお茶会になった。暖かく、花が咲き乱れ、蝶が舞っている。
パーゴラの日陰で飲むお茶は美味しかった。
「結婚前のお茶会から二か月ほどかな。ソフィ嬢はソフィ夫人になって雰囲気が変わったね。なんだかすごく落ち着いたね」
「ありがとうございます」
サイラスは、ソフィの変わりようを不思議に思っていた。いくら結婚して落ち着いたからと言って、これはおかしいだろう。あの朗らかでかわいらしい性格の女性が、こんなに静かな冷たい雰囲気を纏うようになるなんて。
ローラ妃も同感だった。いったい何があったのだろう。
アトレーの事が大好きで、彼の話を熱心に聞き、じっと見つめていた女性が、今はカップしか見ていない。私達二人に関しても、ほとんど関心が無いように見える。
いくら何でも、変わりすぎだ。
サイラスがローラに、庭を案内してあげてと言って、二人を庭園の散歩に送り出した。
そして、アトレーに聞いた。
「一体何があったんだ」
「それが、私にもわからないのです。
結婚式の次の日から、ああなってしまって。ストレスで感情が希薄になっているそうです。何か感動するようなことがあれば、戻るかもしれないと言われているので、本日はそれを期待していました。前回はすごく楽しそうでしたから、それを思い出してくれるかと」
「それは、大変なことだが、ストレスとは一体何の?」
言いたくなかったので、お茶を飲む振りをして言葉を濁した。
1,500
お気に入りに追加
5,180
あなたにおすすめの小説
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?
なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」
顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される
大きな傷跡は残るだろう
キズモノのとなった私はもう要らないようだ
そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ
そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった
このキズの謎を知ったとき
アルベルト王子は永遠に後悔する事となる
永遠の後悔と
永遠の愛が生まれた日の物語
結婚式後に「爵位を継いだら直ぐに離婚する。お前とは寝室は共にしない!」と宣言されました
山葵
恋愛
結婚式が終わり、披露宴が始まる前に夫になったブランドから「これで父上の命令は守った。だが、これからは俺の好きにさせて貰う。お前とは寝室を共にする事はない。俺には愛する女がいるんだ。父上から早く爵位を譲って貰い、お前とは離婚する。お前もそのつもりでいてくれ」
確かに私達の結婚は政略結婚。
2人の間に恋愛感情は無いけれど、ブランド様に嫁ぐいじょう夫婦として寄り添い共に頑張って行ければと思っていたが…その必要も無い様だ。
ならば私も好きにさせて貰おう!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる