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第九話 怪力のボッツ

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 丸太を地面に突き刺すように立て、ぐるりと囲いをつくってある山賊のアジト。

 それは単純ながら高い防御性能を誇っていた。その中に小さな集落のようなものを形成し、少しずつ勢力を拡大していたボッツ一味。

 そのアジトの入口となる場所には見張り役の男が二人ついている。

 とは言え、こんなところに乗り込んでくるやつなんかはいるはずもなく見張り役の男達も座り込んだ状態で酒を楽しんでいた。

 そんな中へ、突如木刀を抱えて突っ込んでくる者がいた。

「オラァァァァ!!」

 叫び声と共に、振り下ろされる一撃に酔った身体は反応することもできずあっさりとやられてしまう見張り役。

 ルディはそのまま中に入り込むと辺りを見渡し大きく息を吸い込んだ。

「アーーーッシュ!!エマァァァァァ!!どこだぁぁ!」

 その叫びは辺り一面に響き渡る。アジト内は途端にざわざわと騒々しくなっているが、ルディは目を閉じ集中している。

 そして、その耳は僅かに聞こえたルディと叫ぶ声を聞き逃さなかった。アッシュだ。確かにアッシュの声がした。

「アーーーッシュ!待ってろ!いま助けにいくぞ!」

 ルディがそう叫んでいる間にも既にルディの周りには山賊達が武器を持ち集まり始めていた。

 そばにカイルの姿はない。恐らくは単独で行動しているのだろう。ルディはもはやカイルがいないことなど気にもしない。

 あいつなら自分には考えもつかない何かの目的のために動いているはずだ。

 自分の役割はもはや言われずとも把握している。俺は何も心配することなくただ真正面からこいつらに戦いを挑むだけだ。

「オラァァァァ!山賊共!かかってこいやぁ!!」

 木刀を構え、ルディは自身の存在を誇張するように高らかに叫び声をあげた。

 ▽     ▲     ▽

 子龍はルディに続きアジトの中に入ると、すぐに木の壁伝いに円を描くように突き進んでいた。

 ルディならば少々囲まれてもものともしないだろう。子龍は鍛錬を通してルディの実力を少なからず認めている。

 しかし、そんなルディを窮地に立たせる存在がいる。後方から矢を放つクロスボウである。

 戦いながら矢を避けるのは至難の技だ。それに加え、今は矢を受ける防具すら身につけていない。

 子龍は木の上からクロスボウを持つ男がどこに何人いるかを観察していた。

 ざっと数えて10人。場所もしっかり把握している。子龍が狙うのはクロスボウを手にする男だった。

「ルディ、しばらく耐えてくれよ」

 一人目の居場所に向かうと案の定、クロスボウを構えルディを狙っている男がいる。

 アジト内を見渡すと他にもちらほらと同じようにクロスボウを構える男達が見てとれた。

 皆一様にルディに向かって高い場所から狙いを定めている。

「まずいな。これは一刻を争うか」

 いちいち木刀で殴って回っていては時間がかかりすぎると判断した子龍は拳ほどの石を拾うと、思い切り男目掛けてぶん投げる。ぎゃ!という声と共に男は床に崩れ落ちていった。

 そのまま音を立てずに次の男に近づき、石をぶん投げては移動を繰り返していく。もちろんこの投石でさえも鍛錬済みである。

 その百発百中の投石により、あっという間に10人のクロスボウ持ちを沈めると子龍はルディの方へは向かわず、後方で酒を飲み続けている一人の男の前へとやってきた。

「あん、なんだ?てめー?どうやってここまで来やがった」

 子龍は表情を変えぬままボッツを観察している。明らかに常人とは異なる肉付き。怪力自慢といったところだろう。

 アジトを囲んでいる木の丸太はどうやって作ったのかと不思議だったが、この男が突き刺したのだろうと思うと納得するほどだ。

「何も答えねーってか。――って、おいおいおいっ!なんだよ。まさか武器はその棒きれか?俺も舐められたもんだなぁ」

 ボッツは子龍が木刀を手にしているのを見ると、顔に手を当て笑いだす。どうやら負けるとは微塵も思っていないらしい。

「お前の相手は私だ。いいからその汚い口から臭い息を吐くのをやめてかかってくるがいい」

 全くこんな舐めた態度を取られたのは久々である。子龍は木刀でボッツを指し挑発した。

「なんだと?この野郎。俺様が一番気にしていることをぬけぬけと!」

 怒り立ち上がるボッツ。でかい。それは6尺はゆうに超えているであろう巨体の男であった。

 だが、木刀を棒きれと馬鹿にした割にボッツの方は武器を何も手にしていない。どうやら徒手で戦うつもりのようだ。

 ならば先手必勝と子龍は走り出し、強襲をかけることにした。巨体とはいえ武器の間合いではこちらが優っている。この有利を利用しない手は無い。

「キェエエアアアア!!」

 すれ違い様に一閃。子龍は上段に木刀を構えると一気に頭上目掛けて振り下ろした。

 鋭い一撃に男は避けることも敵わず子龍の一撃は見事に頭頂部に命中する。

「いってぇぇぇ!――くそがぁ!いてぇな、このガキ!」

 男はその毛の無い頭を摩りながらも、意識を失うこともなく平然と立っている。

 まだ貧弱なカイルの身体つきとはいえ先程の一撃は真芯を捉えていた。何という頑強さだろうか。

「言っただろ?――確かに痛ぇが、ただそれだけだ。その棒きれじゃあどうやっても俺には勝てねーぞ!ほらっ、もっとこいよ」

 男はいまだ余裕な様子で子龍を挑発している。ならば、と再び子龍が走り出す。同じ場所にもう一撃食らわせてやる。

 そして、甲高い叫び声と共に同じ速さ、寸分違わず同じ場所に渾身の一撃を食らわせた。

「だから、効かねーって言ってんだろっ!」

 ボッツはそれを待っていたかのように、子龍の一撃を無視し、横振りに拳の裏で子龍の腹部を思い切り殴りつける。

「ぐふぁ!」 

 重く強烈な一撃を食らい、吹き飛びながら悶絶する子龍。しかし、すぐに片手をつき体勢を立て直した。

 この感覚は久しかった。呼吸がしづらくなるほどの一撃を食らい、相手は余裕の顔をして見下している。あぁ、素晴らしいほどに劣勢だ。私は今、劣勢に陥っている。

「ふはは、……ははははっ」

「何だお前。なんでそんなに嬉しそうなんだよ。……気持ち悪いやつだな」

 ボッツの顔は若干引き攣っていた。本気で気持ち悪がっている。気づかない内に笑ってしまっていた。いかん、いかん。

 だが、私は嬉しくて仕方がないのだ。生前は骨のある武士はほとんどおらず、私と満足に戦えるものも多くなかった。

 道場破りを待ったりもしたが結局は対したことのない輩ばかりだった。

 それがこの世界はどうだ。ルディはただの貧民であったし、この男もただの山賊である。

 カイルの身体が十分ではないとはいえ、これほどの男がそこら中にゴロゴロと転がっているのかと思うと血湧き肉踊るというやつだ。面白い。――私はこのような戦いを待っていた。

 子龍は立ち上がり木刀を正眼に構えた。もはや手加減などしない。殺すつもりで行く。

 その気迫と殺気は周辺の空気を一変させた。これには今までと違う何かをボッツも感じとっていた。

「本気という訳かい。いいぜ、終わりにしようや!」

 ボッツもこの戦いで初めて拳を構える。ボッツが思わずそうするほどの殺気を子龍は放っている。

 しかし、何を打ってこようとも俺は耐えられる。それを無視して殴ればいい。ボッツはそう腹に決めている。

 元より器用な方ではない。あるのはこの頑強な身体と誰にも負けない怪力だ。

 しばらく牽制しあったのちに、先に仕掛けたのはボッツの方だった。

 ボッツ自身も何故先に動いたらのかはわからない。だが、子龍のこの気迫がボッツを突き動かしていた。

「うらあああああ!」

 ドスドスと巨体を揺らしながらボッツが走り寄る。作戦通りにボッツは大きく腕を振りかぶり、目一杯の力を込めて拳を振った。

 何があっても止まらねぇ。このまま振り抜いてやる!

「キェエエアアアア!!!」

 甲高い叫び声が響き、ボッツの動きがピタリと止まる。

 身体が動かない。どんな攻撃が来てもただそれに耐えて殴るだけのはずだ。

 しかし、身体が言うことを効かず喉元に強い衝撃を受け、呼吸が止まってしまっている。

 見ると子龍から木刀が一直線に伸び、突きがボッツの喉元に突き刺さっていた。

 ひゅー、ひゅーとかすかな呼吸しかできず、顔は紫色に変化しボッツは地面に倒れ込んだ。

 子龍は木刀において一番貫通性の高い突きを選択した。更には後の先を狙うことでボッツの勢いをも利用し、急所の喉元を狙うという周到振りだ。

 常人であればこれを食らえば確実に死んでいる。現に殺すつもりで放った一撃だった。

 だが、この大男は辛うじて生きているようだ。なんとも頑強なる男よ。しかし、これではしばらくまともに動くことも敵うまいと子龍は入口の方へと向かうのだった。
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