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スイート・ポテト

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「くっ……」

 私は必死になって耐える。だが、それは長く続かなかった。

「きゃあっ」

 とうとう魔法障壁が破られてしまい、私は背中から壁に叩きつけられる。

「ぐぅ……」

「終わりよ。マンゴープリンちゃんのお姉ちゃん」

 アスモデウスは勝ち誇ったような顔をして、ゆっくりと近づいてくる。

「……クーベルチュール」

「ん?」

「私は、魔法少女【クーベルチュール】だから!」

 私は何とか立ち上がろうとするが、体に力が入らない。

「ふん、往生際が悪いわねぇ。クーベルチュールちゃん?」

 アスモデウスはそう言うと、右手を高く掲げた。

「この手で握り潰してくれるわ」

「!」

「死ねぇ!」

 アスモデウスはそう叫びながら、私の頭めがけて手を振り下ろす。

(もうダメだ……)

 私はギュッと目を瞑る。その瞬間──


「そこまでです」

「!?」

 突然聞こえてきた声に驚いて、私は閉じていた瞳を開く。すると、そこには見覚えのある少女の姿があった。純白のエプロンドレスにピンクのリボン、フォークのような武器を構えたその姿は……!

「……マカロンショコラ──ヒナちゃん!」

「魔法少女【マカロンショコラ】、エンゲージです! ──お待たせ、ハルちゃん」

 緋奈子は私を見下ろしながら微笑んだ。

「ヒナちゃん、もう怪我は大丈夫なの?」

「うん、なんとかね。それに、来たのは私だけじゃないよ?」

「えっ?」

 私が振り向くと、背後から何人もの色とりどりの魔法少女たちがこちらに走ってくるところだった。よく見ると、スーツを着た魔法少女協会会長であるマスターさんの姿もある。
 魔法少女協会、手は貸せないとかいいながら、ちゃんと来てくれるんじゃん……

「魔法少女、全軍をもってヴィラン幹部の足止めを行い、ルシファーへの──未来への道を切り拓け! 行くぞ!」

 マスターの号令で、魔法少女たちは一斉にアスモデウスやサタンに向けて魔法を放った。が、ヴィラン側も負けていない。アスモデウスが操るヴィランの死骸やスケルトンたちがそこかしこから魔法少女に奇襲をかけ、激しい戦闘が始まった。

 と、その時。魔法少女の一団の中から黄色いコスチュームの魔法少女が飛び出してきて私に抱きついてきた。

「お姉ー! 会いたかったよぉぉぉっ!」

「木乃葉!? どうして……」

「えへへっ、お姉ってばウチが適当に感動的なシーン演出したらめちゃくちゃ泣き始めるからちょっと面白かったよ」

「バカ! 死んだかと思ってた!」

「んなわけないじゃん! ウチのしぶとさ知ってるでしょ?」

「……でも、よかった」

 私はホッとして胸を撫で下ろす。しかし、そんな和やかなムードはすぐに壊された。

「何をしている! 早くあの子を殺せ!」

「!?」

 振り返ると、アスモデウスが血走った目をしながら叫んだ。すると、周囲にいた無数のヴィランの群れが私たちに向かって襲いかかってきたのだ。

「邪魔をするなぁ!」

「はぁぁぁっ!」

「さっきのお返しっ!」

 木乃葉が、緋奈子が、魔力である程度自己回復したのか、いつの間にか戦闘に復帰していた氷魚や星羅、トリニティ、楓花までもが一丸となってヴィランを迎え撃つ。そこに援護に来た他の魔法少女たちの攻撃も加わり、たちまち周囲には動かなくなったヴィランの山が築かれた。

「……!……!……」

 アスモデウスは何かを呟きながら、苦しげに顔を歪ませる。

「今だ!」

 その隙を突いて、マスターが叫ぶ。そして、ヴィランたちの注意が完全に逸れた瞬間を狙って私たちは一気に駆け出した。と同時に、再びアスモデウスに魔法少女たちの攻撃が集中する。


「行け! 君たちの目的はルシファーを止めることだ! 頼んだぞ!」

 マスターの声に背中を押されるようにして、私と木乃葉、緋奈子、楓花、氷魚、星羅、トリニティの七人はアスモデウスの横を通り過ぎて先へと進んだ。

「ここだぁぁぁっ!」

 木乃葉が壁の一部に拳を打ちつけ大穴を開けると、私たちはその中に飛び込む。すると、そこは依然私が迷い込んだ薄暗い、ルシファーがいた空間だった。

 ルシファーは空間にたたずんで私たちを待っていた。

「……やれやれ、大勢で押しかけて、無礼な子たちだね」

 私たちが空間に入ると、ルシファーは相変わらずのんびりとした声でそう口にする。そして真っ赤な瞳でこちらを睨みつけた。

 「やーいルシファー! この前はいいようにやられたけど、今回はお姉も一緒だから、お前なんかけちょんけちょんにするからね! 降参するなら今のうちだよ!」

「おやおや、相変わらず威勢がいいなぁ君は。でも残念、僕のタイプじゃないな」

「あんたも、ウチのタイプじゃないから安心してよね」

「そっか。……でもせっかく君たちに来てもらったのだから、戦う前に少しお話でもしない? 僕も君たちに少し興味があるんだよ」

「はっ、何言ってんの。ウチらと戦う以外に選択肢なんてあるはずないじゃん!」

「まあまあ、そう言わずにさ。どうせここには他の誰も入ってこないんだ。時間はたっぷりあるよ」

 ルシファーの言葉に違和感を覚えつつも、私たちには彼の誘いに乗る以外の道はなかった。時間を稼いで傷を回復させることもできるし、悪い提案ではなかった。承諾すると、彼は満足した様子で「ありがとう」と微笑む。

「じゃあ、まずは……そうだね、君の話から聞こうかな。マンゴープリンのお姉さんだっけ?」

「わ、私?」

 突然指名された私が驚いて聞き返すと、ルシファーは頷いた。

「そ。君、なかなかの魔力を持っているからヴィランにならない? ──ちょうど空席ができたから幹部待遇で迎えるよ?」

 何を言い出すかと思ったら勧誘か。しかし、予想に反して、私の答えは決まっていた。

「嫌。私は、ヴィランにはならない」

「ふーん、どうして?」

「私にとって大切な人たちを傷つける存在になるから」

「……」

「それに、私は誰かの下について働くような人間じゃないから」

「……なるほど、確かに君は強い意志を持った人間のようだ。気に入ったよ」

 ルシファーは、しかし言葉とは裏腹に興味を失ったように私から視線を外し、緋奈子に目を向けた。

「そこの白い子──【マカロンショコラ】だっけ? 君は自分の無力さにうんざりして力を求めているんでしょ? 想い人となかなか友達以上の関係になれずに悩んでいるんでしょ? ヴィランになれば全て手に入るよ。どう?」

 緋奈子は私を見つめてきた。私は首を振る。──騙されちゃダメだよヒナちゃん!
 きっとコイツはまた何か企んでる! 緋奈子の目を覚ますために心の中でで念じる。しかし、彼女は意外にも静かに首を振った。

「私はもう力を望まない。今の私にできることをして、少しずつ変わっていく。それが一番だと思うから」

 緋奈子の言葉に、ルシファーは肩をすくめる。

「そうか、それは残念。それじゃあ、次はそこのフワフワの子。……君は、ヴィランになりたいって思ってるよね? 正直人間でいることが窮屈で、自分の欲求を抑えきれずにいる。──ヴィランになれば欲望のままに振舞っていいんだ。人間も食べ放題。楽しいよ?」

 指名された楓花は俯いて黙っていたが、やがて顔を上げて口を開いた。

「……わたしもパスかなー? わたしにとって何が幸せか考えたら、やっぱり仲間と一緒にいることだって、最近気づいたんだよねー? だから、ヴィランにはなれないかな」

「へえ……」

 ルシファーが感嘆の声を上げる。

「君もまた、面白い子だ。でも残念、君とは気が合いそうなんだけどね」

「うーん、ごめんね? わたしもちょっと遠慮しとく」

 楓花が謝ると、ルシファーは今度は星羅に目を向ける。

「君はどうかな【メロンパルフェ】? 正義の味方ごっこはもうやめて、一緒に楽しもうよ。君も本当は分かっているはずだ。ヴィランになることがどれだけ素晴らしいことなのか」

「確かに私はヴィランについて色々調べていてその目的に興味を持ってはいたけれど、だからといって人間を無差別に殺すことは許せない」

「それは『魔法少女』としての意見でしょ? 本当の君の考えはどうなの?」

 星羅は悩むような仕草をしてから、徐ろに答えた。

「確かに人間は地球を破壊している。【アジ・ダカーハ】を復活させることで地上に災厄をもたらし、人間を淘汰することができれば地球は救われるのかもしれない。……でもそれは、人間とやっていることは変わらない。──邪魔なものを排除して自分たちの住みやすい世界を作ろうとしているだけ」

「ふーん、それが君の考えなんだね?」

「ええ、だからヴィランに協力することはできないわ」

「そっか、じゃあしょうがないね」

 ルシファーはあっさりと引き下がると、次に氷魚に目を向けた。

「君のこともよく知ってるよ【ピーチジェラート】。生まれつき身体があまり丈夫でないようだね? ヴィランになれば人間より遥かに強靭で老いない肉体が手に入るよ? どうかな?」

「お断りします。私は私のままでいたいんです」

「……まあ、それもそうだろうね」

 氷魚の回答に、ルシファーはつまらなさそうに呟くと、次の標的へと視線を移す。

「最後は君だね。……確か名前は──【クレープシュゼット】」

「わたくしもヴィランにはなりませんわよ?」

「……病気の母を救ってやると言っても?」

「──っ!」

 トリニティの表情が一変した。すごく動揺しているように見える。どうしたのだろうか。

「君の母親は不治の病に犯され、人間の技術では救うことができない。──ただ毎日少しずつ弱っていく母親の姿を見ているのは辛いでしょ? ……僕なら彼女を救ってあげることができる」

「そ、そんなことを言われても──」

「僕は君たちの願いを叶えることができる」

「……どういう意味ですか?」

「世界樹はその強大な力でなんでも願いを叶えてくれる。願えばずっと夢の世界で自分の思い通りに幸せに生きることができる。──君たちが何を願って魔法少女になったのか、思い出して? それは、ヴィランになれば簡単に手に入るものなんだよ」

 ルシファーは私たち全員に向けて言っている。魔法少女が願いを持って生まれたことを知っていて、それを利用して自分たちの仲間に引き入れようとしている。

「──さあ、決めて。ヴィランになるか……ここで死ぬか」
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