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図書館の彼の正体は……

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「あの、ヘンリー。私重いから、せっかくだけど遠慮したいのだけど……」

「何言ってるんだ、見るからに軽そうじゃない。大丈夫、遠慮しないで」

「でも人に見られたら恥ずかしいし」

「こんな図書館の隅まで、だれも来ないよ」

 しばらく押し問答を続けたが、ミアがいくら断ってもヘンリーは膝をついたまま動かない。
 このまま口論を続けるほうが人目を引きそうだと、とうとうミアは観念した。

「……わかったわ、お願いすることにする。じゃあ、失礼します」

 おそるおそる、ミアはヘンリーの細い肩に手を回した。ミアの鼻先にある金髪はサラサラでいい匂いがした。不覚にも、ミアの鼓動は早くなってしまう。こんなに男性に密着したのは初めてで、仮にも婚約者であるグレンに対し一抹の罪悪感を覚えた。
 
 ――本を取るためだけなのだから、緊張するほうがおかしいのよね。

 ミアは気を引き締めた。

「はい。もう立っても大丈夫」

「うん、しっかり捕まってて」

 案外、ヘンリーはしっかりとした足取りでミアをおぶって立ち上がった。見た目よりは力があるようである。
 そのまま一歩、二歩と本棚に近づく。

「やっぱり君は羽みたいに軽いね」
「もう……恥ずかしいから、早く済ませましょう」

 無邪気なヘンリーの言葉に耳が熱くなる。
 ミアはごまかすように彼を急かして、お目当ての本に手を伸ばした。

「うっ……ぎりぎり指先は届いたけど、ぎっちり本が詰まってて動かないわ」

「本当かい? ちょっと僕が背伸びしたらどうかな」

「ありがとう、これならいけるかもしれない」

 ミアは指先に力をこめて、本を引き抜こうとした。周りの本も一緒に前にずれてきている。
 でも、あと一息。
 これでどうだ、とミアは両手をつかって一気に本を引き抜いた。

 その時。

「「あ」」

 二人の声が重なった。

 無理やり引き抜いたせいで、微妙なバランスで本棚に詰まっていた本たちの均衡が崩れた。その瞬間、バサバサと音を立てて何冊もの本が雪崩のように二人の頭上に降り注ぐ。ミアはとっさに頭をかばったが、ミアをおぶっていたヘンリーは動けず、分厚い本の角が彼の頭に直撃した。

「痛ったあ!!」

 あまりの衝撃に、ヘンリーはよろけてミアごとその場に倒れこんでしまった。

「へ、ヘンリー大丈夫?!」

 ミアは顔を青くして床にのびている彼の頬を叩いた。

「だ、大丈夫……ごめん、君こそケガはない?」
「私は全然平気よ。本当にごめんなさい、あなたを下敷きにしてしまったから……」

 どうやら大事はなさそうでミアはほっとする。
 二人は散らかった本の中で無事を確認しあっていたが、本が崩れた音を聞きつけて、近くに居た高齢の使用人が駆けてきた。

「ヘンリー様! お怪我はありませんか?!」
「大丈夫、すこしぶつけただけ」

 顔面蒼白、といった様子の使用人はミアと散らばった本には目もくれず、しきりにヘンリーを心配した。本を頭にぶつけた本人よりも彼女のほうがよほど顔色が悪くなっていて、見ていて可哀そうになるくらい狼狽えている様子だ。
 一人蚊帳の外になったミアはぽかんとしてその様子を見つめている。

 使用人はギロリとミアを睨んで、
「ご令嬢。どなたか存じ上げませんが、ヘンリー様に何かあったらどう責任をとられるおつもりですか」
「えっと……ごめんなさい」

 いきなり話しかけられてミアははっとする。ヘンリー様という丁寧な呼び方に少し引っかかったが、彼女のすごい剣幕に押されてとっさに謝った。

 ヘンリーは、憤慨した様子の年老いた使用人を制した。

「ルチル、ミアは悪くないんだ。僕のわがままに付きあわせてしまった」
「いいえ、私が馬鹿だったの。あんなに無理やり本を引き抜くんじゃなかった……ごめんなさい、ヘンリー」

 二人のやり取りを聞いて、ルチルと呼ばれた使用人は信じられないといった顔で、額に手を当ててよろめいた。

「まあ、ヘンリー王子にため口を使うだなんて! じきにこの国の王になられる方ですよ!」

 ――え。
 何と言った?

 今、とんでもない単語が聞こえたような気がした。

「あーあ。言っちゃった……」

 呆然としているミアにはお構いなしに、ヘンリーはつまらなそうに目を伏せて、唇を尖らせる。

「君が何にも気付いていないようだったから、つい面白くて隠していたんだ。ごめん」

 その事実に、ミアの脳が理解を拒む。

「僕はヘンリー=フォン=アルメリア。君の婚約者――グレンとは腹違いの兄弟さ」

 ――あと、一応この国の第一王子。

 ヘンリーは何でもないことのようにそう付け加えたが、色々なことがショックすぎてミアは何も言えずのその場で固まったままだった。
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