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三章〜神龍伝説爆誕!〜
45話「神龍、龍を語る」
しおりを挟む龍とは生きるものにとっては恐怖に象徴であった。
その長い体を空を覆うように靡かせ、雲のようにゆったりと漂う。
時折見せる牙は空すらも引き裂いてしまいそうで、時折見せる爪は大地すらも引き割ってしまいそうだ。
龍とは生きるものにとっては栄光の象徴であった。
身に纏う神々しい力はどんな存在にも屈することなく、どんな存在すらも包んでしまうほどに優しい。
時折見せる声は折れた心に添え木を与えるようで、時折見せる瞳は荒んだ心を育むかのようだ。
——さあ人間達よ! 龍である我を讃えよ!
龍は龍であることに誇りを覚え、人は龍に護られることに喜びを持つ。
——さあ人間達よ! 龍である我に平伏せ!
龍は龍であることに高貴を覚え、人は龍が審判することに恐怖を持つ。
——さあ人間達よ! 龍である我ーーーー!
龍は龍であることに堕落を覚え、人は龍を打ち倒すことに正義を持つ。
——さあ人間達よ! ーーーーーーーーー!
人は人であることに奇跡を覚え、龍は人に倒されることに運命を持つ。
——さあ人間達よ! 我に続け!
——さあ龍達よ! 我に跪け! 我は、我が名はーー
業火の中に潜み、豪炎と共に生きる龍は鱗を焼かれ、牙を焦がされ、爪を灰色へと変えられた。
極寒の中に潜み、氷結と共に生きる龍は鱗を割られ、牙を凍らされ、爪を白色へと変えられた。
大空の中に潜み、風流と共に生きる龍は鱗を奪われ、牙を飛ばされ、爪を蒼色へと変えられた。
どんな偉大な龍も殺された。どんな崇高な龍も奪われた。どんな寛大な龍も散らされた。
全ての龍を殺し、奪い、散らした者の名は——
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
「⋯⋯龍」
夜の帳が支配する世界、一つの灯火のように、一つの太陽のように世界に光を届ける存在が現れた。
金色の鱗は一つ一つが星々の様に輝きを持ち、幾重にも重ねられた長い体躯は夜の世界を端まで照らす太陽のようだ。
時折顔を覗かせる牙と爪は力の象徴であるかのように傲慢さと誇りを見せつける。
澄んだ瞳は未来と過去を、虚実と真実を見据えているかのように遠く遠くを眺めているかのように穏やかだ。
そんな神とも錯覚させる一柱の龍が揺蕩っていた。
「ウルアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「——ッ!?」
間髪の無い龍の咆哮。その唐突さと威力に大気すらも驚き激しく振動する。
その波動に乗せられ巨体の酒呑童子すらも肩を上げ、肌には振動を通り越して痛みすら覚えた。
「な、何じゃ⋯⋯こりゃぁ」
上を見上げている視線が押さえつけられているかのように外せられない。文字の如く目が釘付けになったのだ。
——どうして外れない?
——何が惹きつけてる?
——震えが止まらない?
——これが⋯⋯恐怖か?
「⋯⋯いんやぁ、やってくれるじゃねぇか、エェ?」
酒呑童子は内心に蠢く感情を憤怒で押さえ、否定した。
——視線が外れないのは奴を倒したいからだ!
——心が惹かれるのは奴を落としたいからだ!
——震えが止まらないのは強き者への歓喜だ!
——だから、これは⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯憧れだ!
酒呑童子の中で暴れていた憤怒が落ち着きを戻し、一層に研ぎ澄まされ鋭さを増した。
酒呑童子が最初に言っていたように、『怒り』とは振り回されるものではなく、振り回すものだ。道具とは道具として使うからこそ価値があり、道具を目的としてはならない。
そして、流もまた酒呑童子の変化を見守るように漂っていた。
不意打ちを否定する偽善ではなく、ただその変化に喜びを、楽しみを感じてしまったからだ。
「⋯⋯待ってくれるタァ随分と余裕じゃねぇか、エェ?」
「終わったのか? 貴殿の在り方を選ぶ決断を」
「ハッ! 言ってくれるじゃねぇか、エェ? んなもんはとうの昔から決まってたってぇもんよ」
「⋯⋯そうか」
「だがまぁ、強いて言うんなりゃぁ⋯⋯オメェさんを見くびってたぁってことかぁ、エェ?」
「深淵を覗いて初めて深淵もまた顔を出す。それに気づくのは人も、龍も、鬼すらも違いはない」
含みのあるような言い方をする流。
深淵というパンドラの箱は突っついてはいけないブラックボックスのよう。突っついた結果が鬼を出し、蛇ならぬ龍まで出してしまったのだからとんでもない四隅だ。
酒呑童子もまた流の真の姿か神の姿をみて不敵に笑う。
「龍もってこたぁ⋯⋯オメェさんはその深淵とやらを覗いてんのか、エェ?」
「フッ、どうだろうな⋯⋯そろそろこの戦いに終止符を打とうではないか?」
「⋯⋯そうじゃなぁ」
もう話す事はない、そう言っているかのように酒呑童子はその巨体を動かし右腕を大きく振りかぶった。
「⋯⋯フンッ!」
なんて事の無い気合いの入れ方。鼻から荒ぶる空気が吐き出され、眉間のシワをより深く刻む。
そして、同時に酒呑童子の振り上げている右腕に纏わり付くように炎が渦巻き、熱を帯びさせる紅蓮の色を彩る。
流もまた上半身を仰け反らせながら肺に一杯の空気を溜め込む。
そして——
「シャッオラアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
——先に動いたのは酒呑童子だった。
六メートルを超える巨体からは信じられないほどに俊敏な動きで空に漂う流に急接近する。対する流は、
「灰燼を呼ぶ——」
無詠唱で発せられた魔法。
龍の口元には巨大な酒呑童子に劣らないほどに大きな魔法陣が出現した。
眩い光と共に生まれた巨大な魔法陣は大量の文字と図形が歯車の様に緻密に組み合わさり、カチリ、と全てが交わった瞬間——
「——神龍の咆哮」
——全てを飲み込み、全てを無に還す無慈悲の極光が放たれた。
「ああああああああアアァァあゝアアァァああっっ!」
奇声、悲鳴、怒声、数ある感情をごちゃ混ぜにした様な声を張り上げながら酒呑童子は滅びの光に腕を伸ばした。
渦巻く紅蓮が最初は抗っていたが次第にその勇猛さを失い、熱を帯びていた腕もまたエネルギーを失い元の肌色へ変化し始めた。
そして——、
「⋯⋯儂の⋯⋯完敗じゃ、えぇ」
抗う力を失った酒呑童子の腕は急速に崩壊を始め、次の瞬間には全身を光が包み込んだ。
強すぎる白がどれほどドス黒くても白に変えてしまう様に、光に包まれた酒呑童子はその影を失った。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
【妖物のダンジョン】の最下層。
何もかもを捨ててしまったかの様に広がる虚無の空間がそこにあった。
そして、唯一捨てられなかった様に不思議な造形の椅子がポツンとそこにあった。
そんな椅子と同じように一人の男がポツンとその椅子に腰掛けていた。
「⋯⋯これが孤独か」
男は誰かに伝えるわけでもなく、聞いて欲しいわけでもなくポツリと言葉を吐く。
自らを納得させる様に、自らを慰める様に、自分自身へ吐き捨てた。
「⋯⋯如何なさいます?」
そんな何処か寂しさを見せる男に声をかける存在がいた。
蒼色の着物を丁寧に着こなし、少しキツめのつり目と合わさり凛とした雰囲気を漂わせる一人の少女だった。
少女は寂しさも、困惑すらも見せる事なく男の返事を静かに待っていた。
男も少女の気を汲んでか重い口をゆっくりと動かし始めた。
「罪深き鬼が⋯⋯倒れた」
「はい、存じていますが?」
「⋯⋯何も⋯⋯思わないのか?」
「⋯⋯いえ、何も」
「⋯⋯そうか」
「はい」
再び沈黙が世界を支配した。重々しいその空気はこびりついた様に男と少女に絡みつく。
しかし、どちらも表情は変化せず⋯⋯否、男の方に関しては周囲が暗すぎて表情が読み取れない。
そして、暫くが経ち沈黙を破ったのは少女の方からであった。
「で、本音のところはどうなのですか?」
「⋯⋯本音、とは?」
「本当にあの鬼婆が倒されたのですか、と聞いてるんです」
「ああ、それは事実だ。だがな⋯⋯」
男は少女の不安を何の躊躇もなく切り捨てると立ち上がり、よく響く靴音を立てながら少女に近づいた。そして、
「『倒された』と『死んだ』は別の意味だ。酒呑童子は死んじゃいねぇよ」
低めのトーンでそういった男は真っ赤に染め上がり、縦に割れた瞳孔を爛々とさせていた。
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