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三章〜神龍伝説爆誕!〜
43話「神龍、夜の宴に酒盛りをす!」
しおりを挟む螺旋状に続く石造りの階段。
そこは、光と活気が溢れる地上から完全に切り離されたような孤立、そんな異質さを感じさせていた。
そんな異質さも最後に一階層で戦った小妖物の王との戦いで火照った身体。その熱をジックリと奪ってくれる恵を持っていた。
興奮した状態は危険だ。
出来ることが出来なくなり、分かることが分からなくなる。
その事を十分に理解していた流にはその恵がとても有難かった。
そして、十分に知性が、感覚が、理性が、戻ってきた頃に螺旋の階段は終わりを迎え、流を新たな世界へ送り出そうとしていた。
洞窟に近い形をとっていた一回層という世界から階段を下った先——
「ほぉ⋯⋯」
——二階層という別の世界がへ。
一つの滲みも無く真っ赤に塗り込まれた巨大な鳥居が幾重にも並び出迎える。
足元は綺麗に整えられた石畳が並び、両脇には仄かな明かりを生み出す灯篭が道しるべの様に陳列する。そして、
「これは⋯⋯桜?」
流の手の平に乗った一枚の薄桃色の花弁。しかし、周囲には花が盛った木は一本たりとも姿を見せていない。
一体どこから流れ着いたのか、まるで次のアトラクションを探す少年のように流は周囲を伺った。
「⋯⋯あ」
見つけた——花弁は流の近くから来たのではなかった。
ダンジョンの奥、山なりになって続く鳥居と灯篭のその先にそびえ立つ巨大な桜の木からであったのだ。
「あんな場所からここまで⋯⋯?」
流れて来た花弁は一枚ではない。何枚も何枚も舞っているが地上にその身を捨てればたちまちに消え、元の場所に帰るかの様にそよ風となり巨大な桜の方へ流れて行く。
「ふむ⋯⋯取り敢えず、あの場所を目指すか」
魔性の魅惑。
まるで体が引き寄せられるかの様に感じるその感覚は居心地が良かった。
そう、それはまるで寒い日に布団から出られず、暖かい場所を探すかの様な感覚で。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
「⋯⋯存外、遠いものだな」
百メートルを五秒程で走る非常識な男、流。そんな流の口から出たのは意外にも悪態だった。
いくら進んでも一向に近づいている感覚がない。同じ石畳、同じ鳥居、同じ灯篭。これらを永遠と繰り返し見続けているのだ。
最初は感嘆した風景であったが流石に小一時間見続ければ流石に飽きてきていた。そこで、
「⋯⋯ここは一つ、道を反してみるか」
流はそう呟き事もあろうか灯篭の光が届かない暗闇、石畳の道の脇に足を踏み入れた。
「これは——!」
微かな光すらない閉ざされた世界。そこはいつだって、どこに立って存在する。
そこに共通するのは踏み込んではいけないと言う事だけだ。
そんな場所で流が目にしたのは——
「——百鬼夜行」
——夥しい数の大鬼であった。
筋肉が膨れ上がり丸太ほどの太さに変貌してしまった腕や脚。
全身を覆うものはなく、そのものが鎧であり武器であるかの様な肉体。
そして、研ぎ澄まされ口からはみ出してしまった犬歯は畏怖が、鋭い瞳には恐怖が無条件で植え付けられる。
そんな大鬼が十や二十ではない。文字の如く、百は存在しているだろう。
その全てが持っている鋼の大剣を、金棒を、拳を構え、流を獲物と見定める。
「ほぉ、我を矮小な血肉と見るか⋯⋯」
大鬼達の愉快な歓迎方法に流の口元が釣り上がる。
猟奇的な笑みを浮かべながら、コートの裾を右腕で払い大鬼を見据える。そして、
「来い。格の違いを見せてやろう」
振り払った右腕を目の高さまで上げ、人差し指で分かりやすい挑発をとった。
「「「グルアアアアアアアアァァッ!」」」
格下に舐められた故の怒りか、格下を嘲るが故の嗤いか、格下を哀れむが故の憐憫か。
感情のこもった大鬼達の咆哮を合図に百鬼と流の戦いが始まった。
一番に流に接近できたのは拳を構える大鬼だった。
その巨体からは想像がつかないほどに俊敏に近づき、構えている拳に力を込める。
「グルアァッ!」
短く発せられた気合いと共に流の上半身を埋め尽くすほどの拳を打ち出す。だが、
「異界から顕現する龍爪」
流から紡がれた一言。
そして、次の瞬間には突き出しかけていた大鬼の拳が腕からずり落ちた。
「グオォ⋯⋯? グルガアアアアアアアアアアアアアァァアアアアアァァッ!?」
唐突な出来事、突然の異変。
手応えが感じられなかった大鬼が呆けたのはたった一瞬。その後には激痛の荒波に飲まれ凶悪な口からは悲痛の叫びが引き出される。
一体いつだ? 一体何が起きた? どうして叫んでいる? どうして痛みが押し寄せる?
大鬼には分からなかった。
消えてしまった腕の先を探すよりも、止まらない激痛に耐えるために声を張り上げ、身を蹲らせる。
「どうした? まだ狩りは始まったばかりだぞ?」
最初の大鬼の悲鳴で足を止めた大鬼に流は目を向ける。
いつの間にか金色の右目と空色の左目は忌避を感じさせる赫色に変化していた。
「さあ、どうする? 来ないのか?」
流の赫色の瞳に射抜かれ躊躇して止まった足は石になったかのように微動だにしない。
唯々、大鬼達は背中に冷たいものを感じ、争い続けた。
「⋯⋯ふむ、所詮はこの程度か。であらばーーっ?」
抵抗のない獲物を痛めつける趣味を持ち合わせていなかった流は早急に終わりにしようとしたが、
「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
一つの巨大な咆哮にその気を無くした。
「⋯⋯階層主か?」
暗闇の中蠢く大鬼達。
その更に先に一際大きくそびえる影は酷い地響きと地震と共にその影は更に巨大さを極める。
一メートル、二メートル⋯⋯そして、五メートルを超える頃には流を囲っていた大鬼達は自らの意思を取り戻し、蜘蛛に子を散らすかのその場から逃げ出した。
「⋯⋯」
ただ一人、流だけがその場に立ち続け迫りくる巨大な影を見上げる。
そして、六メートル程となった時ようやく足と思しき褐色の何かが流の視界に映った。
「貴様が百鬼の長か?」
「⋯⋯」
流の問いに応えは返ってこなかった。流としても過去をほじくり返すかのような風体に珍しく警戒を強めていたが先に動いたのは巨大な足の方であった。
「ッ⋯⋯む?」
力が加わったのは確認できた。しかし、それは攻撃への加わり方ではなくもっと別の行動への動きであった。
そして、その意味を理解することに時間はかからなかった。
遥か高い場所からゆっくりと何かが降りてきているのだ。
ゆっくりと、ゆっくりと降りてくるソレは次第に色彩を手に入れ正体を見せた。
「まぁ、そうカッカするでない、えぇ?」
発せられたのはやや高い裏返ったかのような声。
伸びきった白髪が針ネズミの様に逆立ち、真っ赤になっている顔には深くシワが刻まれている。
やや長く尖った鼻や細い目、更には年季の入った着物の上からでも分かる程に丸まった背中がより一層老いを感じさせる。
そんなお婆さんといっても過言ではない存在が酒瓶を手に大きな両手の上で胡座をかいていた。
「どうせ戦うんだ。戦う前くれぇは穏便にいこうじゃねぁか、えぇ?」
「⋯⋯酒呑童子か?」
「おんやぁ? オメェさん、儂のことを知ってるのか、えぇ?」
流の口からでた名前にお婆さん——酒呑童子は軽く驚いてみせる⋯⋯否、褒めてみせる。
その意味とは——
「まぁ、『鑑定眼』なんざぁ持ってりゃあソレくらいは分かるか、えぇ?」
「フッ、貴殿も持ち合わせているではないか?」
——酒呑童子もまた流と同じ立場にいるからであった。
「⋯⋯ほっほぉ、オメェさん中々にできるみてぇだな、えぇ? 儂のステータスを技能まで鑑定できるてこたぁ全部見えてんだろ、えぇ?」
「全てか? さて、何であろうか。貴殿が魔眼を十五も持っているということか?」
「なんじゃなんじゃ! そうじゃそうじゃ! えぇ? やっぱりオメェさん全部見えてるじゃねえか、えぇ!」
酒呑童子はステータスを看破されたことに悔しさを感じることはなく、むしろ喜び、嬉しくなり持っている酒瓶を大きく傾ける。
「んくっんくっ⋯⋯プハァ! えぇ! こいつぁ面白れぇヤツに出会っちまったな、えぇ? 奴に言われたから仕方なく来たが楽しくなってくんなぁ、そう思うだろイバラ、えぇ?」
酒瓶を持っていない左手でバシバシ、と乗っている大きな両手を叩きながら酒呑童子は空を見上げる。
その動きに合わせながら流も上を見上げれば何と無くであるがボヤけた影が頷いた⋯⋯ように見える。
「⋯⋯茨木童子」
「イバラは儂の舎弟みてぇなもんよ。因みにだが、オメェさんの隣で横になってる奴も舎弟みてぇなもんよ、えぇ!」
酒呑童子のその一言に流は横で蹲っている大鬼を一瞥し、僅かに口角を上げながら再度見返した。
「そうか⋯⋯では、仇討ちとくるか?」
「いんやぁ。そんなクソツマラねぇこたぁ考えちゃいねぇよ、えぇ? 強えぇモンが生き残って弱えぇモンが死んでく。自然の摂理じゃねえか、えぇ? 安心しな、サシでやってやっからよ」
酒呑童子はそう言うと軽やかな動きで茨木童子の両手から飛び立つと音もなく地面に舞い降りた。
そして、「んくっんくっ⋯⋯プハァ!」ともう一度酒瓶を大きく傾け終わると未練一つなく酒瓶を茨木童子に放り投げた。
「さぁて、そんじゃまぁ殺っか、えぇ? イバラぁ、手ェ出すんじゃねえぞ、えぇ? それとだがぁ——しぃっかり離れてろよ」
細く笑んでいた眼が開かれる。
金色の瞳、瞳孔の部分は虹彩に反して黒く大きく開き流を中心に取り込んだ。
流もまた赫く畏怖される瞳を持って酒呑童子を見据える。
両者が眼を合わせるだけで周囲の空気は震えているかのように振動し、逃げるかのように暗闇に光が投じられる。
茨木童子もまた酒呑童子の言いつけ通り流の近くで蹲っている大鬼を回収するとすぐさまに撤退した。
「「⋯⋯」」
両者無言となりて、拳を構える。
一切の油断も、余所見も、躊躇もこの戦いには存在していない。そして——
「ハッ!」
「えぇッ!」
——両者の人並みの拳がぶつかり合い、人が為すには異常な衝撃が周囲に波及した。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
がらんどうとした場所。
ただ広いだけで何もない。唯一あるのは不気味な装飾を施された立派な玉座だけだ。
そして、その玉座に座る者に声をかける人物がいた。
「主君、酒呑童子が侵入者と接触した」
美しい声。
鈴を鳴らしたかのように静かに響く声の主は声に負けぬほどに美しい。
見た目の年は十代後半。
若干ツリ目な黒い瞳は整った容姿に凛々しさの印象を強め、ボブカットに揃えられた黒髪には青色の花が装飾された簪が添えられている。
また、蒼色の着物を着崩し一つ無く着こなし、腰には黒い鞘に収められた一本の刀が刺さっている。
そんな女性に声をかけられた玉座に座る者はやや低い声で口を開いた。
「そうか⋯⋯ついに、終末戦争が始まったか」
「⋯⋯」
「賽は投げられた⋯⋯もう、後戻りはできぬ、か」
「⋯⋯」
「だがしかし、余には見える⋯⋯この戦いの終幕に余の前に立ち続ける愚者がいる事に⋯⋯カカカッ! なんと愉快ではないか! なんと痛快ではないか! カッカッカッ!」
玉座に座る者は笑う、嗤う、破顔う。そして——
「主君、それは前回も、前々回も、それまた前も言っていなかったか?」
「⋯⋯カカカッ」
——苦笑う。
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