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第十六話 農業の国 アテナティエ王国

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『アテナティエ王国』

 アルトバラン王国より西に位置する大国。その国土の大半は畑であり、農作物の生産を行い、余りある生産物を他国へ売ることで生計を立てている『農業大国』である。

 そんなアテナティエにはもう一つ影で囁かれている呼び名を持っている。それは『奴隷大国』だ。

 国民それぞれが多くの奴隷を保有しており、奴隷の大半は農業における生産者として働かされている。そして、アテナティエの国民である農民達は奴隷達に生産をさせ、自らは何もせず私腹を肥やす生活を送っている。

 この体制を作り上げたのは先代の国王であり、開始当初は画期的な仕組みだとして国を挙げて農業区画の拡大に取り組んできた。

 しかし、その体制が長く続く中で次第に歪みが生じだし、その歪みは大きく膨れ上がっていっていた。

 ▽     ▲     ▽

「エドワード様、いかがですか。この国の実情を見て……」

 そう質問を投げかけているのはアテナティエ王国の若き宰相アスールである。アスールは端正な顔立ちに眼鏡をかけ、いかにも文官らしい身体つきをしている。

 そして、アスールが資料を見せている相手はアテナティエ王国の皇太子エドワードだ。エドワードは眼光鋭く、金色の髪を全て後ろにかきあげている。その身体は鍛え上げられており、屈強という言葉がふさわしい。

 見た目も身体つきも対照的な二人であるが、エドワードとアスールは旧知の友であった。

 二人は互いの実力を認め合い、将来エドワードは王となり、アスールは宰相となることで協力し合うこと誓った。

 二人はそれぞれその才能を伸ばすように励み続けてきた。

 そして、アスールはその実力が認められ、若くして宰相の座につくこととなった。

 宰相となったアスールが最初に取り組んだのは国の状態把握であった。ずさんな資料に唖然としながら、足りない情報は調べるようにと事細かに指示を出し、その集められた情報をアスール自身が整理し続け、そしてついにその全容が見えてきたのである。

 それを見たアスールは愕然としてしまい、すぐにエドワードと共有すべく動いたのであった。

「あぁ。予想はしていたが、まさかここまで腐っているとはな。……正直、想像以上だった」

 呆れたと言った様子で資料を眺めるエドワード。読み終えた資料を机に投げるように置くと、手を額に当て眉間には皺が寄っている。

「えぇ。どこまで国王がこの状況を把握されているのかは疑問ですが、現状はむしろそれを助長化させておられます。言葉は悪いですが、まともな考えがあるとは思えません」

 アスールも同様に厳しい表情をしており、現国王ブラッドリーに不信感を抱いているようだ。

「アスール、苦労をかけるな。すまない。お前が宰相の座についてくれて本当に良かったと思うよ。――それにしても父上は何をお考えなのか!このままでは遠くない先で我が国は滅びるぞ」

 机をドンっと叩き、エドワードは怒りに震えている。

「えぇ、間違いなくアテナティエは滅びの道へと進んでおります。私腹を肥やした農民達が奴隷を増やし続け、ついには国民の半分が奴隷という異常な割合にまで到達しております」

 国民の半分が奴隷というのは政治が崩壊していると言っても遜色ない数字であった。アテナティエは、すでに超奴隷国家と化していたのだ。

「そして一番問題なのは奴隷に生産させる年月が長きに渡りすぎたために技術は奴隷側にしか存在していないこと。我が国の奴隷達がもし反旗を翻した場合、それを鎮圧したとしてもその先の未来がありません」

 この体制は当初奴隷に農作物の生産技術を学ばせ、奴隷を使うことで生産量を向上させようとしたのが始まりであった。

 しかし、いつしか国民は奴隷を強制的に働かすことさえすれば成り立つようになってしまった。
 
 その結果、生産技術は奴隷側にしか受け継がれず、もはや奴隷依存国家の様相を呈している。

「文官共もどうせその農民達から賄賂をもらっているのだろう。そして、更に奴隷を増やすようにと仕向けているはずだ。父上はその者達の傀儡となっているようだな」

 エドワードはこの結果を見て、前々からの疑念を確信に変えた。

「国を立て直すにはまず奴隷を何とかせねばなりません。技術のことを考えれば、いっそ国民扱いに格上げするぐらいのことを考えなくては……」

 アスールは宰相としてどのような手を打てばいいのか悩んでいる。もはや小手先の一手では制御が効きそうになかった。

「あぁ。だが、いきなり奴隷を国民扱いにすると言っても農民達が黙ってはおらぬだろう。それにそれを成すには莫大な財が必要だ。国の財は何故これしかないのだ?実際はもっとあるはずだろう」

 アスールの資料には財政状況も記されている。そこにある数字はあまりにも心許ない。

「ご想像の通りですよ。皆、私腹と化しておるのです」

 度重なる賄賂に忖度された減税。これはある意味なるべくしてなった姿とも言える。

「なんとも身勝手極まりない国民どもよ。自分のことしか考えておらん者共がこの国を腐らせるというのかっ!」

 エドワードは強い怒りを露わにしている。自らが王につけばこうはならない。その悔しさが更に怒りに拍車をかけている。

「――外貨はどうだ。隣国は我が国の生産物を必要としているはずだ。もっと稼げる方法はないのか?」

 エドワードが指す隣国とはペルシニア王国のことだ。

「それについては、両国の間にあるアルトバラン王国が鍵となっております」

「アルトバラン……あの小国か。小国如きにどんな力があるというのだ」

 エドワードからすればアルトバランは取るに足らないただの小国家である。国の規模からすればそう思うのは当然の差があった。

「あの国は現国王ブラッドバーンが商業を生業として作り上げ、アテナティエ、ペルシニア両国の生産物が集まる商業国家になっております。そこに行けば全てが揃うために、商人達はこぞってあそこに集まっているようです。利益の一部はアルトバランに流れてしまっているという状況に……」

 それを聞いたエドワードは更に眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「他国の生産物で財をなす寄生国家め。――あの土地も元々は我らが領地であったのだろう?なんとも忌々しい話だな」

「とはいえ、賞賛すべきはアルトバランの現国王でしょう。武の才、商の才を併せ持った賢王。国を作り上げ、しいてはこの仕組みを作り上げたのは見事という他ありません。噂では第一王子は現国王に負けず劣らずの武の才を持つと言われています」

 アスールはその手腕によりアルトバラン王国のことまでも調べ上げていた。

「第一王子ということは第二もいる訳か」

「はい、第二王子は心優しいだけで頼りないとの評判のようです」

 どうやらカイルの評価はそのまま他国にも伝わってしまっているらしい。

「ふん、第二はボンクラか。なるほど。――では現国王と第一が退けばあとはボンクラだけということか」

「それはそうですが、それ自体一筋縄にはいかないかと思います」

「アスール。――私が国王となった際にはまずアルトバランを攻略する。そして財を増やし、この国を立て直しにかかるぞ。今はまだ文官達に取り入り、その地位を確固たるものにしておいてくれ。私は軍を強化しにかかろう。今から準備を始めるぞ」

「はっ、かしこまりました」

 アルトバラン王国の隣国アテナティエでは、才能溢れる若き皇太子がアルトバランを照準を定め、虎視眈々と牙を向く準備に取り掛かるのであった。
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