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第18話 決意
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☆ ☆
「はぁ……」
翌日、御幣島に送られて校門にたどり着いた結は、そこで待っていた乃慧流の姿を目にしてため息をついた。金輪際関わりたくないと伝えたはずなのに、乃慧流は相変わらず笑顔で朝の挨拶とともに元気に飛びついてくるのだった。
「結さん! おはようございますですわ! 聞いてくださいまし、今日は結さんのために手作りお弁当を……! これでわたくしたちは名実共にカップルとなって堂々とイチャイチャを──」
「気持ち悪いですわ。どっか行ってくださいまし」
結は吐き捨てるようにそう言うと足早に校門を通り抜ける。なるべく二人きりにならないよう急いで校舎内の教室へと向かう。
しかし乃慧流も負けじとついてくるので、結局教室まで一緒の登校になってしまった。
「はぁ……」
「あら結さん、お疲れのご様子ですがどうかしましたか?」
「いや、昨日あんなことがあったのに、平気な顔してる方がおかしいと思うのですが……というか、私はもうあなたとは口を利かないことにしてますので……あっ」
話しかけられてしまい答えてしまった結はハッとして口を抑えるがもう遅い。しかし、乃慧流はそんな結の失言を気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに微笑んでいた。その反応に結はまたため息をつくのだった。
「はぁ……」
「あらあら、結局口を利いてくださるのですね。結さんのそういうお優しいところ、わたくしは死ぬほど大好きですわよ?」
「私はあなたのことを死ぬほど嫌いですが」
「まーたまた、照れちゃって可愛いですわね~」
乃慧流は結の憂鬱などつゆも気にすることなくいつも通りうるさい。
「照れているのではなく、呆れているのですわ。ここまで拒絶されて、それでもなお付きまとってくる図太い神経は一体どういう構造をしているのやら」
「それは、愛の力ですわ!」
「はぁ……」
結はまた大きなため息をつく。
「満足したら早くご自分の教室に戻ってくださいまし」
そう言って乃慧流を教室から追い出そうと試みるが、彼女は結のそばから離れようとしない。それどころか「今日も一緒にお昼をいただきましょうね! わたくし、結さんにお弁当召し上がっていただくの楽しみにしてましたの!」と勝手に話を進めている始末である。まともに相手をするのも馬鹿らしくなった結は、もうどうでもよくなって自分の席へと向かい、そのまま机に突っ伏した。
「あら、結さん? どうなさいましたの? 体調が悪いのですか?」
「ええ、あなたのせいで体調は最悪ですわ」
「まあ! それはきっと恋のせいですわ! 恋わずらいというやつですわね」
顔を上げ、半ば諦めるようにそう返答してしまうが、それに対して乃慧流は嬉しそうに微笑むのだった。
ああ駄目だ……あの完璧無防備な笑顔を見ているとどうしてもこちらの気が緩む。結が自分の伴侶であると信じて疑わないような純粋で真っ直ぐで……それでいて溢れる欲望を必死に抑えてるような複雑な乃慧流の表情。
どうにかしなければと思いながらも、どうすれば彼女を追い払うことできるのか困ってしまうし、なにも思いつかず途方に暮れるのみ……。
「はぁ……」
「あら、またため息ですの? 本当にお疲れなのですね……。では結さん! そんな時はこのわたくしにお任せくださいな!」
(いや、あなたのせいで疲れてるんですのよ)
そう言いたいが、言っても無駄なのは昨日学んだのでもう言わない。しかし乃慧流はそんな結の葛藤などお構いなしに、マッサージと称して結の身体を触り倒しはじめた。その気力も無い結はしばらくは好きにさせていたが、手つきが次第に『撫でる』というより『くすぐる』ような変な感じになっていったのを静止すべく口を開いたのだが──
「あの……」
「素晴らしいですわ!」
「え、なんて?」
「あぁ、結さんの尊さに比べたら他の有象無象の人間のなんと醜いことか……!」
「多方面を敵に回しかねない発言は辞めてくださる!?」
結が乃慧流にツッコミを入れたのとほぼ同時にチャイムが鳴り響き、彼女は名残惜しそうに手のひらをわきわきさせながら自分の教室へと戻っていったのだった。
「はぁ……先が思いやられますわ……」
そんな呟きは誰の耳に届くこともなく教室のざわめきの中に消えていくのだった。
☆
「私、決めましたわ」
「何をですの?」
昼休み、いつも通り屋上で弁当を広げる結はなにかを決心したような表情をしていた。
「引いてダメなら押してみろ。ですわね」
「ほう?」
「というわけで乃慧流さん、覚悟はよろしいですわね?」
真の目的は乃慧流を諦めさせること。結の素っ気ない態度が乃慧流を惹き付けているのであれば、逆に結からアプローチを繰り返せば乃慧流は萎えて諦めてくれるだろう──と考えた。
「何が起こるんですの? 楽しみですわ!」
「まあ、そう余裕ぶっていられるのも今のうちです」
結は努めて不敵な笑みを浮かべるようにしながら、弁当を傍らに置いて乃慧流に向き直る。
そして、すぐさま彼女に飛びかかった。
「わっ……!」
乃慧流は予想よりも簡単に、結の小さな身体で押し倒すことができた。少し拍子抜けしながらも、結は乃慧流を押し倒したこの状況を使って我にもなくわがままを言い渡してしまったのだった。
「これからは、あなたの好きなようにはさせませんわ」
いつもの無表情はどこへ行ったのか、その言葉には力が込められていた。しかしその一方どこか寂しさ──諦めのようなものを伴っていた気がするのは気のせいか、結はそれを軽く咳払いをすることで打ち消し、更なる追撃の言葉を投げかける。
「あなた、私のことを誤解してますわよ。私はあなたが想像しているような、やられたらされるがままになっているような女じゃないということを……、これから先たっぷりと思い知っていただきますから!」
それはまさしく宣言だった。すると一瞬、何が起こったのか乃慧流には訳もわからず、呆然とフリーズしてしまっていたが、やがて彼女が返した反応は、結の想像の及ばないものだった。
乃慧流は表情をだらしなく緩めると、頬を染めながら何かを期待するような視線を結に向けてくる。
「……ええ、いいですわよ。結さんの好きになさってくださいまし」
「えっ……?」
結は乃慧流の予想外の反応に驚くが、しかしすぐに気を取り直す。
「ええそうですわ。私はあなたの思い通りにはなりません。……だから、あなたも私の言うことをちゃんと聞くんですのよ?」
「ええ! もちろんですわ! どんなプレイでもドンと来いですわよ」
「プレイって」
乃慧流の予想外のテンションにむしろ結の方が萎えるような、ある意味真逆の精神状態である。
だが、結は一度口にしたことを引っ込めるなどということは主義に反していた。引くことをしない限り必ず刺し違えるぐらいの覇気や獣性を表現しなければ乃慧流は繰り返し来襲して素行はさらに悪化、濁りまくった愛情という名の打算論を叩き込まれるに決まっている、と覚悟を決めていたのである。
「それならいいんですの。さて、どんなことをして差し上げましょうか」
「はぁ……」
翌日、御幣島に送られて校門にたどり着いた結は、そこで待っていた乃慧流の姿を目にしてため息をついた。金輪際関わりたくないと伝えたはずなのに、乃慧流は相変わらず笑顔で朝の挨拶とともに元気に飛びついてくるのだった。
「結さん! おはようございますですわ! 聞いてくださいまし、今日は結さんのために手作りお弁当を……! これでわたくしたちは名実共にカップルとなって堂々とイチャイチャを──」
「気持ち悪いですわ。どっか行ってくださいまし」
結は吐き捨てるようにそう言うと足早に校門を通り抜ける。なるべく二人きりにならないよう急いで校舎内の教室へと向かう。
しかし乃慧流も負けじとついてくるので、結局教室まで一緒の登校になってしまった。
「はぁ……」
「あら結さん、お疲れのご様子ですがどうかしましたか?」
「いや、昨日あんなことがあったのに、平気な顔してる方がおかしいと思うのですが……というか、私はもうあなたとは口を利かないことにしてますので……あっ」
話しかけられてしまい答えてしまった結はハッとして口を抑えるがもう遅い。しかし、乃慧流はそんな結の失言を気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに微笑んでいた。その反応に結はまたため息をつくのだった。
「はぁ……」
「あらあら、結局口を利いてくださるのですね。結さんのそういうお優しいところ、わたくしは死ぬほど大好きですわよ?」
「私はあなたのことを死ぬほど嫌いですが」
「まーたまた、照れちゃって可愛いですわね~」
乃慧流は結の憂鬱などつゆも気にすることなくいつも通りうるさい。
「照れているのではなく、呆れているのですわ。ここまで拒絶されて、それでもなお付きまとってくる図太い神経は一体どういう構造をしているのやら」
「それは、愛の力ですわ!」
「はぁ……」
結はまた大きなため息をつく。
「満足したら早くご自分の教室に戻ってくださいまし」
そう言って乃慧流を教室から追い出そうと試みるが、彼女は結のそばから離れようとしない。それどころか「今日も一緒にお昼をいただきましょうね! わたくし、結さんにお弁当召し上がっていただくの楽しみにしてましたの!」と勝手に話を進めている始末である。まともに相手をするのも馬鹿らしくなった結は、もうどうでもよくなって自分の席へと向かい、そのまま机に突っ伏した。
「あら、結さん? どうなさいましたの? 体調が悪いのですか?」
「ええ、あなたのせいで体調は最悪ですわ」
「まあ! それはきっと恋のせいですわ! 恋わずらいというやつですわね」
顔を上げ、半ば諦めるようにそう返答してしまうが、それに対して乃慧流は嬉しそうに微笑むのだった。
ああ駄目だ……あの完璧無防備な笑顔を見ているとどうしてもこちらの気が緩む。結が自分の伴侶であると信じて疑わないような純粋で真っ直ぐで……それでいて溢れる欲望を必死に抑えてるような複雑な乃慧流の表情。
どうにかしなければと思いながらも、どうすれば彼女を追い払うことできるのか困ってしまうし、なにも思いつかず途方に暮れるのみ……。
「はぁ……」
「あら、またため息ですの? 本当にお疲れなのですね……。では結さん! そんな時はこのわたくしにお任せくださいな!」
(いや、あなたのせいで疲れてるんですのよ)
そう言いたいが、言っても無駄なのは昨日学んだのでもう言わない。しかし乃慧流はそんな結の葛藤などお構いなしに、マッサージと称して結の身体を触り倒しはじめた。その気力も無い結はしばらくは好きにさせていたが、手つきが次第に『撫でる』というより『くすぐる』ような変な感じになっていったのを静止すべく口を開いたのだが──
「あの……」
「素晴らしいですわ!」
「え、なんて?」
「あぁ、結さんの尊さに比べたら他の有象無象の人間のなんと醜いことか……!」
「多方面を敵に回しかねない発言は辞めてくださる!?」
結が乃慧流にツッコミを入れたのとほぼ同時にチャイムが鳴り響き、彼女は名残惜しそうに手のひらをわきわきさせながら自分の教室へと戻っていったのだった。
「はぁ……先が思いやられますわ……」
そんな呟きは誰の耳に届くこともなく教室のざわめきの中に消えていくのだった。
☆
「私、決めましたわ」
「何をですの?」
昼休み、いつも通り屋上で弁当を広げる結はなにかを決心したような表情をしていた。
「引いてダメなら押してみろ。ですわね」
「ほう?」
「というわけで乃慧流さん、覚悟はよろしいですわね?」
真の目的は乃慧流を諦めさせること。結の素っ気ない態度が乃慧流を惹き付けているのであれば、逆に結からアプローチを繰り返せば乃慧流は萎えて諦めてくれるだろう──と考えた。
「何が起こるんですの? 楽しみですわ!」
「まあ、そう余裕ぶっていられるのも今のうちです」
結は努めて不敵な笑みを浮かべるようにしながら、弁当を傍らに置いて乃慧流に向き直る。
そして、すぐさま彼女に飛びかかった。
「わっ……!」
乃慧流は予想よりも簡単に、結の小さな身体で押し倒すことができた。少し拍子抜けしながらも、結は乃慧流を押し倒したこの状況を使って我にもなくわがままを言い渡してしまったのだった。
「これからは、あなたの好きなようにはさせませんわ」
いつもの無表情はどこへ行ったのか、その言葉には力が込められていた。しかしその一方どこか寂しさ──諦めのようなものを伴っていた気がするのは気のせいか、結はそれを軽く咳払いをすることで打ち消し、更なる追撃の言葉を投げかける。
「あなた、私のことを誤解してますわよ。私はあなたが想像しているような、やられたらされるがままになっているような女じゃないということを……、これから先たっぷりと思い知っていただきますから!」
それはまさしく宣言だった。すると一瞬、何が起こったのか乃慧流には訳もわからず、呆然とフリーズしてしまっていたが、やがて彼女が返した反応は、結の想像の及ばないものだった。
乃慧流は表情をだらしなく緩めると、頬を染めながら何かを期待するような視線を結に向けてくる。
「……ええ、いいですわよ。結さんの好きになさってくださいまし」
「えっ……?」
結は乃慧流の予想外の反応に驚くが、しかしすぐに気を取り直す。
「ええそうですわ。私はあなたの思い通りにはなりません。……だから、あなたも私の言うことをちゃんと聞くんですのよ?」
「ええ! もちろんですわ! どんなプレイでもドンと来いですわよ」
「プレイって」
乃慧流の予想外のテンションにむしろ結の方が萎えるような、ある意味真逆の精神状態である。
だが、結は一度口にしたことを引っ込めるなどということは主義に反していた。引くことをしない限り必ず刺し違えるぐらいの覇気や獣性を表現しなければ乃慧流は繰り返し来襲して素行はさらに悪化、濁りまくった愛情という名の打算論を叩き込まれるに決まっている、と覚悟を決めていたのである。
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