2 / 31
一話・幼馴染で騎士
(2)
しおりを挟む 翌日、二日酔いと寝不足で私の体調はよろしくなかった。シャワーくらい浴びたいのに起き上がる気力も出ない。
侍女たちが片付けや掃除をし始めても私は一向に布団から出られないまま、とうとうゼンが出勤する時間になってしまった。
「レイラまだ寝てんのか?」
「そうなんですよー。二日酔いだそうで」
「昨日すごい飲んでたからなあ」
こっちの気も知らないで侍女と朗らかに会話しているゼン。シャキッと着こなす騎士服、いつものように愛想のよい態度と血色の良い顔色、彼には特に変わった様子はない。
じっと見ているとゼンが私の視線に気づいた。
「一応目は覚めてるんだな。薬いるか?」
「・・・いらない」
「まあいいか。今日は大事な予定もないし」
問い詰めたいことはたくさんあるのに上手く言葉にできなくて、そんな不満のたくさん詰まった視線に察したゼンは苦笑する。
「どうした。まだ夢の話引きずってんのか?」
「・・・夢じゃない」
はあ、とゼンは大きなため息を吐いてベッドの端に腰を下ろす。
「んで?じゃあ夢じゃなかったとして、レイラはどうしたいんだ?」
そんなこと言われたってどうすればいいのかわからない。昨夜のショックが大きすぎてただただ驚くばかりで。ゼンとは子どもの頃から一緒だったけれど、いい歳になった今まで何もなかったのだから余計に。
「わかんないけど、ビックリして・・・」
「びっくりして?俺はクビになるのか?」
「そんなわけないでしょ」
「んじゃこの話は終わりな」
強制的に話を終わらせようとするゼンに彼の服の裾を掴んで待ったをかける。
「そんな、そんな簡単に言わないでよ」
なんであんなことしたの。何を考えてるの。どうして教えてくれないの。ずっと一緒にいたのにゼンがわからない。
「はあ、もう忘れなよ」
「あ!今認めたでしょ!」
聞き流すものかと起き上がってゼンを掴んだ。全部洗いざらい白状するまで逃がさないわよ!
こっちは気合を入れて挑んだのに、ゼンははいはい、と適当な返事。
「悪かったってば」
彼は予想に反してあっさりと認めたが、全く悪びれる様子はない。
「なんであんなことしたの!?」
「ただの出来心だから気にするな」
よしよし、と子どものように頭を撫でられた私は放心する。出来心って・・・なんじゃそりゃ。
私ははっと我に返った。いやいや、出来心で男の人が好きなゼンが幼馴染で主人でもある私の寝込みを襲うだろうか。納得がいかない。
「出来心ってどういうこと?」
「そんだけ喋れるなら仕事できそうだな」
立ち上がるゼンに彼に掴みかかっていた私は危うくベッドから落ちそうになった。
「少しでも食べたほうがいい。軽く食事を用意してもらおう」
「ちょっと待って。話はまだ・・・」
「俺は書類取ってくるから」
ゼンはすたすたと去って行くのに、若干の吐き気を覚えて口を押さえた私は引き留めることができない。
あ!と思った時にはもうすでに彼の姿が無かった。くそう、逃げられた。
侍女に向かって叫ぶ。
「酒よ!お酒持ってきて!」
「え!?でも二日酔いなのに朝から・・・」
「迎え酒よ!」
ゼンがわけがわかんない。これはもう飲むしかない。
侍女は命令に逆らうわけにもいかずしぶしぶグラスを用意し始めた。
ゼンが仕事の書類を持ってきたのは、既に2回目の嘔吐を終えてぐったりしている時のことだった。アルコールの匂いが漂う中、ぐったりとしてベッドから動けない私と忙しそうに床を掃除をする侍女たち。部屋の惨状を見た彼は頬の筋肉を引き攣らせた。
「おいおい、大丈夫かよ」
「だれのせいだとおもってんのよぉ」
地獄の底から響いてきそうなほど恨めし声にさすがのゼンも一歩後退る。
「あんなの別に気にするような歳じゃないだろ」
「どーせわたしはじゅんすいじゃないですよーだ」
ふん。こちとら婚約破棄3回経験してんだ、ちょっとやそっとじゃ動じない。なのにゼンが出来心で私にキスしたのがどれだけ私を混乱させたのか知りもしないで・・・!
「悪かったって、本当になんでもないから気にしないでくれ」
「ふーん、わたしはどうせれんあいもうまくできないうえにできごころでてをだされるような、うすっぺらーいおんなですよー」
ゼンの顔にはしっかり「酔っぱらいめんどくさい」と書かれていた。誰のせいでこうなってると思ってるんだか。
「ぜんのばか」
あんなことがあったのになんで態度がちっとも変わらないんだろう。彼の出来心っていうのは本当になんの意味もないものなんだろうか。あのキスに深い感情があっても戸惑うけれど、なんの意味もないってのもそれはそれでむかつく。
「わたしたちずーっといっしょだったじゃない。くるしみもよろこびもわかちあってきたでしょ」
「ああ。これからもな」
これからもゼンは私の騎士。幼馴染で、私の大切な友達。
「かってなことゆるさないんだからね」
「わかってますよ、姫様」
優しいゼンの声に、ベッドへ横たわっていた私の意識はあっという間に沈んだ。
気にすんなって言わせても、無理なものは無理。
「きゃーーー!」
可愛らしい口から飛び出てきた金切り声に近い悲鳴に、私は慌てて彼女の口を塞いだ。
「シー!シー!」
やめてよ!ゼンが扉の向こうで待機してるのに!聞こえちゃうでしょ、と注意すると彼女はテヘッと舌を出して謝ってきた。珍しいピンク色の髪の童顔なこの子はシージー・アグレンシー。有名な商家のお嬢様で私の親しい友人だ。
彼女は天を仰ぎながら両手で顔を覆って話し出す。
「まっじかよ。ゼン様がレイラにき、ききききキスとか・・・!鼻血でそうっ」
「鼻血!?」
何故?と問う前に大興奮したシージーがペラペラと喋る。その前に本当に鼻血を出されたら困るのでハンカチをスタンバイさせておいた。
「なにそれ超萌える。同性趣味のゼン様がレイラに、とかどんだけよ。二人が並んだら絵になるし妄想するだけでヤバいわ。
ハア、美味しいネタありがとう」
「いや、ネタとかじゃなくってね」
人が真剣に悩んでるっていうのにこの子はもう・・・。
「本当は男が好きなのに女のレイラのことを好きになってしまった!けどレイラはご主人様だから想いを秘めてたけれど、あまりに無防備な姿につい・・・とか!」
「お願いだから声落としてね」
こんな話本人に聞かれたら恥ずかしくて死ねる。っていうかそんな妄想よくスラスラ出てくるわね。
「好き、とかじゃないと思うのよね。ゼンの前で恋人とイチャイチャしてても彼普通だったし、むしろ積極的に支援してもらってたし」
恋人への手紙を届けてもらったり贈り物を買いに走ったり、ゼンは立派に騎士(パシリ)として私の恋愛沙汰に関わってきた。その間もゼンはいつもと変わらずどこか飄々として、だけどいつも親身で優しいゼンのままだった。もし私のことが好きなんだったらそうはいかないだろう。
「出来心ってなんなのかしら」
「んー、深い意味はないけど“つい”ってことなんじゃない?こう・・・フランクな、例えば親が子にするような感じで」
「親と子て・・・」
ピュアピュアな理由でキスしたってことは確かにあり得るかもしれないけれど、それってつまり私はゼンにとって子ども(もしくは妹)のような存在ということなのか。
「でも普通口にする?」
せめて頬とか額とかじゃないの?と言うと、シージーは前のめりで食いついて来た。
「何言ってんの!ラッキーじゃないの!クソほど羨ましいわ!」
「おい、既婚者」
その発言は夫のいる女性としてどうなの、と突っ込むも彼女の鼻息は荒い。
「いいなあ、ゼン様にキスしてもらえるなら全財産払ってもいい。そんでパーティーで自慢しまくってやるわ。あの赤薔薇の騎士と口づけしたのよってね」
「いやいや、むしろ引かれるでしょ」
男同士の恋愛をする人々を“薔薇族”と称することがあるからゼンは赤薔薇の騎士なんて仰々しい異名で呼ばれているんであって、それは決して見た目が華やかで美しいからという理由ではない。そんな彼からキスされたところで自慢になるかと考えると微妙だ。
酸っぱい顔をしているとシージーが肘で小突く仕草をする。
「あんたの周りの顔面偏差値高過ぎんのよ!ゼン様がどんだけイケメンだと思ってんのよっ!」
「イケメン・・・かなあ?」
確かにゼンと城内を歩いていると遠くから黄色い悲鳴が上がることはあるけれどあんまり深く考えたことがなかった。だって―――
「私の方が美人だと思うの」
「性格はクソだけどね」
酷い。
「いくら美しくたってそこまで自信満々で言われると普通引くから」
「だって人類に非ずと言われるほどの完璧な父様と世界一の美女と名高い母様から生まれた私なのよ?完璧でしょう?仕事だって他国に嫁いで行った姉様の倍以上こなしてるのよ?
―――なのになんで結婚できないの!?」
「だから性格がクソなんだって」
酷い。
シージーは落ち込む私の頭をなでなでしながらほくそ笑む。
「あとね、選ぶ男がことごとくよろしくないわね」
「・・・パトリックは優良物件だったもの」
悔し紛れに頬を膨らませながら言うとチッチッチと舌を鳴らしながら否定した。
「愛人に勧められたんでしょ?クズ男じゃないの。まあ最初の男ほどじゃないけど」
「確かに私からしたらショックだけれど、王族で多妻は珍しい事じゃないし・・・」
「それがレイラの望む結婚なの?」
「まさか」
「でしょ?それが答えじゃん」
図星を突かれて私は閉口した。そう、パトリックは私が望むような結婚相手ではなかった。例え優良物件だとしても私の望みが叶わないのならばそれは理想とは違う。
「結婚前に分かってよかったじゃん。後だったら苦労してたよお?」
「そう、よね」
シージーの言う通りだわ、とため息を吐く。腹も立ったし悔しい想いもしたけれどこれでよかったのかもしれない。
「いくらレイラのスペックが高くたって理想が高ければなかなか結婚なんてできないわよ。
もういっそのことゼン様に頼み込んで嫁にしてもらいなよ。ハア、想像しただけで鼻血でそう」
またこの子は人の気も知らないで勝手なことを・・・。
「何もなかったことにするのが一番いいってわかってるんだけど、ね。本人は何も気にしてないみたいだし」
「まあゼン様自身が気にするなって言う以上は自分からはどうしようもないよねえ。残念だけど」
「残念なの?」
「そりゃそうよ。結婚したいんでしょ?そろそろアホな恋愛ばっかりしてないで現実見なさいよ」
アホって酷い。確かに散々な目にあったけれど私はちゃんと真剣だったのに。
「結婚したいなら一番の近道はお見合いよ」
「えー、それだけは嫌だって言ったじゃない」
「でも実際陛下から見合い話のひとつやふたつ来たことあるでしょう?」
「まああるけど・・・」
私が結婚したがっているという噂が広まった時のことだったか、父様が山のような釣書を抱えてやって来たのは。その時の私の惨めな気分は一生忘れられない。
「噂になったとき釣書用意されたわね。もちろん全部断ったけど」
「もったいな」
「言っておくけど断るのも大変なのよ?噂になってたからすごくたくさん話が来るし、私が結婚したがってるのを向こうも知ってるからなかなか引き下がらないししつこくって。父様には迷惑かけちゃったわ本当に」
「ああ、そういえば噂になってた時期あったねえ」
「父様には憐れむような目で見られるし、母様には「心と股を大きく開け!」ってアドバイスされるし。すっごく恥ずかしかった・・・」
シージーはブハッと吹き出して笑う。
「なにそれ、さっすが王妃様!」
「だから両親の力には頼りたくないの。そもそもお見合い婚は私としてはナシ。わかった?」
「わかったけど、だったら余計に現実見なさいよね」
わかってるわよ、と若干不満だったが頷くしかなかった。
侍女たちが片付けや掃除をし始めても私は一向に布団から出られないまま、とうとうゼンが出勤する時間になってしまった。
「レイラまだ寝てんのか?」
「そうなんですよー。二日酔いだそうで」
「昨日すごい飲んでたからなあ」
こっちの気も知らないで侍女と朗らかに会話しているゼン。シャキッと着こなす騎士服、いつものように愛想のよい態度と血色の良い顔色、彼には特に変わった様子はない。
じっと見ているとゼンが私の視線に気づいた。
「一応目は覚めてるんだな。薬いるか?」
「・・・いらない」
「まあいいか。今日は大事な予定もないし」
問い詰めたいことはたくさんあるのに上手く言葉にできなくて、そんな不満のたくさん詰まった視線に察したゼンは苦笑する。
「どうした。まだ夢の話引きずってんのか?」
「・・・夢じゃない」
はあ、とゼンは大きなため息を吐いてベッドの端に腰を下ろす。
「んで?じゃあ夢じゃなかったとして、レイラはどうしたいんだ?」
そんなこと言われたってどうすればいいのかわからない。昨夜のショックが大きすぎてただただ驚くばかりで。ゼンとは子どもの頃から一緒だったけれど、いい歳になった今まで何もなかったのだから余計に。
「わかんないけど、ビックリして・・・」
「びっくりして?俺はクビになるのか?」
「そんなわけないでしょ」
「んじゃこの話は終わりな」
強制的に話を終わらせようとするゼンに彼の服の裾を掴んで待ったをかける。
「そんな、そんな簡単に言わないでよ」
なんであんなことしたの。何を考えてるの。どうして教えてくれないの。ずっと一緒にいたのにゼンがわからない。
「はあ、もう忘れなよ」
「あ!今認めたでしょ!」
聞き流すものかと起き上がってゼンを掴んだ。全部洗いざらい白状するまで逃がさないわよ!
こっちは気合を入れて挑んだのに、ゼンははいはい、と適当な返事。
「悪かったってば」
彼は予想に反してあっさりと認めたが、全く悪びれる様子はない。
「なんであんなことしたの!?」
「ただの出来心だから気にするな」
よしよし、と子どものように頭を撫でられた私は放心する。出来心って・・・なんじゃそりゃ。
私ははっと我に返った。いやいや、出来心で男の人が好きなゼンが幼馴染で主人でもある私の寝込みを襲うだろうか。納得がいかない。
「出来心ってどういうこと?」
「そんだけ喋れるなら仕事できそうだな」
立ち上がるゼンに彼に掴みかかっていた私は危うくベッドから落ちそうになった。
「少しでも食べたほうがいい。軽く食事を用意してもらおう」
「ちょっと待って。話はまだ・・・」
「俺は書類取ってくるから」
ゼンはすたすたと去って行くのに、若干の吐き気を覚えて口を押さえた私は引き留めることができない。
あ!と思った時にはもうすでに彼の姿が無かった。くそう、逃げられた。
侍女に向かって叫ぶ。
「酒よ!お酒持ってきて!」
「え!?でも二日酔いなのに朝から・・・」
「迎え酒よ!」
ゼンがわけがわかんない。これはもう飲むしかない。
侍女は命令に逆らうわけにもいかずしぶしぶグラスを用意し始めた。
ゼンが仕事の書類を持ってきたのは、既に2回目の嘔吐を終えてぐったりしている時のことだった。アルコールの匂いが漂う中、ぐったりとしてベッドから動けない私と忙しそうに床を掃除をする侍女たち。部屋の惨状を見た彼は頬の筋肉を引き攣らせた。
「おいおい、大丈夫かよ」
「だれのせいだとおもってんのよぉ」
地獄の底から響いてきそうなほど恨めし声にさすがのゼンも一歩後退る。
「あんなの別に気にするような歳じゃないだろ」
「どーせわたしはじゅんすいじゃないですよーだ」
ふん。こちとら婚約破棄3回経験してんだ、ちょっとやそっとじゃ動じない。なのにゼンが出来心で私にキスしたのがどれだけ私を混乱させたのか知りもしないで・・・!
「悪かったって、本当になんでもないから気にしないでくれ」
「ふーん、わたしはどうせれんあいもうまくできないうえにできごころでてをだされるような、うすっぺらーいおんなですよー」
ゼンの顔にはしっかり「酔っぱらいめんどくさい」と書かれていた。誰のせいでこうなってると思ってるんだか。
「ぜんのばか」
あんなことがあったのになんで態度がちっとも変わらないんだろう。彼の出来心っていうのは本当になんの意味もないものなんだろうか。あのキスに深い感情があっても戸惑うけれど、なんの意味もないってのもそれはそれでむかつく。
「わたしたちずーっといっしょだったじゃない。くるしみもよろこびもわかちあってきたでしょ」
「ああ。これからもな」
これからもゼンは私の騎士。幼馴染で、私の大切な友達。
「かってなことゆるさないんだからね」
「わかってますよ、姫様」
優しいゼンの声に、ベッドへ横たわっていた私の意識はあっという間に沈んだ。
気にすんなって言わせても、無理なものは無理。
「きゃーーー!」
可愛らしい口から飛び出てきた金切り声に近い悲鳴に、私は慌てて彼女の口を塞いだ。
「シー!シー!」
やめてよ!ゼンが扉の向こうで待機してるのに!聞こえちゃうでしょ、と注意すると彼女はテヘッと舌を出して謝ってきた。珍しいピンク色の髪の童顔なこの子はシージー・アグレンシー。有名な商家のお嬢様で私の親しい友人だ。
彼女は天を仰ぎながら両手で顔を覆って話し出す。
「まっじかよ。ゼン様がレイラにき、ききききキスとか・・・!鼻血でそうっ」
「鼻血!?」
何故?と問う前に大興奮したシージーがペラペラと喋る。その前に本当に鼻血を出されたら困るのでハンカチをスタンバイさせておいた。
「なにそれ超萌える。同性趣味のゼン様がレイラに、とかどんだけよ。二人が並んだら絵になるし妄想するだけでヤバいわ。
ハア、美味しいネタありがとう」
「いや、ネタとかじゃなくってね」
人が真剣に悩んでるっていうのにこの子はもう・・・。
「本当は男が好きなのに女のレイラのことを好きになってしまった!けどレイラはご主人様だから想いを秘めてたけれど、あまりに無防備な姿につい・・・とか!」
「お願いだから声落としてね」
こんな話本人に聞かれたら恥ずかしくて死ねる。っていうかそんな妄想よくスラスラ出てくるわね。
「好き、とかじゃないと思うのよね。ゼンの前で恋人とイチャイチャしてても彼普通だったし、むしろ積極的に支援してもらってたし」
恋人への手紙を届けてもらったり贈り物を買いに走ったり、ゼンは立派に騎士(パシリ)として私の恋愛沙汰に関わってきた。その間もゼンはいつもと変わらずどこか飄々として、だけどいつも親身で優しいゼンのままだった。もし私のことが好きなんだったらそうはいかないだろう。
「出来心ってなんなのかしら」
「んー、深い意味はないけど“つい”ってことなんじゃない?こう・・・フランクな、例えば親が子にするような感じで」
「親と子て・・・」
ピュアピュアな理由でキスしたってことは確かにあり得るかもしれないけれど、それってつまり私はゼンにとって子ども(もしくは妹)のような存在ということなのか。
「でも普通口にする?」
せめて頬とか額とかじゃないの?と言うと、シージーは前のめりで食いついて来た。
「何言ってんの!ラッキーじゃないの!クソほど羨ましいわ!」
「おい、既婚者」
その発言は夫のいる女性としてどうなの、と突っ込むも彼女の鼻息は荒い。
「いいなあ、ゼン様にキスしてもらえるなら全財産払ってもいい。そんでパーティーで自慢しまくってやるわ。あの赤薔薇の騎士と口づけしたのよってね」
「いやいや、むしろ引かれるでしょ」
男同士の恋愛をする人々を“薔薇族”と称することがあるからゼンは赤薔薇の騎士なんて仰々しい異名で呼ばれているんであって、それは決して見た目が華やかで美しいからという理由ではない。そんな彼からキスされたところで自慢になるかと考えると微妙だ。
酸っぱい顔をしているとシージーが肘で小突く仕草をする。
「あんたの周りの顔面偏差値高過ぎんのよ!ゼン様がどんだけイケメンだと思ってんのよっ!」
「イケメン・・・かなあ?」
確かにゼンと城内を歩いていると遠くから黄色い悲鳴が上がることはあるけれどあんまり深く考えたことがなかった。だって―――
「私の方が美人だと思うの」
「性格はクソだけどね」
酷い。
「いくら美しくたってそこまで自信満々で言われると普通引くから」
「だって人類に非ずと言われるほどの完璧な父様と世界一の美女と名高い母様から生まれた私なのよ?完璧でしょう?仕事だって他国に嫁いで行った姉様の倍以上こなしてるのよ?
―――なのになんで結婚できないの!?」
「だから性格がクソなんだって」
酷い。
シージーは落ち込む私の頭をなでなでしながらほくそ笑む。
「あとね、選ぶ男がことごとくよろしくないわね」
「・・・パトリックは優良物件だったもの」
悔し紛れに頬を膨らませながら言うとチッチッチと舌を鳴らしながら否定した。
「愛人に勧められたんでしょ?クズ男じゃないの。まあ最初の男ほどじゃないけど」
「確かに私からしたらショックだけれど、王族で多妻は珍しい事じゃないし・・・」
「それがレイラの望む結婚なの?」
「まさか」
「でしょ?それが答えじゃん」
図星を突かれて私は閉口した。そう、パトリックは私が望むような結婚相手ではなかった。例え優良物件だとしても私の望みが叶わないのならばそれは理想とは違う。
「結婚前に分かってよかったじゃん。後だったら苦労してたよお?」
「そう、よね」
シージーの言う通りだわ、とため息を吐く。腹も立ったし悔しい想いもしたけれどこれでよかったのかもしれない。
「いくらレイラのスペックが高くたって理想が高ければなかなか結婚なんてできないわよ。
もういっそのことゼン様に頼み込んで嫁にしてもらいなよ。ハア、想像しただけで鼻血でそう」
またこの子は人の気も知らないで勝手なことを・・・。
「何もなかったことにするのが一番いいってわかってるんだけど、ね。本人は何も気にしてないみたいだし」
「まあゼン様自身が気にするなって言う以上は自分からはどうしようもないよねえ。残念だけど」
「残念なの?」
「そりゃそうよ。結婚したいんでしょ?そろそろアホな恋愛ばっかりしてないで現実見なさいよ」
アホって酷い。確かに散々な目にあったけれど私はちゃんと真剣だったのに。
「結婚したいなら一番の近道はお見合いよ」
「えー、それだけは嫌だって言ったじゃない」
「でも実際陛下から見合い話のひとつやふたつ来たことあるでしょう?」
「まああるけど・・・」
私が結婚したがっているという噂が広まった時のことだったか、父様が山のような釣書を抱えてやって来たのは。その時の私の惨めな気分は一生忘れられない。
「噂になったとき釣書用意されたわね。もちろん全部断ったけど」
「もったいな」
「言っておくけど断るのも大変なのよ?噂になってたからすごくたくさん話が来るし、私が結婚したがってるのを向こうも知ってるからなかなか引き下がらないししつこくって。父様には迷惑かけちゃったわ本当に」
「ああ、そういえば噂になってた時期あったねえ」
「父様には憐れむような目で見られるし、母様には「心と股を大きく開け!」ってアドバイスされるし。すっごく恥ずかしかった・・・」
シージーはブハッと吹き出して笑う。
「なにそれ、さっすが王妃様!」
「だから両親の力には頼りたくないの。そもそもお見合い婚は私としてはナシ。わかった?」
「わかったけど、だったら余計に現実見なさいよね」
わかってるわよ、と若干不満だったが頷くしかなかった。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
愛せないですか。それなら別れましょう
黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」
婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。
バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。
そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。
王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。
「愛せないですか。それなら別れましょう」
この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる