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近衛兵長との決闘

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 フローラちゃんの後ろ姿は、とても頼もしく見える。
 今まで散々バカにしてきたけど、考えてみたら彼女は公爵家の令嬢。私の教え子の中ではアンリエットの次に位が高い。

 せっかく恵まれた家に生まれたのだから、かませ犬っぽいキャラをやめてもっと落ち着いていてもいいと思うのに……でも、その残念なところもフローラちゃんの魅力ではある。

 私たち三人は城壁の上を進む。
 四角い王宮の城壁の四隅には見張り台のような塔があり、そこから階段で建物の中に入れるようだった。が、今の状況で建物に戻るのは危ない。

「このまま進んでいくと、城壁の外側にロープが垂れている場所があるんです。そこから直に城壁の外に降りて、そこから市街地を抜けて街の外に逃げるんですけど……」

「……ちっ! ルナ、気をつけなさい! 兵士が来たわ!」

 ルナちゃんが解説していると、先頭を歩いていたフローラちゃんが警告してきた。前方をうかがうと、なんと少し離れた所にある塔からわらわらと兵士がこちらに押し寄せてくる。その数100名ほど。──私の居場所がバレてしまったのだろうか。

 その兵士たちは私を牢屋に連れていった兵士とは異なり、黒っぽい高級そうな甲冑に身を包んでいた。駆けてくる様も隊列がしっかり組まれていて、よく訓練されている気がする。

「近衛兵です!」

「厄介ね!」

 ルナちゃんとフローラちゃんが私を庇うように前に出た。

「先生、ここはアタシたちがなんとかするから、引き返して逃げなさい!」

「う、うん! ありがと!」

 私は二人にお礼を言って来た道を引き返そうとする。
 ……が、背後の塔からも同様の兵士たちがわらわらと湧いてきた。──やばい! 絶体絶命!

「フローラちゃん! 後ろにも兵士が!」

「……くそっ! 読まれてたわね!」

 フローラちゃん。口が悪いですよ。

 前後から兵士たちに挟まれて身動きが取れなくなってしまった私たち。やがて、前方の兵士の群れの中から一際大柄の兵士が進み出てきた。そいつは他の兵士たちよりも甲冑の飾りも多くて格が高そうだ。ボスかな?

 大柄の兵士はのっしのっしとフローラちゃんとルナちゃんの目の前に歩いてくると、二人の前に膝を折る。そして剣を地面に置き、ヘルメットを脱いで傍らに置いた。長めの金髪と端正な顔が露になった。間違いなくイケメンだ。モテそう……まあレズの私にとっては全然タイプではないのだけど。

 イケメン兵士は頭を垂れながら口を開いた。

「これはこれは、フローラ・カロー嬢。──そして、ルナ・サロモン嬢」

「──近衛兵長、トルステン・へーザー……」

 フローラちゃんが低い声で呟く。隣でルナちゃんがブルブル震えていた。──そんなに恐ろしい人物なのだろうか。確かにものすごく強そうだけど……。

 トルステンと呼ばれた兵士はフローラちゃんを見あげながら続ける。

「フローラ嬢。今なら王様はまだおふざけということで大目にみてくださるそうです。どうか我々にそこの女を引き渡していただけませんか?」


 トルステンの視線は鋭く逆らえる雰囲気ではない。しかし、ビビりまくって再びチョロチョロとおもらしを始めてしまったルナちゃんの隣で、フローラちゃんは毅然とした態度で返す。

「──嫌だと言ったら?」

「分かりませんな。なぜあなた方がこの女を庇い立てするのか……こいつは国を危険に陥れる反逆者ですぞ」

「だから何? アタシはこの人に恩があるの。恩人を助けるのは人間として当然だと思うけど?」

「ご自身がなさっていることは、カロー家をも貶めるということをお忘れですか?」

「──はっ、地位や名声がなんなの? 結婚相手すら自由に決められないんだったら、貴族なんてこっちから願い下げだわ!」


「「──っ!?」」

 トルステンと、そして私は思わず息を飲んだ。まさか公爵家の令嬢であることに誇りを持っていそうなフローラちゃんの口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。これにはルナちゃんも思わず声を上げる。

「フローラさんっ……!」

「公爵家令嬢のこのアタシですら、先生の前では劣等生だった……。その上めちゃくちゃに犯されて……完膚なきまでの敗北を知ったのよ。──教えてくれたのは先生。そのおかげでアタシは成長できたの」

 語っていることはかなり残念な事だけれど、その口調は真剣そのもので私たちは口を挟めなかった。
 フローラちゃんの頬を涙が伝う。

「だから、絶対に渡さない! あんたたちと戦うことになったとしてもね。──退きなさい。これはカロー公爵家令嬢、フローラ・カローとしての命令よ」

 啖呵をきったフローラちゃんは、してやったりといった表情でトルステンを見つめる。深紅の髪が風になびき、炎のように瞬いた。
 が、トルステンはフローラちゃんの答えを聞くと、深いため息をつきながらヘルメットを拾い上げて頭に被った。

「はぁぁ……。もう少し聡明な方だと思っていましたが……。それが答えなのですね?」

「当たり前よ? 分かったらさっさと立ち去りなさい!」

「そ、そうです! 立ち去ってくださいっ!」

 フローラちゃんに慌てて同調するルナちゃん。

 しかし、トルステンは立ち去る様子を見せなかった。
 剣を支えにしながらゆっくりと立ち上がると、シュルッという金属が擦れるような音を立てて鞘から引き抜く。そして銀色に煌めくその切っ先を真っ直ぐにフローラちゃんの胸に向けた。

「我々近衛兵は王様の命令に従っている。よってあなたの指図は受けない。──フローラ・カロー。ルナ・サロモン。お前たちを反逆罪で粛清しゅくせいする!」

「先生、下がってて! ルナ! やるわよっ!」

 トルステンの行動に真っ先に反応したフローラちゃんが叫ぶ。そして前方に手をかざした。
 するとその手からボォォォッ! と勢いよく炎が噴き出す。さながら火炎放射器だ。──否、よく見ると手から出た炎が背後から吹きつける風に乗って前方の近衛兵に襲いかかっていた。
 フローラちゃんの横で同じポーズで手を構えていたのはルナちゃん。彼女が風を起こしていたようだ。

 炎を操るフローラちゃんと、風を操るルナちゃんの連携技。近衛兵はたちまち炎に包まれる。

「ぐぁぁぁぁぁっ! 熱いっ! 死ぬっ!」

「な、なんだぁぁぁっ! どうなっている!?」

「くそっ! 撤退! 撤退しろっ!」

 あんなに一糸乱れぬ動きを見せていた近衛兵は潰走を始めた。


 ──が

「はぁぁぁぁっ!」

 炎の中から、黒い甲冑のトルステンが飛び出してきた。剣を振りかざしながらフローラちゃんに襲いかかる。

「くっ……こいつ化け物!?」

 でも、フローラちゃんのほうが多分化け物だ。彼女はドレスの裾から生やした触手でトルステンを迎撃した。しかし──

「ぜぇぇぁぁぁっ!」

 目まぐるしい速さで剣が閃き、ものすごい勢いでフローラちゃんの触手は切断されていく。
 そして……

「──ぐっ!?」

 何もできないでいる私の目の前で──トルステンの剣がフローラちゃんのほぼ平坦な胸元を深々と斬り裂いた。
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