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6話・デート
(3)
しおりを挟むあまりの人の密度に長居していると少し気分が悪くなってきた。この独特の淀んだ空気は苦手かもしれない。きゃぴきゃぴはしゃいでいる若者たちのテンションも近くを通りかかるだけで何故か元気を吸い取られているような気分になる。やっぱり慣れない場所って辛い、と改めて思った。
「着いたよ」
「なにここ」
レンガを積んだ外観の、シンプルな装いの建物。三階建てかしら、庭付きで結構な高さと広さがある。お店ではなさそうだから誰かの住宅かもしれない。それにしては他の住居より質素で味気ない感じもするけれど。
「孤児院だよ」
「孤児―――」
「わーーー!ルイス王子来たーー!」
突然鉄砲玉が飛んできたかの如く「わーきゃー」騒がしい集団が一斉にこちらへ向かって駆けて来たかと思えば、彼らは一直線にルイスへ向かって突進した。ルイスは金や黒・茶などのいろんな色の髪の子どもたちの体当たりを受け止めきれず後ろ向きに地面へとひっくり返り、子どもたちはその上に一生懸命よじ登り始める。
「みんな!そんなことしたら後でルイスに殺されるわよ!」
「・・・誰か殺すって?」
地獄の底から這い出てきたような声を出すルイスと対照的に、押し倒されたルイスの上に乗っている子どもたちはニッコニコの満面の笑み。
「今日はどうしたのー?」
「お土産はー?お菓子ちょうだい!」
「あとでフィズが持ってくるから。取り合えず退こうか、みんな。シンシアが吃驚してるよ」
お菓子の約束を取り付けた子どもたちは満足してルイスの上から退き、今度は私に視線をロックオンして目を輝かせた。
「あ!私この人知ってる!ルイス王子のコレでしょ!」
こら!小指を立てないの!
「グレスデンのシンシアです。こんにちは」
「「「こんにちはー」」」
曇りのない純粋な瞳、笑顔。これほど豊かな国でも親のいない子どもたちはたくさんいるのね。でもちゃんとのびのびと育ってる。
私は感動してしまい目がうるっとした。一番近くに居た8歳くらいの子をギュッと抱きしめると、急に故郷の弟と妹たちを思い出す。きっと今あの子たちは不安ながらも気丈にお父様や私の帰りを待っているんだろう。
「アディ!マリア!ルイーゼ!テトラ!」
「この人どうしたの?」
「気にしないで、その人いつも情緒不安定なんだよ」
誰が情緒不安よ!
「おやおや、ルイス殿下。お久しぶりでございますね」
建物の中から今度は子どもではなく大人の男性が出て来た。白い布地に金の刺繍のローブ―――神官だ。私は反射的に身構えてしまう。
立ち上がって砂を払っていたルイスはやあ、と気さくな挨拶をした。
「こんにちは。少し様子を見に来たんだけど、変わりはないかな」
「はい、おかげさまで皆元気に育っております。それで、もしやこちらの女性はグレスデンの・・・」
「うん。恋人のシンシア王女だよ。一緒に居たから連れて来たんだ」
恋人として改めて紹介されるのはなんだか変な気分だ。私は小さく会釈する。
彼は人の良さそうな笑みでこちらを見つめた。神官といっても孤児院に居る人みたいだし、ルイスの知り合いのようだからきっと大丈夫だろう。
「私はこの孤児院を任されております、コリン・ラジータと申します。このような場所なのでなんのお構いもできませんが―――」
「ねえ、遊ぼうよー!」
「縄跳びしよう!僕紐持ってくる!」
「お姉ちゃんも王女様なの?」
「グレスデンってどんな所!?」
「私も一緒に遊びたい」
大人の話などお構いなしに遮る遮る。挨拶をかき消されたラジータ神官は苦笑いをして子どもたちに頷いた。
「決して失礼のないように」
「はーい」
やっぱりドローシアの孤児院は国が管理しているものなのかしら。私はラジータ神官に質問しようと口を開こうとしたが、それよりも先に女の子の集団に手を引かれて建物の中へ無理やり連れ込まれた。
「あの、ちょっと・・・」
「シンシア王女、遊ぼう」
「お人形遊びがいいなあ」
「え、あ、うん、もちろんいいわよ」
部屋の中に連れ込まれて皆が私に着席を促されたのは人形や家具のミニチュアが散乱しているスペースの一角だった。凄い、人形もよく出来ているしミニチュアが驚くほど精巧だ。ドローシアともなれば玩具すら一級品なのね。でも自分で作ろうと思えば作れないこともない気もするような・・・。
「今ね、この子たちのお家作ってたの」
「お客さんをお家にお招きするのよ」
「お茶会の準備しないと」
なんて女の子らしい。私も昔は人形を持っていたけど、遊ぶことに興味は無くて外を走り回っていたっけ。
「ねえ、シンシア王女はルイス王子の恋人なんだよね」
「ええ、そうよ」
心臓がズキンと音を立てる。子どもに嘘をつくのはどうしてこうも心が痛むんだろう。何度も頭の中でごめんねの言葉を繰り返した。
「じゃあルイス王子のことが好きなんだね」
「そう・・・そう・・・ね」
奥歯をギリギリと噛み締める。我ながら苦しい嘘だと思うけれど、この嘘を突き通さなければならない以上はそう答えるしかない。
「いいなあ、素敵」
「私もルイス王子みたいな彼氏ほしいなあ」
「かっこいいものねえ」
ああ、こんな小さな子達まで騙されてるのね・・・。
「そ、そう?個人的にはランス王子の方が人気があるのかなあ、なんて」
優しいし、お金持ちだし、優しいし、優しいし。
「ランス王子も素敵だけどルイス王子の方が人気あるかも」
「そうなの!?」
「ランス王子はあまりドローシアに帰って来ないしね」
「たまに来て変わった物をくれることはあるけど、見たことのない食べ物とか、珍しい石とか」
「ルイス王子はお菓子くれるよ。後、おもちゃとか、本とか」
なるほど、単純に欲しいものをくれる方がルイス王子ということか。ランス王子のチョイスは子どもたちにとって微妙なんだろう。
「それにイケメン」
「かっこいいよね」
「ねー。あんな人と付き合ってみたいよね」
「でもランス王子の方が整ってるって言われてるんじゃない?もちろんルイスも綺麗な顔をしているとは思うけど、ランス王子はびっくりするくらい綺麗だし」
ドローシア陛下そっくりのあのお顔は国宝だわ。
私は更にランス王子を推してみたけれど子どもたちの意見は変わることなく。
「私はルイス王子の方が好みだなあ」
「彼氏にするならああいう人がいいよね。もちろんランス王子は綺麗なお顔をしてるけど、見ているだけで満足かも。陛下も王妃様もすっごく綺麗だけど一緒に居るのはちょっと怖いし」
あー、それは気持ちちょっと分かるかも。親しみやすさって大事よね。ルイスに親しみやすさはないけどね!
「それに優しいしよく遊んでくれるよ」
「え!?ほんとうに!!?」
子どもと遊ぶのは結構忍耐がいるから、途中であの仮面剥げちゃったりしないの?いきなりキレたり悪態ついたりしてない?
ほら、と一人の子どもが指さした先には、庭で男の子の集団と縄跳びをしているルイスの姿があった。・・・・あのルイスが子どもと遊ぶなんて個人的にはちょっとシュールな光景だ。
「一番優しいよね、ルイス王子」
「うん。ランス王子はお金はくれるけど商売で忙しくてほとんど帰って来ないし、レヴィナ王女はお高くとまってる感じの人だし、レイラ王女は結構な遊び人で庶民の生活には全く興味ないみたい」
「ラジータさんもルイス王子は気が利くから助かるって言ってたよ」
「そっか」
やらない偽善よりやる偽善、よね。ルイスの本性がどうであれ子どもたちにとって面倒見が良くて優しいのは事実だし、何か下心があっての事だとしてもそれは純粋に尊敬する。そして羨ましくもある。グレスデンの孤児も、こうして暖かい場所で育ててあげられたらいいのに、って。
私にできることは何だろう。どうすればグレスデンは貧しさから抜け出せるの?
「はい、お茶をどうぞ」
それはこの場で考えることではないか。
差し出されたミニチュアのティーカップに、今だけはこの子たちのために全力を尽くそうと笑顔を作ってクマの人形を握りしめた。
「はあ、結構疲れたわね」
帰り道、夕日が空を赤く染める中帰宅する私は大きく息を吐き出す。女の子達と室内で遊んだ後、外で遊んでいた男の子集団と一緒に全員で大縄跳び大会が始まったのだ。何度もジャンプしなければならず私の脚はもうパンパンだった。一緒に縄跳びに付き合っていたルイスもクタクタだろう。
「子供たちの間では第三次縄跳びブームらしいよ」
「健全でいいじゃない」
縄跳びはグレスデンでも子どもたちの遊びの定番だ。縄さえあればいつでもどこでも遊べるものね。
「にしても、意外とルイスって縄跳び下手ねえ。そこまで運動が苦手そうには見えないのに」
順番に引っかかるまで飛ばなければならなかったけれど、ルイスは割と早めに縄を引っかけていた。子どもたちの手前失敗を笑うことはできなかったけど、心の中でニヤリとしていたのは内緒だ。
「だって真面目にやってたら疲れるし」
ルイスはなんでもないようにサラッと言った。
って、それズルじゃないの!要は疲れるから適当にミスして切り上げてたってことでしょ!?子ども相手に全力で遊べとは言わないけど、まさか手を抜いてるだなんて全く気付かなかった。
「あんたって本当に人を騙すのが上手・・・」
「ありがとう」
「褒めてない!」
良い笑顔したって駄目だからね!全然褒めてないからね!
「でもまあ子どもたちに人気があるのは結構なことだわ。国民に支持されるのは王族として必要なことだもの」
「まあ、それが仕事の一環だからね」
「淡泊ね。嬉しくないの?」
「心証がいいと利用しやすくて後が楽だなあって」
「下心がすごい・・・」
もう責める気力も湧かず呆れるばかり。最初からこの人には色々と驚かされてばかりだわ。
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