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8、番外編(年齢、時列ばらばら)
8-3-01.八千代17歳、菊華23歳─晩秋①
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【土曜日の秘密】
土曜日の午後。菊華は、引っ越しをした友人である遠藤杏樹(ウインナー師匠)の荷解きの手伝いに来ていた。
遠藤のワンルームマンションから徐々にダンボールが減っていく。同じく友人の片づけ魔・田宮芹那は、無遠慮にダンボールを開けて、服や日用雑貨をちゃくちゃくとわかりやすく片付けている。
掃除を終えた菊華と遠藤は、田宮の邪魔にならないようにキッチン兼廊下で、田宮の指示が下りるのを待っていた。
「遠藤。ダンボール、車のトランクに持ってくからね」
「キクオーちゃん、ありがと。ちゃんとキー締めて来てね」
「わかってるって」菊華がダンボールをヨタヨタ運んでいく。
「あ、ねえ、遠藤。先に謝るわ」
片づけ魔の戦闘服である、ジャージを着込んだ田宮が顔を出し決まり悪げに笑う。
「片付けてもらって感謝しかないんだけど」
「そう? 〈あけるな!〉って書いてあったダンボール開けちゃった」
「あらー」
見られたのは仕方ない──遠藤は開き直り、困り顔の田宮と〈あけるな!〉と書かれた一抱えのダンボールを見下ろした。
「……タミヤ、いる?」
遠藤が取り出したのは、手錠や大人のおもちゃだ。田宮は首を横に振る。そんなものの中古品なんかいらない。
それでも田宮は、興味深く友人の嗜好の鱗片であるダンボールを漁る。
「つーか、学生服にナース服まであるんだ」
「ナース服はカレシ燃えちゃってスゴかったよ。制服は、もう着るとさ、落ち込む……。タミヤ、着る?」
「着ない。ムリでしょー」
白シャツ、赤リボン、ベージュのカーディガンに紺色チェックのプリーツスカート。それとハイソックス。スタンダードなニセ女子高生になるだろう。
田宮と遠藤はお互いの顔を見合って、ニヤリと笑った。着せるのにちょうどいい人間がここにいるのだ。
「遠藤ぉ、ちゃんとキーしてきたよ」
「あら、キクオーちゃん、いいところに来たじゃない」
「キク、服ほしいって言ってたよね?」
にっこり笑うふたりに菊華は後ずさりする。にっこり笑う遠藤が菊華の腕をガシッと掴んだ。
「え? なに? ふたりとも……。怖いけどっ」
「キクは童顔だからイケると思ってた」
「カレシが若いと若く見られるって聞いたし。実際、キクオーちゃんは若いっていうかさ、実際童顔だし」
「だからって、なんで……制服なの?」
強引なふたりに着せ替えられるまま流されて、制服を着てしまってから抗議しても遅い。遠藤が仕上げに菊華の髪型をふんわりお団子にしてしまった。
「ウチにあったのよ。そんなことより休憩しに行こ、休憩」
「え、やだ。私、こんな格好で出かけられない……! タミヤ、背中押さないでっ」
「駅前のドーナツ店、女子高生だけおまけが付くんだって。よかったね、キクオーちゃん」
「なんちゃって女子高生なんだから、おまけがつくわけないよ。このまま外になんて行けない。離してぇ!」
都合が悪いことに、この町の駅前には八千代が通う予備校があるのだ。もしも八千代に見られたら変だと思われてしまう。
強引なふたりは菊華の背を押し腕を引いて、ダンボールだらけの部屋を後にした。
□
そんなわけで三人でドーナツ店に。遠藤の背中に隠れた菊華にだけ、おまけのフレンチクルーラーが付いてきた。
「ほら、大丈夫じゃん」
遠藤が笑いながら、菊華に向けてスマートフォンのシャッターを押す。SNSに投稿しそうになっていたのを菊華は阻止した。そんなことをされたら、いくらのほほんとしている菊華でも社会的に終わる。たぶん。
「今日は土曜日だし、年下くん予備校休みなんでしょ? 絶対にバレないって」
豆腐ドーナツを田宮が菊華の口に押し込んできた。菊華は渋々もぐもぐ食べる。
「食べてたら喋れないじゃない。……テストが近いから自習室でテス勉してるよ」
「波風立ってないんだから、少しぐらい立たせればいいスパイスになるよ?」
「遠藤もタミヤも他人事でしょ。激辛スパイスだよ、こんな姿」
二十三歳になったのにオトナ女子に進歩どころか退化だと、菊華は顔を伏せた。
「まあまあ。こういう時の見つかったらどーしよーって時は、会わないもんだって」
「会ったら私が終わるよ」
八千代との仲が終わるわけではないが、確実に変な目で見られるだろう。
「ちょっとやりすぎたかなあ。キクオーちゃん、晩ご飯はあたしと遠藤が中華奢ってあげるから、許して?」
「タミヤは、そうやってすぐモノで釣るんだから。……杏露酒と老酒、頼んでいい?」
それから三人は時計の針がひと回りするまでドーナツ店で話し込んだ。
遠藤が明日の朝の分のドーナツを買い込んで、三人で少し離れた場所のコインパーキングに向かう。引っ越しの片付けはまだ残っているのだ。
駅を背にして信号を待つ。ふと会話が途切れて、菊華は秋の長い夕暮れが終わろうとしている空を見上げた。
冬に向かう風がびゅぅうと吹いて、街路樹を揺らし紅葉を落とす。カーディガンを着ていても、短いスカートから出ている脚が寒い。女子高生は寒さに強い生き物だと、二十三歳になって思った。
そして思う。大卒したばかりで結婚をする同級生がいることを。方や結婚、方や女子高生のコスプレである。落ち込む。
あちこちの電気が点けば、駅前はそれなりに明るくなるが、夕方と夜の境界の時間は物が見にくい。黄昏時は、誰そ彼刻──と、なにかで読んだが、その通りだ。交差点をすれ違う人の顔が判別しにくい。
田宮と遠藤の話題に入ろうとした時、急に腕を引っ張られた。
ドキッとして見上げた人物に、菊華は心臓が口から飛び出そうになった。
土曜日の午後。菊華は、引っ越しをした友人である遠藤杏樹(ウインナー師匠)の荷解きの手伝いに来ていた。
遠藤のワンルームマンションから徐々にダンボールが減っていく。同じく友人の片づけ魔・田宮芹那は、無遠慮にダンボールを開けて、服や日用雑貨をちゃくちゃくとわかりやすく片付けている。
掃除を終えた菊華と遠藤は、田宮の邪魔にならないようにキッチン兼廊下で、田宮の指示が下りるのを待っていた。
「遠藤。ダンボール、車のトランクに持ってくからね」
「キクオーちゃん、ありがと。ちゃんとキー締めて来てね」
「わかってるって」菊華がダンボールをヨタヨタ運んでいく。
「あ、ねえ、遠藤。先に謝るわ」
片づけ魔の戦闘服である、ジャージを着込んだ田宮が顔を出し決まり悪げに笑う。
「片付けてもらって感謝しかないんだけど」
「そう? 〈あけるな!〉って書いてあったダンボール開けちゃった」
「あらー」
見られたのは仕方ない──遠藤は開き直り、困り顔の田宮と〈あけるな!〉と書かれた一抱えのダンボールを見下ろした。
「……タミヤ、いる?」
遠藤が取り出したのは、手錠や大人のおもちゃだ。田宮は首を横に振る。そんなものの中古品なんかいらない。
それでも田宮は、興味深く友人の嗜好の鱗片であるダンボールを漁る。
「つーか、学生服にナース服まであるんだ」
「ナース服はカレシ燃えちゃってスゴかったよ。制服は、もう着るとさ、落ち込む……。タミヤ、着る?」
「着ない。ムリでしょー」
白シャツ、赤リボン、ベージュのカーディガンに紺色チェックのプリーツスカート。それとハイソックス。スタンダードなニセ女子高生になるだろう。
田宮と遠藤はお互いの顔を見合って、ニヤリと笑った。着せるのにちょうどいい人間がここにいるのだ。
「遠藤ぉ、ちゃんとキーしてきたよ」
「あら、キクオーちゃん、いいところに来たじゃない」
「キク、服ほしいって言ってたよね?」
にっこり笑うふたりに菊華は後ずさりする。にっこり笑う遠藤が菊華の腕をガシッと掴んだ。
「え? なに? ふたりとも……。怖いけどっ」
「キクは童顔だからイケると思ってた」
「カレシが若いと若く見られるって聞いたし。実際、キクオーちゃんは若いっていうかさ、実際童顔だし」
「だからって、なんで……制服なの?」
強引なふたりに着せ替えられるまま流されて、制服を着てしまってから抗議しても遅い。遠藤が仕上げに菊華の髪型をふんわりお団子にしてしまった。
「ウチにあったのよ。そんなことより休憩しに行こ、休憩」
「え、やだ。私、こんな格好で出かけられない……! タミヤ、背中押さないでっ」
「駅前のドーナツ店、女子高生だけおまけが付くんだって。よかったね、キクオーちゃん」
「なんちゃって女子高生なんだから、おまけがつくわけないよ。このまま外になんて行けない。離してぇ!」
都合が悪いことに、この町の駅前には八千代が通う予備校があるのだ。もしも八千代に見られたら変だと思われてしまう。
強引なふたりは菊華の背を押し腕を引いて、ダンボールだらけの部屋を後にした。
□
そんなわけで三人でドーナツ店に。遠藤の背中に隠れた菊華にだけ、おまけのフレンチクルーラーが付いてきた。
「ほら、大丈夫じゃん」
遠藤が笑いながら、菊華に向けてスマートフォンのシャッターを押す。SNSに投稿しそうになっていたのを菊華は阻止した。そんなことをされたら、いくらのほほんとしている菊華でも社会的に終わる。たぶん。
「今日は土曜日だし、年下くん予備校休みなんでしょ? 絶対にバレないって」
豆腐ドーナツを田宮が菊華の口に押し込んできた。菊華は渋々もぐもぐ食べる。
「食べてたら喋れないじゃない。……テストが近いから自習室でテス勉してるよ」
「波風立ってないんだから、少しぐらい立たせればいいスパイスになるよ?」
「遠藤もタミヤも他人事でしょ。激辛スパイスだよ、こんな姿」
二十三歳になったのにオトナ女子に進歩どころか退化だと、菊華は顔を伏せた。
「まあまあ。こういう時の見つかったらどーしよーって時は、会わないもんだって」
「会ったら私が終わるよ」
八千代との仲が終わるわけではないが、確実に変な目で見られるだろう。
「ちょっとやりすぎたかなあ。キクオーちゃん、晩ご飯はあたしと遠藤が中華奢ってあげるから、許して?」
「タミヤは、そうやってすぐモノで釣るんだから。……杏露酒と老酒、頼んでいい?」
それから三人は時計の針がひと回りするまでドーナツ店で話し込んだ。
遠藤が明日の朝の分のドーナツを買い込んで、三人で少し離れた場所のコインパーキングに向かう。引っ越しの片付けはまだ残っているのだ。
駅を背にして信号を待つ。ふと会話が途切れて、菊華は秋の長い夕暮れが終わろうとしている空を見上げた。
冬に向かう風がびゅぅうと吹いて、街路樹を揺らし紅葉を落とす。カーディガンを着ていても、短いスカートから出ている脚が寒い。女子高生は寒さに強い生き物だと、二十三歳になって思った。
そして思う。大卒したばかりで結婚をする同級生がいることを。方や結婚、方や女子高生のコスプレである。落ち込む。
あちこちの電気が点けば、駅前はそれなりに明るくなるが、夕方と夜の境界の時間は物が見にくい。黄昏時は、誰そ彼刻──と、なにかで読んだが、その通りだ。交差点をすれ違う人の顔が判別しにくい。
田宮と遠藤の話題に入ろうとした時、急に腕を引っ張られた。
ドキッとして見上げた人物に、菊華は心臓が口から飛び出そうになった。
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