編在する世界より

静電気妖怪

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はじまりで、おわりの村

伝在する世界より2

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 昔々、この国がまだ大きくなかった頃この土地にある男がやってきました。

 男は頭の天辺から爪先まで黒一色であったことから『黒衣の男』と呼ばれていました。

『黒衣の男』はその姿のせいで周囲から恐れられていました。
「恐ろしい」「不幸の象徴だ」「禍を招く疫病だ」

 通りを歩けば石を投げられ
 物を買おうとすれば断られ
 話しかけようとすれば逃げられました。

『黒衣の男』は悲しみました。
 なぜこんな目に遭っているのか。

『黒衣の男』は嫉妬しました。
 少し見た目が違うだけではないか。

『黒衣の男』は決意しました。
 こんな世界は間違っているのではないか。正さなくては——

 こうして『黒衣の男』は自身が待っていた異能の力によってこの国を支配しました。

 石を投げつけた者を磔にし
 断った者を断頭台に送り
 逃げた者に懲役を課しました。

 そんな暴虐の限りを尽くした『黒衣の男』の噂を聞いた一人の勇気と異能を持った者がこの地に訪れました。

 彼は民に言いました。
「私があの暴君を打ち倒し、この国を救いましょう!私があなた達を救いましょう!」

 その姿を見た民は言いました。
「勇者だ。勇者様が我々を救ってくださるぞ!」と。

 聴衆の割んばかりの拍手と声援。
 しかし、彼はそれには応えずこう言います。

「私は勇者などではない。私は自らの道を自らの力を持って切り開くーー覇王だ!」

 こうして誕生したのが『覇王』でした。

『覇王』と『黒衣の男』の戦いは激しさを極めました。
 鳴り響く轟音は大地を裂き
 舞い上がる砂塵は天を貫き
 お互いの死力を尽くし戦いは三日三晩続き、ついに『覇王』は『黒衣の男』を打ち倒したのです。

 しかし、『黒衣の男』を倒すための代償はとても大きかったのです。
『覇王』は満身創痍でこの国のほとんどが消えてしまっていたのです。
 残っていたのは、『覇王』が必死に守ったこの国の民達でした。

 そして『覇王』は国民達に言います。
「申し訳ない。私は君たちの大事な国を壊してしまった。だが、もう暴虐を振るう者は消えた!そして、君たちは生きている!ここから新たな国を作り直そうではないか!」

 民の人達は「覇王』に感謝しました。
『黒衣の男』からこの国を救ってくれたことに深く感謝しました。
 そして、感謝の印に『覇王』がゆっくりと休める場所を作りました。

『覇王』は有り難くその場所を貰い受け、その土地で神に召されました。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「——こうして国民は『覇王』に感謝しながらこの国を発展させてきましたとさ」

 詩人は最後の音色を奏でると余韻に浸るようにゆっくりとハーブを下ろした。

「さて、私の語りはどうだったでしょうか?」
「ええ、とても素晴らしかったですよ」

 ティアばあちゃんはパチパチと拍手をしながら応えました。
 詩人は手応えを感じ手を握り喜ぶ。一方、キヨシは思っても見なかったティアばあちゃんの反応に苛立ちを覚える。

「ば、ばあちゃん!なんでそんなに呑気なこと言ってるんだよ!こんな話デタラメじゃないか!」
「おやおやキヨシ、どうしたんだい?そんなに怒って」
「そ、そりゃあ怒るよ!ばあちゃんもこんな嘘話を信じるってのか?!」
「別にそんなことは言ってないでしょう?物語としてよくできてるって言ってるだけじゃないか」
「同じことだよ!」

 キヨシの怒りは収まらない。ティアばあちゃんがのほほん、としているだけに余計に油が注がれている。

「まあまあ少年、そんな怒るなって。君のおばあちゃんも楽しんでくれたみたいだしな」
「ええ、楽しかったですよ」
「はい。それじゃあ——」
「ええ、どうぞ」

 そう言ってティアばあちゃんは袖の中から銀貨を一枚詩人に手渡した。

「⋯⋯え?」
「どうかしましたか?面白かったので色をつけて払っているつもりなのですが?」
「あ、いえ、そうではなくてですね⋯⋯」

 ティアばあちゃんの行動に詩人は面食らった。
 確かに職業上、物語を語った後には聴衆からお金を徴収してはいたが今回はお金を貰えるとは思っていなかったからだ。
 しかも、相場よりかなり高い金額を。

 詩人が驚きながらも「ありがとうございます」と言って受け取ると——、

「ではキヨシ、帰りますよ」
「おばあちゃん?!」
「ちょ、ちょっと?!」

 ティアばあちゃんの言動にキヨシも詩人を声を上げた。

「どうかいたしましたか?」
「は、話が違うじゃないですか?!」
「何が違うのでしょうか?」
「本当の御伽噺を聞かせてくれるのではないのですか?!」

 ティアばあちゃんの飄々とした態度に詩人は先ほどまでの冷静さを欠いてしまった。
 詩人のあまりの勢いは怒っていたキヨシを大人しくさせるほどだった。

「それを言ったのはキヨシでしょう?私は一度も話すとは言っていませんよ?」
「へ、屁理屈だ!大体、話をしてもらわなければ何の為に私が語ったのか!私が損するだけではありませんか!」
「損?どこで損したのですか?きちんと握っているではありませんか——その右手に」
「——あっ」

 そう言ってティアばあちゃんは詩人の堅く握られている右手を指さした。
 指摘されて詩人も気がついた。
 右手に握られているのは先程渡された銀貨。これは、相場以上の値段で支払われた疑い用のない利益だ。

「私はあなたの話の対価をきちんと払いました。これ以上あなたが私に何かを望むのは不公平では?」
「で、ですが!ここで話さなければ少年は嘘つきになりますよ?!」
「そうおっしゃるということは、あなたの話はその程度の価値であったことなのですね」
「——ッ!」

 ティアばあちゃんの言いたいことを詩人は理解した。

 相場以上の値段で支払われたお金。
 もし、ここで詩人がキヨシを嘘つきだと言い広めることは簡単だ。しかし、そうした場合、このお金と釣り合っていた詩人の物語の価値が下がってしまう。

『銀貨=詩人の話』が『銀貨=詩人の話と口止め料』になってしまうのだ。

 そんなことは絶対にできなかった。
 語りを極めている詩人にとって自身の語りの価値を下げることは誇りを踏みつけるようなことに等しい。

「⋯⋯くっ!な、なぜそこまで頑なに話さないのですか?!」
「ふふっ、よかったわ気づいてくれたようで」
「なぜです?!これも教えてくれないのですか?!」

 詩人をあしらうティアばあちゃん。
 その光景は、魔性の女性とその魔性に溺れてしまった哀れな男のそれだ。

「じゃあキヨシ、帰ろっか。ティアばあちゃんお腹すいちゃったのよ」
「う、うん⋯⋯」
「ちょ、ちょっと!」

 詩人を無視するティアばあちゃん。ティアばあちゃんに無視される詩人。
 キヨシも先程までは怒り天井知らずであったが、今では詩人に憐憫を感じていた。

「そうだ詩人さん」
「——は、はい!」
「その物語だけど正しく伝わっているようで良かったと思うわ」
「⋯⋯そ、それはどういう」
「なんの意味もないわ。それに、今後はキヨシもあなたに噛みつかないと思うから安心して物語を伝えていってちょうだいね」

 期待した詩人に告げられたのは最終宣告だった。
 もう二度と会うことはない。二度ときっかけは作らない。ティアばあちゃんの徹底した決意表明の様なものだった。

「今晩は何を食べよっか?」
「えっと⋯⋯僕はカレーを食べたいな」
「そう。じゃあ、畑から野菜とってこないとね」
「ね、ねえ、ばあちゃん」
「ん?どうしたんだい?」
「今夜は⋯⋯その、本当の話をまた聞かせてもらってもいい?」
「もちろんだよ。キヨシは本当に好きだね」

 手を繋いで帰る二人の姿はどこの誰が見ても家族だった。そこには割って入ることのできないほどに。
 詩人は銀貨を握り締めながら、夕日に向かって歩く二人の家族をしっかりと目に焼き付けるのだった。
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