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二章〜世界文明の飛躍〜
29話「漆黒の樹海」
しおりを挟む——暗くて、遠くて、深い、闇が身を包む。
もがけばもがくほど、抗えば抗うほどに体に絡んでくる感覚は不快だ。
溺れた感覚に似ているそれは、上へ上へと手を必死に伸ばし、上がれ上がれと足を必死に動かす。
されど、それで変わることは徐々に迫る終わりを心身に打ち込む強さをより強くするだけだ。
どこまでも、どこまでも甘美に、蠱惑に、優雅に、誘う意識は愉快だ。
後悔した感覚に似ているそれは、ああだこうだと言い訳をし、どうだそうだと納得させる。
されど、それで変わることは背負った十字架を少しずつ大きく、重くし自らの罪の意識を強めるだけだ。
何もかもを委ねてしまえば、何もかもが上手く行く。そんな夢物語に溺れてしまいたい。
諦めればそれで終わり。
手放せばそれで終わり。
認めればそれで終わり。
あとは——
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォッ!」
人の声帯から想像もできないような唸りは【ダンジョン】内を走った。
そして、唸り声に鼓動するように地面が隆起し、一蕾の芽が顔を出した。蕾はまるで動画の倍速再生のように成長し、真っ黒で爛れた一本の大樹へ変わっていった。
「きゃっ!?」
「何!? うわっ!?」
「か、香!?」
爛れた大樹の誕生を契機に、次々と地面から木々が飛び出す。しかし、それらの木々は普通ではない。
どれもこれもが焼けてしまったのか? と思えるほどに黒く、朽ちてしまったのか? と思えるほどに脆い。
そして、木々は最下層を埋めつくさんとばかりにその分布面積を急速に増幅させる。
「香! かお——きゃっ!」
「幸ッ!」
飛び出る木が安定していた足場を崩し、地割れを生み出す。
その一つに落ちかけた幸の手を間一髪のところで美香が引き戻し地面に立たせる。
「あ、ありが——」
「お礼なんていいから! 早く逃げるよ!」
「う、うん!」
そう言って美香は現実を信じ切れていない幸の繋いだ手を引き、迫り来る木々から逃げるように最下層の出口へ向かうが——、
「な、何よこれ!?」
「こんなのなかったじゃない!」
「どうなってんだよ! クソがッ!」
最下層の出口にズッシリと立つ金属製の扉。装飾の類はなくただただその道を遮るためだけに置かれたその扉はまるで牢屋の格子のようだ。
「あ、アンタ達どきな!」
「え? 何を——ッ!」
扉からある程度距離を取った真里亞は持っていた魔道具の拳銃を扉に向け撃ち込んだ。
拳銃から出た大きな破裂音と共に真里亞の腕には叩かれた程度の衝撃が走る。そして、それと同時に発射された弾は、ズドオオォン、と轟音と業火を撒き散らし金属の扉を焼いた。
「よ、よし! これなら——」
浮かぶ土煙が舞い上がり、その音と派手なエフェクトに拳を握りしめ期待を高める真里亞。しかし——、
「⋯⋯うそ」
——金属の扉には一切の傷が入っていなかった。
「う、嘘だ⋯⋯嘘だ嘘だウソだああああああぁぁっ!」
叫びながら手に持つ二丁の拳銃の引き金を引く真里亞。一心不乱に惹かれる引き金はその度に破裂音と轟音、そして業火を撒き散らす。
そして、いつしか破裂音は聞こえなくなり、代わりにハンマーが虚しく何度も何度も空を切る音になる。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯なん⋯⋯でよ⋯⋯」
呼吸を荒くし、肩で息をする真里亞が現実を疑う。
あれだけの轟音と炎を浴びてなお扉には傷が一つもついていなかったのだ。それどころか、半狂乱の状態で乱射したため被害が出ていた。
「う、うぅ⋯⋯」
「ちょ、ちょっと真里亞⋯⋯何してくれてんのよ⋯⋯!」
扉の近くに居たために真里亞の発砲から逃れる事ができなかった女子二人は重体となっていた。
片方は既に全身が黒焦げとなっており、もう一人は力弱く立ち上がるが向いている先が滅茶苦茶だ。恐らく、目がよすぎるが故に視界が奪われてしまったのだろう。
「どこよ⋯⋯どこにいるのよ真里亞!」
叫びながら歩く女子生徒。しかし、その向きは一直線に漆黒の樹海に向かっており——、
「あ、アンタそっちは——」
「出て来なさいよ! ウチが⋯⋯ウチがぶっ殺して——」
力弱く歩く女子生徒。そして、前兆のように彼女の一歩先の地面が僅かに盛り上がる。だが、その僅かな差を彼女が認識できることはなかった。
「——あっ⋯⋯」
「ッ! ⋯⋯オエッ⋯⋯あに⋯⋯コエ⋯⋯?」
突然やってくる痛みと衝撃に女子生徒の頭の中で疑問符が立ち並ぶ。
カタカタと手を震わせベットリと付いた自らの血を見て初めて今起きていることを知る。
「な、なん⋯⋯で⋯⋯し、に⋯⋯たく、な⋯⋯い⋯⋯」
力弱くなって行く息遣いと力一杯に溢れる赤い飛沫。
彼女を貫いた木には真っ赤な液体が伝わり、一箇所には大きく飛び出た模様が鮮烈に描き女子生徒は儚くその命を散らした。
「⋯⋯んだよぉ⋯⋯何なんだよぉ、何だって言うんだよおおおおおぉぉっ!」
次々と死んでいく仲間達の姿に真里亞の口から荒れた声が無条件で引き出される。
「⋯⋯うそ⋯⋯でしょ⋯⋯」
「⋯⋯もぉ⋯⋯ぃやぁ⋯⋯」
焼かれ死んだ者、樹木に貫かれて死んだ者、それらを見て月並みの言葉しか出てこない程に呆然とする美香、地面にへたり込みカタカタと全身を震わす幸、そして——、
「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ッ!」
触れただけで壊れてしまいそうで、触れただけで狂ってしまいそうな漆黒の木が最下層を埋め尽くしていた。
その中心で全てを抱擁するかの様に大きく、太く、高く君臨する大樹から歓喜に震えた産声が上がった。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
一連の流れを上空から見ていた零は自らの知識に触れた。
【ダンジョンマスター】と【ダンジョン】は一心同体な関係だ。例えるなら人間の首から上と首から下の関係にあたる。
そして、【ダンジョンコア】がちょうど心臓の様な役目を果たしている。
【ダンジョンマスター】から魔力を持続的に吸収し、それを【ダンジョン】内で循環させる。そうすることで侵入者への対応をしているのだ。
だが、【ダンジョン】にはもう一つの役割があった。それは魔力の貯蔵である。雑に言うならば人間の脂肪の様なものだ。
そして、その貯蔵した魔力を全て戻す引き金が【ダンジョンマスター】が【ダンジョンコア】を取り込むと言う行為だ。
こうする事で階層、魔物、罠などに使われ貯蔵していた魔力全て一身に受けることができる。結果、爆発的な戦闘能力の向上得て、その副作用に精神不安状態に陥る。
今の香は増幅した憎悪の感情を前面に出す程に不安定な状態になる代わりに、一階層全てを覆い、射程圏内に入れてしまうほどの力を手に入れた。
「⋯⋯あと、三人」
本命とも言える真里亞たち三人。この三人を香が殺す事で彼女の願いが達成される。しかし——、
「⋯⋯本当にこれが正しい⋯⋯?」
大樹から断続的に聞こえる叫びにも似た低い声。大量の空気が取り込まれ、吐き出される音はさながら衰弱しする者の様だ。
「⋯⋯」
どうすれば自身が納得できたのか、どうすれば自身が正しいと思えたのか。
「⋯⋯分からない。しかし、これは私の罰。最後まで見届ける。貴方との約束を違える事なく」
そう呟くのはまるで自身への戒めの様に零は香との約束を思い返しながらただ見届けることに徹するのだった。
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