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クレープ・シュゼット
しおりを挟む『いかにも。我はヴィラン──絶望の災禍【デストルドー】』
脳に直接響くような、男性とも女性とも、機械音声とも判別つかないような声で答える敵。ヴィランと意思疎通ができるなんてことも私は聞いたことがなかった。
「いや、でもあの姿は魔法少女【クレープ・シュゼット】だよね?」
「た、多分あれだよ……最近よくある『暴走』っていうやつ……」
マカロンちゃんの言葉に、デストルドーと名乗った敵はニヤリと不敵に笑った。
『よく分かったな。魔法少女の暴走は全て我が引き起こしたこと』
「いったいなんのために……」
『答える義理はない──が、どうせ貴様も始末するのだ……冥土の土産に教えてやるとしよう』
デストルドーは遠くにそびえる巨大な柱を手で示した。
『魔法少女を乗っ取り、民衆の魔法少女に対する不信感を高めると同時にその能力を世界樹に捧げている。──大いなる災厄【アジ・ダカーハ】の復活のためにな』
なんだかよく分からないけど、こいつを放置してアジだかサバだか知らないがそんな感じのを復活させてはいけない! 私にもそれだけははっきりとわかった。
隣のマカロンちゃんに耳打ちをする。
「マカロンちゃん。あいつを止めよう」
「で、でも……」
マカロンちゃんはフォークを抱えながら逡巡する。仲間の姿をした敵を攻撃するのは抵抗あるのかな?
「マカロンちゃん。あいつはもう【クレープ・シュゼット】ちゃんじゃない! 彼女のためにも、あいつを倒してあげないと!」
「わ、わかった! ──あなたたちの思いどおりにはさせない! 【マカロン・ショコラ】、行きますっ!」
フォークを構えたマカロンちゃんが真っ直ぐに敵に向かって駆け出した。ダッダッと車内に床を踏む音が響く。光り輝くフォークが薄暗い車内を照らした。
『ふん、笑止』
デストルドーはポニーテールをなびかせながら飛び退いて距離を取り、二丁拳銃を発砲する。乗客を何人も蒸発させた殺人光線がマカロンちゃんに襲いかかった。マカロンちゃんは手に持ったフォークで器用に光線を弾き返した。反射した光線はジュッと音を立てながら座席や手すり、天井や床を溶かしていく。
「はぁぁぁぁっ! マカロンチャージ!」
確かにこの技名を叫ぶのも恥ずかしいかも……!
車両の隅にデストルドーを追い詰めたマカロンちゃんは、手にしたフォークで鋭い突きを放つ。敵の胸を真っ直ぐに狙った突きは、しかし身体を捻られてかわされてしまった。
『甘い! まさにマカロンのごとき甘さだ』
デストルドーはかわしざまにフォークを掴み、突きの勢いを利用してそのままマカロンちゃんを背後に投げ飛ばした。
「ふわぁっ!?」
綺麗な弧を描いてマカロンちゃんの身体が宙を舞い、ドンッという大きな音を立てて反対側の扉に叩きつけられた。
「いたぁっ!」
「ヒナちゃん!」
私は思わず本名で呼んでしまった。どうしよう……マカロンちゃん弱くない? いや、敵が強いだけ? なにか……私にできることは……。
私が悩んでいる間に、デストルドーは倒れたマカロンちゃんに駆け寄って、中段の蹴りを放つ。カーン! といういい音を立てて、マカロンちゃんの武器のフォークが車両の中を滑っていった。
デストルドーは武器を失ったマカロンちゃんのお腹を蹴り上げる。身体を二つに折りながら「ぐっ!?」と顔を歪めるマカロンちゃん。
そして、敵はマカロンちゃんの胸ぐらを掴みあげて車両の後方へ放り投げた。ドスッと鈍い音がする。このままだとマカロンちゃん──緋奈子が!
「マカロンちゃんに乱暴するなっ!」
私は麦わらの手提げを振りかぶって、デストルドーの側面から襲いかかった。
魔法少女でもない私がヴィランにダメージを与えられるとは思わなかったし、だからこそ敵は私のことは無視していたのだろうけど、少しだけ気を逸らせればいい。隙を作るだけでいいのだ。ここでマカロンちゃんを失ってしまっては、デストルドーはアジだかサバだかを復活させて世界を滅ぼすだろう。
しかし、敵の動きは止まらなかった。
デストルドーは面倒くさそうに軽く腕を振る。それだけのことで私の身体はトラックに正面衝突したようなとてつもない衝撃を受けて背後の壁に叩きつけられた。
「……くはっ!」
息が詰まる。目の前で星が散った。口の中に血の味が広がる。……わかっていたけれど、これほどまでに無力だったなんて……。
床に丸くなって耐えるマカロンちゃんに近寄って容赦なく蹴りを繰り出すデストルドーは、ふと首を傾げた。身体から溢れ出すどす黒いオーラがゆらゆらと不自然に揺れている。
『そろそろこの身体も限界か……。幸い新しい身体も調達できそうだし、あまり傷つけすぎるのももったいないか……』
デストルドーはマカロンちゃんの首根っこを右手で掴んで引きずり上げた。マカロンちゃんは嫌がってバタバタと暴れるけれど、それでは敵はビクともしない。
『魔法少女【マカロン・ショコラ】だったか……貴様の身体も世界樹の生贄にしてやろう』
マカロンちゃんのエプロンドレスの裾に左手を突っ込むデストルドー。
「んやっ! やめて……そこは……!」
あ、そうだ。そういえばマカロンちゃんは今日下着を忘れたせいで今はノーパ──
マカロンちゃんのドレスの中をまさぐっていたデストルドーもそれに気づいたようだ。
『貴様、魔法少女のくせに下着をつけていないとは……やはり素人か……』
「う、うるさいっ!」
『だがそのお陰で簡単に支配ができそうだ。感謝するぞ』
「──う、うぁぁぁぁぁぁっ!?」
デストルドーがまとっていたどす黒いオーラは、奴の左手を通じてマカロンちゃんの身体に乗り移っていく。下半身からどす黒いオーラに覆われていく。
支配って言ってたよね? やってることからして見るからにエッチなんですけど!
「だめっ……意識が……保てない……」
「ヒナ……ちゃん!」
助けようにも私の身体は動かない。マカロンちゃん──緋奈子を、親友を助けたいのに……! このままだと間違いなく緋奈子は死んでしまう。世界樹とやらの生贄になってしまうのだ。
「逃げ……て……ハルちゃん……」
「……くっ!」
逃げるなんていう選択肢はなかった。親友を置いて逃げるなんて私にはできなかった。
──私に──能力があれば!
もし私が魔法少女だったら! あんなやつすぐに倒して……!
──チカラがほしい!
そう願った途端、動かなかった私の身体に力が湧いてきた。私の身体を光が包み込み、可愛くてかっこいい魔法少女に変身する──
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