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それでも、友達でいてくれますか
しおりを挟むミアは衝撃の事実にショックから立ち直れないまま、ルチルに連れられてヘンリーと三人で医務室へ向かった。
今までごく普通に彼――ヘンリー王子と本の話や世間話をしていたことが悔やまれる。しかも先ほどはケガまでさせてしまった。第一王子におぶさって本を取ろうとする呑気な令嬢は一体何人いるだろう? ……おそらく、私だけに違いない。
ミアは自分のやったことを頭の中で反芻して、ひどい眩暈を感じた。
ヘンリーが王子だったことに対してどう対応すればいいかわからず、道中にほとんど会話はなかった。
ヘンリーはミアの顔色をちらちらと窺って、申し訳なさそうな顔をしていたがルチルに諫められるのを気にしているのか、特に何も言ってこない。
不思議な薬品の匂いのする医務室に着くと、医者に痛いところがないかなど簡単な質問をされ、特にないです、大丈夫ですとミアは答える。
ヘンリーは本をぶつけたところにたんこぶができていた。一応冷やしておくといい、と医者に言われ氷嚢をしばらく患部にあてていた。一通り診察が終わると、ヘンリーはおもむろに口を開いた。
「ミア、隠していて悪かったね。今日は離宮までは僕が送っていこう」
「いいえ大丈夫です、一人で戻れますので。……今までのご無礼、本当に申し訳ございませんでした」
ヘンリーが王子だと知って途端に他人行儀な言葉遣いになったミアに、ヘンリーはいささか悲しそうな表情をみせた。
「謝らないで。もう結構遅い時間になってしまったし、歩きながら少し話でもしたくて」
いいよね、と彼がルチルに目配せるすると、すぐにお戻りくださるなら、と彼女は答えた。
ミアはそれでも固辞しようとしたが、ヘンリーが子犬のような瞳で見つめてくるのでそれ以上は何も言えなくなってしまった。瞳はグレンにそっくりなだけに、なんだか調子が狂う。
ミアが遠慮がちに、それならすみませんが、と言うとヘンリーは花の蕾がほころぶように優しい顔で笑って、ありがとうと答えた。
――王子でなくとも、端正な顔でそんな表情を向けられて、否と言える人はいないに違いない。
ヘンリーに導かれるがまま二人は王宮の長い廊下を歩き、裏口から外へ出た。秋といえども日が落ちるのは早く、すでにうっすらと月が出ている。北風が吹いて木々をさわさわと揺らし、色付いた葉っぱが数枚とんでいった。もう冬の気配がそこまできている。
「僕のこと、嫌いになったかい」
ポツリとヘンリーがつぶやいた。風に吹かれた長めの金髪が、彼の表情を隠している。
「嫌いになるだなんてまさか……あなたと本の話をして友達になれて、嬉しかったんです。ただ、何も知らずにいた自分が恥ずかしくて」
「本当に? 僕も君と友達になれてよかったと本当に思ってるんだ。毎日君に会うのが楽しみで、図書館に通ってしまうくらいには。書庫番とか王子とか関係なく、僕たちはこれからも友達だよね? ――だったら、敬語はやめてほしいな」
「それは……」
そのお願いに、ミアは困って言葉を詰まらせる。
「今まで通り普通に接してよ。せっかくあんなに苦労して取った本の感想も聞けないのかい?」
たんこぶまで作ったのにさ、と首をすくめておどけたヘンリーに、ついミアは噴き出した。それにつられてヘンリーも笑う。何がツボに入ったのか、そのまま二人は顔を見合わせ声を出して笑った。
「……わかったわ、ヘンリー。あなたがいいなら、今まで通り友達として接してもいいかしら?」
「もちろん! ああよかった、大事な友達を失わないで済んだ」
「あ、ただしルチルさんの前では流石に敬語を使ったほうがいいわね」
「あはは、それはそうかもしれないね」
一度打ち解けてしまえば、不思議なことに二人は身分を隠していた時より距離が近付いたように思えた。
軽口を言い合いながら歩いていると、あっという間に離宮に着いた。窓から明かりがついているのが見える。
「グレン王子が帰ってきているみたいだわ。こんなに早いのは珍しいかも。せっかくだから、ヘンリーも寄って行ったらどうかしら」
言ってしまってから、まずいことを言ったかもと後悔した。グレンとヘンリーは兄弟のはずだが、腹違いと聞いている。何か複雑な事情が二人の間にある可能性も考えられる。例えば、王が側室や妾を持つのは珍しくもないが、そのせいで後継者争いが起こるのもよくある話だ。
そもそも、グレンが二十年前にアルメリア王国を出ることになったきっかけも、もしかしたらそのあたりの事情にあるのでは――と良くない想像まで浮かんできてしまう。
しかし、そんなミアの想像を打ち消すように、ヘンリーは目を輝かせる。
「いいの?」
「も、もちろん。グレン王子も拒まないと思うわ。多分、見かけより怖い人ではないと思うから」
ミアはほっと胸をなでおろした。
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