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3章〜生まれ落ちたシンイ〜

71話「平穏は脅威から生まれ恐怖にて消える7」

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 ー八雲 響ー

「ふぅ、これで全員か?」

 響 は一呼吸つきながら周囲を見回した。
 緑豊かな自然を見せていた以前の光景は嘘であったかのような銀世界が広がっている。変化がこれだけなら来る四季折々を歓迎するのだが、これだけではなかった。
 隆起した地面、反対に積もった雪ごと抉れるだけでなく、地層を覗かせるほどに割けてしまった大地。激しい戦闘の爪痕がありありと刻まれている。

 そして、響 の周りには鋭利な刃物で引き裂かれた腕や脚、顔が散らばり、真紅の液体が真っ白な大地を染めていた。見た目が人から獣に近づいた 響 の鋭い爪からポタポタと音を鳴らし真っ白なキャンバスに赤い斑点を作り出している。

「最初の怯えていた頃が嘘の様だな、主よ」
「レオ か。その話はしないって約束だろ?で、そっちは片付いたのか?」
「うむ」
「アタイ的には手応えなくて詰まんないよ!」

 響 の後ろから甲高い声をあげた一匹の豹。
 その体躯は真っ白の毛に点々と目立つ黒い斑点が特徴的だ。ネコ科特有の縦に割れた瞳や伸縮する鋭い爪、そして、その爪の奥には普段は触らしてくれないが機嫌がいいと当ててくる肉球が隠されている。

「そう吠えるな黒雪豹」
「だ、だってよぉ⋯⋯」

 普段から好戦的な豹だが、ことレオに対しては頭が上がらない。アドバイザーの任を持つレオだからなのか、単純な本能によるものなのかは謎だ。聞いたとしても「別に⋯⋯」と言葉を濁すだけなので響は毎度理由もわからなく仲裁する役になる。

「まあまあ、黒雪 のお陰で楽にすんでるから怒らないであげなよ」
「主がそう言うならいいだろう」
「ふぅ⋯⋯助かった」
「にしても、最近は侵入してくる人が増えてきたな」

 ダンジョンで第一層を作ってから半年が経っていた。
 最初の一週間は平和を体現したように暇を持て余していた。しかし、今となってはそんな期間があったとは嘘の様に連日侵入者がやってくる。しかし、侵入者の誰もが強いわけでもなく大体は響達の力でダンジョンの養分になってしまう。

 大体は、と言うのも偶に戦闘から逃げられることや、戦わず逃げられてしまうことがあるからだ。

「この様なものが通常だ。強き者が来ることなど普通はない。仮にあったとしても強き者が倒されてときだ」
「あー、確かにな。強い奴がいるなら安心して見下ろせるけど強い奴が倒されたら危険だからな」

 響は人間だった頃を思い出した。
 クラス対抗の催しでは特に協力するわけでもないが人一倍に楽しみたいと思う一定層のせいで実行する側の響達は人一倍苦労したことだ。最終的には学年で優勝を納め、楽しかったね、とするのだが⋯⋯協力はして欲しかったのが本音である。

「そんな小難しい話はどうでもいいから次はもっと手応えがある奴がいいね!」
「ははっ、そんなのは来ないことを願っているよ」

 今となっては懐かしいあの頃。
 もう戻ることはできないほどに『今』に順応してしまった響は決別するように踵を返し帰るべき我が家最下層へ向かった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 最下層についた響たちを出迎えたのは向こう景色がない扉だった。
 向こう景色がない、というのは壁に扉だけを貼り付けたようなハリボテのようなものだ。今の扉の向こう側は周囲の空を移したような空色が広がっている。

 進むべき先がない。しかし、響は慣れた手つきで扉の向こう側をノックすると「んー」と気の抜けたような返事が返ってきた。それと同時に、壁が地響きを立てながらゆっくりと移動した。

「留守番ありがとうな」

 最下層に入るとそこには背中に巨大な氷山を背負った大きな亀がいる。先ほどまで見えていた空色の壁はこの大亀が背負っている氷山が写したもののようだ。

「んー、儂はこんぐれんしかできんからのぉ」
「いやいや、助かってるよ」
「んー、儂も行けりゃあいいんじゃけれのぉ」
「ごめんよ、もう少しで『転移陣』が買えるから我慢してくれ」
「んー、頼むのぉ」

 ゆったりとした口調の大亀は申し訳なさ半分、期待半分と言ったところだ。響は大亀の首元をさすりながら半分の申し訳なさに報いた。
 そんな和やかなスキンシップを取る響に大亀の氷山の上から飛来する白い物体がいた。

「きゅーっ!」
「うおっ! 危ないじゃないか 丸ウサ」
「きゅ!」

 白くフワフワな毛並みで丸くなっている兎を受け止め何度目となるかわからない注意した。兎 も聞いているのか聞いていないのか、返事だけは一人前である。

「さて、もう侵入者も来ないと思うしご飯に——ッ!?」

 食事の準備をしようとした 響 の中に突如違和感が発生した。
 それは、ここ連日感じた違和感。しかし、今回は何かが違った。

「んあ? また侵入者かい?」
「⋯⋯」
「きゅう?」

 慣れてしまった異物が入ってきた様な違和感。しかし、それに混じって今まで感じたことがなかった嫌悪感と吐き気が響を襲う。
 過去にない経験——未知と言う名の恐怖が 響 の首筋に手をかけた。

「⋯⋯レオ」
「どうしたのだ? 侵入者なら殺しに行かないのか?」
「違うんだ⋯⋯今までとは何か⋯⋯何かが違うんだ!」
「主?」

 伝えられないもどかしさが、言い表せない感情が 響 をさらに追い詰める。
 無意識に 響 は半透明の画面を出す。侵入者と思しき存在の位置情報を確認するために。しかし、そこには現れたのは絶望的な現実だった。

「——ッ!?」
「どうしたのだ主ッ!?」
「⋯⋯速い」
「ぬ?」
「もう、半分以上侵攻されてるっ!」
「な、なんだと!?」

 そして——

「「「——ッ!?」」」

 轟音が鳴り響いた。
 その大音量は 響 の言葉を潰し、砂を巻き上げ、視界を妨げた。

 ただ見えるのは入り口にある三人の人影。
 そして、不幸なことに大亀は入り口を破壊する攻撃を一番にもらってしまった。耐えきれない一撃は横たわり倒されてしまっているほどに。

 臨戦体制を取る響たち。そこへ、コツコツ、と小気味良い足音を立てながら砂煙から三人の人影が近づいてくる。

「マスター、到着いたしました」
「ええ」
「ひ、響君っ!」

 機械仕掛けの少女と 涼宮零 そして、立花香 がその正体を現した。

「か、香!? それに涼宮さん!?」
「お久しぶり、が正しい表現かしら」
「響君助けに来たよ!」

 喜色満面。
 懐かしいあの頃のように、香は笑顔で響に向かった。しかし、響にとっては状況が飲み込めない。それどころか、仲魔の一体が倒され動揺が隠しきれない。

「た、助け? い、意味がわからないよ!」
「言葉通りよ。やりなさい」
「はい、マスター」

 響と香の対談を無視し、零は機械仕掛けの少女に命令する。 零の指示が下りた瞬間、少女の背部からは二つのジェット噴射機が露わになり——起動した。
 ゴウゴウ、と音を立てるジェット機はすぐさま爆発的な推進力を作り出し、少女を対象の元へ一直線に送り込む。

「ッ! さ、させないよ!」
「邪魔です」

 そんな少女の行く手を遮ろうと 黒雪豹 が進行線上に立つも呆気なく吹き飛ばされてしまう。力の差が歴然であった。

「く、黒雪ッ!」
「待つのだ主ッ!」

 響 は叫ぶ レオ の制止を振り切り 黒雪豹 の元へ駆け寄った。そして、グッタリとする黒雪豹の頭を支えながらゆっくりと持ち上げた。

「黒雪!」
「う、うぅ⋯⋯」
「よ、良かった」

 顔面を強打され、意識は失っているものの命に別状がない。そのことを分かった 響 は安堵の息を漏らす。
 一方、邪魔者がいなくなったとばかりに少女は レオ に視線を向けた。レオもまた肉食獣特有の鋭い眼差しを向ける。

「では、任務を果たします」
「貴様等!一体何が目的だ! 貴様等もダンジョンマスターであろう!」
「私はマスターの命に従うだけです」
「傀儡が! ダンジョンマスターッ!?」

 命令されて動いているだけの相手に何を言っても無駄だと判断したレオは零たちへ視線を向ける。そこでレオは重大なことに気づいてしまった。

「貴様等⋯⋯アドバイザーはどうした?!」
「⋯⋯」
「どうしたのか聞いてるのだ! 答えろ!」

 低く、鋭い声が草原を駆け抜けた。獰猛な目はこれ以上ないくらいに開かれ、今もなお周囲を見渡し求める存在を探している。

「アドバイザー⋯⋯ね」
「答えろ!」
「いいわ。その答えは——死んだ、よ」

 あっけからんと答える零にレオは呆然とした。そんなレオに追い討ちをかけるように零は続ける。

「正確には私は殺した、ね。そして、アッチは死んだ、よ」
「殺した? 死んだ? ⋯⋯ま、まさか貴様等の目的はッ!」

 絶対に犯してはいけない禁忌行為タブー
 その禁忌行為タブーがなんであるかは知っているが、なぜそんなものが存在しているかはレオには分からなかった。

「ええ、理解が早くて助かるわ。私達の目的は貴方を殺すこと」
「何故だ?!何故その様なことをする?!」
「何故? そんなの私達に利益があるからよ」
「我等が死んで利益があるだと? 逆ではないか! 我等は貴様等を補助するために居る!我等は生きてこそ意味があり、死んでは利益など起きんぞ!」

 レオ は 零 の言い分を聞きくが、全くの理解ができなかった。そして、ただ吠えることだけとなりその叫びは——

「そう。それなら貴方は知らなかっただけね」

 零 には何一つ届かない。
 顔色一つ変えず、淡々と結果と結論だけを 零は述べた。

「もう用はないわ。やりなさい」

 零 の指示が降った瞬間 レオ の足が一本吹き飛んだ。ジェット噴射により加速した少女がすれ違いざまに切り落としたのだ。

「グルアアアアアアアアァアアッ!!??」

 一匹の獅子の声が、悲鳴が、叫びが響き渡る。

「レオッ!」
「ダメ!」

 レオ に駆け寄ろうとする響。しかし、彼の腕を香が掴み止める。いつの間に?!、と驚く響だが、そんな悠長なことは考えていられなかった。

「香!」
「行っちゃダメ!」

 香 の腕を振り抜いて レオ の元に駆け寄ろうとするが腕が抜けない。顔見知りであり、相手が女の子であったために幾らか手加減した、と言っても微動だにしなかった。

「レオが!このままじゃレオが殺される!」
「ダメ⋯⋯行っちゃダメだよ⋯⋯行くと——」
「ッ!」

 香と悶着している間にも機械仕掛けの少女はレオを切り刻んでいく。必死に抵抗しているレオだが傷は増える一方である。
 時間がない、そう感じた響は今度は全力で香を振り払おうとする。しかし、結果は変わらなかった。そして——

「行くと⋯⋯ミンナ フコウ ニ ナルヨ ?」
「ッ!?」

 一瞬にして変貌した 香 の雰囲気に気圧されてしまった。
 逆らってはいけない、振りほどいてはいけない、立ち向かってはいけない。響 の本能がそう警鐘を鳴らした。

「ね? だから、ここで待ってよ?」
「⋯⋯っ」

 何も答えられない。ただ、額と背中に冷たい物が流れるだけだった。
 そんな 響 を見て納得したと受けたったのか 香 は 響 の腕から自身の腕を取り除き、事の結末を見守った。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 香を振り払えなかったため、レオ は死んだ。たとえ振り解いて助太刀したとしても結果は変わらなかっただろうが、無力により招いた結果は深く響に突き刺さった。
 レオ の死体の周囲には爆圧の跡、鋭く抉られた地面、そして真っ赤になった草達があった。眺めるだけになってしまったが、この戦いの壮絶さが物語っている。

 そんな跡地を見て 響 は涙が止まらなかった。

 何がいけなかったのか?
 何が悪かったのか?
 どうしてこうなったのか?
 何で俺には止める力がないのか?
 どうして助けに動けなかったんだ?

 悔やんでも悔やみきれないその後悔は 響 の頬を流れる涙と同じくらいに拭いきれない物だった。

「八雲 響。貴方には二つの選択肢がある」

 泣き崩れる響に零は淡々とした声色でそう言った。それを 響 は怨敵を見る様な眼差しで睨みつける。

「二つの⋯⋯選択肢だと⋯⋯?」
「一つ、私達と共に来ること」

 響の反応を無視しながら零は続ける。その図太い神経と、逆撫でする淡々とした口調に響の怒りは頂点を振り切った。

「何が選択だっ⋯⋯お前達が、お前達が奪ったのだろう!」
「二つ、この場で死ぬこと」
「——ッ!?」

 怒りに任せて食って掛かろうとした響。しかし、彼の行動を制しさせるように側頭部に金属の筒の様なものが当たった。横目で確認すると、それは銃であった。

「私達が貴方を襲ったのはアドバイザー獅子だけを殺すこと。現に、魔物達は死んでいない」
「レオ を⋯⋯殺すだけ?」
「そう。そしてその理由は至極単純。私達が利用されているから」
「り、利用? レオが⋯⋯?」

 未だに怒りも、涙も、恐怖も治まらない 響 は拳を強く握りしめながら問うた。

「知らないことは罪であり、人は知らないことで恐怖を感じる。今から話すのは真実。奴等は——」

 そう言って 零 は一つの真実を 響 に語り始めた。
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