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いつかのお見合いの再来のような
しおりを挟む案内された客間は、調度品こそ整ってはいたが、私物などは一切置いておらずあまり生活感を感じられなかった。それどころか、よく見るとそこかしこに薄い埃が溜まっている。客人を呼ぶことがそもそもないのだろう、とミアは想像した。
いつかのお見合いの時のように、二人は向かい合って客間のソファに座った。
「あの、手紙をありがとうございました」
グレンは目をそらす。
「いや。遅くなって悪かった」
「いいんです。てっきりグレン王子のご機嫌を損ねたものかと思っていたので、あんなお返事をもらえるとは思っていませんでした。」
「俺も、お前がすんなり来るとは思っていなかったんだがな」
思った以上に普通に会話ができることに安心しながら、ミアはずっと感じていた疑問を投げた。
「でもなぜ、私のことをもっと知りたいと言ってくださったのですか」
「それは俺がそう思ったからだ」
その言葉が全く答えになっていなかったので、ミアは苦笑した。
「しかし随分大荷物で来たのだな。王宮の方に今日泊まる部屋を準備しよう」
「え? しばらくここで暮らすようにとアインさんに言われましたが」
「……そうなのか」
――アイン、勝手なことを。しかしよくやった。
グレンは優秀な部下を持ったことを密かに感謝する。
「私の勘違いでしたでしょうか。ご迷惑なら……」
「いいや、迷惑じゃない。部屋も空いているからここを使ってくれ」
おもむろに、グレンは立ち上がった。
「夕食の準備ができるまでもう少し時間がかかる。少しここを案内しよう」
「はい、よろしくお願いします」
その後、グレンの後をついて一通り屋敷の中を周った。
グレンによると、この屋敷は数代前の王が、病を患った王妃のために建てたものらしい。王宮の本殿から少し離れ、静かな環境は病気療養にはぴったりかもしれない。なかなか外に出れなくても、窓から見える美しい湖が心を慰めてくれるはずだ。
しかし、王妃が亡くなったあとはほとんど使われることもなくなった。ひっそりと佇む屋敷のレンガの壁にはやがて蔦が這い、たまに掃除にくる使用人以外、出入りも途絶えたのだとか。
「アインさんもここに住んでいるんですか?」
「いいや。アインはここに入り浸ってはいるが、基本的には騎士用の宿舎を使っている」
「こんなに広いのに、もったいないですね」
人々に忘れ去られた離宮に、グレンは一人で住んでいるらしかった。
「こんな古い屋敷でも、一応もとは王妃の為のものだったからな。王族以外が住むことは禁じられている」
「……え。だったら私も駄目なのでは」
「お前は俺の婚約者だろう」
まだ仮とはいえ、とグレンはつけ加えた。
――俺の婚約者。その不意打ちの言葉に驚いてミアの肩がびくりと跳ねた。
屋敷は二階建てで、一階に厨房、食堂、浴室などの共有部分、二階にグレンの部屋や書斎があった。二階はほとんどが空き部屋だ。好きな部屋を使っていいと言われたので、ミアは角のテラスのある部屋を選んだ。グレンの部屋は階段を上がってすぐの部屋らしいが、中には入れてもらえなかった。
先ほど玄関ホールに入った時にも感じたことだったが、不思議なことに、ここには一人も使用人が居なかった。その証拠に、グレンの普段の生活圏外と思われる客間や書斎にはどこも薄い埃が溜まっており、とても手入れが行き届いている状態とはいえない。
ミアはその訳を聞こうか迷ったが、あまり良くない理由があるような気がして止めておいた。王国中でグレンの悪い噂が流れているのだから、皆が彼に近づきたがらないのは王宮内とて同じだ。面倒を見たがる使用人がおらず、放置状態になっているのかもれない。
「少し意外でした。王族の方は皆、すごく華やかな暮らしているものかと」
「これも十分すぎるほどだ。ノラム公国に居た時には、投獄されて何もない部屋に数か月鎖で繋がれたこともあったからな」
グレンは天気の話をするくらい何でもなさそうな声色で言ったが、ミアはあまりに物騒な内容に目の前の男が冷血騎士であることを思い出して震えたのだった。
――流されるままここまで来てしまったが、やはり用心しなくてはならない。
ミアは、眼帯で半分隠れた男の横顔を見た。
一度や二度優しいところを見たくらいで、絆されてはいけないと思った。噂のことは本当だと本人も認めているのだ。彼が冷血騎士と呼ばれる所以は必ずあるはずである。
(ちゃんと、見定める必要があるわ)
この男の中に眠る優しさも、残忍さも、まだ何も知らないのだから。
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