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 ジークの家は村のはずれの小さな民家だった。ボロくはないが、見るからに寂しげな一軒家だ。
 すきま風が吹き込みそうな扉を開けると、ほどよく手入れされた家具類が目に入った。小さいけど、きちんと磨かれたテーブルが部屋の真ん中にある。飾りも肘掛もない、古びた椅子を勧められて腰をおろした。

「カミーユはどうして僕に会いに来たんだい? 歴史研究家って言ってたけど、下手な嘘だよね。なにか他に理由があるんでしょう?」
「えっ、それは……あー、えーと、うーんと」
「僕に言えないようなこと?」

 生意気にもいきなり核心を突いてきやがった。っていうか、ここから先のこと考えてなかった~。しゃきっと背筋を伸ばしたら、ぎしりと椅子が軋んだ。
「先祖の復讐だ! 一発殴られろ!」と正直に打ち明けてみる?
 いや、物事には好機があるというじゃないか(父ちゃんの口癖だ)。油断させておいたほうが好都合……なにしろ同じ屋根の下にいるんだからな。俺の腕力も今は隠しておこう。こいつの寝首を掻くくらい、いつでもできる。

「おっ、俺はー、……王族とちょっとぉ……因縁があるっていうか?」
「そうか。カミーユも王族を恨んでるんだね。愚痴くらいなら僕でも聞けるよ。さあ、夕飯にしよう」

 ジークの整った横顔がやや暗くなる。テーブルにおかれたコップに、こぽこぽと赤い液体が注がれた。どうやら地酒らしい。人間に変化してから、水しか飲んでいなかった。

「これ何の酒?」
「うちで採れた葡萄でできたワインだよ」
「へ~、これがワインかぁ!」

 俺はグラスを覗き込んだ。手にとって、部屋の明かりに透かして眺めた。やや濁った暗赤色の水が、たぷんと音をたてる。葡萄酒って書物でしか見たことがないから、純粋に物珍しい。ぺろぺろと舐めてみる。

「もしかしてお酒、苦手だった?」
「酒くらい飲めるよ! で、でも、ワインは……本でしか見たことないんだ」

 ジークは何も言わず、目を見開いた。濃い緑色の目ん玉がぽろっと落っこちそうだ。すごく驚いているらしい。俺の経歴とか突っ込んで訊かれたら、異国から来たってことにしようかな。
 うむむと考えを巡らせているうち、食事の用意をしたジークが、スープを盛った皿をごとりとテーブルにおいた。

「うちで育てた葡萄は、隣町の醸造所に納めるんだ。王室御用達、元ロイヤルブランドってやつ。なんだかんだ今でも人気があってね。『王室の残り香』と呼ばれて、飛ぶように売れるんだよ。笑えるでしょ」

 ジークは自嘲するように言った。横顔には鬱々とした影がある。

「王族憎しって叫んで広場で公開処刑までしたくせに、一方ではブランド化して愛でるなんて。何やってんのかなって思うよね。でも僕はそのおかげでなんの不自由もなく暮らせてる」

 上っ面こそ穏やかに見せているが、胸の内では複雑な感情が渦を巻いているんだろう。怒って泣いて恨んで諦めて、いろんな激しい感情の綱渡りの末に、今のこいつがいるんだろう。
 世渡り経験にとぼしい俺には、かける言葉が見つからない。
 
「……初めて飲んだけど、うまいな。ワインも、スープも」
「ああ、それはうさぎ肉のシチューだよ。スープなんてお上品なものじゃなくて、ただの田舎煮込みだ」
「田舎煮込み上等だよ! すげーうまいもん! 俺、この国のもの、あんまり食べたことないし」

 褒めるのは癪だけど、料理も酒も美味しかった。さじで掬った小さな丸っこい芋と玉ねぎは、口へ運ぶとほろほろと蕩ける。優しいハーブの香りがふわりと口の中に広がった。
 少し硬くなったパンをちぎりながら、ジークは眩しそうな顔で俺を眺めていた。俺だけ腹ぺこみたいじゃねーか。腹ぺこですけど。食欲丸出しで、ちょっと恥ずかしくなったが食べるのは止められない。

 よそわれたシチューを平らげて、質素な木さじを握りしめたままスープ皿から目を上げる。と、正面に座すジークと目があった。ジークの顔がほんわかと上気している。シチューを食べて温まったのか、ほっぺに赤みが差していた。深い緑色の瞳が、森の木漏れ日をかき集めたみたいに、きらきらと輝いている。間近で瞳が合うと、吸い込まれそうだ。

「……誰かと一緒にご飯を食べるのは、久しぶりなんだ。カミーユが訪ねて来てくれて嬉しい。ありがとう」

 頬杖をついて、しみじみと礼を言う。俺の気も知らないで。そんなジークを見ていると、胸がちくちくと痛くなってきた。
 ジークの顔面をまともに見れない代わりに、俺はシチューをおかわりして、もくもくと食べ続けた。
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