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第29話 罠

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 トルステンとアーベルの二人も戦闘を終え、涼しい顔をしている。七聖剣にとってはこの程度の魔物など雑魚同然なのだ。
 だが、異変が起きたのはその直後のことだった。

「なんだこれは……」

 最初に気づいたのはアーベル。ルナも遅れてそれに気づく。
 二人の身体を纏っている鎧が淡く輝き始めた。すると、次第に力が抜けていき立っていることすら難しくなっていく。

「これは……ドラゴンの魔法?」

 ルナは膝をつきながら呟いた。

「なんとも面妖な……! おそらく、我々の体内に何か細工をしたに違いない」

 額に脂汗を浮かべるトルステンが呟く。

「ちっ……こんなことだろうと思ったぜ」

 忌々しげに呟いたアーベルの表情は険しい。そんな二人にルナは声をかけた。

「大丈夫ですか?」
「うむ、ルナ嬢こそ。動けるか?」
「えぇ、まだ何とか」

 そう答えた瞬間、さらに脱力感が増す。
 まずい……このままでは……。ルナは危機感を覚えた。しかし、もはや立ち上がることも難しい。

(魔法を解除するには術者──つまりドラゴンを倒すしかありません。……でも)

 それは絶望的な戦いを意味するだろう。そもそもドラゴンの姿が見当たらない。おそらくこの巣穴の奥に眠っていると思われるのだが、今からこの中に突入するだけの余力は彼女に残されていなかった。
 それに、たとえドラゴンの居場所を突き止めたところで今の自分では太刀打ちできるかどうかわからない。

(一体どうすれば……!?)

 最悪の事態を想定して、ルナの顔色がみるみると青ざめていく。しかし、そのとき──


「あらあら、王国最強の七聖剣の皆さんではありませんか」

 どこからともなく女の声が聞こえてきた。
 その聞き覚えのある艶っぽい声音に、アーベルが舌を打つ。

「てめぇは……ッ!」

 アーベルが鋭い眼光を向ける先に佇んでいたのは、純白の法衣に身を包んだ絶世の美女。まるで計算し尽くされたような造形美と魅惑的な肢体を持つ『聖フランシス教団』の大司教であるクリスティーナその人であった。

 クリスティーナは立ち上がることもままならない騎士たちの間を悠々と歩きながら口を開く。

「対竜部隊は勇猛果敢にドラゴンの巣穴に突入、ついに休眠から覚めたドラゴンと相対するが、その強大な力には敵わずに全滅。──それが私の考えたシナリオです」
「てめぇ! オレたちをハメやがったな!」

 アーベルが叫ぶが、クリスティーナは悪びれた様子もない。

「何を仰います? 私は教団に仇なす人物を始末しているだけですよ? あなた方がちょこまかと教団を邪魔しているようにね」
「黙れよクソアマがァ!」

 アーベルは怒号とともに炎魔法を発動させる。すると、彼の手のひらに渦巻いていた灼熱の業火が一直線に放たれた。しかし、

「無駄だとわかっていてなぜ攻撃するのです?」

 くすっと嘲笑したクリスティーナの全身を淡い光の膜のようなものが覆っていることに気づく。

「結界魔法、か。小賢しい真似をしやがって……」

 吐き捨てるように言うアーベル。それを見たクリスティーナは微笑みをたたえると、今度はルナに歩み寄ってきた。少しでも時間を稼ごうと、ルナはクリスティーナに問いかける。

「あの魔法はあなたの力ですね?」
「ええ正解です。協力者を使ってあなた方の鎧に少々細工をさせていただきました。しかし、それを知ったところでどうするというのです? いずれにせよ、あなた方はここで死ぬのですから」
「……っ!」

「さて、お姫様はドラゴンへの生贄となっていただくとしますか。その魔力を差し出せばドラゴンはきっと──」

 そう言いかけて、妖しく輝く金色の瞳をルナに向ける。
 そのあまりの美しさと不気味さに、彼女はゴクリと息を呑む。だが、恐怖を感じている場合ではない。どうにかしてここから逃げ出さなければ……。だが、ルナのそんな考えを見透かすかのようにクリスティーナが囁いた。

「あぁ、逃げたければ構いませんよ。ただその場合、この場にいる全員を殺すだけですので」
「……!」

 クリスティーナの言葉を聞いた途端、ルナは目を大きく見開いた。同時にアーベルの身体がビクッと震える。

「卑怯ですよ!」

 悔しそうに唇を噛み締めるルナに、アーベルがぼそりと呟く。

「すまねぇ、ルナ嬢……」

 申し訳なさそうな顔のアーベルに、ルナは無言で首を横に振った。そんな二人のやり取りを見て、クリスティーナはクスリと笑う。

「七聖剣第六席、ルナ・サロモン。あなたは私が欲しがっているもののありかをご存知ですね? それを教えていただければ見逃してあげましょう」
「な、なんのことですか?」
「とぼけても無駄ですよ。『リジェネレーション』と『ライフドレイン』のスキルを持った少年少女の行方です。あれらは本来私のものですので」

 ルナはギリッと歯ぎしりをした。

「知りませんね」
「そうですか。では身体に聞いてみるとしますね」

 クリスティーナは幼いルナの身体を舐めるようにじっくりと眺め回したあと、彼女の顎に手を添えて上向かせる。そして、ゆっくりと顔を近づけてきた。その意図を悟ったルナは慌てて叫ぶ。

「やめてください! わたしに触らないで!」
「うふふ、威勢の良い子ですね。でも無駄ですよ。私の力で屈服するまでです」

 そう言って、艶かしい舌なめずりするクリスティーナ。すると、ルナはゾワワッとした悪寒に襲われる。

(な、何!? 気持ち悪い……)

 思わず身震いしてしまうほどの嫌悪感。得体の知れない女にいいように弄ばれていることに対する強い抵抗感があった。だが、それがクリスティーナの力によって支配され、少しずつ快感へと変わっていくことに彼女は気づく。

「……ん……あっ」

 漏れ出た声が自分のものと思えないほど甘美なもので、ルナはハッと我に返った。頬を紅潮させながら、恥ずかしげにクリスティーナから視線を外す。

(こ、これはまずい……このままじゃ本当に……)

 しかし、いくら理性で抗おうとしても力が入らない。クリスティーナの魔の手から逃れようと身を捩らせることしかできなかった。それでも徐々に高まる官能に耐え切れずに膝をつく。その様子を見下ろしてクリスティーナはくすりと笑った。

「おや、もう感じてしまいましたか? まだ何もしていないのに。困ったものですね」
「ち、違います。あなたのせいではありません。あなたのことが大嫌いだからです!」
「ほう? この状況でよくもまあそこまで強気に出られますね」
 クリスティーナは蔑むような眼差しを向けると、再びルナの顔を持ち上げる。

「やめてください! 離して!」
「まったく、減らず口の多いお姫様です。さて、それではあなたがどこまで耐えられるか見せてもらいましょう」

 そう言うと、クリスティーナはさらに顔を近づけてきた。鼻先が触れ合うような距離まで接近した美貌の悪魔が耳元で囁く。

「堕ちてしまいなさい」
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