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二章〜世界文明の飛躍〜

36話「第三の遊戯『命の意味を知る』」

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 ——嫌悪、劣情、嫉妬。
 そんな負の感情の連鎖、その中心に存在していたのは『孤独』だった。

 孤独から見える他者はどんな時でも吐き気がして、許しがたい。
 己と傷を舐め合って何が楽しいのか?
 己の時を無駄にして何が嬉しいのか?

 孤独から見える他者はどんな時でも比べに比べられ、笑ってた。
 己の惨めさを認めればいいのか?
 己を陥れて自らを高めたいのか?

 孤独から見える他者はどんな時でも羨ましく妬ましく鬱陶しい。
 己はどうしてああは成れないのか?
 己はどうしてなにも持たないのか?

 集団の中で孤独になった時その人本来の姿が露わになる。
 それは悪戯を隠そうとする子供の様に、それは戦いの中で死を隣のする兵士の様だ。
 常に周囲を目で追い、音に耳を傾け、戒めを心に刻む。

 時に歩む速度を速くし静かにその場を離れるも、時に歩む速度を緩め静かにその場を観察するも、全て独りで知るのだ。
 正しさも、間違いもわからない中で正解と誤解を重ね続ける。
 そして、その孤独を今——


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 物が焦げる特有の匂いが鼻をつんざき、舞い踊る炭が鮮明な視界を汚す。
 この世界の始まりと思わせる巨大な窪みはさながら生物の転換期にやってくる隕石の跡を彷彿させる。

 そして、その窪みを中心に真っ黒に焦げた残骸が、折れてしまった木々が、モニュメントと化した岩がその場を飾っていた。

 そんな何もかもが崩壊したと錯覚する世界で美香は彷徨っていた。
 独り、たった独りで歩むその姿には力弱く指で突けば転んでしまいそうな程だ。


「⋯⋯あ」


 美香の足に一つの炭とかした何かが当たった。
 当たった何かは小さな音を立てて崩れる。その拍子に声が漏れ、美香は慌てて崩れてしまった黒い塊を両手で拾い上げた。
 脆く柔らかく仄かに宿った熱、それは人肌の様に美香の手に馴染む。


「⋯⋯幸」


 もしかしたらコレがそうなのですか?
 もしかしたらアレがそうなのですか?
 もしかしたらドレがそうなのですか?


「わかんない⋯⋯わかんないよ⋯⋯」


 何度しゃがみ込み、何度掬いあげ、何度捨ててしまったか分からない。自らの力を過信し、自らの罪を過大とする。

 コレを治せば生き返るのですか?
 アレを治せば生き返るのですか?
 ドレを治せば生き返るのですか?

 手の平で急速に熱を失う黒い塊を捨て美香はゆっくりとした足取りで歩きだす。失くしたものを探すために。
 そして、窪みが一番深い場所にやって来た。直感に過ぎないが多分ここだろう、と思いながら。


「⋯⋯何にも⋯⋯ないよ」


 抉れた地面が硬い岩層を露出するだけの場所。しゃがみ込み、手で触れるが冷たくザラついた肌触りしか残っていない。


「どうして⋯⋯なんでっ⋯⋯」


 どうして何も残っていないのですか? ——それは貴女が弱いからですよ。
 どうして私なんかが助けられたのですか? ——それは貴女が無力だからですよ。
 どうして⋯⋯——それは貴女が⋯⋯

 鮮明に見えていた視界がボヤけ、頬に冷に冷たい物が伝わる。喉から込み上げてくるものは自然と移り変わり嗚咽となる。


「うっ⋯⋯ひっぐ⋯⋯」


 声を大にして叫んでもいいのですか?

 それすらも躊躇わせる程に幸の犠牲は美香にとって大きいものだった。
 決めていた覚悟すら崩れていくような錯覚が見えかけていたその時——、


「⋯⋯おい」


 美香の背中から女性の声がかけられた。
 涙をボロボロと流し、口から出そうなものを必死に堪えながら美香は振り返った。そこには、真里亞が立っていた。


「何してんだアンタ」
「ま、真里亞⋯⋯」


 全身に広がる火傷、そして追い打ちをかける様に大小様々な裂傷を負い体中を血化粧で覆っている。さらに、右腕は肩から失われたその止血としてか乱暴に布が巻かれていた。


「なんで⋯⋯そこまでっ⋯⋯!」
「んなこたぁいいからさっさと治せ」


 ドサリ、と勢いよく真里亞は腰を下ろした。度重なる激戦が彼女の体力を削り、半ば意識が朦朧としているようだ。
 美香も直ぐに回復魔法の準備に取り掛かる。
 手に宿る仄かな光が真里亞の焼け爛れた肌を再生させ、パックリと開かれた傷を埋めていく。


「ふぅ⋯⋯」


 傷口が治っていく感覚に安堵したか真里亞の中で緊張が和らいでいく。そして、ある程度の余裕が出て来た真里亞は周囲を見渡した。


「こりゃまた随分派手にやったみてえだな」
「⋯⋯」
「アンタのオトモダチはどこ行ったんだ? 近くにいねえみてえだけど?」
「幸は⋯⋯」
「自爆か?」
「——ッ」


 美香の肩が揺れる。だが正直、真里亞からすればそれは分かっていた未来の光景だった。
 真里亞ですら手こずる相手の更に上位の魔物。倒すことはもちろん逃げることすら難しいだろうと踏んでいた。
 そして、もし仮に結果的に倒せたなら二人で喜んでいる筈だがそうでないなら——、


「自分自身を犠牲にしてアンタを生かした⋯⋯か。全く、アタシからすればバカな考えでしかないな」


 真里亞は辛辣な言葉を投げた。
 責めている様にも気遣っている様にも悼んんでいる様にも捉えられるキツイ一言だった。それを、


「⋯⋯ほんと⋯⋯バカだよね」


 美香は責めている、と受け取った。
 命をかけてまで助けてもらえる程に素晴らしい人間では無いと自覚していたから。


「何でこんなどうでもいい私なんかのために⋯⋯命かけたのよっ⋯⋯私なんか、私なんか⋯⋯あなたの命を弄んな様な人間なのにっ!」
「⋯⋯」
「ホント⋯⋯バカだよ、幸⋯⋯私なんかじゃあなたの命に釣り合わないよ⋯⋯」
「⋯⋯なんかさぁ、アンタ⋯⋯つまんなくなったな」


 傷を治すため、そういう建前を置き真里亞と視線を合わせずにずっと下を向いていた美香は驚いた。


「どういう⋯⋯意味?」
「さっきまでのアンタだったら歯向かってた。少なくともアタシはそう思う。でも、今のアンタは本当に救う価値もないクズかもしれないな」
「⋯⋯言っている意味がわからないよ」
「じゃあ、ハッキリ言ってやるよ。今のアンタを助けたオトモダチはただの無駄死にだな、ってことだよ」
「——ッ」


 そう言い放ち真里亞は美香の腕を振り払い立ち上がった。


「もうアンタは魔力切れしかけてるみたいだな。そんな状態じゃあいくらやってもアタシの腕は戻んねえよ」


 真里亞の傷はほぼ完治していた。唯一、失った右腕を除いて。
 真里亞は気づいていたのだ。裂傷や火傷はすぐに治ったのにも関わらず、話している間ずっと治していた右腕が傷がふさがる程度以上に治らないことに。


「アンタもさっさと自分の怪我を治しな。それじゃあ、ただのクズどころか足手まといまで足されんだろが」
「⋯⋯」


 美香は何も言い返せなかった。事実だと自分自身が心から肯定してしまった、屈してしまったのだから。


「⋯⋯もしオトモダチの死が無駄じゃねえってんなら考えな。今の自分ができることをよ」
「⋯⋯今の自分が⋯⋯できること⋯⋯?」


 美香の戸惑いに応えることは勿論、見ることもせずに次の広場へと足早に移動した。
 美香もまたそれに続くように歩を進めた。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「よぉ~こそ、いらっしゃぁ~いっ!」


 所狭しに咲き乱れる紅の花畑の中で軽い声が広く届いた。
 複数の花弁が放射状に集まり一つの球体を作っている。風に煽られれば鼓動しているかの様に揺れる姿はまるで——心のようだ。
 そんな花を一輪折りラウは顔の近くに掲げた。


「この花はね彼岸花って言うらしいよ? 花言葉は⋯⋯悲しい過去、だったかな? マスターの記憶から抜き取ったモノなんだ。綺麗だよね」


 花の香りを嗅ぎラウは自然と頬を朱に染めた。酔っている、狂っている、楽しんでいるのだ。


「んなこたぁどうでもいいからさっさと最後のルールを説明しな」
「あらら、連れないねぇ~。少しは感傷に浸ったら? ラウは結構驚いているんだよ?」
「アンタの感覚をアタシに押し付けんな。普通に腹が立つ」
「はぁ、ほんとうに乱暴なお姉さんだこと。いいよ、それなら最後のゲームを始めようか」


 ラウは掲げていた紅の花を捨てた。その花が地面に着く瞬間——


「なっ!?」
「うっ⋯⋯」


 ——世界が一変した。
 平衡感覚が失われる歪んだ世界。右か左か、それどころか自分が立っている感覚すら疑わしくなる瞬間。しかし、それはすぐに収まった。


「い、今のは⋯⋯」
「——ッ」


 目眩から覚めた世界は全く同じ紅の花畑の中。しかし、唯一変わっているものがあった。それは——、


「⋯⋯か、香」


 闇よりも黒く、深淵よりも深いと錯覚させるほどのドス黒さ。
 鉄筋のビルを彷彿させるほどの太さと高さを兼ね備えた巨木。
 その中央に下半身が同化し、磔の状態で意識を失っている香の姿がある。


「香! 目を覚ましてっ!」


 美香が必死に呼びかけるが目を覚ます様子はなく、体中を駆け巡っている黒い筋が一定の間隔で脈動するだけだ。


「⋯⋯コレはどう言う事だ?」


 変わってしまった姿がさらに酷くなった香を見て真里亞の眼光が一層鋭くなる。


「どうってお姉さんがゲームのルールを説明しろって言ったんでしょ?」
「⋯⋯ならさっさと説明に入れよ」
「はぁ、まったく一分ぐらい前の自分を見てきたら? 同じことばっか言っててつまぁ~んない」
「あぁ?」


 ラウの態度に限界がきた真里亞は魔道具の銃口をラウの眉間に合わせる。


「今すぐにテメェのドタマを撃ち抜いてもいいんだぜ? こっちとしてはアイツの目的も達成できてるわけだしな」
「ふっふ~ん、なぁるほど。そうきたか」


 真里亞の脅しにラウは一切の焦りを見せない。それどころか、真里亞を挑発するほどに余裕を見せる。


「⋯⋯チッ」


 ここまで余裕を見せられると逆に真里亞も手が出しにくい。
 歯軋りの音が聞こえるほどに強く噛み締め、自身の感情を制御する。


「ま、そろそろ時間がもったい無いしルール説明といこうか。最後のゲームは——」


 ラウは言葉を続けながら香を捉えている巨木へと歩いた。当然、真里亞も焦点をずらしながらその行動の意味を探る。
 そして、ラウが巨木に手を当てた次の瞬間——


「——マスターを⋯⋯だよ」


 ——ラウは巨木に吸収されるように消え巨木が動き出した。
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