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二章〜世界文明の飛躍〜
34話「現実と幻想の中で」
しおりを挟む紫の花畑から出た真里亞、美香、幸の三人は厳かで微妙な雰囲気に包まれながら一本道を歩いていた。
そして、この中で最も周囲を警戒していた真里亞が口を開いた。
「今回は入り口で奇襲はなかったみたいだな」
「⋯⋯そう、だね」
「⋯⋯え? 入り口の奇襲? ね、ねえ、美香」
美香と真里亞の間で交わされる眠っている間の出来事。
幸にとってはそれは秘密の内緒話にしか聞こえない。だから、一番聞きやすい美香に聞こうとするが——、
「な、なにっ⋯⋯?」
幸に名前を呼ばれるたびに過剰な反応を示し、それ以外の時は何かに悩む様に心をどこか遠くに馳せている。
「⋯⋯何でもないよ」
「⋯⋯そう」
そんな苦しみと恐怖で雁字搦めになっている美香に幸はどうすることもできなかった。無理に話を聞こうとしないで、ただそっとして置く以外に何も。
「あ、あの、真里亞さ——」
「何があったのかアタシに聞かないでくれる。ソイツが答えられないものだったら考えるけど、それ以外だったら聞かないで」
「⋯⋯は、はい」
こうも明確に突き放されてしまえば流石に幸も何かを聞こうとは思わなくなる。
と言うよりも、ここまで秘密にされるならもうどうでもいいかなぁ、とすら思えている。しかし——、
「ほんとぉに、それで良いのぉ?」
「「「——ッ」」」
静寂が包みかけていた森の中で少女の声が、ラウの声が波風を立てる。まるで心の中を覗く様にねっとりとした声色で。
その声がどこから出ているのか三人は目を右へ左へ忙しなく動かし探し出す。
「知りたくないの? 真実を、二人が隠している秘密を、ね」
「真⋯⋯実⋯⋯?」
「そう、真実。どうしてお姉さんが血まみれだったのか。どうして二人のお姉さんが隠そうとするのか。それは——」
「そこかッ!」
ラウの声が次のことを話し始めようとした時、真里亞の視界にあるものが映った。
木の表面の模様が少女の顔立ちを型取り、その口が動くのだ。木が少女と同化しているのか、少女が木に取り憑いているのか。
そして真里亞はその模様を発見し即座に撃ち抜いた。お陰で話の続きが話されることがないと安堵するが、
「ひっど~い。そんな壊さなくてもいいじゃない」
「なっ!?」
その模様は別の木の表面に現れ、口の部分が動き、声が聞こえる。
この光景に真里亞は驚き、咄嗟の判断で更にその木を壊す。
「あははっ! 何度やっても無駄だよ? ここにいる子たちはラウの子供みたいなもので、ラウはここにいる子達全員の様なものだもん」
「ハッ! そんな事を一々真に受けると思うなよ!」
それでも真里亞はラウの言葉を疑い何度か同じことを繰り返した。
しかし、結果は何も変わらず少しだけ見晴らしが良くなっただけだ。
「チッ⋯⋯ムダか⋯⋯」
流石の真里亞も何度もやればラウの言っていることが事実であろうが虚実であrぷが無駄であることは理解した。
「やぁっと諦めた? もぉ、せっかく教えてあげてるんだから素直に従ったほうがいいよ?」
「テメェ等の言うことに一々従えってか? 吐き気がするね!」
「あ! ひっどぉ~い! そんなこと言うなら魔物の情報を教えようと思ってたけど、やめよっかな~」
「魔物の⋯⋯情報だと⋯⋯?」
「そ、一個目のゲームをクリアした報酬ってやつ?」
真里亞の雰囲気に躊躇いが混ざり込む。
いつ爆発するかわからない爆弾を抱え込む様に美香と幸も心拍数を早めながら見守る。そして——、
「⋯⋯わぁお」
乾いた銃声と共にラウの顔模様を浮かべていた一本の気が爆散しする。
「ならさっさとその情報とやらを吐きな」
「あらら、ずいぶん暴力的じゃない? そんなんじゃ言いたい事も言え——」
「さっさと言えよ。それが公平を期すモノなんだろ? そんな事もできねえのに審判気取りか? そんなのは三流だぞ?」
「⋯⋯言ってくれるじゃない」
真里亞の分かりやすい挑発だがラウにとっては引き合いに出されたモノがモノだけにその挑発に乗るしかない。
「⋯⋯いいよ⋯⋯いいよいいよ! わかったよ! なら面白いゲームのためにお話しするよ!」
どこか自棄っぱちになった様な声でラウが叫ぶ。そしてそれに連動するかの様に木の模様も起こっているかの様に見える。
「最初に出会ったのは低級樹木魔物、その次に出た赤いのは中級樹木魔物。ここでは中級樹木魔物がうじゃうじゃ出て、最後に待つのは上級樹木魔物だよ! ⋯⋯さぁて、どこまで乗り越えられるか楽しみ——」
ラウの声に被せる様に銃声が鳴り響いた。
それと共に木の模様は最後まで語ることなく木っ端微塵となり、静寂が場を支配した。
「ま、どっちでも良い情報だったが一応は感謝しておいてやるよ」
そう言って爆散させた張本人はその場から逃げる様に足早に離れていった。
「⋯⋯あんなのよりも⋯⋯まだ強い奴がいるの⋯⋯?」
真里亞に続く様に美香は赤いトレント——エルダートレントを思い出しながら更に悩みの種を深めていった。
「⋯⋯」
そんな美香が横を通り過ぎていくのをぼんやりと眺めながら幸は棒立ちになっていた。
「⋯⋯真実って⋯⋯なんだろう? ⋯⋯あ!」
少しだけ物思いに耽っていただけの様だ。
そして、美香と真里亞が遠くに行くのに気づいた幸は走ってその背中を追いかけていった。
「⋯⋯」
そんな三人の背中を更に木の模様が眺めていた。
その模様はどこかさみしげで、憂いを孕んでいる様にも見える。
「⋯⋯真実っていうのはさ、いつも残酷なんだよ。ラウにとってもマスターにとっても⋯⋯ね」
誰かに言うわけでもなく、何となくで口に出してしまった言葉を最後にその樹木は急速に生気を失い——枯れてしまった。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
「チッ! ようやくお出ましってかよ⋯⋯」
再び歩き始めて数分、目の前には多数のエルダートレントの姿を視認した。
そして、それに合わせた様に背後からも多数のエルダートレントが緩慢な動きで距離を詰めてくる。
「ま、また挟み撃ち⋯⋯」
「どうすっか⋯⋯だ!」
古典的だが最も効率的な物量作戦。
一本道ゆえに逃げ場はなく、無限に湧き出るがゆえに太刀打ちができない。
真里亞は即座に戦闘モードに入り、四丁の機関銃型魔道具を生み出し、二丁を美香と幸に投げ渡す。
「ウゴゴアァ⋯⋯」
「ウゴゴォォ⋯⋯」
「アガアァァ⋯⋯」
「ちったぁくたばりやがれッ!」
乱射に伴う連続した銃声が暴虐の音を奏でる。
いつの間にか爆発の轟音で耳を抑えることも、土煙で奪われる視界に気にもしなくなっていた。しかし——、
「なんつぅ硬さだよ⋯⋯」
真里亞は苦虫を噛み潰した様に渋い声をだす。
そう、一体も倒れないのだ。周囲の木々は爆発の余波で所々破壊され、更地に変わっている。しかし、エルダートレントは傷つく程度で三人と開いた距離を確実に詰めてきている。
「こ、これじゃあ⋯⋯」
「埒があかねえ⋯⋯これ借りるぞ!」
「え!? ちょっ⋯⋯!」
防戦一方だった中で真里亞は美香の腰についているポーチから手榴弾型の魔道具二つもぎ取り前方のエルダートレントに投げつけた。直後——
「美香ッ!」
「——ッ!」
「な——ッ!」
機関銃の時とは比べ物にならないほどの轟音と爆風。その強い風に煽られ三人は飛ばされ、木々に打ちつけられる。
「いっ⋯⋯ッ!」
「あっ⋯⋯いっ⋯⋯ず⋯⋯!」
鈍器で殴られた様な鈍い痛みが全身を駆け巡り、遅れて焼かれた肌が熱の痛みを訴える。
だが、美香が受けた火傷は脚や腕の一部のみであり、本来受けるはずであった傷は間一髪のところで間に入った幸が肩代わりしていた。
「な、何が起きて⋯⋯幸ッ!?」
「うっ⋯⋯ぅ⋯⋯」
呻き声を上げ、痛みに抗う幸の火傷は酷かった。
庇った際に受けた熱風は幸の服を燃やし、肌を焦がし、爛れさせた。更には飛んできた石粒が幸の体を貫き普通では無い出血を見せる。
「た、大変! どうにかしないと⋯⋯そうだ! 魔法!」
幸の容体を見て慌てた美香だったが自らの手を見つめ魔法の存在を思い出す。そして、自問するかの様に自らに手と幸を交互に見た。
「うぅ⋯⋯」
刻一刻と業火に焼け焦がれながら死に向かって行く幸の姿。数分前までは生気が見えたその瞳は虚に変わり、もう既に閉じようとしている。
魔法は強大な力だ。
それは私の感覚を狂わせ、倫理を崩壊させる。
魔法は残酷な力だ。
それは私の運命を惑わし、罪過を背負わせる。
また使うのか? また繰り返すのか? また間違うのか?
そんな風にドス黒い感情が言葉を並べる。それでも美香はそれでも——
「——ぃゃ⋯⋯そんなのは嫌だ⋯⋯嫌だっ!」
背負うと決めた罰。赦されないと知った罪。
ならばどこまでも、どこまでも深く、重くたって構わない。全部受け入れて、全部償う決意が罪悪感に打ち勝った。
美香は震える手を抑えながら幸の背中に当てた。仄かな光と強い意志を乗せて。
「幸ッ! 目を覚まして! お願い、お願いだから治って⋯⋯治ってよおおおおおおおおおおぉぉッ!」
美香は己に授けられた力に縋った。忌み嫌っていたその力に請い願った。
そしてその力は——
「⋯⋯うっ⋯⋯げほっ!」
——美香の願いに応えた。
「さ、幸ッ!」
閉じかけていた瞳が止まり、失いかけていた光が灯った。
唇を震わせ、その震えは次第に明確な動きへと変わっていく。
「⋯⋯やっぱり⋯⋯美香が治してくれたんだ」
「やっぱりって⋯⋯っ、ち、違う。違うの! これは——」
美香は察した。幸は勘違いしているのだと。
今起きている奇跡と、先ほど起こしてしまった奇跡を同じものだと。だから訂正しようと言葉を紡ごうとするが、
「いいよ、何も言わなくて」
「これは⋯⋯え?」
徐々に引いて行く痛みと熱を感じながら幸は穏やかな視線を美香へ送る。
「いいの⋯⋯何もいう必要はないし、何も気負わなくていいから。ね?」
「で、でも、それは⋯⋯」
「美香が何かしたのかもしれないけど、それは必要なことだったんでしょ?」
「⋯⋯うん」
「誰も損をしたわけじゃないよね?」
「⋯⋯うん」
「ならいいじゃん。みんな幸せになれたなら⋯⋯それで」
「幸⋯⋯」
涙ぐんだ目で擦りながら弱々しい声で呟いた。
美しいモノか。理想的なモノか。幻想的なモノか。
そんなものは存在しない、そんなものは夢幻でしかない、そんな否定ばかりが脳内を舞う。でも、もしかしたらあるのかも知れない。だって——
「——ッ! 美香危ない!」
「⋯⋯え?」
——ここは戦場なのだから。
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