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4、八千代17歳、菊華22歳─夏
23.笑顔の挑戦者①
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真夏の初めのある日の金曜日。菊華は職場のロッカールームで、先輩に冷やかされながらデート用のワンピースに着替えた。メイクもいつもより甘めに直してピンクベージュのリップを引いた。今から予備校帰りの八千代と夏らしくエスニック料理を食べるのだ。楽しみで仕方がないのだと、ロッカールームを出て軽い足取りで会社を後にした。
昨年度までは、大学の帰りの菊華と予備校が休みの八千代とよく待ち合わせデートをした。だけど、菊華が社会人になってからは、お互いの時間がなかなか合わなくて実現が遅れて夏になってしまった。
仕事帰りにデートをするのはこれが初めてだ。待ち合わせデートも久しぶりでうきうき気分。
待ち合わせって、特別な気分だよね。
だからって、普段のデートをわざわざ待ち合わせをするのはなんだか違う気がした。たまにだから新鮮なのだ。
軽い足取りの菊華は、予備校近くの待ち合わせのカフェに入り、アイスラテをひとくち飲んで息をついた。真夏へ向かう蒸し暑い夜の空気を、冷房と冷たいドリンクが落ち着かせてくれるのがありがたい。
やっくんも期末テストが終わったし、しばらくゆっくりできるの、嬉しいな。
高校生になってからの八千代は、生徒会に予備校、アルバイトに忙しい。そんな多忙なのに完全オフを月に二回作ったのは、「減ってしまったふたりの時間を大切にしたいからだよ」と八千代が言っていたのを菊華はニマニマしながら思い出す。
――明日の土曜日はそのオフの日。
新しい水着を買いに行く約束をしているのだが、早く買い物が終われるように、菊華は買う水着を決めている。
早く買い物が終わったら、どこに行こうかな。水族館も夏らしくていいし、野球観戦もいいな。
今年の八千代の夏休みは、去年と同じで学校と予備校と父親の事務所の手伝いとで忙しいだろう。もっと一緒にいたいけれど、〈学生らしい生活〉の邪魔はできない。
それでもやっぱり夏休みは、海とプールと祭りに花火と出掛けたい。去年よりもたくさんの思い出を一緒に作りたい。だから、完全オフの日をめいっぱい楽しみたい。
そんなことをつらつら思いながら、発売されたばかりの小説を読もうとしていると、声を掛けられた。
視線を上げると、夏らしいレースのフレアーワンピースを着た、ロングボブの可愛らしい女子高生がいた。
「あの、斎賀くんのカノジョさん……ですよね?」
斎賀というのは八千代の苗字だ。その苗字と自分を突然カノジョかと聞かれて「はいそうです」と、答えるほど、菊華もぽやぽやしていない。
それに菊華を見下ろす女子高生の目は、険しく吊り上がっている。見ず知らずの女子高生に怒られる謂われはない。……たぶん。
彼女はぎゅっとワンピースの短い裾を握った。
菊華もレースのワンピースだが、彼女とは違いミモレ丈でストッキングを履いているところだ。若さはスカート丈と生足に出るんだね、と菊華は感心した。
「あたし、斎賀くんと同じ高校に行ってるんです」
「……そうなんだ」
八千代へのクレームだろうか。ならば八千代に直接言ってほしいものである。
「カノジョさん、中学の卒業式や高校の文化祭や予備校近くに来るなんて、出しゃばりすぎじゃないんでしょーかっ」
なんと菊華へのクレームだったのだ。だが、当の菊華本人は、よく覚えているなあとしか思っていない。のんきなものだ。
「斎賀くん、バレンタインに『彼女がいるから』ってチョコもらわないし、修学旅行の告白だって断っちゃうんですよ」
それは初耳だと菊華は目をパチパチ瞬かせた。
モテるだろうと思っていたが、やっぱり告白されていたのだ。八千代が菊華に言わないのは、言う必要がないからだ。菊華に嫌な気分をさせたくない配慮だろう。
モテ自慢はいらないが、ヤキモチを焼かせてほしいものだと、うんうん、菊華は頷いた。
「カノジョさん、すっごい年上なんでしょ? 斎賀くんの為に身を引こうとか、別れようとか思わないんですか?」
多少のケンカはあるが、別れるなんて言われるまで思ったことすらない。八千代がいるのが当たり前なのだから、考えたことすらなかったのだ。
のんびりしている菊華とは正反対に、彼女はさらに顔を厳しくさせた。
「それに、カノジョがすっごい年上なんて斎賀くんが可哀想です!」
年齢差は気にするが、それを可哀想などと他人に評価されたくはない。なくならない壁など承知で付き合っているのだ。
「やっく……八千代くんが可哀想なんて、絶対にないですよ。いつも笑ってくれていますから」
養護教諭のように菊華はゆっくり話をする。それが彼女の神経を逆撫でしていて、イライラは最高潮になっている。
「笑ってるからって幸せって限らないじゃん! とにかく、あなたみたいなすっっごい年上は、斎賀くんとは似合いません!」
すっっごい年上を強調されて、菊華は苦笑いだ。女子高生から見たら、今年二十二歳の女はオバサンなのだ。
「えーと、つまり、あなたは──」
「アゲハです!」
「あ、アゲハさん? 八千代くんが好きなの?」
昨年度までは、大学の帰りの菊華と予備校が休みの八千代とよく待ち合わせデートをした。だけど、菊華が社会人になってからは、お互いの時間がなかなか合わなくて実現が遅れて夏になってしまった。
仕事帰りにデートをするのはこれが初めてだ。待ち合わせデートも久しぶりでうきうき気分。
待ち合わせって、特別な気分だよね。
だからって、普段のデートをわざわざ待ち合わせをするのはなんだか違う気がした。たまにだから新鮮なのだ。
軽い足取りの菊華は、予備校近くの待ち合わせのカフェに入り、アイスラテをひとくち飲んで息をついた。真夏へ向かう蒸し暑い夜の空気を、冷房と冷たいドリンクが落ち着かせてくれるのがありがたい。
やっくんも期末テストが終わったし、しばらくゆっくりできるの、嬉しいな。
高校生になってからの八千代は、生徒会に予備校、アルバイトに忙しい。そんな多忙なのに完全オフを月に二回作ったのは、「減ってしまったふたりの時間を大切にしたいからだよ」と八千代が言っていたのを菊華はニマニマしながら思い出す。
――明日の土曜日はそのオフの日。
新しい水着を買いに行く約束をしているのだが、早く買い物が終われるように、菊華は買う水着を決めている。
早く買い物が終わったら、どこに行こうかな。水族館も夏らしくていいし、野球観戦もいいな。
今年の八千代の夏休みは、去年と同じで学校と予備校と父親の事務所の手伝いとで忙しいだろう。もっと一緒にいたいけれど、〈学生らしい生活〉の邪魔はできない。
それでもやっぱり夏休みは、海とプールと祭りに花火と出掛けたい。去年よりもたくさんの思い出を一緒に作りたい。だから、完全オフの日をめいっぱい楽しみたい。
そんなことをつらつら思いながら、発売されたばかりの小説を読もうとしていると、声を掛けられた。
視線を上げると、夏らしいレースのフレアーワンピースを着た、ロングボブの可愛らしい女子高生がいた。
「あの、斎賀くんのカノジョさん……ですよね?」
斎賀というのは八千代の苗字だ。その苗字と自分を突然カノジョかと聞かれて「はいそうです」と、答えるほど、菊華もぽやぽやしていない。
それに菊華を見下ろす女子高生の目は、険しく吊り上がっている。見ず知らずの女子高生に怒られる謂われはない。……たぶん。
彼女はぎゅっとワンピースの短い裾を握った。
菊華もレースのワンピースだが、彼女とは違いミモレ丈でストッキングを履いているところだ。若さはスカート丈と生足に出るんだね、と菊華は感心した。
「あたし、斎賀くんと同じ高校に行ってるんです」
「……そうなんだ」
八千代へのクレームだろうか。ならば八千代に直接言ってほしいものである。
「カノジョさん、中学の卒業式や高校の文化祭や予備校近くに来るなんて、出しゃばりすぎじゃないんでしょーかっ」
なんと菊華へのクレームだったのだ。だが、当の菊華本人は、よく覚えているなあとしか思っていない。のんきなものだ。
「斎賀くん、バレンタインに『彼女がいるから』ってチョコもらわないし、修学旅行の告白だって断っちゃうんですよ」
それは初耳だと菊華は目をパチパチ瞬かせた。
モテるだろうと思っていたが、やっぱり告白されていたのだ。八千代が菊華に言わないのは、言う必要がないからだ。菊華に嫌な気分をさせたくない配慮だろう。
モテ自慢はいらないが、ヤキモチを焼かせてほしいものだと、うんうん、菊華は頷いた。
「カノジョさん、すっごい年上なんでしょ? 斎賀くんの為に身を引こうとか、別れようとか思わないんですか?」
多少のケンカはあるが、別れるなんて言われるまで思ったことすらない。八千代がいるのが当たり前なのだから、考えたことすらなかったのだ。
のんびりしている菊華とは正反対に、彼女はさらに顔を厳しくさせた。
「それに、カノジョがすっごい年上なんて斎賀くんが可哀想です!」
年齢差は気にするが、それを可哀想などと他人に評価されたくはない。なくならない壁など承知で付き合っているのだ。
「やっく……八千代くんが可哀想なんて、絶対にないですよ。いつも笑ってくれていますから」
養護教諭のように菊華はゆっくり話をする。それが彼女の神経を逆撫でしていて、イライラは最高潮になっている。
「笑ってるからって幸せって限らないじゃん! とにかく、あなたみたいなすっっごい年上は、斎賀くんとは似合いません!」
すっっごい年上を強調されて、菊華は苦笑いだ。女子高生から見たら、今年二十二歳の女はオバサンなのだ。
「えーと、つまり、あなたは──」
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