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4章〜崩れて壊れても私はあなたの事を——〜

101話「崩壊の招き人14」

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 ー香、響、零の魔物 vs 冒険者、騎士団ー

「フンっ!」

 ボールス の無骨な両刃斧が振り抜かれる。
 その一振りは戦闘が始まったころではその一振りでで10機は破壊できていたが今では3、4機に致命傷を当てられるに留まり、それ以上は致命傷に至らず元気に反撃を仕掛けてくる。

 これが人形機械の学習能力か、と内心の焦りが加速する。
 倒しても倒してもその端からダンジョンに吸収され、新たに出てくる。一向に変わることのない景色に流石のボールスも苛立ちを感じ始めるようだ。

「まだ準備できねえのか!?」
「気が散るから話しかけんな! もうちょっとだ!」

 ボールス が声をかけたのは ネビラ。
 両手で水晶を包み込み水晶に魔力を注いでいる。最初は透明だった水晶も今では鈍く光る黒色となり、中心では渦を巻いている。

「⋯⋯よし! 完成だ! ボールス!できたぞ!」
「やっとか! 副団長に合図を出す! 副団長が粗方破壊してくれるらしい! その後に打ち込め!」
「⋯⋯マジか、そんな話になってたのかよ。だけど、それの方が都合がいいな。わかった! そのタイミングで撃つぞ!」
「おう!」

 ボールス はそう言い残し副団長が駆ける戦場から見やすい位置に移動した。

「この辺りがいいか」

 高台の様な見易い位置が存在するわけではないダンジョン内ではどこで合図を送っても大して変わらない。加えて、視覚的合図と聴覚的合図を同時に行うなら尚変わらない。

 しかし、万が一を考える ボールス は副団長の動きを見ながらどの方向に視線が動くかを考えた位置を見出していた。そして——

「それじゃあ、頼むぜ騎士団のオッサン」

 周囲に近づく人型機械を破壊し続けながら上空に大きな大きな花火を上げた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「テイヤアァッ!」

 一刀両断。
 一振り一振りで正確に敵を真っ二つにして行く副団長。何十、何百を切り捨てても彼の剣筋は鋭さを失わなかった。
 だが、本当に恐ろしいのは彼の動きだ。どんな奇襲、どんな物量、どんな地形であっても関係なく副団長は一対一の局面を作り出していた。

 周囲には確かに無数の人型機械が攻撃を行なっている。しかし、その状況を未だに打破されていない異常な事態だ。そして、そんな異常を作り出しているのは彼の歩法と危機察知能力にあった。

 例え周りこまれても敵の射程外に出ることで奇襲を失敗させ目の前の敵を葬ってから奇襲へ対処する。物量で押し込まれても瞬時に敵の位置と、行われる攻撃を把握し順番に倒していく。地形に関してはそもそも足を踏み入れていない。

 そんな異常で奇妙な戦いをするのだから同じような場所で戦い続けることはなく副団長は縦横無尽に動いていた。そして——

「セイッ! フンッ!⋯⋯む!」

 薄暗い上空に大きな大きな花火が上がった。夜空を照らす様な美しいそれは副団長への合図。

「フン、ようやくか。さて、貴様等との戦の時間は終わりだ。冥土の土産とするが良い」

 副団長はそう言いながら脇構えを取った。剣を右斜め下に下ろし、体は左半身を出す様に半身になり腰を落とすそんな構えを取った。

「奥義——」


 そして副団長が——


「——『神歩』」


 一度消え、次の瞬間に増えた。
 それは分身のようで、“穴”との間にひしめく層の様になっていた人型機械の半分以上の全ての目の前に副団長が現れたのだ。そして——

「「「「ウオオオオオオオオオォッ」」」」

 全副団長が同時に剣を振り下ろした。
 今まで何百の人型機械を屠った両断の一振りは流れる波のようで、副団長の姿が消えると同時に切られた人型機械は真っ二つになり地に伏した。

「今だッ!」

 奥義、と言うだけあり消耗が激しい副団長は片膝をつき、腹の底から出した死に物狂いの声がダンジョン内に大きく響き渡った。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 ほぼ最後方の位置に居いた ネビラ はその全てを見届けていた。

 自分達の付近にまで現れた人型機械と同じ数の副団長。そして、示し合わせたかの様に同時に振り下ろす美しい剣。そして次の瞬間には副団長の姿はなく、真っ二つになった人型機械が地に伏し、ダンジョンに吸収されかけていた。

 そして——

「今だッ!」

 副団長の決死の声の様なものが耳に届いた。

「⋯⋯ハッ、マジかよ。とんだ化け物だな。⋯⋯コッチも負けてられねえな! 『反発』ッ!」

 副団長の声を聞き気合が入る ネビラ。重力魔法の行使と共に自身を空中に投げ出す。

 上空から見下ろす景色。目指す場所は一点。その場所がよく見える。進行を妨害していた人型機械は半数以上が倒れ、残るのは“穴”と機械仕掛けの少女を守る者、そしてその付近に居る者だけになっていた。

「さあ、喰らいなッ!」

 ネビラ は不安定な空中でいるのが嘘の様な美しいフォームで持っていた水晶を投げた。目標地点は“穴”を作り出し、今もその維持をしているだろう機械仕掛けの少女。

 そして、水晶は一直線に少女の元へ進む。
 しかし、その進行を妨げようと人型機械達も動き出す。直接水晶を破壊しようとする個体、光弾を放ち間接的に破壊しようとする個体。

「させるかっ!」

 ネビラ は射程内に入る直接壊しに来る個体を地上に堕とした。だが、墜とせたのは直接破壊しに来た個体のみ。光弾を放とうとする個体には届かなかった。だが——

「『氷結結界』ッ!」

 光弾が放たれると同時に一つの魔法が唱えられた。光弾が当たる直前に水晶を守る様に氷の膜が水晶を覆う。
 大きな音と共にぶつかり合う氷の膜と光弾。衝突の影響で生じた煙が晴れれば水晶が無傷で進んでいた。氷の膜が全ての光弾を受け切り、水晶を守ったのだ。

 氷の魔法に気づいた ネビラ が視線を下に向ければ ネビラ を見返す様に見つめる騎士団の制服を着た少女がいた。
 ネビラ はフッ、と顔を綻ばせながらも再度水晶の行方を見た。水晶は ネビラ の思っていた通りの場所に辿り着いた。そして——

「『全てを引き込む超重力コラプサー

 魔法の発動と共に水晶が砕けた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 様々なパーツと膨大なデータで動き、考えてきた少女は見ていた。
 一瞬にして倒された同胞であり、姉妹であり、仲間であり、娘であった多くの者達の結末を。

「⋯⋯残りは僅か、耐えられるでしょうか⋯⋯?」

 それは戦いの行く末か。
 最後の一瞬まで諦めることなく全力を投じ、結果を変える人類の知力と結束を。

「総員! あの水晶を撃ち落としなさいッ!」

 それは己が持つ憧れか。
 刻々と近づいて来る自身の敗北と共に歩むことができなくなる未来への未練を。

「ここまで⋯⋯の様ですね」

 それは逃げられぬ死か——そして時は訪れた。
 砕けた水晶からは一つの穴が現れた。人一人が簡単に入るだろう大きさの穴だった。そんな穴の先には際限なく続くと思わせる暗黒が広がっている。
 そしてその穴は飲み込む事を始めた。ゆっくりと徐々に徐々にその力を強めながら。

「くっ⋯⋯」

 少女は“穴”の維持を中断して飲み込まれない様に必死に抵抗する。しかし、その力は徐々に徐々に強くなっていく。

 最初は小石や砂だったのが一体の人型機械が連れて行かれると一体また一体と人型機械が穴の中に連れて行かれる。
 次第に強さを増す引力。開けることすら嫌になる瞼をなんとか持ち上げて周囲を確認すればもう残っているのは少女ただ一人だった。

「⋯⋯」

 悔しくて、悲しくて、辛い。そんな感情を表す様に歯噛みする少女。だが、そんな少女の心を踏みにじる様に引力は強さを増す。

「⋯⋯あっ」

 そしてついに少女は地面から離れた。
 それでも、背中に搭載されたジェットエンジンで抵抗するが離れることはできない。むしろ闇が近ずいて来ている。
 それでも、それでも、と少女は抵抗を続けるが視界にある光景を捉えてしまった。

 響が少女を助けようとしているのだ。
 香 に羽交い締めされ、引力に抵抗しながら近づいてきている。響 と 香 の位置が穴の空いている方向と逆であるため少女ほど強い力が働いていないのかもしれない。

 しかし、しかしそれでもあと少し近ずけば少女と同じ力が働いてもおかしくはないと少女は理解した。理解してしまったのだ。故に——

「⋯⋯愚かな」

 ジェットエンジンの稼働を止めた。

 その言葉は誰へ向けられたのだろうか。人類か、響か、己か。
 引き込まれる力に流されながら少女は懐から一つの懐中時計の様なものを取り出した。

(⋯⋯何だ、もう少しだったのですか)

 少女の瞳の部分から何かが溢れ出る。それは人であるなら涙だったであろう。しかし、彼女は機械だ。心無き機械仕掛けの少女だ。故に、流れるのはエネルギーとなる燃料か、冷却された水分でしか無い。

 しかし、溢れ出る何かは止まらない。穴に引き寄せられるものもあれば時計に落ちるものもある。

(申し⋯⋯訳⋯⋯ありません、マスター。私はマスターと歩むことが⋯⋯もう⋯⋯できません)

 時計には残り時間が示されていた。

(私は⋯⋯マスターの役に⋯⋯立てたでしょうか?)

 何かで滲んでしまう視界。本来では鮮明に見えず苛立ちを感じてしまうが今はどこか達成感の様な心地よさを感じてしまう。

 そして、滲む視界の中ある光景を捉えた。
 少女に向かって泣きながら叫ぶ 響。そして、響を止めながらも同じように泣いて叫ぶ 香 の姿だ。その二人の姿を見た少女は不思議と顔が緩んでしまった。

(響様、香様⋯⋯お二人には感謝しています。お二人と過ごした日々は⋯⋯楽しかったです。だから⋯⋯生き延びて、欲しいです。そして叶うなら、マスターの理想を叶えてあげて下さい)

 少女を飲み込まんとする穴がもうそこにまできていた。

(この気持ち⋯⋯悪くはないですね。本当に⋯⋯)

「ありがとう」

 少女の最後の言葉を聞いた者がいるかも分からない。
 しかし、無慈悲にも少女を飲み込んだ穴はその役割を終え、収束し——閉じた。

「う、うあああああああああああああああぁっっっ!!」

 超重力によって引き起こされた現象が止まり、静まり返っていた戦場には 響 の叫びだけが木霊した。






 ―――残り時間 120秒。
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