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番外編
後日談(1)
しおりを挟む※本編終了直後より
懐かしいルイスの香りに頭の中がクラクラした。以前ドローシアの花屋で買ってもらった香水は手元にあったけれど、ルイスの香りは本人に会わなければ感じられない。
ほんとにルイスだわ。ぼーっと夢見心地の頭の中でそんな当たり前のことを思う。
本物だってことくらいわかってはいたけど、何もかも嘘みたいなことが起こったからか、まだまだ気分は夢の中にいるかのよう。
「シンシア」
「ん?」
名前を呼ばれたので私は彼の肩に寄せていた顔を上げた。
「少し痩せたね」
ルイスの手が私の腰を撫でるように滑らせていく。少しくすぐったくて自然と口角が上がった。
「そう?動いてるからかな」
ドローシアでの生活は不健康だったからなあ。贅沢と不健康は表裏一体な気がする。
「でも元気にやってたわよ。ルイスは・・・背が伸びたみたい」
私の身長が高いからルイスは私より少し上くらいだったのに、今ではぱっと見ただけで分かるほど差が開いていた。
「うん」
一言だけの短い返事。
会話はいいんだけど、ルイスはさっきから何故か私の耳を指で撫で回していた。今までに耳をいじられることはなかったので何だか気恥ずかしい。
「耳、気になるの?」
意図したわけじゃないのにだんだん声が小さくなっていく。お互いにいつもより言葉が少なくて変な感じだ。
緊張感があり、喉に何が詰まったような感じがして浅い呼吸ばかり繰り返す。触られる度に体が溶けてしまいそう。
あまりの熱さに堪えきれなくなって私はルイスにしがみついた。
長いキスは前みたいにすぐ終わるものじゃなくて、お互いの存在を確かめるように丁寧に探り合う。息苦しくなっても構わなかった。ただただ、離れたくなくてしがみつく。
もう二度とあんな想いはしたくないと、まるでルイスに訴えかけるかのように。
ねえ、本当に真に受けてしまってもいいの?
私は突然キスを拒否して彼から離れた。不思議そうに私を見つめてくる青い瞳に問いかける。
「もう我慢しないけど―――いい?」
「愚問だね。僕は君を手に入れる為にここに来たんだけど」
顎に手をかけて持ち上げられたけど私はその手を払いのけ、逆に彼の手首を掴んで押し倒した。ドサッとルイスの体はベッドのシーツに沈む。
私は乗り上げて彼の額を自分の額で触れた。重なった吐息が熱くてクラクラする。
「私、容赦しないわよ」
ルイスは余裕そうに頬笑む。
「それは楽しみだなあ」
ぐいっと体が下から持ち上げられ、ルイスと私はベッドに向かい合って座った。視線が交わって彼の手が私の腰をゆっくりと撫でる。
油断すると呑み込まれてしまいそうで小さく喉を鳴らして息を飲む。頬に触れられると俯いてしまい、ルイスに顎を掴まれて無理矢理上を向かされた。
「僕の目を見て」
低くて艶っぽい声に身震いを起こし、ルイスの青い瞳を強く見返しながら唇を引き結んだ。
吸い込まれてしまいそうなほどの綺麗な青。私がこの目に弱いって気づいてるんだろうか。
「僕の目を見ながら、脱いで」
焼けてしまいそうなほど熱いルイスの視線。
私は背筋を正し、彼の瞳を見つめながら自分の服に手をかけた。
初めて私のベッドでルイスと一緒に寝た。狭くって落ちないように彼の手で支えてもらいながら、彼の腕を枕のように頭の下に敷いて。
「腕、痺れない?」
「これくらいなら平気」
「狭いでしょ」
「一人用だからね」
ルイスがグレスデンに滞在するための部屋は用意しているけど、ルイスは部屋に戻ろうとは言い出さない。彼と接する体の暖かさに顔が綻ぶ。
ルイスと出会ってから信じられないことばかり起こる。嫌いな男と恋人のフリをしたり、好きになってしまったり、結婚することになったり。
これ以上にない幸福感に包まれてゆっくり目を閉じる。このまま眠ってしまおうかと思っていたのに、ペロッとうなじを舐められて目を開けた。
「やだっ」
「くすぐったい?」
「なんかゾワッてなる」
不快じゃないけれどムズムズするような感覚に身を捩る。嫌だと訴えたのにルイスは後ろからうなじに何度もキスしてきた。
「やめなさいって言ってるでしょ」
「え?嫌がってるの?」
「嫌ってちゃんと言ったわ」
しつこい。抗議したのにルイスの行為はますますエスカレートして、耐えられない私は起き上がって彼の腕の中から逃げた。うなじを手の平で抑えたがまだキスされた感覚が残っている。
「~~~っ!」
触られて嬉しいのかいじられて悔しいのか複雑で言葉に出来ずルイスを睨む。
一方、機嫌良さそうに肘をついて笑うルイス。
「おいでよ」
「もううなじは触らないって約束するなら」
「えー、それは無理」
じゃあこっちも無理。
上から彼の鼻を摘まんでグリグリする。嫌がらせの応酬だと意気込んでやったのに、ルイスは全くもって平気そう。
「鼻?もっと好きなとこ触っていいのに」
「いいの?」
じゃあ遠慮なく、と喉仏を人差し指でクリクリと弄った。
しかしここはさすがに苦しかったらしい。ルイスの眉間に深い皺ができる。
「苦しい、苦しい」
ちょんって飛び出てるから気になったんだけどやっぱり駄目か。私は諦めて今度は彼の輪郭をなぞるように指を沿わせる。
「綺麗なお顔。ルイスの輪郭好き」
「好きなのは顔だけ?」
「意地悪ね」
全部好きよ、と言って覆い被さるように上から軽くキスをする。
「知ってる。泣くくらい僕のこと好きなんだよね」
「うわあ、それ一生言われそう」
何かある度にからかってきそうな気がするわ。この人は私のこといじめるの大好きなんだから。
既に婚約がほぼ決まっているのに、あんなことやそんなことがたーっくさんあっても最後の最後まで私には教えてくれなかった。そして私の反応を見て楽しんでたんだから、彼は真性の鬼だ、悪魔だ。
ルイスは声を上げて笑う。
「いいじゃん。あの時ほどよっしゃー!って思ったことないよ」
「"よっしゃー!"なの?何か違うんじゃない?」
「だって片想いって悔しくない?」
「それすごくわかる」
私ばっかりこんなに好きになって!って私もすごく悔しかった。頭の中でルイスのことばかり考えてしまって悔しくて苦しかった。
「あれ?でも私がルイスのこと好きだって気づいてたわよね?」
「うん、わかりやすかったよ」
やっぱり。ルイスに隠し事は無理だな、と思った。
「それでも、嬉しかったんだよ。こればっかりはシンシアにはわからないよ」
「え、どうして?」
ルイスが起き上がって私の目の前へ来たのでギシッとベッドが軋んだ音を立てる。
「わかんないよ」
ちゅっと軽いキスのはずが歯を立てて甘噛みされた。驚いて目を見開きルイスを見れば、心なしか彼の瞳の色がいつもより濃く見える。
「僕と同じところまで落ちてくるのをずっとずっと待ってたんだから」
ぎゅっと心臓を鷲掴みされたかのような感覚に私は目を固く閉じた。恍惚状態になって身も心もルイスのことしか感じられない。
いつもより荒い息遣いも、私の体に触れる手も、今は全てが私のもの。
「・・・幸せ」
思わず呟いた一言にルイスも頷いた。
「僕もだよ」
笑って再び抱き合う。
寝ることも食べることも忘れて、今日はただ幸福に浸り続けた。
ルイスの荷ほどきを手伝っていると、丈夫な旅行用バッグの中から上等な細長い木の箱が出てきた。
「なあに、これ」
衣類を片付けていた彼はこちらを振り返って「ああ」と声を出す。
「シンシアがドローシアからグレスデンに帰るとき、チェス貰ったでしょ」
「落書きしたやつね」
荷物になるしお父様に見つかって叱られる前に処分しようと思い、ミランダ様のチェスは「好きに処分して」とルイスにあげた。
「あれがどうかしたの?」
この箱の大きさじゃとてもチェスなんて入りそうにないけど。
「オークションに出したら結構いい値段で売れてさあ」
「はい?」
売れるの?あれ。作ったのはど素人だし落書きなんて他人に見せるのが恥ずかしいレベルなのに、あんなものでも買ってくれる人がいるのね。
「シンシアが描いたって付加価値がついてるからね」
「えええ、何私の恥をばら蒔いてくれてんのよ」
「でも凄く高く売れたよ?ドレスなら余裕で3着は買えるくらい」
「うそお!?」
そんなことってある?どんな腕利きの商人も真っ青の利益率なんだけど。
「この世は需要と供給で成り立ってるんだよ」
「ああ・・・そう」
まあ捨てても良いものだったし、欲しい人の手に渡ってくれたのは良かったと思う。
んで、と私は木の箱に視線を落とし改めて訊ねた。
「これは?」
「儲けの元手はチェスだからね。本人にちゃんと返した方がいいかなって」
どういうこと?、と私は疑問に思いながらそっと木の箱を開けた。
ミランダ様に木の箱を渡すと、彼女はボロボロ泣いて声も出せなくなってしまった。私は慌てて声をかける。
「大丈夫ですよ、今度文句言う人がいれば私が叱りつけますから!」
箱の中には上等な布に包まれた銀色のフルート。綺麗に磨かれたそれは光を反射してキラキラと輝く宝石のようだった。
「・・・いいんですか。私が、こんな・・・」
「ルイスのお土産ですからいいんです」
大切にしてくださいねと言うと、彼女は目を手で覆いながら何度も頷いた。
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