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4章〜崩れて壊れても私はあなたの事を——〜

89話「崩壊の招き人2」

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 ボス部屋にふさわしい荘厳な門を開いて現れたのは、黒髪を短く切り揃えた機械のような少女——零 だった。

「⋯⋯涼宮か」

 予想が当たった レイジ は警戒を解くことなく 零 を見返した。

「ヤッホー、神ノ蔵君!」
「⋯⋯すまない」
「失礼致します」

 零 が入ってくると同時に 香、響、機械仕掛けの少女が続くように広場へ入ってきた。
 姿形は変わってしまったが、根っこの部分はこの世界に来る以前とあまり変わっていないように感じたレイジは少しだけ嬉しかった。

「一応聞いておく⋯⋯何の用でここへ来た?」

 しかし、安心できるわけではなかった。
 レイジ の鋭い視線が先頭に立つ 零 に突き刺さる。その視線には一切の油断は含まれていない。

「私たちは話をするために来ただけよ」
「ほう、話か。とりあえず、内容だけでも聞いていいか?」
「ええ、なら単刀直入に言うわ。アドバイザーの魔物を今すぐに殺して」

 零の無神経にも近い言葉にブワリ、と大きな風の塊が巻き起こった、と錯覚させるほどの怒気が、敵意が、殺気がこの場を支配した。

 出どころはゼーレを慕う仲魔達。
 そして、特に顕著に出たのはミサキだった。目を見開いて迫る圧迫感は誰よりも大きく、既に抜刀されているククリナイフは強く握りしめられていた。

「⋯⋯ッ!?」

 しかし、そんな今にも飛び出しそうな ミサキ を手で制して レイジ が一歩前に出た。

「で、その理由は?」
「⋯⋯ますたー⋯⋯なんで⋯⋯」
「いいからちょっと我慢してろ」

 一度視線を送られた ミサキ は渋々と言った様子で気持ちを抑え、握る力をわずかに緩めた。その様子を見ていた少女達も同様に殺意を抑えるが警戒の糸は張られたままだ。

「話ができるようでよかったわ」
「お世辞はいい。理由を聞かせてもらおうか?」
「簡単よ。アドバイザーの魔物はダンジョンマスターに不利益を出す」
「はぁ⋯⋯またそれか」
「また?」

 レイジ はどこか予想していた 零 の台詞にいつか言っていた マーダ の台詞と重ねた。

「お前の言う不利益って言うのを俺は知ってるし、知った上でアイツゼーレといる」
「なら——」
「だが、俺はアイツを殺さない。不利益を被ってでも一緒にいるって決めたんだよ」

 ちょっとクサイ台詞だったか、そう思いながらも レイジ はハッキリと言い切った。
 そんな レイジ の様子を見ても 零 の表情に一切の変化はなかった。ただそう言う結果になっただけ、あり得る未来の一つが起きただけ、その程度としか感じていないように見える。

「で、俺は断ったがそれで帰ってくれるのか?」
「帰ることはない。無理にでも始末させてもらう」

 今度は 零 の方から殺気が膨れ上がった。腰を落とし、踏み込みの体制を整える。
 響が断ったように、レイジも断った。そして、響が這いつくばったように、レイジも這いつくばらせればいい。予定通りに動く無機質な零にはただそれだけだった。

 そして、零の戦闘体制にミサキたちも反応する。
 冷たく鋭いナイフのような緊迫感が 零 と機械仕掛けの少女を包み込もうとする。

「⋯⋯ますたー⋯⋯って⋯⋯いい⋯⋯?」
「ったく、面倒ごとってのは、なんでこう重なるものかな——ミサキ」

 レイジ の承諾とも思える呼びかけと同時に ミサキ の抑えていた感情が解放された。両手に握られた二本のククリナイフが僅かに震えるほどだ。
 そして、ミサキ の戦闘態勢につられるようにパンドラ達も構える。

「今は引いてはくれねえか? 立て込んでるんだよ」
「こちらにも引けない理由がある」
「なら、仕方ねえか」

 両者が獲物を構える。

「えっ?えっ? 戦うの?」
「ダメだ!逃げるんだ 香!」

 どこか場違いな台詞を吐く 香 と 響。二人をよそに戦いが始まろうとした瞬間——

「——ッ!?」

 レイジ に新たな侵入者を知らせる忌避感が背筋を通り抜けた。

「⋯⋯なに?」

 真っ先に レイジ の変化に感づいたのは 零。
 違和感と既視感を敏感に察知し、素早く機械仕掛けの少女の動きを手で制した。

「神ノ蔵レイジ、なにが起きたというの?」
「はぁ⋯⋯だから嫌なんだよ」

 呆れる レイジ に 零 は押し黙った。しかし、向けている鋭い眼光は先を促すことを示しているようだ。

「このダンジョンに新たな侵入者だ」
「——まさかッ!」
「え? 本当に!?」
「⋯⋯どういうことだよ」

 驚くダンジョンマスターの三人。
 しかし、零 だけは何かを察し嫌な顔をするが、一瞬にして元の氷のような無機質な表情に戻っていた。

「目星があるようだけど⋯⋯一体誰が来たと言うの?」
「⋯⋯勇者だよ」
「勇者? ゲームとかに出てくるあの?」
「そ、そうなんじゃないか?」

 香 と 響の二人は勇者の大きさはおろか、その存在すらも知らなかったのだろうか疑問符ばかりが頭上に上がる。

 だが、ただ一人、零 だけが先ほどよりも大きく驚いていた。
 額を僅かに滲ませているその様子は普段の態度からは想像できないほどの驚きぶりだ。

「⋯⋯神ノ蔵 レイジ」
「あ?」
「提案よ——」

 零 はそう言って レイジ を見据えた。


「——私達と共闘しましょう」


 その直後、レイジ の返事を待たずに門の扉が吹き飛び広場全体に爆風が広がった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 ーダンジョン前ー

 勇者——アレックス達は目的地であるダンジョンの入り口まで来ていた。

「お、おい!あれは!」

 アレックス のパーティーの一人。
 勇者ほどではないが細かな装飾を施した白銀色のフルプレートの鎧を着込み、手にはやや大きめのランスと盾を持った男——エルグランド が入り口の側にある一箇所に駆け寄った。

 指さされた場所には腰をかけるにはちょうど良い岩。
 そして、その岩には鎧を着た兵士の姿があった。しかし、その姿は哀れにも腹部、胸部を貫かれ夥しい量の血が出た後だった。

「テレスッ!」

 兵士の元に駆け寄った エルグランド は一人の女性の名を呼んだ。

 その女性、白銀の長い髪と髪色と同色の瞳を持ちって完成された容姿。身に纏うのはシワや埃一つない白のドレスのような服。そして、手荷物には黄金の錫杖。彼女が歩くたびになる音色は美しく居心地がいい。

「こ、この方は⋯⋯!」
「治せるか?」
「⋯⋯申し訳ありませんが、この出血量と乾き具合では⋯⋯」
「そうか⋯⋯」

 テレス の申し訳なさそうな表情を見て エルグランド は察して、歯噛みしながら間に合わなかったことを悔やんだ。

「⋯⋯行くぞ」

 アレックス も雰囲気を読み低い声色で先を促した。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「こりゃあ一体どうなってんだ?」

 ダンジョンに侵入した勇者一行。
 誰が呟いただろうか——いや、全員が思ったことを誰かが代弁しただろう、おおよそ有り得ない現実が目の前に広がっていた。

 魔物同士で戦っている。
 方や幽霊と表現するのが的を得ている半透明の存在。
 方や動物を主体とした魔物達。しかしその目は赤く染め上がり目の前の存在しか認知していないようだ。

「あー、転移陣のー痕跡ー?」

 魔物達の争いには目もくれず一人の女性が地面に片手をつけていた。

 その女性の名は パローラ。
 全身を黒一色のローブで包み、頭には三角帽子を被っている。長く癖のついた髪が帽子に収まらず跳ねている。眼鏡をかけたその容姿は何処か不健康にも見えるがその病弱な雰囲気が逆に色気を出している。

「転移陣だと!?」

 エルグランド が驚きの声を上げた。
 エルグランド も何度か転移陣を見たことはあるがその全ては配置されている。つまりは目で見えるのだ。しかし、今回は痕跡であり全員が見えているわけではない。

「んー⋯⋯」
「使えそうか?」
「んー⋯⋯大丈夫そー。使えるよー」

 駄目元で アレックス が聞いて見たが意外にも パローラ は明るい答えを返した。

「使えるのか!?」
「んー、使えるよー。ちょっと待っててー、使えるようにするからー」

 そう言って パローラ が地面に文字を書き上げ、呪文を唱えた。すると、地面が不気味な発色をともない光った。

「これー、最下層の一個上ー? に繋がってるよー」
「そいつは⋯⋯」
「こりゃあかなりの儲けもんだな」
「罠、の可能性はないのでしょうか?」
「否定ーできないねー」
「問題ない、行くぞ」

 口々に言われる疑問や結果。
 だが、それら全ては アレックス の一言によって問答無用と化した。

「んじゃー、いっくよー」

 気合いの抜けるような気怠げな声を出し、転移陣は一つの爆発のように輝いた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 光が訪れれば、次は暗黒が挨拶をした。
 勇者達を出迎えたのは一切の光が閉ざされた世界だった。

「コレが報告で出てた珍しい階層、だったか?」
「うん⋯⋯でも少し様子が変わってる気がする」

 ボールス の問いに不思議そうに辺りを見回しながら ロート が答えた。

「この程度の暗闇なら問題ない。ついてこい」

 しかし、ロートの疑問を聞くことなく、アレックス が何かを感じたのか率先して先を示す。

「あ、おい!待てって!」
「はー、やになっちゃうなー」
「お待ち下さい勇者殿!」

 他のメンバーや冒険者たちは口々に声を上げながらアレックス に遅れないよう急いだ。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 急ぐこと僅かばかり、勇者一行の前に両開きの重量感ある門が姿を現した。

「コイツはまた豪勢だな」
「間違いない! ココだよ!」

 門の待ち構えように若干呆れる ボールス と二度目の対面となった特徴的な存在に目をギラつかせる ロート。

「ならー、この先にー、ダンジョンマスターがー、いるのー?」
「それは⋯⋯わかんない。けど、いる⋯⋯そんな気がする」

 実際のところ、この部屋でダンジョンマスターレイジたちと戦ったことは間違いないが、同じこの場所にまたいるかはロートにはわからなかった。しかし、直感めいた何かは感じる。それは怨敵への憎しみか、過去の自分への払拭か。
 似た波長を感じ取ったのか、アレックス はロートに短く返事を返すと門から数歩の場所まで離れた。

「退いていろ。一発目は派手にる」

 短いその宣言に全員が後退りした。
 それは直感だった。押し寄せる重圧感は、まるで大自然を前にしたような無力感を感じさせるほどだ。この光景だけで、勇者の称号は伊達ではないことがわかる。

「⋯⋯ふっ」

 アレックス が腰に刺した西洋剣を片手に半身の体制で構えをとった。
 次に、瞑目——たったそれだけの動作で アレックス の持つ剣に魔力が集まる。

「何だよこれ⋯⋯」

 どこかから上がった驚き——否、恐怖に近い代弁が溢れた。

 膨大で緻密。
 大胆で繊細。
 強大で凶悪。

 大きすぎるその存在感は空気を振動させ、大地を怯えさせ、肌を貫いたと錯覚させる。

「おいおい、こんなもんを最初っから打って大丈夫なのか⋯⋯」
「アレックス様⋯⋯」
「初っ端からー、いくかー」
「これが⋯⋯勇者⋯⋯」

 共に同じ時を過ごし来て来た勇者一行と、初めて勇者の本領を見る冒険者と騎士団。
 知る人間は不安の表情を見せ、知らぬ人間は恐れ慄くばかりだった。

「——『魔を退ける正義ユス=ティーツ』」

 次の瞬間、轟音と爆風、そして閃光が五感の全てを覆った。
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