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番外編
空を飛ぶ爆弾 後編
しおりを挟む今日は陽射しが少ないため風通しの良い城のバルコニーに干すことにした。大量の布を詰め込んだ洗濯籠を抱えて来たルイーゼ。
「ありがとう。では干しましょうか」
「はい」
2人で黙々と干していく。そして外からは見えないようにシーツ類の間に軽く洗った下着を干しておいた。
こっそりやったんだけど、さすがにルイーゼには見つかった。
カッと顔に熱が籠る。
「・・・ごめんなさい」
結婚前の娘にこんなもの見せちゃって。
「い、いえ・・・」
反応に困っている。
「それ、細くありません?」
「やっぱりルイーゼもそう思う?」
妻用じゃないわよね、確実に。こんなもの差し出されたら夫婦によっては亀裂が生じそうだし。
私たちは手を忙しなく動かしながら口も動かす。
「初めて見ました、そういうの・・・」
「でしょうね。グレスデンじゃまず見ないわよね。私もドローシアで初めて見たから」
こういうのはグレスデンでは流通していないので、民たちはおそらく存在すら知らない。私も初めて見た時は目が点になったし手が震えたわ。ナニコレ・・・って。
「男の人って妻だけじゃ物足りないものなのかしら。性癖とか隠している人も多いって聞くし」
「そうですねえ。パートナーだからこそ言えないものもあるでしょうね。
でもルイス様は姉様以外に興味あるようには見えませんけど・・・」
「どうかしら。そういうのって隠すんじゃない?ルイスは婿だもの」
ドローシアという元敵国から来たルイスが国民に支持され愛されているのは、彼の逆境にも負けず貫いた愛に感動したからだ。ここまで一途で誠実な男性はグレスデンではものすごく珍しい。
だからこそ愛人や側妻はその評価を覆す、割りと重大な欠点になり得た。ルイスは他人の顔色を気にする人だから自分の不利になるようなことはしない。たとえ他の女性を抱きたいと思っていても自分からは言い出さないだろう。
「ごめんなさい、ルイーゼ、これは内緒にしててね。みんなが知ったらびっくりするだろうし、ルイスがせっかく築いた信用に傷をつけたくないの」
「はい、もちろんです。ルイス様が姉様とグレスデンのためにどれだけ頑張ってこられたか、私も少しは見てまいりましたもの」
「ええ、そうね」
ルイスは十分に私を愛してくれている。そして誠実さも示してきた。例えこれがどのような思惑で手に入れたものだとしても、それを受け入れなければならない。それが良き妻というものなのだから。
残っていた最後の大きなシーツは2人で広げる。このサイズは今日中に乾くかしらと考え込んでいると、突然後ろから声が聞こえて来た。
「ただいま。手伝うよ」
「ひいいいい!!」
驚きのあまり持っていたシーツを抱き込んでしまい、反対側を持っていたルイーゼが勢いよく引っ張られて転んでしまった。
る、るるるるるるるるルイス!
「いやぁ!こっちに来ないで!!」
なんでここにいるの?議会は!?それより下着見られちゃう!勝手に開けてしまったのがバレる!
ルイスは全力で拒否する私にこちらへ来ようとした足を止めて目をぱちくりさせた。
「え?なに?なにかあったの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!勝手に見る気はなかったの!ただ汚れてたから洗おうと思って・・・!」
「なんの話?」
「どんなものでも着てほしいのなら着るし、他の女性のことも私は受け入れるからっ!だから正直にルイスが思っていることを話して!」
「だからなんの話!?」
「何ってこれのことよ!」
見えないようにシーツの隙間に干していた下着をむんずと掴み、乱暴にルイスへと押し付ける。
ルイスが受け取ると思っていた私は下着から手を離した。ところが彼は驚きからか手を伸ばさず、誰の手にも渡ることがなかった下着はひらりと空を切るようにして舞った。
そしてその悪魔のようなタイミングでバルコニーに吹きつける突風。
「「ああああああああああ!!!」」
下着が!下着が落ちちゃった!
軽くてペラペラの布地の下着は風に乗って飛んでいく。よりにもよって、城下町の方へ。
ルイーゼと私は共に絶叫し全速力でそれを追いかける。ただし城の階段を駆け下りなければならず、すぐに追いつくことができなかった。
「待って!シンシア!走ったら駄目だって!!」
ごめんなさいルイス、一大事なの!
城から飛び出て空を見上げればずいぶんと遠くまで飛ばされてしまっている下着。ここから走って間に合うだろうか。見られたらどうしよう!
青い空に黒いそれはあまりにも目立った。形状までバッチリわかってしまう。追いかけて町中を駆け抜ける際、城下町の人々はみんな目を点にして空を見上げていた。
いやあああああ!やっぱり見られてるううううう!!
「待ってええええええ!!」
ヒラリヒラリとあざ笑うかのようにちょうど町の上を飛ぶ下着は、しばらくみんなに観賞し尽くされた後にポトリと地面に落ちた。
そしてたまたま目の前に居た青年が、それを拾う。
「あっ!!それはっ!!!」
皆の視線が下着に集まっている。そしてそれを追いかけて手を伸ばしている私にも。
後ろからルイーゼとルイスが走って追いかけてくると、場がしーんと一気に静まり返った。下着を拾った青年は手に持っているものの正体に気付き目が点になって固まる。
「それはっ・・・」
私のですっ!って言っていいのかしら!?ルイスが妊婦に卑猥な下着を着せる変態って思われたらどうしよう!!それじゃあ今まで一生懸命に築いてきた信用にヒビが・・・っ!
困って声を出せずにいると、ルイーゼが手の平を自分の胸に当て鬼気迫る表情で叫んだ。
「それは!!私のです!!」
ルイーゼ!ごめん!
下着を拾ってくれた青年は見たことあるなと思ったらルイーゼの婚約者だった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
下着を回収した後、べこべこと何度も頭を下げて謝る私にルイーゼはふふふと面白そうに笑う。
「大丈夫ですよ。彼も「何着ても似合うよ~」ってへらへらしてましたから」
「本当に申し訳ないことを・・・」
「私も彼も気にしませんから平気です。むしろ恩返しができたようでスッキリしました」
ルイーゼの婚約者は穏やかでのんびりとした方で、今回の騒動も全く気にしていないようだった。結婚前に変なことに巻き込んでしまって申し訳ない。
そして、お決まりの説教タイム。
「んで?僕がその下着を他の女に着せて楽しもうとしてたと思ったワケ?」
部屋でルイスに軽く怒られた。というか、呆れられた。
「だって私、妊娠中だし。物足りないのかしら・・・って思って・・・」
この際、思いの丈は全部ぶちまける。他に妻を持たなくてもよいのか、妊娠中の相手はどうするのか。それから下着の趣味についても。
ルイスは一通り黙って聞くと、仁王立ちのままふかーいため息を吐いてから口を開いた。
「あのさあ、前にも言ったけど、シンシアは僕が他の女性を愛していいの?」
「嫌に決まってるでしょ?でも、こんな体だし、これからも好きでいてもらえるなら、一時的に他の女性のところに行っても我慢するもの」
たとえルイスが私ひとりのものにならなくっても、繋ぎとめるためならば致し方ない。そう考えるのはおかしなことだろうか。
「価値観の相違だなあ」
ルイスは少し呆れたように言って私の隣に座ると、膨らんだお腹にキスをしてから私の顔を覗き込むように近づく。私の鼻先とルイスの鼻先が軽く触れた。
「僕は絶対嫌だな。もしシンシアが他の男の元へ行くなら手足をもぎ取ってでも阻止するけど」
「そっ・・れは、価値観の、相違・・・ね・・・」
嫉妬深くて、束縛がひどくて、ルイスの愛はとっても重いのね。
だけど。
「あのね、ルイス。私も同じくらい愛してるのよ。
だってルイスと添い遂げるためならどんな苦痛だって耐えられるの」
愛し方は違うけれど、思いの強さは同じでしょう?
ルイスは少し困ったように笑って、唇に軽く口を押し当ててきた。
「じゃあああいう下着も着てくれるの?」
「着て欲しいなら着るけど・・・。そういえばあの下着、ルイスの趣味なの?」
「まさか、レイラ姉さんのだよ。いらないから処分したんだってさ」
レイラ王女!?
「送りつけて来たのは兄さんだけど。不要品押し付けやがって、今度見かけたら殴っとくよ」
ランス王子が!?
えらく物騒な言葉を吐くルイスだが、それよりも私はあの下着の細さと胸の大きさを思い出して衝撃を受けた。あの神のような体型、さすがはレイラ王女。
「それにしても浮気を疑われるなんて心外だなあ。愛情表現不足かな?」
ルイスはそう言いながら私の肩を優しく押してベットに横たさせた。軋む音と同時に背には布団の柔らかな感触。
下から見上げたルイスは不敵に笑うと私の上に身を乗り出してくる。
「今日は全部脱ごう。ね?」
「え、それはちょっと・・・。お腹もだいぶ大きくなったし・・・」
いつもより低い声で囁かれた言葉に心臓が跳ね、顔の筋肉が強張った。
「なにか問題ある?」
「ルイスは妊婦の体に抵抗はないの?」
「えー、だってここにシンシアと僕の子どもがいるんだよ?」
ルイスは膨らんだお腹にキスをすると、私の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。
「興奮するよなあ」
無茶なことはしないってわかってるけど、ちょっとだけ怖気づいてしまった。
「もう変なこと考えないように、めいっぱい仲良くしようね」
「お、お手やわらかに・・・」
その晩、私はまだまだルイスの愛を理解できていなかったことを改めて思い知ったのだった。
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