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中編 *

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 ノブが回る音、開いてドアが軋む音、男の人の足音が生々しいくらいはっきりと聞こえる。瞬く間もなく、腰に乗っていた男、わたしのそばで立っていた男が床に投げおとされた。

「セラエル」

 一言で誰の声かわかった。
 ディアンシャの声ってこんなに美しいんだ。あと百回くらい呼んでほしい。声だけで心が洗われる思いがするし、きらきらしてふわふわしてどこかに飛んでいっちゃいそう。

 呆然としたままのわたしを、上半身を抱えて起きあがらせた。
 ……どうしよう、今ディアンシャに触られたら、わたし、なんか。

「ディアンシャ、ね、ねぇ。あのさ、ディアンシャ」

 縋るように抱きつくと、彼が耳元で囁いた。

「間に合わなかったか」

 少し離して薄目で胸元や顔を見つめる。浄化魔法でわたしを洗い、頬を何度か擦った。
 ……は、だ。だめ。
 ディアンシャにほっぺ触られたら、触られるだけで。

「なにされた?」
「え…………。なに? なんだろう、間違えて強く抱きしめちゃって、あの人痛いって言ってた。肋骨折れてないよね? 謝らなきゃ。さっきも首にキスされそうになって……だから、断ろうとして剥がしたら、痛いって。舐めてた……のかな? あと目を隠されたからよくわかんなくて……」
「謝んなくていい。お前は悪いことしてねえよ」

 ディアンシャは少し体を離すと、わたしの額に手をのせた。頬に指を滑らせる。

「どんな感じ?」
「もっとして。ね……いろいろ、もっと、触って。ディアンシャならいいから。おねが、い。気持ちいい」
「俺が血吸ってたときと、どれくらい違う」
「わかんない。ひゃくばいくらい。ディアンシャのこえがめちゃくちゃかっこいいよ」

 彼は視線を落とし、机にあるラムネを触った。小声で呟いている。

「そうとう盛られてんな。酒に酔ってたから効くと思ったんだ」
「なんのはなし? ね、キスしていいから。きもちくて、ねぇ」

 ディアンシャは首を傾げた。いつもの数倍、目の奥まで輝きの見える青眼が笑う。

「堕天させていいの? 最後までしちゃうよ」
「え、え?」

 一瞬なんの話かわからなかった。

「それ……れは、だめ。ぜったい、だめ」
「意地悪」

 ディアンシャはわたしを横抱きにして部屋を出た。床を見れば、ふたりの男が気絶して倒れている。

「この人たち……しんでないよね? ころして、ない?」
「殺したほうがいいだろ」
「なんで? わるいこと、して、ない、でしょ?」
「妙な薬盛られてんじゃねえか。そのまま犯されてよかったのか?」
「……え?」
「力入れすぎたとか言ってるし、抵抗はできるみたいだが。きっと後悔すると思うよ」

 ディアンシャがいっぱい話してくれて嬉しい。声が聞けるし、今抱きあげてくれてるのも嬉しい。首にぎゅうと抱きついた。

「いっしょにホテルかえろ。ディアんしゃ。今日はいっしょに寝てくれる?」

 彼はすたすたとフロアを歩いている。
 カジノ店のさまざまな歓声、スロットマシーンの効果音、店内BGM、すべての音がそれぞれ鮮烈に聞こえ、しかも二重三重に音が響いて壮大な交響曲のように聞こえる。

「音がきれい……」
「お前、毒は効くの?」
「にんげんのどく? 苦しむようなものは効かないよ」

 ディアンシャは首を傾げた。

「まあいいや。天使だし影響はねえだろうが、記憶は残ったらいいな」
「んー?」

 よく見ると、ちゃんと彼はわたしが渡したブランド物の鞄を持ってくれていた。そこにカジノ店で手に入れた宝飾品がぜんぶ入っている。

「うれしかった? 持ってきたの? わたし頑張った?」
「頑張ったから、これ以上首絞めんな」

 ディアンシャは悪魔で、わたしと同じくらい位の高い悪魔なので簡単に死ぬことはない。だけど、あんまり強すぎたらやっぱし苦しいはずだ。
 慌てて緩めて、肩に顔を擦りつけた。

「早くもどろ……ぎゅうして……。ねぇ……」

 地上に出る階段を上る。夜風が顔に当たった。冷たい夜風の感触に体が総毛立った。気持ちいい。風も気持ちいい。ぞくぞくする。自然の素晴らしさを感じる。

「いくつ食べたの、あのラムネ」
「わかんない……勧められたから……。二十個くらい……」
「食いすぎ」


 ディアンシャはいつもより早足で道を歩き、たぶんバレない程度に魔法も使って最速でホテルへ戻った。魔法で部屋の扉を開き、ようやくベッドに体を下ろされる。
 ディアンシャがそのまま離れようとするので、急いで脚を掴んだ。

「やだ。やだ……やだ」
「服着替えるだけ。お前も着替えんだろ」
「んー……」

 うまく魔法が使えるかわからない。ディアンシャもそれを察したのか、わたしのブラウスのボタンを外しはじめた。
 彼の指が胸元に触れるたびにどきどきして、あまりの快楽にどうにかなりそうだった。

「ディアンシャ、やめて、やめてそれ。くすぐったい。きもちくて、だめ」

 ディアンシャは諦めたのか、伸ばした鉤爪でブラウスを切って脱がした。同じようにスカートを切れ目を作り、下着姿のわたしに浄化魔法を使う。ホテルに備えつけられていたバスローブを着せ、体を包んだ。

「寒くない?」
「熱いよ。熱い……」

 ディアンシャがまたいなくなろうとするので、腕を引っ張る。

「どこいくの」
「水取りにいくの」
「どこにも行かない? ここにいて」
「行かない」
「一緒に寝てくれる? ぎゅうして、寝てくれる?」
「いつもそう言えよ」
「えぇ?」

 頭を撫で髪を乱してから、ディアンシャは水を取りにいった。ペットボトルにストローを指して飲ませてくれる。

「熱い……」

 ディアンシャはまた何かわたしに魔法を使った。

「これじゃ無理か」
「なにしたの?」
「治癒魔法。悪魔の俺じゃ、天使のお前にはかかんねえわ」
「何を治すの?」
「熱いって言ってんじゃん」

 ベッドに座る彼に近づき、腕を抱きしめた。

「熱いの、大丈夫。痛いとこないよ。気持ちいいだけ。もっと喋って」
「なんで」
「声がかっこよくて、聞いてるだけで……おかしくなりそう」
「阿呆」

 軽く笑い、くしゃくしゃと頭を掻く。
 彼の膝に乗りあげ、思いきり体を抱きしめる。

「意地悪しないで。寂しい、さみしかった」
「そうだな」
「どうして最後は助けてくれたの? わたしが宝飾品、渡したから?」

 ディアンシャはわたしの背中を優しく撫でた。その温かい手触りにもどかしさが募って気絶しそうだけど、久しぶりにちゃんとお話してくれそうで、話してくれる機会を逃すのも嫌だった。

「なんであんなの集めてくるんだよ」
「ほしいかなって……思って。嫌味言っちゃったから……お詫び」
「何回お詫びすんの? 俺のほうが傷つけてんのに」
「そぉ、なの?」
「そんなに俺に嫌われたくないの」

 声はさっきと同じく、淡白で飾り気がなかった。

「うん」

 ぎゅうと音が出るくらい力を強くした。

「なんであんな嫌味言ったの?」
「え~」

 体を擦りよせ、ディアンシャの首筋に顔を埋める。

「嫌だもん……いっぱいくっついてて、キスしようとしてた……。他の子と仲良くしないで。見たくないもん」
「嫉妬してんの」

 一定のトーンで言葉が返される。その透きとおった声がだいすきだった。

「わかんない……嫉妬なの? 嫉妬は、ディアンシャのことが好きだと起こるものだよ」
「好きじゃねえの」
「悪魔なのに、好きじゃないよ?」

 声が嗤った。

「へえ?」
「ほんとだよ?」
「でも他の子と話してほしくないし、ハグはしたいんだ」
「うん!」

 ディアンシャに体を擦りつける。いい加減全身を駆けめぐる快楽をどうにかしたくなってきた。

「もっといろいろして。気持ちいいのして。ねえ。ディアンシャは……仲良しだから。だからしたいの」
「仲良しな人とは誰とでもすんの」
「えと……わかんない。ディアンシャ以外、たくさんお喋りして、たくさん遊んだ人、いないもん」
「そうだな」

 わたしの頭を撫でた。気持ちいい。だめだ、気持ちいいよ。膨大な快楽物質が全身をあちこち駆け巡っていて、どうにかなりそうだ。
 ディアンシャはゆっくりとわたしの体を倒し、上に被さる。

「どこまでしたい?」
「どこまであるの? 気持ちいいのぜんぶしたい」
「なに、入れていいってこと?」

 声に妖しい微笑をまとわせる。

「入れて? え? なにを?」
「なんでしょう。気持ちいいのしたいんだろ」

 ディアンシャの見下ろす青い目線にじりじりと心が灼けていく。かっこいい。ずっと見つめててほしい。彼の頬に手を伸ばして包むようにする。

「したい……気持ちいいのしたい。せんぶして。おねがい」

 細めた視線が薄く笑う。

「いいの、ほんとに入れちゃうよ」
「気持ちいいんでしょ? 何を入れるの? どこに?」

 ディアンシャは腹に指を滑らせ、ショーツの上からそっと秘部を摩った。がくんと堕ちるような快感に思わず手で口を抑える。
 ちょっと触られるだけで死んじゃいそうだ、気持ちよくておかしくなっちゃう。

「俺の魔力。ここに」
「え……え、え?」

 気持ちいい。死にそう、溶けそう。蕩けちゃいそう。でもあれ、あれ……魔力って、それにその場所って。

「堕天……する、やつ?」

 彼の手を掴んだ。上擦った声で言う。

「だめ、だめだよ。ディアンシャ、堕天させる気ないって、言ってた、よ」
「今もねえよ。お前がねだってんだろ」

 そのあと、少し責めるような口調で言った。

「お前さ、感謝しろよ」
「なにがぁ?」

 ディアンシャは体を重ね、背中に腕を回した。強く抱きしめる。

「俺じゃなかったら今ごろキスしてるよ」

 ハスキーな囁き声が耳を濡らし、ぎゅんと心臓が鷲掴みにされる。

「していい……て、言った、よ」
「恋愛がしたいんだろ。今してどうすんの」
「でも……ディアンシャは」

 どきどきする。ディアンシャに触れられている箇所がぜんぶ熱くて、蕩けて消えちゃいそうだ。ふわふわして天にそのまま帰っちゃいそう。

 彼はちうと首筋にキスをした。鎖骨を通り、柔らかい舌で皮膚をなぞる。

「ぁ……は。や、ぁん……きも、ち……ぁ」

 くつりと小さな微笑みを落とし、目尻や頬にキスを送る。唇の端に口づけて、ぺろと舌で上唇を舐められる。凄まじい快楽が巡り、彼の腕を強く掴んだ。

「や、ぁ……ねぇ……」
「やっぱり何もしないほうがいい気がする」
「なんで?」

 気持ちいいのでおかしくなりそうだ。涙を流しながら彼の服を引っ張る。

「やだよ。もっかいして」

 彼の目許に淡い影がかかり、わたしの瞳の上下を摩って開かせる。赤く長い舌が瞳に唾液を塗りこんだ。

「っツ、ぁ……やッ! は、ぁ……は、はぁ」

 口に指を入れ、舌を引っぱりその先を弄った。小さく摩られるだけで幾億もの快楽の波が襲い、体が麻痺して壊れそうだった。

「きすしないの……ね。ディあん、しゃ。ね……ぇ」
「悪魔としていいの」
「あ。あくまでも……ディアンシャのこと好きだもん」

 ごく、と溜まった唾液を飲みこみ、続けて言った。

「人として好きだから、したいと思う、でしょ?」
「人として好き? 聞いたことねえ」

 ディアンシャは体を起こした。急に触れていた箇所が減って体が寂しくなる。腰に座っている彼がこちらを見下ろし、薄く笑って言う。

「俺は人として好きな子とはキスしない。これ以上も。早く寝な」

 腰からも退いてしまって、慌てて起きあがってディアンシャを掴んだ。
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