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三章〜神龍伝説爆誕!〜

47話「神龍、桜を見る」

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 風の吹かない薄暗い空間に春風が届ける甘い香りが吹き渡った。


「紅⋯⋯桜⋯⋯? それが貴様の名か?」
「そうよ? 綺麗な名前じゃない?」


 紅桜と名乗った妖艶な女。だが、流の感覚からすればその名は女の名前ではなく——


「その名⋯⋯貴様より貴様の持つ刀の方に似合いそうだな」


 ——薄紅色の光をまるで生きているかのように脈動させる刀の方がしっくりときた。


「うふふ、そうねー。確かにワタシがそう呼ばれるよりコッチが呼ばれた方が似合うわよ」


 流の言葉に紅桜は意に返した様子もなく、寧ろ満足気な様子で頷いていた。
 自分でもそう思っているからか、はたまた別の理由があるのかはその妖艶な笑顔からではわからない。


「じゃ、あんまり長話しててもユウちゃんが怒っちゃうし行きますか」


 女はそう言うと流の返事を聞く前に行動に移した。
 無防備なように見える背中を晒し、なんの躊躇もなく流の前を歩き暗闇を先導し始める。


「⋯⋯」


 流も紅桜の背中を見て奇襲することは考えていなかった。例えしたとしてもメリットを感じられなかった。否、そう感じさせるほどに紅桜の余裕が背中から感じられた。

 故に流はそのまま大人しく付いて行こうとするがその前に周囲を見渡した。切られてしまったイバラの様子を見るためだ。しかし、


「⋯⋯居ない、だと?」


 その巨体は影も残さず姿を消していた。この瞬間、流の脳裏に違和感が走った。

 いつ消えた?
 なぜ気づかない?
 そもそも、叫び声が聞こえていたのはいつまでだ?

 一瞬だけ時間を忘れ佇んでいた流はバッと勢いよく振り返えった。そこには、


「あらあら⋯⋯どうしたの?」


 薄っすらとした笑顔を向ける紅桜が流を待っていた。
 何でもない薄っすらとした微笑み。まるで、怖い夢を見た子供を諭す母親のような笑みだ。


「貴様が切った鬼は⋯⋯冥府の扉をくぐったのか?」
「うーん、残念だけど冥府の扉はくぐってないわね。ま、アナタなら行けば分かるわよ?」
「⋯⋯そうか」


 紅桜はそう言い切ると再び流の前を歩き始めた。流もまたこれ以上の追求を諦め素直に紅桜の後を追いかけた。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「ほい、とぉ~ちゃ~く!」


 暗がりを暫く歩き続けた紅桜と流。すると突然に紅桜は大きな声を上げた。


「⋯⋯一体どこに着いたと言うのだ?」


 流はそう言いながら周囲を見渡した。歩き続けた間と全く変化のない周囲の景色。ただ薄っすらとした闇が揺蕩い、流達を包み込んでいた。


「ふふっ。まぁ、ジンリュウちゃんは慣れてないから分かんなくても仕方ないかな。ここがこの世界の端っこなんだよ?」
「⋯⋯」


 世界の端っこと言われどこか感動する気持ちや高揚する何かがあるのだが⋯⋯いかんせん、変化がなさ過ぎて流は訝し気な視線を紅桜に送っていた。


「っもう! その目は信じてないな~? じゃあ、お姉さんが先に行くからジンリュウちゃんもちゃんと着いてくるんだぞ?」


 紅桜はそう言うと数歩踏み出し——


「⋯⋯ぉ!」


 ——消えた。
 突然焼失した紅桜に流の口から僅かな空気が吐き出た。それ程までに唐突に消えたのだ。
 まるで、別世界に渡ったかのように。


「⋯⋯これが世界渡航ワールド・ワープか」


 目の前で起きた光景に臆した様子もなく、寧ろこの先にどんなものがあるか楽しみだと言わんばかりの様子で流もまた紅桜同様に数歩の歩みを進めた。
 すると——


「こ、ここは⋯⋯!」


 ——世界は一気に色づいた。
 遠くから眺めていた巨大な桜の木は人の胴体ほどもありそうな根を強く、深く地面に潜り込ませ連なる鳥居を眺めていた。
 そして、枝につけている桃色の花弁は風に乗り遠く遠くにまで春の産声を届けて、舞うことに飽きてしまえばその身を散らし母なる巨木へ輝きとなり戻って来ていた。


「ど~お? 綺麗じゃない?」


 呆然と眺めている流にまるで自分のことのように自慢気になる紅桜が居た。


「ああ、確かに美しいな」


 流が片手を広げ待ち惚ければ桜の木が応えたかのように一枚の花弁を手の平に落とした。


「その身を舞わし、時すらも廻し、あまつさえ⋯⋯我すらもまわすか」
「ふふっ。ジンリュウちゃんって案外綺麗とか好きとかってストレートにに言っちゃうタイプなのね」
「フッ⋯⋯芸術を評価するのはその道を辿った者だけだ。そうで無いのなら、必要以上の言葉は飾りではなくただの誤魔化しだ」


 流はそう言うと手の平にあった一枚の花弁に息を吹きかけた。
 吹きかけられた花弁は地に落ちるのではなく、生き別れた兄弟達と共に風の流れに乗った。
 そして、同じ道を舞い、いつしか目で追うことはできなくなっていた。


「⋯⋯さて、貴様はここで我と剣を交えるのか?」


 花弁を見送った流は紅桜に振り返りそう言った。
 しかし、見られた紅桜からは腰にさしている真紅の鞘から刀を抜く気配が見られない。


「残念だけど戦うのはここじゃないわ。ワタシだってこんな綺麗な場所で戦ってみたいけど⋯⋯この子が傷つくのは嫌だからね」
「⋯⋯そうか」
「大丈夫、安心して。ちゃんと無骨で質素、戦いやすい場所を用意してあるはずだから」
「⋯⋯戦いの場に美も醜も無い。何故ならそこには、汚れた歴史が覆いかぶさるのだから」
「⋯⋯言い得て妙ね」


 流の言葉に何かを感じたのか紅桜は少しだけ寂しそうな表情を見せ歩き始めた。
 流もまた一言も話すことなく紅桜の後ろを追随した。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「⋯⋯ユウキ様、紅桜が侵入者を無事二階層から九階層へ案内しております」
「うむ、ご苦労」


 虚空の空間から一変し今は少し違った場所で蒼色の少女と真っ黒な男の会話が繰り広げられていた。

 整地された地面にまるでローマ帝国に見られた円形闘技場コロッセオをモチーフにしたかのような内装。
 石造りの観客席に東西南北に一つずつ作られている男神や女神の石像。
 ある男神は剣を掲げ、ある女神は祈りを捧げる。一部の人間には最終決戦にはふさわしい場所と言えるだろう。
 そして、そんな場所に男は、


「⋯⋯あの、本当にそれは必要だったのでしょうか?」
「当然だ! 君臨せずして何が王か!」


 不思議な形をした背の高さが異様にある椅子に座っていた。
 明らかに高い背もたれ。少なくとも二メートルはあるだろう。そんな異質さに加え、手すりの部分には左右で異なる造形が施されている。


「戦うときにはどうされるのですか?」
「運んでおいてくれ」
「誰が運ぶのですか? 私は嫌ですよ、そんな運びにくそうな椅子」


 少女の身長はあまり大きくはない⋯⋯と言うより小柄だ。
 もし仮に運ぼうとするなら背もたれに額をぶつけ、あっちへヨロヨロ、こっちへヨタヨタするのは目に見えているくらいだ。


「え!? お前が運ばないなら他のやつに任せれば良かろう!」
「まず私が運ぶことになっていたことに文句を言いたいですが、貴方が『ここは消えることのない光と全てを飲み込む闇に包まれる⋯⋯巻き込まれたくなければ疾く去れ!』と言ったおかげで誰もいませんよ?」
「⋯⋯あ」


 男は自らの発言を思い出したのか先ほどまでのノリノリだった雰囲気を崩し打開案に意識を集中させた。


「そもそも、この椅子⋯⋯どこから持ち込んできたのですか?」
「うっ⋯⋯そ、それは持ち込んだと言うより⋯⋯作った? 的な?」
「はぁ!? 作ったのですかっ!?」
「⋯⋯はい」
「一体いつそんな時間があったのですかっ!? 今回ばかりは私がずっと側に居たはず⋯⋯なのにどのタイミングで作ったのですか!?」
「⋯⋯えーっと⋯⋯言わなきゃダメか?」
「当然です!」


 尊大で傲慢な雰囲気を撒き散らしていた男は少女の逆鱗に触れ一瞬の位置に小動物に成り下がり、肩を小刻みに震わせながら少女の前で跪き重い口を開いた。


「⋯⋯墨桜が酒呑童子と茨城童子を回収しに行った時」
「なっ!?」


 男の答えに蒼色の浴衣を着た少女——墨桜は目を見開いた。


「ヴァ、ヴァカなっ! 私が酒呑童子達を回収に行った時間は一分もかからなかったはずっ! なのに⋯⋯どうして!?」
「フッ⋯⋯墨桜、お前はまだまだ甘い」
「それは⋯⋯どう言う意味ですか? 確か以前、貴方は私に同系統の椅子を作ったと自慢なされましたよね? その時は⋯⋯一ヶ月掛けたと仰っていたはず」
「ククク⋯⋯カカカッ! 甘い、オメェはアンコに砂糖をぶかっけた以上に甘い女だ、墨桜ッ!」


 そう言って男は立ち上がった。先ほどまで小動物のように全身を震わせていた姿は嘘のように消えている。
 顔に手を当て眼帯のしていない目を指の隙間から覗かせ墨桜を見据える。


「あの時は一ヶ月? 片腹痛い! 今となっては十の刹那があれば己の想像を具現化するなど容易いわ!」
「なっ!?」


 墨桜は驚き慄いた。まさに、今日一番と言っても過言ではないと言うぐらいにだ。
 そして、そんな墨桜の反応に気を良くしたのか腕を組み、勝者の笑みを浮かべていた。
 そのため気づくことにわずかな時間を要してしまった。


「⋯⋯では」
「⋯⋯え?」
「フンぬッ!」


 少女は腰に下げていた黒い鞘から何の躊躇もなく抜刀した。
 神速の抜刀は一瞬の抵抗も見せることなく無駄に細工を施された椅子を通り過ぎ——


「これでかたずける必要はなくなりましたね」


 ——椅子を文字通り木っ端微塵に変えた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」


 滑らかな切り口に大小が整えられたサイズ。まるで積み木のようになってしまった椅子の残骸の前に跪き男は奇声を発し、涙を浮かべた。


「何でことだあああぁぁっ! 俺の⋯⋯俺のマイチェア・エヴォリューションダーク37564がっ!」


 男は椅子の名前(?)を何度も何度も叫びながら元に戻そうと積み立てる。しかし——


「はぁ、取り敢えず、これで貴方が要らないと思えば【ダンジョン】が吸収してくれますね」


 ——少女は鬼の様に追い打ちをかけた。
 目にも止まらない早さで積み上げられて行く椅子を価値を知らない母親が踏む壊してしまうかの様に蹴り崩した。


「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! もう⋯⋯もうやめでぐれええええええええええぇぇっ!」
「いや、もうこんな細切れになったやつなんていらないでしょ?」
「要るんだっ! こいつは⋯⋯こいつを作るのは直ぐだけど設計図は二ヶ月もかかったんだっ!」
「⋯⋯はぁ?」


 男の言い分を聞いた墨桜はさらに気分を悪くし持っていた漆黒の刀を返し木っ端微塵になっていた椅子(?)をさらに細かくした。


「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 泣き叫ぶ男。しかし、墨桜の追い討ちはまだまだ終わらない。


「で、先ほどこの椅子の設計に二ヶ月かけたと仰いましたが?」


 そう言って墨桜は椅子の残骸の前で跪く男を強制的に正面に向け、胸倉を掴むとヤクザも御免なメンチ切りを始めた。


「ひっ!」
「そう怯えないでくださいご主人様。二ヶ月もかけたと言うなら居るんでしょう?」
「な、何がだ⋯⋯?」
「決まってるじゃないですか⋯⋯共犯者だよ、あぁ?」


 元々、目力は強く鋭い目つきであったために殺意を乗せた睨みは強力であった。
 そして、今回はその睨みに付け加えて腹の底から這い出てきた様な声が畏れを誘う。


「あ、あの⋯⋯そ、それは、えと⋯⋯」
「今すぐ白状すればご主人様の罪を少しだけ軽くしますよ?」
「天狗だ! 七階層の階層主の大天狗だ!」


 男に躊躇いはなかった。危険な仕事をした以上切れるときには直ぐに尻尾切りをするのが最善なのだ!


「⋯⋯またあの長っ鼻か」


 某海賊王を目指す船に同船する凄腕スナイパー(?)を思い出してしまう言い方だ。
 墨桜からの拘束から解かれ怒りの矛先を変えられたと思った男はすぐさま椅子の修復作業に取り掛かろうとしたが、


「⋯⋯チッ」


 墨桜が舌打ちをした直後、何かが椅子の残骸を襲った。


「⋯⋯う、あ⋯⋯ぁ」


 男は膝から崩れ落ちた。なぜなら修復しようにも壊れていた物が消えてしまったからだ。
 正に唐突の一言。そこにあったはずのものが刹那のうちに姿を消したのだ。
 姿形が無くなってしまえばいくら男でも直すことはできない。それ故に、男は声すら出すこともできずに崩れ落ちるしかなかったのだ。


「この戦いが終わったら貴方は打ち首。天狗は打ち鼻だ」
「⋯⋯」


 刑を軽くする話はどこへいったんだ、そう叫びたかった男だが刑を軽くして打ち首なのだと悟った。
 もう次の戦いに生死をとしても構わない⋯⋯否、生きてても死ぬなら死んだ方が良いのではないかと思ってしまう。

 どうすることは正解なのか、どう選べば間違わないのか。
 男の葛藤は流が到着するまで静かに繰り広げられていた。
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