上 下
33 / 106
1章〜異世界の地に立つ者達〜

33話「祈りを願いに、願いを力に3」

しおりを挟む
 千代は走っていた。

「はぁ、はぁ⋯⋯」

 行き先は分からない。
 ただ、あの場所から離れるために走っていた。

「あ、ここは⋯⋯」

 走り疲れ辿り着いた先はーーーと初めて会った森の中だった。

「⋯⋯今日は、野宿かな」

 千代は暗くなる空を見てそう呟いた。

「い、一応、飲み水もあるし、魔物も見たことないし⋯⋯大丈夫かな」

 村でしばらく生活してわかったのはこの村が平和であることだ。
 魔物がいることは教えてもらったがこの村の周りにはほとんど見られず、もし見つけても総出で退治するので安心だった。

 千代は川の水を手で掬い上げた。

「⋯⋯冷たいな」

 いつもならーーーの家で温かいスープを飲みながら少し硬めのパンを千切って食べていただろうに。
 今は温かいスープも硬めのパンも、ーーーの笑い声もない。

「あ、ご飯どうしよっかな⋯⋯」

 勢いだけで出てきてしまったので食べ物も夜風を凌ぐ物もない。
 もし、ーーーと一緒に出てきたら触れているだけで暖かかっただろうに。

「⋯⋯」

 何かを考えれば考えるだけ、ーーーと一緒に過ごした時間が頭の中を巡る。
 楽しかったことばかりじゃなかった。大変だったこと、嬉しかったこと、救われたこと、支え合ったこと。

「ーーーに会って謝んないとだね」

 ここまでこれたのは間違いなくーーーと一緒だったからだ。
 そう考え直すと気持ちも落ち着いてきた。

 これも冷たい夜風が熱持っていた頭を冷やしてくれたお陰だ。
 これでーーーに直ぐに謝りに行けば良かったのだが夜の森を進むのは熱がある時だけで十分だ、と思って野宿の準備を進めた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 準備を始めてから完成までは早かった。
 落ちた枝を拾い、川にいる魚を獲り、草木をつないで布団を作った。

 こちらの世界に来てから日本の情報を探すため各地を回っていた。
 その時に問題になったのは資金だった。そのため可能な限りは野宿や現地調達で節約していたため身についていった。

 こちらの世界に来て得たものと言ったら大事な友人とアウトドアのスキルぐらいだろうと千代自身も感心している。

「これで今日一日くらいは何とかなるかな」

 千代の言葉に応える人はいない。

 日本の情報を探す旅にはーーーが同伴することが多かった。
 それ故、ーーーと一緒に食材を集め、寝床を作り、朝を迎えていた。

「⋯⋯」

 獲った魚から焦げたいい匂いが千代の鼻を刺激する。

「味⋯⋯しないな」

 手に取って食べてみれば、ただ空腹を満たすだけのタンパク質。
 それだけの物としか今の千代に認識できなかった。

「はぁ⋯⋯もう、寝よ」

 明日、ーーーにどんな顔で会って何て言おうか何度も何度も想像が反復した。
 明るく言えば許してくれるかな、やっぱり真剣に謝ったほうがいいよねーーと考え結局眠りについたのは考えつかれる頃だった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「ーーん?」

 千代は周囲の明るさに気づき目を覚ました。

「もう朝?⋯⋯あれ?」

 しかし、それは違った。

「ーーえ?⋯⋯なんで?」

 空は明るかった。だが、それは決して太陽の光ではなかった。

「なんで?だって⋯⋯あっちの方向はーー」

 黒い夜空を照らしていたのはーー

「村が⋯⋯村が燃えてる!?」

 赤い、赤い炎が作った光だった。

「ーーッ!」

 千代は立ち上がった。
 そして、走りだした。

「何で!?何で村が燃えてるの!?」

 裸足であることを忘れ、痛みも疲れも忘れ、ただひたすらに走った。

「ーーーちゃんが!まだ謝ってないのに!」

 千代は懸命に走った。 そして、辿り着いた先はーー

「⋯⋯なによ、これは?」

 燃え盛る炎、燃える家々、叫び喚く人々、地面を染める赤い血、そしてーー

「なんで⋯⋯なんでこんなところに!?」

 次々と押し寄せる存在。
 次々と人々を殺す存在。
 次々と赤く染まる存在。

「魔物がこんなにいるのよ?!」

 魔物は次々と家を壊し、村人を殺し、炎の中に消えて行った。

「急がないと!ーーーちゃんがッ!」

 千代は走り出そうとした。しかしーー

「ーー⋯⋯え?」

 千代の腹部から一本の腕が生えた。
 千代には何が起きたかわからない。目の前の非現実な出来事に一瞬思考が停止した。そして戻ってくるとーー

「ーーいっ!だあああああぁあぁあぁ!」

 ーー痛みが、熱が伝わってきた。
 お腹のあたりからマグマが噴き出ているのかと錯覚するほどに熱い。
 小指を箪笥の角にぶつけた、なんてのが生易しいくらいに痛みの信号が脳に訴えかけてくる。

 そして、腕は左右に動いた。まるで何かを探すように。

「イダイダイダイィィ!アズイアズイいたいイダイあずいィ!!」

 腕の動きに合わせ千代の叫び声が響く。
 腕の動きに合わせ千代から血が流れる。

「イダイイダイ ダズゲデ アズイいだいィ!」

 次に腕は上下に動き出した。そしてーー

「イダイイダイイィィィグッ!」

 千代の心臓を潰した。

「ゲボッ!⋯⋯ゴボッ!」

 千代の口から血の塊が這い出る。
 肺に溜まっていたものだろう、吐き出た真っ赤な果実は地上に幻想的な花を咲かす。

 その美しくも残酷な光景を見る前に千代の持つ体の感覚は無くなり、視界はぼやけた。

 手放す意識の中で見たのは思い描いたーーーとの再会の場面だった。
 ただ謝って、仲直りして、また一緒に色んな所に行って⋯⋯それだけ、それだけでよかったのにーーそんな思考の渦の中で千代は絶命した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...