31 / 45
終章.嘘つきたちの本音。
01.二度と来ない今日の始まり
しおりを挟む☽・:*
それがいつだったのか、細かい日にちは覚えていない。
セキのことをあまり知らなかった頃で、代替──代理品の関係になって間もなくだったのは間違いない。
そして、真冬だったのは、確か。
珍しく早朝覚醒をしたわたしは、隣で静かな寝息を立てている男のぬくもりから、密やかに抜け出して脱ぎ散らかした部屋着を身につけて、静かにカーテンを開けた。
そしてまだ暗いベランダへ出た。つっかけは冷たいし、数分もしないうちに鼻の頭が冷たくなったし、せめて厚手のカーディガンを着るか毛布を奪ってくるんだと、ちょっぴり後悔をした。吐く息も白かったから、そういう季節だった。
真っ暗な天蓋には3つ4つ、それくらいしか星がない。
この寂しい夜空がわたしの知る夜の空だ。天体に興味を持っておらず、野外学習の空をろくすっぽ覚えていないわたしには、いつか行きたいグラストンベリーや憧れのイーハトーブの夜空は、ネットの向こうの世界だ。
「こんなところにいたの?」
カーディガンを着て、さらに毛布を肩にかけた眠たそうなセキは、来てそうそうにタバコにシュボッとオイルライターで火をつける。オイルの焼けた臭いとタバコの臭いがわたしを不快にさせるが、セキはまったく気にしていない。寒さのせいで、吐いた紫煙は息より真っ白だった。
「こっちの夜の空は寂しいね」
わたしが感じていたことをセキが口にすると、まるで詩のようだった。低いのによく通る声をしているから?
「渡米してしばらくは、へんぴな田舎にいたんだよ。なにもない乾燥したところだったけれど、広い夜空にはわけがわからないくらい星があったんだ」
セキが吐いた言葉と紫煙は、寂しい夜へ掻き消える。
アメリカのド田舎がどんなところか、日本の都会の片田舎から出たことがないわたしには、想像がうまくつかない。あまり洋画を嗜んでいないのもある。
それでもわたしが適当な相づちを打たないから、セキはタバコを吸いながら話を続ける。
「すごい田舎だったからね。ニホンジンってだけでイジメのタゲにされるんだよ。いくら祖父母が日系アメリカ人でも。新参者だったのも手伝ってさ。よく泣いてたからね、おもしろかったんだろう。……ビデオ通話で譲によく泣きついてたよ」
お兄ちゃんは頼れる兄貴分だったと、セキは告白した。その思いが友情ではなく、一方的な愛情に変わるのに時間はかからなかった、とも。
「まさか自分が好きになった人が同性だとは思わなくて、初めの頃はずいぶん戸惑ったよ」そう、困ったように過去を懐かしみ静かに笑った。
「譲と話す時は、いつも真夜中だったんだ。ときめいて眠れなくてね、窓から屋根に登ってぼけっと夜空を眺めていたんだよ。小さな流れ星も見える真夜中、ずっと空を見ているとね、ひとりで宇宙に放り込まれた感じがするんだ。怖いんだけど、でも、ひとりになりたくて、ただ空を見上げていたよ」
宇宙に放り込まれた感じとは、プラネタリウムを独り占めしているような感じだろうか? プラネタリウム自体、小学生の校外学習以来行ってなくて、よくわからない。
「セキはひとりだったの? 心の中にお兄ちゃんがいたのに?」
「……いつも孤独だったよ。報われないのはわかってたからね。譲に想いが知られてしまうくらいなら、いっそ死んだほうがいいって、あの頃は悩んでたんだ」
思春期ならではの悩みというやつだろうか?
「お兄ちゃん以外を好きになろうとした時期があったから気持ち的にわからなくはないけど、死んだほうがいいなんて考えたことないよ。この先、死のうだなんて悩んだら殴ってあげる」
「……はは、キユは強いね」
「ふん」
真夜中が終わる前の真っ暗な空に変わる。東の端から紫に縁取られた朝の始まりをセキは静かに見つめていた。
真夜中が後退していくように、朝焼けが空を紫から赤、赤から橙へ、まばたきを惜しむスピードで刻一刻と変わっていく。天体ショーのマジックアワー。
宇宙ステーションでは見飽きると聞く、地球に朝日が差し込む景色。日頃はギリギリまで寝ているわたしにとっては、魔法ではなく、奇跡のような風景だ。
こんな都会の片田舎でも朝は……なんて美しいのだろう!
「キユ。寒いよ。風邪ひいちゃう」
いつの間にかタバコを吸い終わっていたセキが、わたしを背後から抱きしめて毛布で包む。タバコ臭いのに抗議するよう、ベランダ用のつっかけを脱いでセキのふわふわのスリッパの上に足を乗せた。
「ほら、キユ。髪もほっぺたもこんなに冷たい」
シャープな頬がわたしの頬や首筋にぴたっとくっつく。くすぐったいけれど、わたしとセキはそんな甘えた関係じゃない。ただの代替品だ。そして、恋敵でも主婦の座を巡るライバルでもある。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
交際0日。湖月夫婦の恋愛模様
なかむ楽
恋愛
「いらっしゃいませ」
「結婚してください」
「はい。いいですよ。……ん?」
<パンののぞえ>のレジに立つ元看板娘・藍(30)の前にやって来たのは、噂では売れない画家で常連客の舜太郎(36)だった。
気前よく電撃結婚をした藍を新居で待っていたのは、スランプ中の日本画家・舜日(本名・湖月舜太郎)との新婚生活だった。
超がつく豪邸で穏やかで癒される新婚生活を送るうちに、藍は舜太郎に惹かれていく。夜の相性も抜群だった。
ある日藍は、ひとりで舜太郎の仕事場に行くと、未発表の美しい女性ただ一人を描き続けた絵を見つけてしまった。絵に嫉妬する。そして自分の気持ちに気がついた藍は……。(✦1章 湖月夫婦の恋愛模様✦
2章 湖月夫婦の問題解決
✦07✦深い傷を癒して。愛しい人。
身も心も両思いになった藍は、元カレと偶然再会(ストーキング)し「やり直さないか」と言われるが──
藍は舜太郎に元カレとのトラブルで会社を退職した過去を話す。嫉妬する舜太郎と忘れさせてほしい藍の夜は
✦08✦嵐:愛情表現が斜め上では?
突如やって来た舜太郎の祖母・花蓮から「子を作るまで嫁じゃない!」と言われてしまい?
花蓮に振り回される藍と、藍不足の舜太郎。声を殺して……?
✦09✦恋人以上、夫婦以上です。
藍は花蓮の紹介で、舜太郎が筆を折りかけた原因を作った師匠に会いに行き、その真実を知る。
そして、迎えた個展では藍が取った行動で、夫婦の絆がより深くなり……<一部完結>
✦直感で結婚した相性抜群らぶらぶ夫婦✦
2023年第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援ありがとうございました!
⚠えっちが書きたくて(動機)書いたのでえっちしかしてません
⚠あらすじやタグで自衛してください
→番外編③に剃毛ぷれいがありますので苦手な方は回れ右でお願いします
誤字報告ありがとうございます!大変助かります汗
誤字修正などは適宜対応
一旦完結後は各エピソード追加します。完結まで毎日22時に2話ずつ予約投稿します
予告なしでRシーンあります
よろしくお願いします(一旦完結48話
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉
濘-NEI-
恋愛
友人の授かり婚により、ルームシェアを続けられなくなった香澄は、独りぼっちの寂しさを誤魔化すように一人で食事に行った店で、イケオジと出会って甘い一夜を過ごす。
一晩限りのオトナの夜が忘れならない中、従姉妹のツテで決まった引越し先に、再会するはずもない彼が居て、奇妙な同居が始まる予感!
◆Rシーンには※印
ヒーロー視点には⭐︎印をつけておきます
◎この作品はエブリスタさん、pixivさんでも公開しています
【R18】嘘がバレたら別れが待っている
鈴元 香奈
恋愛
同棲相手のDVに耐えかねて逃げ出した凪。二十三歳の女性だが、髪を切られたので短めに整えると少年のようになってしまった。
そんな凪が傷心のまま訪れた知らない街で、病的に女性を怖がる男性を助けたことにより、十六歳の少年だと偽りその男性のところに同居することになった。
本編完結しました。SSを投稿します。
R18表現があります。18歳未満の方は閲覧を控えてください。
ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。
表紙はフリー素材をお借りしています。
周りの女子に自分のおしっこを転送できる能力を得たので女子のお漏らしを堪能しようと思います
赤髪命
大衆娯楽
中学二年生の杉本 翔は、ある日突然、女神と名乗る女性から、女子に自分のおしっこを転送する能力を貰った。
「これで女子のお漏らし見放題じゃねーか!」
果たして上手くいくのだろうか。
※雑ですが許してください(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる