レイラ王女は結婚したい

伊川有子

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完結後小話

(4)新婚旅行その1

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≪ついで≫


 ゼンの机の上に積み上げられた手紙に気づいたレイラは近寄ってその内の1つをつまみ上げた。

「何事?この量。何かあったの?」
「結婚祝いだよ、同僚たちから」

 へえ、とレイラは呟く。ゼンは昔からレイラに付きっきりだったため人付き合いは少ないが何故か友人は多い。

 ゼンはレイラの手の中にあった便箋の封を切って中の紙を取り出した。

「これは・・・結婚祝いというか、サンザーの砦に赴任した人からのお誘いだな」

 サンザーの砦は西側にある軍事の要。関所や警備に人員を派遣したり兵士の訓練所としても機能している。

「なんの誘い?」
「新兵の指導に来てくれって」

 新婚の人間を誘うなんてな、とゼンは苦笑しながら手紙を仕舞う。
 サンザーまで遠征すれば1ヶ月近く帰れない。ゼンの言う通り新婚家庭にその誘いは非常識かもしれないが、レイラは前々から国中の各地から声をかけられていたことを知っていた。王女の騎士として城を離れられないのを知っていながらだ。

「じゃあ新婚旅行がてら行きましょうか」
「え?いいのか?」

 ゼンは驚いて彼女を振り返る。もっと南の方にある観光地にしようかと話を進めていたところだったのに、と。
 サンザーは新婚旅行にはあまり相応しくない、ただ軍事的な要として砦があるだけの田舎だ。大して面白いものはない。

「今までずっと私に付きっきりだったもの。たまには私がゼンの行くところに付いて行ってもいいでしょう?」
「何もないぞ?」

 長らく顔を合わせていない友人に会えるのは嬉しいが、なにも新婚旅行の行き先として選ばなくても。

 レイラはカラッと曇りのない笑顔。

「いいじゃない、新婚旅行くらいの名目じゃなければ長期休暇は取り辛いもの。仕事ついでに行きましょ」

 それにゆっくり過ごせればどこでもいいと笑うレイラにゼンは彼女の手を握って微笑んだ。

「ありがとう、行こうか」







≪到着≫


 砦に着くなり待ち構えていた兵士達がワッと馬車を取り囲む。

「ゼン!久しぶりだな!」
「お姫様と結婚したんだって!?」
「白っ!細っ!」

 扉から窓から顔を突っ込み声をかけてくる男たちに驚いたレイラはゼンへしがみついた。

「お前ら、止めろ。不敬だろ」

 普通兵士達はレイラを見つめるようなことはあっても近寄ったり声をかけてくる者はいない。ただ今回は彼らがゼンの友人だからかプライベートとして訪れたからか遠慮なく接してくる。

 王女にしては気さくなレイラもこういうことには慣れていなかった。ゼンにしがみついて一言も発しないレイラに皆は慌てて距離をとる。

「ごめん、レイラ。後で言っておくから」
「大丈夫よ、びっくりしただけだから」

 申し訳なさそうに謝るゼンに慌てて取り繕うレイラ。本当は少し怖いと思ったが彼らはゼンの友人たち、変に気を遣わせたくはなかった。

「ラブラブだなあ・・・」

 誰かの呟きにレイラは真っ赤になると慌ててしがみついていたゼンから離れた。








≪ゼンのお仕事≫


 ゼンは戦っているというよりも行列になって順番を待っている兵士たちを一人一人捌いている。的確に短くアドバイスを入れながら。

 彼曰く“指導”と呼ぶらしい。

 結婚してからゼンはレイラの護衛兼補佐、および兵士の指導を主な仕事としている。しかし王城ではレイラも仕事を抱えて忙しいため、静かに誰にも邪魔されず仕事をしているゼンを眺める機会はめったにない。

「持ち手がおかしい」
「歩幅が小さい」
「踏み込みが遅い」
「打ち込みが甘い」

 剣の上手い下手はよくわからなかったけれどゼンの雄姿が見られるので満足だ。用意された椅子にゆったり座りながらお茶を片手に指導の様子を見守った。

「王女様ー!」

 近くを通りかかった兵士の一団がレイラに向かって大きく手を振っていて、どう反応したらよいか困ったレイラはペコリとお辞儀をして俯く。

「照れてる!」
「可愛い~」

 なんなんだろう、このノリは。
 やたら笑いながら囃し立ててくる独特の雰囲気。気まずさや居心地の悪さを感じたレイラは身体を小さくして表情を強張らせた。

「そうか、お前らも指導に参加するのか」

 ニッコリ笑ったゼンは身体の向きを変えて剣を構える。キラリと光った剣先に男たちは不穏な気配を察知して後退った。

「えっ、いや、そんな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「やべえぞ!逃げろ!」

 レイラを囃し立てた彼らは怒ったゼンに指導という呈で本気で追い回された。








≪男の飲み会≫


 兵士の屈強な野郎共に囲まれて酒を煽るゼンの眉間には皺ができていた。なぜ新婚旅行の初日、しかも夜に男に囲まれて酒を飲むことになったのか。
 始まりは飲み会に誘われたゼンにレイラが笑顔で「行ってらっしゃい」と手を振りながら言ったこと。そして何度か断ったのだが全く諦める気配がなく誘われ続け、結局は参加することになってしまった。

 本来なら今頃レイラと部屋でゆっくり過ごしていただろうに。

「ゼン、飲めよー」
「結婚祝いだ、結婚祝い」

 飲めども飲めども次を進めてくる友人たちに苦笑するゼン。

「にしてもお姫様と結婚するとはねえ」
「ゼンが顔いいの忘れてたわ」
「いい男ぶらないからかねえ。ま、近くにあの美人がいたら謙虚にもなるわな」

 酒の肴に話は進む。

 ゼンは昼間のことを思い出し牽制した。

「お前ら、あんまりレイラを困らせるなよ」
「わかってるよ。お姫様だもんなあ」
「やっとゼンが結婚したかと思うとついテンションが高くなってしまってな」

 だな、と頷き合う男たちにゼンはため息を吐く。
 友人に会えるのは嬉しいがこのような場所を新婚旅行の地に選んで本当に良かったのだろうか。ここに着いてからレイラは戸惑った様子でずっと腰が引けっぱなしだし二人で過ごす時間もまだ取れていない。

「羨ましいぞ、この幸せ者め」
「お前も結婚してんだろうが」
「あはは、うちの母ちゃんは怒るとすげえ怖えもん。お姫様みたいな優雅さなんてこれっぽっちもねえよ」
「うちも」

 手紙では聞いていたが彼らもそれぞれ家庭を持ち既に子を授かっている者もいる。こうして面と向かって話を聞くと時の流れを感じた。

「そうだな、幸せ者だ」

 こんな日が来るなんてな、と懐かしい顔を見ながらゼンは笑った。








≪甘えん坊は5割増し≫


 レイラがお風呂に入って身体の熱を冷ましている時にゼンが帰って来た。

「ただいま」

 はあ、と疲れた様子で上着を脱ぐ。

「おかえりなさい。だいぶ飲んだでしょ」
「うん。主役だからって飲まされた」

 ノリのいい軍人の連中は最初から最後まで酒を勧めてくるからいくら飲んでもキリがない。このような無茶な飲み方は学生の時以来だとゼンは頭を抱えながら言った。

「お水いる?」
「先にシャワー浴びたい・・・」

 足取りはしっかりしていたがゴン!と時折何かにぶつかる物音を立てながら風呂場へ消えていくゼン。レイラは心配になりすぐに水が飲めるよう別室に待機している侍女の元へ向かった。



 レイラはゴクゴクと音を立てながら水を飲み干すゼンの喉を見ながらソワソワした。ゼンが酔ってる。なんて貴重な姿なんだろう、と。
 頬はうっすら赤く染まりいつもより目つきが優しいものになっている。思考が働かないのかぼーっとしていて、騎士服を着ていた頃に比べるとビックリするほどの緊張感の無さ。さすが酔っているだけはある。

「いつもと逆ね」

 レイラはクスクスと笑った。こうやって自分の知らないゼンの姿を見られるのがとても嬉しい。新婚の特権だろうか、友人に接するゼンも酔っている姿も新鮮だった。

「ごめんな、一人で待たせて」
「大丈夫よ。ここの使用人たちは皆親切だから」

 城から連れて来たのは少数。使用人のほとんどは砦の従業員で、レイラは彼らに会うなり「細い」と何故か心配されてしまった。

「ここの料理人が『もっと太ってください』って肉ばっかり出すのよ。私、別に細くないのに」

 レイラは自分の二の腕の肉を摘みながらため息を吐く。
 レイラはそこそこ肉付きが良く他の令嬢と比べて特段細くはない。今までも美しいと褒められることはあっても細いと言われることはなかったのに。

「ここの連中からしたら折れそうなくらい細いんだよ」

 ゼンはレイラの二の腕を掴んでちゅっとキスをした。

 いきなり口づけられたレイラは顔を赤くして身体を硬直させる。
 レイラは恋人になってからも身体を重ねてからもスキンシップに慣れる様子はなく常にこの調子。そんな彼女が可愛くて仕方ないゼンは笑ってレイラの腰に手を添える。

「ほら、腰もこんなに細い」
「や、やだ。ちょっと・・・」

 新婚旅行だからか酔っているからか、今日のゼンはその表情に下心を隠そうともしない。腰辺りを弄られているレイラはますます真っ赤になって視線をさ迷わせた。

「嫌なんだ?」
「そういうわけじゃ・・・ないけど」

 いつにも増して意地悪な物言い。

「ゼン、酔ってるでしょ」

 口に直接キスされればお酒の香りと味がした。どんだけ飲んだの、とレイラは呆れて肩を上下させる。

「うん。酔ってる」

 へら、と笑うゼンの笑顔のまあ緊張感のないこと。からかってやりたかったのにレイラはキュンとしてしまい唇を噛んだ。

 ゼンは下からレイラの顔を覗き込んで首を捻る。

「どうした?」
「ゼンが可愛い」

 ゼンはまたクスクス笑ってレイラの首筋に顔を突っ込み頬擦りを始めた。

「じゃあ可愛がって?」

 いつの間にかスカートの中に手を突っ込まれていて、レイラはぎゅっと目を閉じるとゼンに両腕を回してしがみ付いた。

「好き、レイラ、好き、大好き」

 心臓持つかな、と一抹の不安を抱えながら。








≪そういう時もあるよね≫


 目が覚めてすぐにレイラと目が合ったゼン。2人はしばらく無言で見つめ合うとお互いに苦笑しながら上半身を起こす。

「おはよう」
「おはよう、ゼン。昨日のこと覚えてる?」
「あー・・・、覚えて、ない、かなあ」

 実は覚えているが誤魔化した。酔ったレイラほどの豹変っぷりではなかったとしても、いい歳してあれだけ甘えるのは素面だと恥ずかしい。

 男はいくつになっても格好つけたいものだ。

「すごく酔ってたものね」

 引き攣るゼンの笑顔に察したレイラも素知らぬ振りをして話を合わせた。

 ゼンだって普通の人間、そんなことだってあるわよね、と。





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