話し相手

糸子(イトコ)

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相談

古い鍵

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「いらっしゃいませ。」
「マスター」
「おや、ずいぶん見かけませんでしたが、なにかあったのですか?」
「それを聞くのは野暮ってもんだ。」
「さようですか。」

サイレプトリー
とても渋いおじいさんは鍵を持っていた。
「あんた、いろんなこと知ってんだろ。」
そういうとおじいさんはその鍵を差し出した。
「これは、部屋を片付けたときに出てきたもんだ。ある程度、なんの鍵かわかるか?そっと持てよ。結構脆いんだ。」
マスターは白い手袋のまま鍵を持ち、観察した。
「ん~…なかなかおもしろいですね。」
「ん?なにがわかった。」
「これ、鍵は鍵でも、思った使い道はしないでしょう。多分、どこかにはめ込んで解錠するタイプです。」
おじいさんは大きくため息をついた。
「はぁ~それくらいはわかっとる。鍵としてはありえん形をしてるのは見てわかる。」
「それくらいですね。」
「そうか…マスター。いつものじゃない。なにか、落ち着けるおすすめをくれ。」
「かしこまりました。」
マスターはゆっくり鍵を置き、紫に輝くカクテルを出した。
「…妻の…妻の好きな果物は、ぶどうだったな。」
おじいさんは一口飲んだ。
「また、別のところに行って、調べてもらうかな。」
そう言って鍵を持ったとき、ある景色と声聞こえた。
…「あの人の帰ってこないうちに、隠しときましょ。うふふ。きっと涙が絶えないわ~!」
「これは…」
…「けほっ…けほっ…もう、長くもないし。これくらい良いでしょ?」
「まさか…」
…「手紙はどうしようかしら?あの金庫、どこに置きましょうか?…この鍵は…持っておきましょう。」
「あぁ…」
…「一…度…か…らせ…て…まだ…書きたい…こと…が…」
「あぁ…そういうことだったのか…」
家の和室、庭、病院…
「何が見えました?」
「妻だ…死んだはずの妻が…」
「その鍵…何でした?」
「妻が…もうじき死ぬことを悟り…わたしに手紙を書いて金庫に入れた…その鍵だ…」
おじいさんは涙目になって、目の前のカクテルを飲み干した。
…「あの人、泣いてくれるかしら…」
おじいさんは「後で来る」と言い残し、去っていった。
…4時間後
「いらっしゃ…あぁ。あなたですか。ダンディなお顔が、涙で崩れてますよ。」
「ええんじゃ…ええんじゃ…そんなことどおでもよい…これを見てくれ!」
おじいさんは席に座り、手紙を差し出した。
「…」
マスターは白い手袋で手紙を持ち、広げて読んだ。
「…ふむ…とても物好きな奥様だったのですね。「あなたの嬉し涙を見れずに残念だ」と。」
「あいつは…あいつは…うぅ…あいつは小説家でな。いろんな興味あることないこと何でも知ろうとして、いろんなところに首を突っ込むやつだった。おばあになってもいろんなことを見て聞いて…でも…そんなとこがいいと思っておった。そんなやつの…最後に見たかったのが…わたしの嬉し涙なぞ…この鍵も…だいぶ前から考えとったんじゃないか…」
「さっきと同じの、もう一度飲みますか?」
「頼む。今は酔いたい気分だ。アルコール強めで。」
「かしこまりました。」
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