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一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜

11話「情報戦とキレ者」

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「⋯⋯は?」

 ダンジョンの入り口、レイジとゼーレを待っていたのは一人の指揮官に向かって洗礼された敬礼をする数え切れないほどの軍人の姿だった。

 そして、敬礼をしている軍人の一人がダンジョンからレイジ達に気づいた。

『大尉! ダンジョンから⋯⋯人が!』

『何?』

 その一人の声を聞き大尉を呼ばれた指揮官がレイジ達を視界に捉えた。

 頭に緑色の丸型ヘルメットを付けた白色系のその男。身長はレイジよりも高く、その体つきは迷彩服の上からでもわかるほどに鍛えられている。そして何より、この中で一番の危険な雰囲気をレイジは感じ取った。

『⋯⋯君は⋯⋯何者だ?』

 大尉最初の言葉は疑問だった。だが、内容が明らかに変だ。普通であれば『どこから来た?』や『名前は?』などの個人についてだろう。

 しかし、大尉はレイジの存在その物を問うた。それは、大尉の観察力と勘が他の誰よりも優れていることを何よりも証明していた。

「⋯⋯」

『答えないのかい? それとも⋯⋯答えられないのか?』

 大尉が片手を上げた。
 たったそれだけで見ていた他の軍人は銃を構え、各々の邪魔にならない様にレイジ達を包囲した。

「⋯⋯随分と⋯⋯手荒い歓迎じゃないか?」

『フッ、それは君の返答次第だ』

「一応言っておくが、俺は怪しい者なんかじゃないぞ?」

『本当に一応だな。どう考えても君は怪しい人物だ。それは君が【ダンジョン】から時点で決まりだ』

「⋯⋯成る程。それじゃあ、アンタは俺のことをどう思ってるんだ?」

『⋯⋯魔物、もしくは⋯⋯【ダンジョンマスター】か?』

 大尉の言葉にレイジは内心焦りと驚きを感じる。

 そう、大尉がレイジを【ダンジョンマスター】と当てた事よりも【人類】がキチンとこの戦いを認知している事が重要なのだ。

 ゲームと称されているが結局は戦争の様な物だ。遊び半分ではなく、出撃する兵にまである程度の情報が渡されている。

 これは国の情報規制の差にもよるが、国民がある程度認知し、協力の姿勢を取ってもらう必要がある。つまり、この軍隊が所属する国はその認知と協力がされ、国内が乱れる事なく統制されていることを意味する。

「⋯⋯」

『どうした? 答えないのか?』

「⋯⋯そうだな。答えようと思っていたが、アンタ等の国がどうも上手くいっているみたいで気になったんだよ」

『⋯⋯成る程。ここまでの会話でそれだけ頭が回ると言うことか』

 レイジは必死に思考した。
 このままでは情報を与えるだけで情報を得ることができない。かと言って、下手に出れば蜂の巣にされてしまう。そう考えていたレイジの視界にある物が映った。

「⋯⋯」

『⋯⋯さて、これ以上は何もなさそうかな?』

「⋯⋯ゼーレ」

 レイジは悩む大尉に聞こえない程度の声量でゼーレの名前を呼ぶ。そして、それと同時にその小さな手を握った。

「え、なに? お兄——」

「逃げるぞっ!」

『『『『な!?』』』』

 そしてそのままゼーレの返事を待つ事なくレイジは手を引きダンジョンの中に戻って行った。

 一瞬の虚を突かれた軍人達は咄嗟の勢いで引き金を引いてしまうが、そもそもレイジ達はダンジョンの外で出てすぐの場所にいたのだ。一瞬さえ稼げれば問題なく帰れる。

『お、追います!』

 レイジの逃走を見た軍人の一人が声を上げ、ダンジョンへ突入しようとする。そして、その軍人につられ他にも数名入ろうとするが——

『待て!』

 大尉のその声に突入していた軍人全員が足を止める。

『行く必要ない』

『し、しかし⋯⋯!』

『それよりも先に本部に連絡をつけろ』

『は、はい!』

『他はここで待機。もし、【ダンジョン】から何か出て来た場合は迷わずに撃て。殺しても構わん』

 大尉はそう言い放つと本部と連絡が繋がった携帯を手に取った。

『こちら突入部隊です。先程、【ダンジョン】内に住む生物と接触しました。⋯⋯はい、まだ突入前です。⋯⋯そうです。奴らの情報を先に私の口からお伝えしておこうかと思いまして』

 大尉はレイジを思い浮かべながら言葉を紡ぐ。その表情はまさに戦いのプロ。一切の過大も過小もしない正確且つ適切な情報を話した。

『奴らは知性がかなり高いです。今まで相手をして来た魔物とは大違いに。そして、奴らは情報を欲しています。恐らく奴らの情報レベルは⋯⋯一般市民程度でしょう。加えて、こちらの世界についてもそれなりに詳しいと考えられます。そして、戦闘能力に関しては⋯⋯間違いなく奴らの方が上でしょうね。⋯⋯はい、では任務を続行します⋯⋯はい』

 最後の言葉を聞き大尉は携帯を耳から離した。そして、待機している軍人達の方を向き直り——

『⋯⋯これより任務を行う。各自、【ダンジョン】に突入しろ!』

 鼓舞される力強い声で任務の指揮をとった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「あ、お帰りなさいませ。なんと言いますか⋯⋯早かったですわね」

「ああ、ちょっとな」

 ダンジョンの最下層。転移で戻ったレイジはパンドラのお出迎えを適当に返し【ダンジョンコア】の目の前に向かった。

「ど、どうしましょう! わたくし何かしてしまったのでしょうか!? 貴方様が⋯⋯貴方様に嫌われてしまいますっ!」

「パンドラちゃんのせいじゃ無いよ。さっき、外で沢山の人間が準備してたんだよ」

「準備ですか?」

「うん⋯⋯この【ダンジョン】の攻略のかな?」

 ゼーレのその一言にパンドラたちの目の色が変わる。そこには先ほどまでの楽しげな雰囲気はなく、戦闘を前にした戦士の物だ。

「⋯⋯敵はどのくらいでしょうか?」

「う~ん⋯⋯沢山?」

「どんな格好をしてたんですかぁ?」

「えっとね、いつかの日に『銃』について話したよね? 覚えてる?」

「えっと、確か、『鉄の玉を高速で放つ武器』⋯⋯ですわね?」

「でもぉ、それを使うくらいなら魔法の方が速いしぃ、規模が大きくなるって言ってませんでしたぁ?」

「⋯⋯ん⋯⋯私を⋯⋯とらえきれないって⋯⋯いってた⋯⋯」

「そうそう、皆んな良く覚えてるね。でも、戦い方にもよるかな。大人数が銃を持って来ればそれだけで範囲は大きくなるし、銃によっては爆撃系もあるから注意だよ」

「そ、そうなのですね」

「攻撃力の方はどうなんですかぁ?」

「う~ん、ゼーレも詳しくは知らないからなんとも言えないけど、流石にエイナちゃんやパンドラちゃんの魔法防御は貫けないと思うよ」

「なら問題ありませんわぁ。ミナゴロシにしてあげますぅ」

「速度もミサキちゃんの方が断然上⋯⋯って言うか見えないと思うから」

「⋯⋯ん⋯⋯しゅんさつ⋯⋯してくる⋯⋯」

「で、問題はお兄ちゃんなんだけど⋯⋯」

 そう言って場の不安を注ぎ切ったゼーレはレイジへと視線を向けた。当の本人も知りたい事が分かったようでこちらに目を向けた。

「あ、お兄ちゃん何かわかったの?」

「ああ、分かったぞ。それも、一番知りたくなかったことがな」

「知りたくなかった?」

「今俺たちがいる場所だよ」

「え? でもそれって一番知りたかった事じゃなかったっけ?」

「一番知りたかった事だけど、一番知りたくなかった事実だよ。つまり俺達が今いる場所は——」

 ——ビービービーッ! ビービービーッ!

 けたたましい警告音がレイジの続きを妨げる。もう既に分かっていた事だったためレイジ達に動揺や驚きはない。ただ、やっと来たか、そう思うくらいだ。

 当然映し出されるのは数人の軍人がゆっくりと、慎重に足を進めている姿だ。

「早速だが、地球に帰って来て大規模な戦いになる⋯⋯と思う」

 レイジは映る軍人達を見ながら話しの続きを口にした。諦めたように、面倒くささを感じさせるような声で。

「どういう事ですか? 先程、ゼーレ様から聞いたので多くの人間が攻めてくることは分かりますが」

「⋯⋯この前、地図で俺たちの場所を考えてたのを覚えているか?」

「え? はい、覚えていますわ」

「その中で、陸続きになった場所を覚えているか?」

「はい⋯⋯まさか!?」

 レイジの言葉と口調に当時、率先して話し合いに参加していたパンドラは早くも気づいた。他の面々は聞いていなかったり、そもそも居なかったりで、話が見えて来ずお互いに顔を見合わせている。

「ああ、ここ⋯⋯つまり俺達がいる場所は——米国と露国の間だ」

 レイジの脳裏に浮かぶ大尉との会話。その最中で遠目で見えた二つの旗⋯⋯世界の二大国家の旗がユラユラと揺れていた。

 それは何よりの証拠であり、ネット情報だが確認も取れてしまった。

 レイジはその事実を無理にでも受け入れ、今後の対策の前に今ある現実への対策を思考するのだった。
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