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04.粘土の板から機械の板へ

 ♤・02-24・♤ 

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 魔導書が世界に広まるようになり、ウェインはヴァプラという名で通っている悪魔とよく出会うようになっていた。時代は産業革命を経た頃だったのを覚えている。
 悪魔や淫魔などは、お互いに本当の名前で呼び合わない。
 だから、ウェインは、ジャックとか適当な名前を名乗ったし、ヴァプラはシュレヒターと名乗った。
 シュレヒターは、ウェインと真逆のタイプだった。北欧神話のトールが赤毛だったらと思わせるほど、巨漢で豪胆、悪魔のくせに妙に馴れ馴れしい男だった。
 そして、召喚されていないウェインの前にシュレヒターがたびたび現れるようになった。たぶん、互いに地上で暮らす変わり者であり、堕とされた神だからだろう。
 シュレヒターは悪魔だが、人間の魂を取りはしない。が、人間の金に対する欲望をエネルギーにして搾取して暮らしていた。
 ある日、シュレヒターが酒場で言った。
  
「支配者層をチョロまかして暮らすのもいいが、一国一城の主にならねぇか?」
  
 ウェインにとって、魅力的な誘いではなかったため、秀眉をひそめた。
 すると、シュレヒターは、わははと笑ってウェインの背中を叩く。
  
「根城だよ、根城。召喚先から帰ってきたら支配者が変わってたってことあったろ? つーか、まあ、つい最近、オレがそうでさ。何回目か数えるのが馬鹿らしいくらいなんだが。しかも、鞍替えしやがって、祓魔師が多くてかなわん」
  
 祓魔師とは悪霊払い・悪魔狩りのことだ。ウェインも何度となくやり合ったが、猟犬のようなヤツらは厄介だ。
 今は祓魔師が少ない国にいるが、戦争だの内紛だので宗教の鞍替えがいつになるかわからない。
  
「そこでだ。商会っつーの? を作って、一国一城の主になるんだよ。めんどくせぇから表向きには人間に働かせりゃいい。んで、オレたちは産業資本家ブルジョワとらやの生活だ」
  
「産業資本家になってどうするんだい?」
  
「金さえありゃ、どこでも暮らせるってことだ。新大陸でもどこでもな。自由に自分で渡れるし、根城も自由に変えられる」
  
 新大陸。その当時のウェインには、やはり魅力的な言葉ではなかった。
  
「東方にゃ黄金の国があるって話だ」
  
「人間の理想郷だろ。チャイナで召喚されたときに桃源郷に足を伸ばしてみたけれど、人間が話していたみたいなエロさは皆無だったよ。まだ後宮や花街のが艶やかで賑やかで、闇が深くて居心地よかったよ」
  
「じゃあ、なんで、おまえはその花街に居座らずに、こっちにいるんだ? あそこに祓魔師はいないだろ」
  
「簡単な答えだよ。今いる国は傾きにくい。王朝が変わっても地位と城があるからね」
  
「じゃ、やっぱ、根城がありゃいいんじゃねぇか。おまえが筆頭なら祓われるまで傾きゃしないだろ」

 ウェインは少し考える。革命だの暴動だの。いつまでも王というシステムは続かないだろう。場所やかたちを変えながら商いをするのもいい。魔導書が広がるチャンスでもある。
  
「言われてみればそうかもね。世代交代もちょっとした魔術でなんとかなるし」
  
「それ! 悩んでたんだよ。そっか、魔術か。分身を作って人間みたいに寿命を設定して……って考えてたんだが、そっちのほうが魔力が少なくて目ェつけられにくいな」
  
 魔力が多ければ祓魔師に目をつけられやすい。日々暮らすことも極力魔力を使わないのは、祓魔師たちに嗅ぎつけられないための用心だ。
  
「善は急げだ」
  
 強欲な悪魔のくせになにが善だ。というツッコミはしなかった。
  
「それで、商会ってなにをするの?」
  
「それも決めてなかったな。でりきゃ、魔導書も広まる方法がいいな。金貸しだと一部にしか広まらん」
  
「貿易は? 今流行ってるでしょ。貿易なら魔導書が広まるよ。世界の……地球の裏にも広まるかもね」
  
「いいな。貿易商を乗っ取るか」
  
「今ある商会を乗っ取るのはまずいよ。ギルドの連中が怪しめば、祓魔師を招かない。異端審問の再来は避けたい。……仕方がないな。前に使ってた名前を使うか」
  
 ブリテンのかなり前の支配者が、ウェインに伯爵位をくれたのである。そんなものもらっても淫魔には旨味がないがとりあえずもらっておいて、魔術で人間の身代わりを立ててそれっきりだった。
 なにが役に立つかわからない。
 領地を持たない宮廷貴族であるのが気楽だった。しかし、商会をおこすとなると、拠点が欲しいところだ。できれば、大きな商船が出入りできる港がある場所で、大きな都市に近いところが望ましい。治安だのなんだのは、あとでなんとでもなる。
 決めることだけ決めて、シュレヒターと動き始めた。ウェインは、好ましい領地候補の新しい領主になれるように、時の権力者をそそのかした。

「倉庫もできたし、商船も十隻以上動かせる船乗りも確保できたよ」

「おう。こっちは資金と商才のある連中を集めた。海の女悪魔……元は航海の女神にも話をとおしといたぜ。これで難破するこたぁないだろ」

 伯爵位を持つ者が後ろ盾になり、貿易商会を新規に立ち上げるのは、時代的に珍しくなかった。資金はウェインとシュレヒターとの折半。売り上げ金なども折半。そういう契約を互いのあいだで交わした。悪魔や淫魔の契約は絶対的に破ってはならない。
 シュレヒターは、人間が金に持つ欲を糧にして生きている。黄金が大好きな悪魔だから、商売が失敗することはないだろう。
 貿易船は世界の海を渡った。そして、貿易船が黄金の国に辿り着いたとき、ウェインとシュレヒターは、その地に降り立った。ジャパン。ヤーパンだったかもしれない。現地の人間はヒノモトだのヤマトだのニホンだのと言っていた。

 シュレヒターは黄金が特権階級にしかないのを知り。ひどくガッカリしていた。ウェインは都の花街にくり出したが、衣装以外魅力を感じなかった。どこの国の女もおしろいを塗りすぎだ。
 不思議な風習の国だったので、記憶に残った。生まれた国やこれまで渡った国の記憶はおぼろげだったのに。それに、紙が普及しており、平民にも購入できる価格だったのは驚いた。浮世絵という不思議な色使いの絵画もだが、春画という猥褻な絵画があるのがとっても気に入ったので、春画は買えるだけ買うや、木箱ごと魔術で根城に送った。大切な絵画が水に濡れてしまったらいけない。水濡れ厳禁とはこのことだ。
 シュレヒターも黄金に対する人間の欲望が強いことを気に入っていた。
 西洋にはなかった美しい絹織物や装飾品、美術品、商品になりそうな物を商船に積み込んだ。ジャパンの人間は、金の対価を欲しがりはしたが、それよりも物々交換を望んだ。ネーデルラント語の本だけでなく、機械や機械の設計図などを欲しがった。変わった民族だった。
 でも、居座ることはなかった。傲慢な神への信仰は根付いてないし、多神教であるのも居心地はよかったのだが、今ではない、そんな気がした。


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