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4章〜崩れて壊れても私はあなたの事を——〜

106話「崩れて壊れても私はあなたの事を⋯⋯」

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 ー レイジ、ミサキ、マーダ、ハクレイ vs アレックス ー

「ハク⋯⋯レイ⋯⋯?」

 レイジ の驚きと疑問の声が弱々しく空中を漂う。
 西洋剣を振り上げた アレックス と 膝を着く レイジ の間に現れた一人の少女。

 両手を大きく広げ レイジ を庇うように立つその姿は頼りなく不安で押しつぶされそうなほどだ。しかし、それと同時に鬼気めいた物を感じる。
 その絶対的弱さと、圧倒的な気迫に アレックス の剣が振り上がった状態で止まる。

「⋯⋯なんだ貴様は?」
「⋯⋯」

 ハクレイ は何も答えない。無言でジッと アレックス を見据えるばかりだった。だが、その態度が アレックス にとって気に入らなかった。

「⋯⋯あの赤黒い魔物どころか影を使う魔物にすら劣る貴様が⋯⋯なぜに俺の前に立つ?」

 赤黒い魔物とは ミサキ のことで、影を使う魔物は エイナ のことだろう。アレックス の脳内は疑問で満たされていく。

「貴様がここに立つことに何の意味がある? 何の役に立つ? 忠誠心か?」

 苛立ちを含んだ問いが羅列する。そしてようやく ハクレイ が口を開いた。

「⋯⋯意味があるかどうかなんて分かんねえっす。役に立つかだって分かんねえっす。忠誠心ってのは⋯⋯案外、合ってるかもしれないっすね」
「そうか⋯⋯」

『残り五十秒』

「時間も無いな。一度だけ言おう。そこを退け。退かないなら貴様ごとダンジョンマスターを消し去る」
「⋯⋯」

 響き渡る “ 声”  のカウントダウン。
 レイジ は例え自身の死が全体の死になろうと一人でも⋯⋯ハクレイ を巻き込んで死にたくはなかった。だから——

「⋯⋯ハクレイ、退いてくれ」

 願いをぶつけた。ハクレイ は確かにその願いを小さな背中で聞いていた。しかし、返ってきたのは全くの別物だった。

「⋯⋯退かないっす」
「退かねえとお前も⋯⋯」
「退かねえっすッ!」

 ハクレイ の怒りが籠もった叫びが レイジ に突き刺さる。

「退いたって⋯⋯お兄さんだけが死んだって、お兄さんと死んだって⋯⋯結果は同じなんすよ⋯⋯」

『残り四十秒』

 迫り来る時間。悲痛に悩まされた者の声を、叫びを聞き入れたのは時間を気にした アレックス だった。

「それが貴様の答えか。ならば貴様等をまとめて——」
「⋯⋯でも、自分だけなら話は別っす」

 アレックス が剣を振り下ろそうとする直前地面から一本の鎖が伸びた。まるで最後に抵抗のように、最後の力を振り絞るように、真っ直ぐに伸び アレックス の振り下ろそうとする右腕に絡みついた。

 アレックス は気づいていたが避けなかった。避ける必要がなかった。例え、絡みついたとしても引き千切って剣を振れると考えていたからだ。しかし——

「消え——ッ!」

 その一本の鎖が千切れる事はなかった。寧ろ、アレックス の力に抵抗し、押し戻してすらいるようだ。

「なぜ⋯⋯何故⋯⋯千切れない!?」
「何が⋯⋯?」

 信じられない現実。先ほど前止めることすらできなかったあの アレックス の動きを止めている事が レイジ は信じられなかった。

 そして止めているのは鎖。その鎖はよく見たものだ。ハクレイ が使う鎖。だから レイジ は アレックス を止めているのは ハクレイ だと直ぐにわかり彼女へ視線を向けた。

「ハクレ——ッ!」

 名前を呼び、どうなっているのか聞こうとした レイジ。しかし、目の前に広がっていたのはもっと別の光景だった。

「ハクレイ⋯⋯お前⋯⋯足が⋯⋯!」

 目の前に立つ少女。ハクレイ の両足が膝までなくなっていたのだ。

「あはは⋯⋯やっちゃったすよ⋯⋯」
「やっちゃったってお前⋯⋯」
「自分が今使ってるのは⋯⋯『束縛封印』っす」
「束縛⋯⋯封印⋯⋯? —— ッ!」

 そして レイジ は気がついてしまった。


 ーーーーー
 束縛封印<->
 等級:A

 対象を自身と共に亜空間へ連れて行く。
 対象は自身より魔力が低い存在または、体力と魔力の合計値より低い存在。
 ーーーーー


 いつか見た技能スキルの文言。
 一度目に使ったのは パローラ。しかし、魔力差が激しく亜空間に連れて行くことも出来ず、途中で自然崩壊してしまった。

 技能スキルを使ったからには魔力を使わなければいけなかった。その為、その後は酷い倦怠感に襲われる。その原因は魔力切れ。

 そして今、魔力は殆ど無く使う場合求められるものは? の魔力とを使った場合に訪れるものは?
 そう、アレックス を亜空間に連れていけようが行けなかろうが起きる結末を レイジ は直感してしまったのだ。

「お前まさかっ!」
「あはは、そのまさかっす」
「や、やめろッ!」

 レイジ は ハクレイ に掴みかかった。その技の発動を止めるために、彼女の全てを失う前に。だが——

「なん——ッ!」

 触れることすらできない。触れようとすれば通り抜け、掴もうとすれば空を切る。それは、ハクレイ の技がもう発動し、戻すことができない事を レイジ に突きつけた。

「もう無理っすよ。もう⋯⋯止められないっす⋯⋯」
「うおおおおおおおおおぉっ!」

 何かを伝えようと レイジ に振り返る ハクレイ。しかし、鎖を引き千切ろうとする アレックス の全力の声が邪魔をする。

「うるさいっすね」

 本当に鬱陶しく感じたのか苛ついた表情で、アレックス に振り返る事なく無造作に手を振った。すると——

「むがっ!?」

 新たに鎖が出現し アレックス の両足に絡みつき、更に口にまで絡みつきその声を封じた。だが、それと同時に ハクレイ の振った腕が消失した。

「⋯⋯だよ」
「あははは⋯⋯右腕もいっちゃったっすか⋯⋯」
「何でだよっ!」
「ど、どうしたっすかお兄さん?」

 俯き、肩を震わせる レイジ が突然大きな声を出し ハクレイ は驚いた。

「なんでお前は笑ってられるんだ?! 消えかかってるんだぞ! このままじゃ死んじまうんだぞ! 何で平然としてられるんだ! 何で⋯⋯」

 理不尽なのは分かっている。
 自分勝手なのも分かっている。
 ハクレイ の選択が間違っていないのも分かっている。だけど——

「なんで⋯⋯俺なんかを助けてくれるんだよ⋯⋯」
「⋯⋯」

 徐々に弱くなる言葉とともに レイジ は膝から崩れ落ちた。また繰り返す。後悔したはずなのに何度も。その事が レイジ に重くのしかかり、弱く、脆くしてしまう。
 そんな レイジ を普段では見せないような優しい顔で ハクレイ は見ていた。

「感謝してるっす」

「かん⋯⋯しゃ⋯⋯?」

「この一年くらい沢山のことがあったっす。ミサキ先輩にお兄さんの覗きで沢山怒られたり、パンドラ先輩とどうでも良いことで沢山喧嘩したり、中々起きない エイナ先輩のお世話を沢山したり、元気な テトラちゃんと沢山遊んだっす」

「⋯⋯」

「お兄さんは知らないかもしれないっすけど、自分は妖刀とよく話すんっすよ。 やっぱ同期だからっすかね?  話が合うんっすよ!」

「⋯⋯ろよ」

「しかもしかもっすよ!  お兄さんがいなかった一ヶ月くらいは ゼーレ先輩に教えてもらった『どうがへんしゅう』って言うのもやったんっすよ!  中々難しかったっすよ?  『かめら』は結構前に貰ってたから作業の量が沢山あって——」

「もうやめろよっ!」

 レイジ には耐えられなかった。今にも消えてしまいそうな奴が楽しそうに話すことが。まるで、最後の別れの言葉の様で レイジ には聞いていることができなかった。

 だから涙を流していることすら無視し、顔を上げ ハクレイ を見た。しかし、そこには——





「だがら⋯⋯だがら⋯⋯うっぐ⋯⋯ほんどうに⋯⋯うれじがっだんす⋯⋯!」

 ——同じ様に涙を流す少女がいた。
 可愛らしかった顔も今ではグチャグチャになるくらいに歪ませ、我慢しても流れる涙と鼻水が儚さと幼さを生み出している。

「自分だっでじにだぐないっずっ!  もっど⋯⋯もっどいぎだいっず! もっどいぎて⋯⋯たのじいこと、だぐざん、しだいっずっ!  ⋯⋯ゼーレ先輩にもっと色んなごど教えでもらいだいっす⋯⋯ミサキ先輩の説教をもっと聞ぎだいっす⋯⋯パンドラ先輩ともっと喧嘩じだいっす⋯⋯エイナ先輩ともっとお話じしだいっす⋯⋯テトラちゃんともっと遊びだいっす⋯⋯妖刀の進化とか見だがっだっす⋯⋯」

 ずびっと鼻水を吸いながら残った左腕で ハクレイ は涙を拭った。しかし、その涙を拭うと同時に左腕も消えていった。

「⋯⋯でも⋯⋯そうも言ってられないんっす⋯⋯」

『残り二十秒』

 現実に引き戻す様に“ 声”  が聞こえる。

 ずっと発せられていたのに全く聞こえなかったカウントダウンが レイジ の耳に入ってきた。それ程までに レイジ の中は ハクレイ の事で覆い尽くされていた。

「⋯⋯もう⋯⋯時間ないっすね⋯⋯」
「⋯⋯そうだな」
「今までの自分が勇者をどうこうするには無理かもしれないっす。でも⋯⋯自分にはこれからの自分もいるっす⋯⋯」
「⋯⋯そう⋯⋯だな」

 レイジ はボヤける視界で ハクレイ を見つめた。覚悟を決め、自身にために命すら投げ打ってくれた少女に対してそれができる最後であり、最低限の礼儀だと思ったから。

「自分も諦めないっす⋯⋯だから⋯⋯だからお兄さんも⋯⋯未来を怖がらないで下さいっす」
「⋯⋯そう⋯⋯だ⋯⋯な」

 紡がれる言葉が、優しいその言葉が レイジ の心を揺らす。たった一言の返事ですら嗚咽が邪魔をし上手く言えなくなりそうだ。

『残り十秒』

「⋯⋯ハクレイ⋯⋯すま——」
「謝らないで欲しいっす。こう言う時は、謝罪より感謝っすよ?」
「そう⋯⋯か⋯⋯ありがとう、ハクレイ」

 レイジ はしっかりと ハクレイ を見てそう伝えた。ハクレイ はどこか照れた様に顔を赤くした。
 いつもの彼女なら髪を弄ったり、頬をかいたりしていただろう。しかし、今の彼女は既に殆どが消えていた。

「最後の別れは笑顔が良いなって思ってたっすけど⋯⋯涙の別れも⋯⋯悪くないっすね」

 ハクレイ は レイジ に聞こえない程小さな、小さな声でそう呟いた。

『五』

 そして降り注いだ本当に残り僅かのタイムリミット。その声を聞いた瞬間、ハクレイ は大きく息を吸った。

「お兄さん!」

 吸った息を一気に吐き出すかの様な大きな声で ハクレイ は叫んだ。

『四』

「またねっす!」

 じんわりを目尻を濡らした ハクレイ の目が優しく レイジ を見つめる。

「それと——」

『三』

 先ほどよりも一層顔を赤らめ恥ずかしそうに口を開く。儚くも美しいその笑顔を忘れずに。

「自分は——」

『二』

 アレックス との間に入ってきた時とはまた違った覚悟を ハクレイ は見せる。

「お兄さんのこと——」

『一』

 覚悟を決めてからでも揺らぐその心。一瞬垣間見えた躊躇を振り払い ハクレイ は言葉を紡いだ。

「大——」

『零』

 ハクレイ の最期の言葉と共に発せられた最後のカウント。
 それと同時に光に包まれる視界。見えなくなる ハクレイ の姿。聞こえなくなる ハクレイ の声。

 それは ハクレイ にとっても同じだった。

 光に包まれる レイジ。その姿は見えなくなっていく。何かを伝えようと叫んでいたがその声は届かない。

 そして、一度瞬きすればもうそこには描いていた姿はなかった。だから——































「大好きっす!」

 ハクレイ は伝えたかったその一言をもう一度、伝わったかを確認する様に呟くのだった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 こうして、レイジの一年に及ぶ異世界生活は幕を閉じた。
 多くの犠牲を乗り越えたレイジだったが、元の世界にはそれ以上の苦痛と知られざる真実が待っていることは今は知らない。



 ~~あとがき~~

 これにてレイジのダンジョンマスター生活『前編』が完結いたしました!
 ここまで読んで下さった皆様の支えがあってここまで来ることができました! 本当にありがとうございます!

 さて、『前編』と題したからには『後編』もございます。
 こちらも、別サイトで掲載していたのですが、私的事情で途中で更新を止めてしまいました。ですが、今回を機会に再更新かつ完結まで走り切りたいと思います!

 後編のタイトルは 『ダンジョンマスターは魔王ではありません!!』 になります!
 1話目の更新は来週を予定していますが、更新の際にはTwitterを使い通知しようと思いますので、多くの方と相互フォローできると嬉しいです!

 それでは最後に
『ダンジョンマスターは魔王ではありません!?』 を読んでくださりありがとうございました!
『ダンジョンマスターは魔王ではありません!!』 を引き続きよろしくお願いします!
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