レイラ王女は結婚したい

伊川有子

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完結後小話

(1)婚約期間

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≪完結直後≫


 ゼンはレイラを抱きしめると首筋に顔を埋め彼女の髪の香りや柔らかさを堪能する。そして白い肌が目の前にある以上、そこへ口づけずにはいられない。ゆっくり味わうように唇を押し当て吸い付くと小さく震えるレイラの身体。

 抵抗しないレイラの態度とその甘さにゼンは喉を鳴らすと、彼女から距離を取り片手で額を抑えながら立ち上がった。

 このままだと流されてしまいそうだ。

「―――ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」

 背を向けてバルコニーへ出て行くゼンに、頭の中をぼーっとさせたレイラも立ち上がる。

「私も顔の熱冷ましたい・・・」

 ゼンの後に続く。

 そしてバルコニーの端と端で二人はしばらく熱を冷ますことになったのだった。








≪シージーに報告≫


「う″ぉ、う″ぉめでどう~」

 涙と鼻水を滝のように垂らすシージーにレイラもゼンも半歩後退った。ここまで盛大に喜ばれるとどうすればいいのかわからない。

「「あ、ありがとう」」

 話す言葉もタイミングもぴったりのレイラとゼン。

「う″ぉう″ぉべだべがっだ~。じんばい″がっで~」

 なんて言ってるのかさっぱりわからない。レイラは引き攣った笑顔でシージーの顔にハンカチを押しつける。水分量が多くてあまり意味はなかったけれど。

「落ち着いてね、ゼンが吃驚してるから・・・」
「う″お″お″~!」

 泣き方。

 あまりのシージーの泣きっぷりに、レイラはもうかける言葉が見つからず彼女が落ち着くまで待つしかなかった。








≪苦行の成果は≫


 ゼンは知っている、レイラは陛下と王妃に憧れていることを。幼いころに散々付き合わされたごっこ遊びのモデルはあの夫婦だ。時と場所を気にせずいつでもベタベタ引っ付きキスだろうがなんだろうが人目などお構いなし。仲が良くて微笑ましいを通り越してもはや迷惑だとゼンは思っていた。(もちろん本人には言えないが)

 つまり、あのごっこ遊びで行ったことがレイラの理想の夫婦像だ。実際に過去の恋人とはゼンの前だろうが友人の前だろうが遠慮の欠片もなくイチャつきまくっていた。

 しかし今のレイラは人前では恋人らしい振る舞いは一切してこないし求めてもこない。
 ならば自分が理想を叶えるべきだろうとゼンは決意する。いい歳をした男がごっこ遊びに毎日付き合わされるのはなかなかしんどかったが、今こそあの苦行で培った経験を生かす時―――。

 友人を集めたお茶会で楽しそうに会話をしているレイラ。

 ―――ゼンは隙をついてちゅっと彼女にキスをした。

 レイラは彫刻のように固まって動かなくなった後、面白いくらいに真っ赤になって叫ぶ。

「ぎゃああああああ!いやああああああ!なにすんのよ!ゼンの馬鹿ーーーーー!!」

 そして部屋から追い出された。

 納得がいかなかった。








≪目撃してしまった友人たち≫


 女子会で場も盛り上がってきた頃、突然ゼンがレイラにキスをした。当然出席していた女性陣は全員バッチリ現場を目撃。

 黄色い悲鳴が飛び交う。

「きゃーーーー!やばい!やばい!見ちゃった!」
「見た!?見たよね!?」
「いいなぁ、ゼン様かっこいい・・・」
「やだ!カップ落としちゃった!ごめん!」
「ぎゃっ!シージー鼻血垂らしながら泣いてる!」
「興奮と悦びがとまらないッ」
「ドレスに垂れてるっ!誰かハンカチ!あと着替え用意して!」

 大パニック。








≪ゼンと反省会≫


「とにかく!人前ではああいうことしちゃ駄目!」

 めっ!とレイラはゼンを人差し指で差しながら叱った。お茶会の夜、ソファの上に正座させられたゼンは微妙な表情で頷いた。

「ごめん、嫌ならもうしない」

 ごっこ遊びの時のようにイチャつくのが好きだと思っていたがそうではないらしい。過去の恋人とは平気だったのに自分は駄目なのかとゼンは若干不満げである。

 そんなゼンの心情をなんとなく察したレイラは少し頬を染め、ゼンから視線を逸らすと消えそうなくらい小さな声で言った。

「ふ、二人きりの時はいいのよ・・・?」

 ゼンは少し目を大きくすると、レイラを無言でジーッと見つめる。
 レイラはその熱い視線に気づくとビクリと肩を震わせ動かなくなり、―――最後には耐えきれずぴゅーっと脱兎のごとく逃げて行った。

 二人きりなのに。

 独り取り残されゼンは大きく息を吐き出し、正座をしていた足を崩して背をソファに預けると天井を見つめた。
 もしかしたらレイラは無理をしているのだろうか。今までは照れているだけだと思っていたが本当は嫌がっていただけかもしれない。ショックではあるがはっきりと言ってくれればレイラが嫌がるようなことは決してしないのに。

 困ったな、とゼンがぼーっとしているとそろそろと部屋の中へ戻って来た人影が・・・。ゼンが振り向けばレイラが気まずそうに様子を伺いながら静かにゼンの隣までやって来た。

「あのね、勘違いしないでほしいの」

 レイラは言い辛そうに話し始める。

「嫌じゃないのよ、本当に。ただ恥ずかしくてどうすればいいのかわからなくて・・・」
「それだけ聞けたら十分だよ」

 わざわざそれを伝えるために戻ってきてくれたのか。

 ゼンの顔が綻ぶ。
 レイラはゼンの表情を見て言葉に詰まりながらも必死で説明した。

「あのね、ゼンに触られるとうわーってなるのよ。心臓がどうにかなっちゃいそうなくらい緊張して、身体が溶けそうなくらい熱くなって。前はこんなことなかったの!平気だったの!だから・・・」

 一生懸命に言うのは前の恋人とのことを弁明したいかららしい。ゼンに恋人と散々いちゃつくのを見せていたレイラにとって、ゼンとの触れ合いに積極的でないことで誤解されたくないのだろう。

 ところどころ噛みそうになりながらも必死に言葉を紡ぐレイラ。ゼンは立ち上がって有無を言わさず彼女を両腕で胸の中へ抱き込んだ。ここまでされて愛されていないと感じるなんてあり得ない。

「っ、あのっ」
「ありがとう。ちょっとだけこうさせてほしい」

 まるで初めて恋するかのように拙くも必死な様子が可愛くて仕方なかった。

 ぎゅうっと少し苦しいくらいに強く抱きしめられたレイラは、おずおずと腕をゼンの背中に回して抱きしめ返す。

「す、好きなの、伝わった?」
「死ぬほど伝わった」

 気持ちが伝わる。嬉しくて幸せで、二人は同時に笑った。








≪意外とお茶目≫


 もうすぐゼンの誕生日。レイラは今年は何をあげるべきか悩んでいた。去年までは万年筆など実用的なものをあげていたが、今はもう幼馴染ではなく婚約者。もっと気合の入ったものを贈りたい。

「ゼン、もうすぐ誕生日でしょ。何か欲しいものある?」

 レイラはベッドに、ゼンはソファで横になりながら本を読んでいる時間に、レイラは直接ゼンに聞いてみることにした。
 ゼンは「そうだな」と少し考えてから答える。

「レイラかな」
「いや、だから欲しいものっ」

 レイラはぎょっとして顔を赤くしながらもう一度訊ねる。そういう回答を求めているんじゃない。それにレイラは既にゼンと婚約している身、つまりもうゼンのものである。これ以上くれと言われても困る。

「うーん、レイラかな」
「もう!ちゃんと答えてよ」

 レイラは怒って身体を起こし、ソファで寝そべっているゼンの方を見た。彼は本を片手にクスクス笑いながらこちらを見ている。

「いい!?ちゃんと答えてよね!誕生日は何が欲しいの!?」
「うーん、じゃあ・・・」

 ゼンは再び考え込んだ。今度は真剣な顔をして考えているからまともな返答が期待できそうだとレイラは安心する。

「レイラかな」

 またそれか。

 何度訊ねても同じ答えしか返ってこず、レイラの目がキッと吊り上がった。

「ゼン、あなた真面目に答える気ないでしょ!」

 その通り。








≪失われたこだわり≫


 婚約したことを仕事関係の各所に通達し、具体的な日程を相談する段階になった。丸いテーブルで向かい合わせに座り、ペンを握りながら二人は話し合いを始める。

「一般的には半年くらい間を空けるわよね。兄様たちは一年くらいかけてるみたいだけど」
「まあそんなものだよな」

 王族の結婚ともなるとやることが多い。特にレイラの場合は仕事を多く抱えているからその作業だけでも結構な時間がかかる。

 ゼンは考え込んでいるレイラを見て目を細めた。彼女は本当に美しい女性だ。長年押さえていた感情が堰を切って溢れ出た今、喉から手が出るほど彼女が欲しい。今すぐにでも。

「俺は早く結婚したいな」
「じゃあ明日する?」

 ―――明日?

 ゼンは驚きに目を見開いてしばし固まった。返答があまりにも予想外だったから。

 手からペンがすり抜けて落ちてしまい、慌てて拾って握り直す。

「明日・・・って、結婚式どうするんだ?」
「ゼンは式したいの?じゃあ最短で・・・・1か月半ってとこかしら」

 したいの?、じゃない。結婚式に並々ならぬこだわりを持っていたのはレイラだ。昔からごっこ遊びの定番の一つが結婚式。特に衣装や会場の装飾には妥協を許さなかった。

 ゼンは戸惑いながらも訊ねる。

「いや、式をしたいのはレイラだろう?」
「え?私は別にどっちでもいいけど」

 どこにいった、あのこだわりは。

「じゃあ・・・・陛下たちに相談してみようか」

 ゼンは国王夫婦に投げた。








≪結婚後の生活≫


「お願いー!出て行かないでえ!」

 日取りの相談に行ったのに、なぜか結婚後の仕事のことで王妃に泣きつかれた。

「レイラが出てっちゃったら困るんだよお!」

 そんなこと言われても、とゼンとレイラは顔を見合わせる。城に残り今まで通り過ごすことも可能だが、結婚するケジメとして国の西側にある小さな城に居を移すつもりだった。

 が。

「跡取りは兄様がいるからいいでしょう?」
「ほぼほぼ行方不明の跡取りなんて使えん!」

 レヴィナは嫁いで行ったし、ルイスは婿に行った。レイラにまで出て行かれたら困る、と王妃は両手を合わせて頼み込む。

「お願いー!」
「えー、私はいいけど・・・」

 レイラはチラリと隣のゼンを見た。自分は慣れ親しんだ城に残るのは楽かもしれないけれど、仕事で常駐していたゼンの立場は結婚することで少し難しくなるかもしれない。
 ゼンは彼女の肩を抱いて笑う。

「どこでもいいよ。レイラと一緒なら地獄でも」
「地獄って・・・死ぬの?」

 かつての自分と同じ反応が返ってきて、ゼンは再び声を上げて笑った。

 レイラ、城に残留決定。








≪イヤイヤ≫


「嫌よ!」
「すぐ戻ってくるから、な?」

 レイラはイヤイヤと首を横に振りゼンの服に掴みかかった。必死に懇願する彼女の姿にゼンも少し動揺したが、聞き入れるわけにはいかないゼンは心を鬼にして首を横に振った。

「本当にすぐだから」
「でも私我慢できないっ」
「そ、そうか・・・。できるだけ急ぐって約束するから」

 だから聞き分けてくれ、とゼンは頼み込む。しかしなおもレイラは納得しない様子。

「どうしても駄目?」
「駄目というか、仕方ないだろ?」
「仕方ないのはわかるけど・・・」

 何度頼んだ所で我儘は通らないと分かりレイラは下唇を噛み締めた。ぐっ、とこれ以上言うのを堪えて掴みかかっていた手を離す。
 ゼンはそんなレイラを愛おしそうに見つめながら微笑んだ。

「本当にすぐ戻ってくるよ」
「約束してよね」
「わかった。約束するから」

 しっかりと約束を取り付けたレイラはしぶしぶ頷く。
 ―――じゃあこれサイズ一つ上げてください、とゼンは工房の職人に婚約指輪を手渡した。



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