年下の彼は性格が悪い

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7、八千代18歳、菊華23-24歳─初夏~晩秋

40.幸せなキスをしよう①

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【Happy Birthday Kiss】




 五月のゴールデンウィーク初日は、ふたりが毎年待ち焦がれる八千代の誕生日だ。

「さん、にぃ、いちっ。やっくん! お誕生日おめでとう!」

 カウントダウン後、両手を挙げた菊華が八千代に抱きついた。
 十八回目の誕生日を一番待ち望んでいたのは、八千代自身。菊華を受け止めて腰に腕を回した。

「ありがとうキッカ。ようやく十八歳だ」

 これでふたりの年の差は五歳になる。秋になれば菊華の誕生日でまた六歳差に戻るのだが。

「来年も、その先も、誰よりも早く私がおめでとうって言ってもいいかな?」
「ずっとキッカが言ってくれるんだろ? 俺もキッカの誕生日には誰よりも早くお祝いを言うよ」

 ふたりは額をくっつけてクスクス笑う。幸せが心から溢れて擽ったい。

「あのね、誕生日プレゼントは……」
「うん。ふたりで選んだキーケース。昼間に渡してくれるんだろ?」

 毎年、誕生日プレゼントはふたりで選んでいる。サプライズ感はないが、あれこれ話し合うのも楽しい。今年はサプライズがあるのだと、菊華がまごまごしている。

「今年は……その、もう一個あるの……」
「なに?」
「パジャマをね……その……えーと、もらって……ほ、しい、かな? なんて……」

 しどろもどろしている菊華は、パジャマがどうのと言っている。
 でも、サプライズがパジャマだと八千代は思えなかった。明らかに菊華の様子がおかしいからだ。

「だからねっ」

 菊華はパジャマのファスナーを勢いよく下ろし、全部脱いだ。早くしないと恥ずかしくて死にそう! 真っ赤になって菊華は内心で叫んだ。
 いつもの色気ゼロのカップ付きキャミソールとは違うモノが見え、八千代はたじろいだ。
 
「な……!?」

 白のヒラヒラフレアーのキャミソール。半分しか隠れていない胸。その中央のリボンから前あわせが分かれて広がり臍が見えている。非常に短い丈の裾はフリルがたっぷり。その裾からチラチラ見える、お揃いのショーツも小さい。
 大胆な下着ベビードール姿を晒したくせに、菊華は恥ずかしさで顔を隠してしまっている。そのチグハグさ。
 目のやり場に困るどころか、八千代はしっかり観察した。

「わた、わたしをあげああぁっ! やっぱりだめぇっ!」

 耐え難くてパニックになった菊華は、パジャマを抱えて部屋を飛び出そうとした──のを、八千代に捕えられた。

「びゃあっ」

 ドアと八千代に挟まれた菊華は、やるんじゃなかったと身を縮こませた。
 友人たちが『誕生日プレゼントはわ・た・し』作戦だと、用意してくれたベビードールは、難易度が高すぎたのだ。わかりきっている結果なのに、ベビードールを着ることができたのはなんだったのか。きっと気の迷いだ。

 すっごい恥ずかしいし、ナイスボディじゃないからむりだよぅ! ああああ! 一時間前に戻りたい!

 八千代の前で脱ぐんじゃなかったと、燃えるように熱い顔と頭の中で後悔が渦を巻く。

「菊華」
「……はい」

 またやらかしちゃった。前に酔っ払ってやらかした時みたいに、呆れられるんだ。
 抱えたふわもこのパジャマなんかで隠れようがないのに、せめてものと顔を隠す。穴があったら入りたい。一時間前に、いや、友人たちにそそのかされてベビードールを購入する前に戻りたい。着たのは菊華の意志なのだが、恥ずかしすぎて思考がまともではない。

「きゃあっ」

 耳たぶまで羞恥で熱くなっているのがわかったのは、そこに八千代がキスをしたからだ。

「どうして隠すんだよ」

 低めのテノールが菊華の鼓膜を震わせる。

「……ごめんね。こんなことして」
「誕生日プレゼントは菊華?」

 なにも言えなくてコクコク頷いた。
 今年で二十四歳になるのにこんな格好して、中途半端に笑いも取れなくて、明日からどんな顔で会えばいいかわからないよー!
 心の中の叫びは表に漏れることはない。

「よっ」
「んぎゃあ!」

 肩に担ぎ上げられた菊華は「きゃっ」とか言うべきだったのだろう。咄嗟の声は人間性が出る。つまり、やはり、色気がない。
 数歩でベッドに降ろされて、慌てて正座をしようとした──のを、八千代に押し倒された。

「俺から貰おうかと思ってた」

「いや、この場合は」と、八千代はにやりと笑う。「初めてなの、優しくしてね」と。
 やだ、やっくん。冗談が似合わないし、笑顔が怖いよ? ちょっと冷静に話し合おうよ。私も冗談がすぎました。
 菊華はあわあわしすぎて、これではどっちが初めてなのかわからない。

「ハタチになるまでしないんじゃないの?」
「そんなこと言った覚えがないな。……責任が取れるまで、とは言ったけどね」

 ちゅっちゅっとキスを繰り返されると、熱くなってどうにもならなくなり、思い出すのもできなくなる。

「俺のために用意したんだろ? このラッピング」

 ラッピングではなくてベビードールだよ、と言おうとして気づいた。プレゼントは菊華本体わたしだ。ならば、ベビードールは色気を演出するものだったんだ、と。ここに来て、『ベビードールは絶対に必須だよ』と言った友人たちの意図がようやくわかった。
 ここまでくると菊華は、ぽやぽやを通り越して間抜けだ。
 
「かわいい。すごく似合ってる」

 八千代は鼻を胸元にスリスリしながら、ベビードールを褒めてくれている。そうすると、いくらか恥ずかしい気持ちが薄らぐのだが、やはりなくなるものではない。

「やっくん……私……私ね」

 ここでこんな話をしちゃいけない。だけど、言わなきゃ。初めてじゃないって。

「言うな、菊華」

 八千代のつり目は、菊華をほんの一瞬だけ強く見てから柔和に下がる。
 菊華の心臓がばくばくし始めた。目を大きくしてしばたかせ、息を呑んだ。八千代は知っていたのだ。
 いつから知ってたの?

「そんなの、織り込み済みで菊華が好きで大切だよ。言いたくないけど、菊華は俺より先に生まれているんだからさ、経験が違うだろ」

 ゆっくりと唇が重なると、目頭が熱くなった。

はいつだとか聞かない。嫉妬で狂う」

 眉を寄せた八千代は、親指で菊華の唇をなぞりながら懇願をする。
 例えば、お互い同級生だとしても。初めては誰にでもあって、それはお互いじゃないかもしれない。年の差が少なくても同じだ。もしも、の仮定なんて無駄になるぐらいいくらでもある。

 でも、本当に好きな人と初めてをしたかったよ。……私はやっくんがよかった。

 だけど、過去を罪悪感混じりで後悔してしまうのは、今は違うと思った。
 だって、今は愛しい八千代とのふたりだけの大切な時間なのだから。
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