上 下
20 / 48

それでも、友達でいてくれますか

しおりを挟む

 ミアは衝撃の事実にショックから立ち直れないまま、ルチルに連れられてヘンリーと三人で医務室へ向かった。

 今までごく普通に彼――ヘンリー王子と本の話や世間話をしていたことが悔やまれる。しかも先ほどはケガまでさせてしまった。第一王子におぶさって本を取ろうとする呑気な令嬢は一体何人いるだろう? ……おそらく、私だけに違いない。
 ミアは自分のやったことを頭の中で反芻して、ひどい眩暈を感じた。


 ヘンリーが王子だったことに対してどう対応すればいいかわからず、道中にほとんど会話はなかった。
 ヘンリーはミアの顔色をちらちらと窺って、申し訳なさそうな顔をしていたがルチルに諫められるのを気にしているのか、特に何も言ってこない。

 不思議な薬品の匂いのする医務室に着くと、医者に痛いところがないかなど簡単な質問をされ、特にないです、大丈夫ですとミアは答える。
 ヘンリーは本をぶつけたところにたんこぶができていた。一応冷やしておくといい、と医者に言われ氷嚢をしばらく患部にあてていた。一通り診察が終わると、ヘンリーはおもむろに口を開いた。

「ミア、隠していて悪かったね。今日は離宮までは僕が送っていこう」

「いいえ大丈夫です、一人で戻れますので。……今までのご無礼、本当に申し訳ございませんでした」

 ヘンリーが王子だと知って途端に他人行儀な言葉遣いになったミアに、ヘンリーはいささか悲しそうな表情をみせた。

「謝らないで。もう結構遅い時間になってしまったし、歩きながら少し話でもしたくて」

 いいよね、と彼がルチルに目配せるすると、すぐにお戻りくださるなら、と彼女は答えた。
 ミアはそれでも固辞しようとしたが、ヘンリーが子犬のような瞳で見つめてくるのでそれ以上は何も言えなくなってしまった。瞳はグレンにそっくりなだけに、なんだか調子が狂う。
 
 ミアが遠慮がちに、それならすみませんが、と言うとヘンリーは花の蕾がほころぶように優しい顔で笑って、ありがとうと答えた。
 ――王子でなくとも、端正な顔でそんな表情を向けられて、否と言える人はいないに違いない。

 ヘンリーに導かれるがまま二人は王宮の長い廊下を歩き、裏口から外へ出た。秋といえども日が落ちるのは早く、すでにうっすらと月が出ている。北風が吹いて木々をさわさわと揺らし、色付いた葉っぱが数枚とんでいった。もう冬の気配がそこまできている。

「僕のこと、嫌いになったかい」

 ポツリとヘンリーがつぶやいた。風に吹かれた長めの金髪が、彼の表情を隠している。

「嫌いになるだなんてまさか……あなたと本の話をして友達になれて、嬉しかったんです。ただ、何も知らずにいた自分が恥ずかしくて」

「本当に? 僕も君と友達になれてよかったと本当に思ってるんだ。毎日君に会うのが楽しみで、図書館に通ってしまうくらいには。書庫番とか王子とか関係なく、僕たちはこれからも友達だよね? ――だったら、敬語はやめてほしいな」

「それは……」
 そのお願いに、ミアは困って言葉を詰まらせる。

「今まで通り普通に接してよ。せっかくあんなに苦労して取った本の感想も聞けないのかい?」

 たんこぶまで作ったのにさ、と首をすくめておどけたヘンリーに、ついミアは噴き出した。それにつられてヘンリーも笑う。何がツボに入ったのか、そのまま二人は顔を見合わせ声を出して笑った。

「……わかったわ、ヘンリー。あなたがいいなら、今まで通り友達として接してもいいかしら?」

「もちろん! ああよかった、大事な友達を失わないで済んだ」

「あ、ただしルチルさんの前では流石に敬語を使ったほうがいいわね」

「あはは、それはそうかもしれないね」

 一度打ち解けてしまえば、不思議なことに二人は身分を隠していた時より距離が近付いたように思えた。
 軽口を言い合いながら歩いていると、あっという間に離宮に着いた。窓から明かりがついているのが見える。

「グレン王子が帰ってきているみたいだわ。こんなに早いのは珍しいかも。せっかくだから、ヘンリーも寄って行ったらどうかしら」

 言ってしまってから、まずいことを言ったかもと後悔した。グレンとヘンリーは兄弟のはずだが、腹違いと聞いている。何か複雑な事情が二人の間にある可能性も考えられる。例えば、王が側室や妾を持つのは珍しくもないが、そのせいで後継者争いが起こるのもよくある話だ。
 そもそも、グレンが二十年前にアルメリア王国を出ることになったきっかけも、もしかしたらそのあたりの事情にあるのでは――と良くない想像まで浮かんできてしまう。

 しかし、そんなミアの想像を打ち消すように、ヘンリーは目を輝かせる。

「いいの?」

「も、もちろん。グレン王子も拒まないと思うわ。多分、見かけより怖い人ではないと思うから」

 ミアはほっと胸をなでおろした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

処理中です...