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シュー・クリーム
しおりを挟む木乃葉は腕を組みながら楓花の背後に立っていた。
「えっ!? いつの間に後ろに!?」
「ほら、散々ベタベタしてきたお返し!」
振り向いた楓花の股間を、木乃葉は思いっきり蹴り上げた。
「ぐっ……! うぅ……」
楓花はその場に崩れ落ち、元の大きさに戻った。
「ふふん、急所を蹴られたとはいえ防御力の高いあんたならこの程度の痛みなら魔法で治せるでしょ? それじゃあね」
木乃葉は勝ち誇ると、その場を立ち去ろうとした。が、床でのたうち回る楓花がその足を掴んだ。
「待って……行かないで。酷いことしたのは謝るから……、あなたの力が必要なのマンゴープリンちゃん……」
「……」
木乃葉は無言のまま楓花の頭を踏みつけた。
「ぐえっ!? 痛いよぉ……!」
「しつこいなぁ。いい加減諦めたら? ま、何度でも言うけど、あんたタイプじゃないし、そもそもウチはお姉のためにしか戦わないの。あんた、あの時ヴィランに食われて死んどいた方がよかったんじゃない? あ、それとも今から死ぬ?」
「そんな……わたし、死にたくない……。お願い、なんでもするから助けてよぉ……」
「うるさいなもう……いい? あんたらは一回助けてあげたウチを裏切って、ウチの大切なお姉に酷いことしようとしたんだよ? そんな奴らに情けをかけるほど、ウチは優しくないの」
「ひっ……!? ごめんなさい! 許してくださいぃ!」
木乃葉が泣き叫ぶ楓花に拳を振り下ろそうとした時、その間に割って入る者がいた。見覚えのあるピンクのコスチュームの魔法少女と、緑のコスチュームの魔法少女の2人だった。ピーチジェラートちゃんとメロンパルフェちゃんだ。
「……お願いです! 仲間を殺さないでください!」
「虫のいいこと言ってるのはわかってる! でも、もうあなたに構うのはやめるから……だからその力を魔法少女に振るうのはやめて……?」
木乃葉はしばらく2人を睨みつけていたがやがて、ふぅぅとため息をついた。
「ウチも別に魔法少女同士で争いたくはないよ。でも、喧嘩売ってきたのはそっちだからね?」
木乃葉は楓花から離れると、私の方に視線を向ける。
「……お姉、行こ? 立てる?」
「う、うん大丈夫」
木乃葉は私に手を差し伸べ、立たせた。私は木乃葉に連れられて部屋を後にした。ビルはマンゴープリンちゃんによる襲撃騒ぎで騒然としており、変身を解いた木乃葉と一緒にいると、特に怪しまれることもなく魔法少女協会を出ることができた。
「……お姉、ウチね。やっぱりお姉に引け目を感じてるのかもしれない」
「どうしたのよいきなり?」
家への帰り道で、唐突に木乃葉は口を開いた。ここ一週間冷戦気味だったのに、どういう風の吹き回しだろうか。
「お姉はウチよりも頭が良くて、性格も良くて、モテるし……それに比べてウチは……」
「木乃葉にもたくさんいい所あるよ? 」
「でもね……ウチ性格悪いからさ。お姉に嫉妬してつい意地悪なこと言っちゃうことがあるんだよね」
木乃葉の声が震えている。私は黙って続きを促した。
「でもお姉はなんだかんだウチを見捨てないよね。……こんなダメな妹を守ろうとして、魔法少女になりたいなんて思ったんでしょ?」
「……まあそれもあるけど」
「ウチはほんとにバカだなぁ……お姉が危ないことに巻き込まれてるのに、しばらく見て見ぬふりしちゃった」
「……いいのよそれは、最後は助けに来てくれたでしょう? 嬉しかったよ。ありがとう」
「ま、まあね……」
照れくさそうにしている木乃葉に、私は気になっていたことを問いかけてみた。
「ねぇ、さっき『ウチはお姉のためにしか戦わないの』って言ってたけど、あれどういう意味?」
「え、えっと……あれはね……」
木乃葉は珍しく慌てている。つい口をついて出てしまった言葉だったようだ。──つまりは本心ということだ。
「その意味を説明するには、まずはウチが魔法少女になったワケを説明しないといけないかな……。今まで恥ずかしかったから秘密にしてたけど……聞いてくれる?」
「もちろんよ」
木乃葉はコホンと咳払いすると、真剣な表情で語り始めた。
「ウチが魔法少女になったのは、つい最近──お姉がデストルドーに襲われた時なの」
「えっ!?」
驚きの事実だ。まさかあの時に魔法少女になったとは……。
「あの時、ウチは部屋でお姉の使用済みパンツを被ってえっちなことしてたの」
「ぶふっ!?」
木乃葉が放った突然の爆弾に思わずむせてしまう。
「ちょ、ちょっと待って! 何それ!? 初耳なんだけど!?」
「いや、だって言ったら絶対怒るじゃん」
「当たり前じゃない!」
「でもウチはお姉のことが大好きだし、ずっと一緒に居たいの。だから、どんな手を使ってもお姉を守りたかった。あの時、たまたまお姉の部屋に落ちてた下着をこっそり拾って持って帰ったの。それでオナニーしたの。そしたらなんか魔法少女に変身してたってわけ」
「……」
楓花は、魔法少女になるためには擬似的な性行為が必要とか言っていた。木乃葉の場合、私のパンツでその……オナニーをしたのがそれにあたるのかもしれない。
「だから、ウチが変身できるのはお姉に対して性的興奮をおぼえたときだし、変身するとお姉の居場所を匂いでたどれるし、お姉がいないと変身すらできないから戦えないの」
「……ちょっと待って、もしかしてその変身アイテム? っぽい縞パンって──」
「うん、元はお姉のパンツだよ」
「うわあああああああっ!!!」
これじゃ私が変態みたいじゃないか。いや、実際変態なのは木乃葉だけど! てか、最近よくパンツがなくなるなと思ってたら、木乃葉が持っていってたのか気持ち悪っ!
「ごめんなさい……気持ち悪いよね」
「そんなことないよ、私はずっと木乃葉の味方だからね? ……多分」
「多分!?」
「いや、まあ……うん」
「うぅ……やっぱり嫌われたんだ……もう終わりだ……」
「大丈夫よ! ほら、私は別に木乃葉が私のパンツで何をしようと気にしないからね?」
「ほんとに……?」
「嘘。正直めちゃくちゃ引いてる」
「そんなぁ……」
でも、木乃葉が私のことをそんなに大切に思ってくれていて、私のためだけに戦ってくれていたなんて……少しだけ見直したかもしれない。
「でもね……木乃葉」
私は立ち止まると、木乃葉に向き直った。
「木乃葉が私のためだけに戦うっていうなら、これからは自分を大切にして? 木乃葉は可愛いんだから、もっと自分を磨けばきっと素敵な恋ができるよ」
「ウチが……可愛くて、素敵な女の子に……?」
「そうよ。木乃葉はまだ高校生なんだし、今から頑張ればまだ間に合うよ」
「……そうかな?」
「そうだよ」
「そんなん別にいいよ。ウチにはお姉だけいればいい。それで、お姉をちゃんと守ってくれる他の人ができたら……ウチは黙っていなくなるよ」
俯きながらそう言う木乃葉の声は、普段の声とは比べ物にならないほど悲痛で、私は胸が痛くなった。
どんなに変態でクズだろうと木乃葉は私の妹で、それは変えようのない事実だ。妹を守るのが姉の務め。そんな妹にこんな悲しい顔をして欲しくなかった。いつもみたいに冗談言って、ナメた口ききながら笑っていて欲しかった。
「改めて聞くけど、木乃葉はさ……なんで魔法少女になったの?」
「え……?」
「はっきり答えて。木乃葉はどうして魔法少女になろうと思ったの?」
「わかった。話すよ。ウチが魔法少女になったのはきっと──お姉のことが好きだから……」
「……っ!」
「お姉のためにしか戦わないって言ったのもそういう意味なんだよ? お姉が傷つくくらいならウチの命を差し出してもいいって思ってる」
「ダメだよ! そんなの絶対に許さないからっ!」
「お姉は優しいな……。けど、これは本心。ウチにとっての最優先事項はいつだってお姉の幸せだから」
「私の幸せがあなたの命と引き換えになるわけないでしょ!」
「お姉がどう思うかじゃないの。ウチがそうしたいの。ウチが勝手にするだけ。だってウチはお姉を愛してるから」
「……」
「だから、もしもこの先お姉に恋人ができたらウチは消えるつもり。お姉を縛るものは何も残さずにきれいサッパリ消えてみせる。ウチはお姉が幸せならそれで満足だから」
「……っ」
「でも、お姉がもしウチのことで悩んでるなら……ウチはそれが嬉しい。だってお姉の頭の中には今もウチがいるってことだもん」
「……本当にバカな妹ね」
「うん、ウチってば超がつくほどの大馬鹿者だから」
木乃葉の言っていることは支離滅裂で、でもそれが木乃葉らしいと思った。ただ、わかったことがあるとすれば、木乃葉は私のことを死ぬほど愛してくれていて、そのせいでたまに冷たくもなるけれど、基本的には私を守ろうとしてくれている。
──だったら私もその想いに答えなきゃいけない。ううん、これは木乃葉の想いとは関係なく、姉妹なら当然に歳下を守らなきゃいけないってことだ。
「じゃあ、私も好きにやらせてもらうね」
「えっ?」
「私は木乃葉が好き。木乃葉がいなくなったら嫌だなって本気で思う。だから木乃葉のことも私が守るよ」
「お姉……それってどういう──」
「私も木乃葉のこと危険に晒さないようにする」
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