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二章〜世界文明の飛躍〜
35話「取捨選択」
しおりを挟む「——ッ! 美香危ない!」
幸の悲鳴が叫び渡る。
一秒でも早く、一瞬でも早く美香に訪れる危険から遠ざけるために。
「⋯⋯え?」
幸の叫びを聞き素っ頓狂な声が美香の口から漏れ、目が見開かれる。
視界に捉えたのは今まさにその豪腕を振り下ろそうとする真っ赤な樹木。
扇の様に伸びる枝が風を切る音を鳴らし、枝に飾られている葉がその勢いに負けて舞い踊る。
すぐそこまで迫っているのにゆっくりと近づく死。
脳がそれを拒絶し、逃げようと全身に電気信号を送るが体の時間は追いつかない。
「ウゴゴアァッ!」
「——ッ」
逃げられ——
「⋯⋯あれ?」
逃げられない、そう直感した美香は咄嗟に目を瞑ってしまうが、予想していた痛みや衝撃が一向に訪れない。
不思議に思い瞑った瞼を恐る恐る開けると——、
「⋯⋯マジ⋯⋯ドンくせえ⋯⋯」
「真里亞ッ!?」
真里亞がその身一つでエルダートレントの豪腕を受け止めていたのだ。
右半身が焼け焦げ、爛れているのにも関わらずしっかりと両足で体を支え、木製の盾を握っている。
「あなたその体⋯⋯」
「痛くないかって? 痛えに決まってんだろ。でもよ、アンタがやられればアタシの傷を治せる奴はいなくなんだぞ?」
「で、でも⋯⋯」
そこまでする必要があるのか? 美香はそう聞きたくなったが真里亞の鬼気迫る形相を目の当たりにして今すべきことが何なのかを察する。
「⋯⋯幸、歩ける?」
「え? う、うん」
「⋯⋯真里亞、先に行くわよ」
美香は幸の腕を肩に回すと急いでその場を離れ、全滅した前方、目的地への道を進んでいった。
「⋯⋯ケッ、ちったあ気を回せるようにはなったみてえじゃねえか」
真里亞は美香の判断力に内心で上方修正をかけた。真里亞の足元に一つポーチが落ちているその判断に。
「アタシはこんな所でくたばりたくは⋯⋯ないんでなっ!」
拮抗していた力の競り合いに真里亞は僅かな角度を作る。それだけで、力を込めていたエルダートレントの枝は真里亞の横を扇ぎ、バランスに歪みがうまれる。
「ウゴアッ!?」
体勢を整えようと必死になるがその隙を真里亞は逃さない。
「こいつぁ土産だ。⋯⋯冥土のな」
エルダートレントの頭を踏み台にしてその場から離れる。栓が抜かれ、空気が漏れる音を出し続ける手榴弾が転がっているその場から。
「——ッ!」
真里亞が遥か後方へ着地した直後、声にならない呻き声を発しながら素謡のエルダートレントは周囲を焼き尽くさんばかりの熱風と爆炎に包まれた。
「⋯⋯さぁて、どんくらい耐えるかな」
葉が燃える音、木が焼ける音、地面が崩れる音。
耳に訪れる様々な音を聞きながら真里亞は煙の奥から覗きこむ次なる敵へ二丁の銃を構えるのだった。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
二人三脚で地面を踏みしめながら二人は急いでいた。
一本道であるがゆえに下手に止まれば囲まれてしまう。そんな気がかりがあり二人の速度は比較的速かった。
「真里亞さん大丈夫かな?」
時折、背後を振り返り様子を見ていた幸は不安の眼差しを向けていた。
ただ逃げるだけ、ただ助けられるだけ。それだけしかできない⋯⋯むしろ、それすらも自分一人ではできていない。
そんな自虐にも似た侮蔑が幸の中で渦を巻いていた。
「⋯⋯大丈夫だよ、きっと」
美香もまた同じ感情を抱いていた。
幾度目か分からなくなってきた危機への直面。結局それらを打開したのは真里亞の力が大きかった。
咄嗟の判断で手榴弾型の魔道具を置いてきたがそれでも引け目、負い目を感じざるを得なかった。
「大丈夫⋯⋯大丈夫だから⋯⋯」
言い聞かせるように呟くその言葉。不安ばかりが募る二人の先を少しでも明るくしようとする些細な努力だ。そして、
「⋯⋯あっ」
何かを見つけた幸が声を漏らした。その声に反応した美香もまた何かを共有する。
無数の木の隙間から微かに見える一本の巨木。それは、視界に映る木々を優に超える太さと高さを持っている。
二人は直感した——アレが上級樹木魔物だと。
「あれが⋯⋯ボスなの⋯⋯? どうやって勝てって言うのよ。そもそもあれじゃあ⋯⋯」
美香が驚愕と恐怖が入り混じった声で呟く。
そう、事は単純でありながら難題であったのだ。
エンシェントトレントは無数の木々の奥に見えるのだ。今まで襲ってきたトレント達を合わせても超えるほどの無数の木々の奥に。
「まさか⋯⋯あれ全部が魔物とかじゃないわよね⋯⋯?」
そうでないで欲しい、最早願望に近いものだった。しかし、美香の願いを裏切るかのように無数の木々は美香達を察知したかのように枝を揺らす。そして、
「き、来っ!?」
まるで軍のように列を、動きを統制させ緩慢な速度で行進を始めた。
エルダートレントの軍団との差はまだ開けている。しかし、その差もすぐに無くなり、問答無用の戦いになることは間違いない。
そして、真里亞がいない今戦闘に入れば間違いなく——
「な、なんとかしなくっちゃ!」
——死。
その一文字が大きな鎌をぶら下げ近づいてきているかのように錯覚する。
一心不乱に機関銃を回転させ小規模爆発を起こさせる。しかし、それでも微々たる抵抗にしかならない。
「ならッ!」
美香は腰についているポーチから手榴弾型の魔道具を手にする。
今の距離なら余波はあっても問題ない範囲だと概算する。先程の傷を無駄にしない賢明な判断だ。
「フッ!」
吐き出す空気とともに精一杯の力で手榴弾を投擲する。狙いは微妙であったが問題なく更新するトレントの先頭まで届き——
「「「「——ッ」」」」
巨大な爆発と爆炎を生み出した。
巻き込まれた幾多のエルダートレントは声なき声を発しながらその身を焦がした。だが——、
「ウゴアァッ!」
「アガアァッ!」
「ギガアァッ!」
そんなものは誤差でしかなかった。
倒されたエルダートレントは確かに多かった。しかし、その数が誤差の範囲で収められるほどに数の暴力があった。
倒れ、微塵となったエルダートレントは次の列にいたエルダートレントの盾であり踏み台となった。故に、その行進に停滞は無い。
「う、そ⋯⋯な、なら⋯⋯ッ」
一つでダメならもう一つ。そう思いポーチに手を入れるが、
「今のが⋯⋯最後⋯⋯?」
ポーチの中を探る手はどこへ向いても空を切るばかりだった。
渡された魔道具の数は十。真里亞に渡した数は三で使った数も三。
「さ——」
残った四つを持っている幸へ美香が振り返るがその瞬間に美香は横から強い衝撃を受ける。
「うわっ!? ⋯⋯っ」
勢いよく飛ばされた美香は一本道を転がるように戻り、止まったと同時に泥だらけになった顔を上げ衝撃を与えた原因を見る。
「な、何するのよ幸!?」
美香を突き飛ばしたのは幸だった。美香は憂と迷いを孕んだ瞳で見る幸へ怒りをぶつける。
そんな美香の怒りを当然わかっていながら幸は——、
「⋯⋯ごめんね⋯⋯生きて」
——涙を流しながらエルダートレントの軍へ向かって走り出した。
「——ッ!? さ、幸!」
「来ないでッ!」
「っ!?」
幸の奇行だと思われても仕方ない自殺行為を止めようと美香が立ち上がるが幸はそれを機関銃の爆撃で静止させる。
美香と幸の間に打たれた数発の小規模爆発は美香の行く手を塞ぐには十分なクレーターを作った。
「私が⋯⋯私が美香を助けるからっ!」
そう言いながら幸は機関銃を乱射しながらエルダートレントの群れに突っ込もうとする。
そして、その距離が縮まれば機関銃を放り投げ左右に二個ずつの手榴弾を握る。
「ま、まさかッ!」
この時ようやく美香は幸の仕様としていることを理解する。
自殺する気なのだ。 その一つしかない命と引き換えに美香を進ませるために。
「ウゴゴアァッ!」
「ゴアアァッ!」
そんな思惑に気づかないエルダートレントは文字通り幸を殺しにかかる。
大地に突き刺さらんとする枝が、風邪すら生み出してしまいそうな葉が幸を襲う。
「くっ⋯⋯ま、まだ⋯⋯!」
真里亞ほどでは無いが超人的な回避能力と察知能力で紙一重でそれらを交わす。
最前列ではいけないのだ。中心で、できるだけ奥で発動しなければ意味がないのだ。
そう心の中で言い聞かせるが、先に進めば進むほど、奥に潜れば潜るほどに攻撃の手は厚く、鋭く、なって行く。
「幸、幸! 戻ってきて!」
遠くから美香の叫びが聞こえる。だが、その声が逆に今の幸にとっては力になる。
「もっと⋯⋯もっと⋯⋯!」
木の根を乗り越え、枝を伝い、隙間に潜り込む。
とても体が軽い。まるで羽ばたいているのかと錯覚してしまうほどに幸は今満ちていた。
自分の存在意義はなんだったのだろうか?
この【ダンジョン】に入り、進み、助けられて思うようになった疑問。
役に立った試しはなかった。努力しても結局は何も変わらなかった。だから、少しでも多く何かを残したいと思うのは自然なことじゃないか。
自分には真里亞の様な脅威的な能力もない。
自分には美香の様な必要とされる力もない。
あったのは——
「まさか⋯⋯こんなのが役に立つだなんてね⋯⋯」
ーーーーー
名前:柊 幸
種族:人族
性別:女
Lv:18
HP:F
MP:F
技能:狂化<2>、身体強化<1>、危機察知<1>
称号:自称平和主義者、渇望する者
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ーーーーー
狂化<2>
等級:D
使用者は自らの理性を失うことで使う武具に相乗的な力を加えることができる。
また、この技能が最終レベルまで達した時、理性に代わるものを手に入れる。
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自らのステータスを思い出しながら幸は自嘲の笑みを浮かべる。
ただの嫌がらせか、はたまた自信が知らない心のうちを移してくれた親切心か。
どちらであっても傍迷惑な話でしかなかったが、今となっては感謝すらしている。そして——、
「私は⋯⋯何か残せたかな⋯⋯美香?」
エルダートレントの軍の後方、そこはエンシェントトレントすらも幸の技能を持ってすれば射程内に収められる場所。
「幸ぃぃっっ! いやああああああああああああああああああさぁぁぁっっっ!」
大規模爆発をもたらす四つの手榴弾とそれを上乗せする力が働いた。
まるで原爆を思い出させる様なその一瞬は光が視界に映った次の瞬間には熱風が肌を襲い、爆風が体を持ち上げ、轟音が耳を潰す。
鉄よりも硬い木々が問答無用で破壊され、溶かされて大地へ⋯⋯【ダンジョン】へ還った。そして、更に硬い存在であった巨木はその下半身をなくし、上半身すらも焦げていた。見て一目で理解できる、もう死んでるんだと。
「⋯⋯けほっ」
炭と埃が漂う荒れた樹海の中で唯一の動きを見せたのは美香だった。
当然無傷とはいかない。焼けた肌や爆風で弾け飛んだ腕がどれほどの威力であったかを物語っている。
「⋯⋯なんで⋯⋯なんでそんなことするのよ⋯⋯幸」
言葉になったのは痛み絵の悲痛ではなかった。ただ、友への怒りと悲しみを織り交ぜた嘆きだった。
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