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第8話 アロイスの野望
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「何をなさるんですかっ!」
「セシリア殿を俺だけのものにする」
「やめてください……!離してくださ……」
お嬢様が身を捩って抵抗するも、アロイスはそれをものともせずに組み敷いたまま、乱暴に唇を重ねてきた。
お嬢様が嫌がるように暴れると、今度はその頬をバチンッと音がするほど強く打った。
「痛いっ」
「おとなしくしろ。どうせいつかはこうなるんだ」
「そんな……。私はただあなたの言う通りにしようと……」
「悪いな、許せ。これもセシリア殿の身を守るためなのだ」
アロイスはお嬢様を押さえつけたまま懐からナイフ取り出す。
「おやめください!」
彼がやろうとしていることを理解した私は咄嗟に止めに入ろうとしたが、アロイスに制される。
「メイドは手を出すな!」
「……っ!」
私のことなど眼中に無いかのように一蹴された私は呆然とその場に立ち尽くしてしまう。……お嬢様が傷つけられるくらいなら、私が代わりに刺されて死んでもいいのに。
だが、アロイスは私の覚悟など無視して、ナイフの刃先をお嬢様の右目の下に突きつけた。そしてニヤリと笑うと一気に力を込めて、右目の下から左顎にかけて容赦なく切り裂いた。
「うぅっ……」
ベッドに鮮血が飛び散り、お嬢様が苦しそうに身を捩らせる。その様子を見て興奮しているのか、アロイスの顔は赤く上気していた。お嬢様の血を舐めると、「美しい……まるで天使のようだ」などと呟いていた。狂人だとしか思えなかった。それでも、私は彼の命令どおり動くことができなかった。私が止めに入ればアロイスは何をするか分からない。お嬢様を取られると思って彼女を殺すかもしれない。……そう思わせるだけの狂気があったのだ。
結局、お嬢様の顔に傷をつけたアロイスは満足したようで、私たちを部屋から退出させた。
お嬢様の部屋に戻って彼女の顔を見れば、綺麗だった顔は斜めに横切る大きな傷で見るも無残な状態だった。薬を塗って包帯を巻き、治療は施したものの、傷跡は一生残るだろう。
「お嬢様……」
「大丈夫ですよ。これくらい何ともありません」
私を心配させまいと、強がってみせるがとてもじゃないが痛々しい姿だ。それより……と前置きしてからお嬢様は話し始める。
「私には、物語に描かれるような心躍るような恋愛など、する権利がないのでしょうね……」
お嬢様は自分の身体にコンプレックスを抱いていることを知っていたが、こんなにも卑下することはなかった。それだけ今回の件はお嬢様の心に大きな傷を残したのだろうか。
「いいえ。そんなことはございません。たとえどんなことが起ころうと、お嬢様は素敵な女性です」
「慰めはいいんですよ。あの人に一瞬でも期待してしまった、私がいけないのです」
「アロイス公のこと、お慕いされていたのですか?」
「さぁ? 分かりません。でも、あの人ならもしやと心の中で思っていたのでしょう」
「お嬢様が愛されているのは事実だと思いますが……」
「でもそれは歪んだ愛情でした。私としたことが完全に見誤っていた。これほどの独占欲は、書物にはそうそう描かれませんでしたから。……誰も、私のことを心の底から愛してはくれないようです」
お嬢様は自嘲気味に笑いながらそう言うと、窓辺に寄って行き、外を眺めながら何か物思いにふけているようだった。私はそれ以上何も言えずに黙っているしかなかった。
アロイスがお嬢様を他の人に取られるのを恐れるあまり、お嬢様の顔を傷つけるなどという行動をとったのは私にも理解できた。彼は本当は弱い人間なのだろう。だからこそお嬢様に頼り、お嬢様は彼の期待に応えようとしている。
……だが、それが結果的にお嬢様の自由を奪う行為に繋がるなんて!
お嬢様は人並みの幸せと、自由を望んだだけだった。なのに、貴族という立場と病気がそれを許さなかった。アロイスはお嬢様をただの都合の良い道具としか見ていなかった。それが私にはたまらなく辛かった。
もし神というものが存在しているのなら、なんて無慈悲で残酷なのだろう。
顔に包帯を巻いたまま物思いにふけるお嬢様は、酷く悲しげだった。今なら私にもお嬢様の気持ちが分かる気がする。信じていたものに裏切られることほど、胸が苦しくなることはない。
「私は何があってもお嬢様の味方です」
私の呟きが聞こえたのか、こちらを振り向かず「ありがとうございます」とだけ言うお嬢様。その表情は見えないけれど、声は微かに震えてるように感じた。
☆
お嬢様の顔が切り裂かれて数日後、再びアロイスからの呼び出しがあった。私は乗り気ではなかったもののお嬢様が行くというので、車椅子に乗せてアロイスの自室を訪ねる。
今度アロイスがお嬢様に変なことしてきたら首が飛ぶのを覚悟で止めに入ろうと心に決め、部屋に入る。
アロイスはいつものようにソファに腰掛けて待っていた。その表情は険しく、何かを思い悩んでいるようにも思える。お嬢様と目が合うと、「来てくれたか」と言って微笑みかけてきた。先日とはまるで別人のような態度である。だが、私の警戒心は変わらない。
お嬢様をテーブルの反対側に座らせると、私は少し離れた場所に立って二人を見守ることにした。
最初に口を開いたのはアロイスだった。
「よく来てくれたなセシリア殿」
「公爵であるアロイス様からのお誘いを私ごときが断れるわけがありません」
「……そうだったな。すまなかった。俺は今まで自分勝手に生きてきたが、今回ばかりはどうしても謝りたかったのだ」
「何を仰っているのか分かりません」
「この前は怖がらせてしまって申し訳ない。お前の美しい顔を見た時……なぜか恐怖を感じてしまったのだ」
アロイスはどうやら本気でお嬢様のことを愛しているようだ。しかし、愛しているからといって他人を傷つけ、監禁するのはやりすぎではないだろうか。お嬢様が抵抗できないのを良いことに自分の思うままに扱うなど……。
私が腹を立てていることに気付いたのか、お嬢様が目で落ち着くようにと促してくる。ここで怒りをあらわにしても何も解決しないのは分かっていたが、お嬢様を傷付けた相手に同情することはできなかった。
アロイスは続ける。
「その上で頼みがある。──俺に協力してくれるか?」
協力……? 訝る私だったが、お嬢様は淡々と尋ね返した。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「俺には野望がある。この国を乗っ取り、ゆくゆくは大陸全土を支配するという大きな野望がな」
「セシリア殿を俺だけのものにする」
「やめてください……!離してくださ……」
お嬢様が身を捩って抵抗するも、アロイスはそれをものともせずに組み敷いたまま、乱暴に唇を重ねてきた。
お嬢様が嫌がるように暴れると、今度はその頬をバチンッと音がするほど強く打った。
「痛いっ」
「おとなしくしろ。どうせいつかはこうなるんだ」
「そんな……。私はただあなたの言う通りにしようと……」
「悪いな、許せ。これもセシリア殿の身を守るためなのだ」
アロイスはお嬢様を押さえつけたまま懐からナイフ取り出す。
「おやめください!」
彼がやろうとしていることを理解した私は咄嗟に止めに入ろうとしたが、アロイスに制される。
「メイドは手を出すな!」
「……っ!」
私のことなど眼中に無いかのように一蹴された私は呆然とその場に立ち尽くしてしまう。……お嬢様が傷つけられるくらいなら、私が代わりに刺されて死んでもいいのに。
だが、アロイスは私の覚悟など無視して、ナイフの刃先をお嬢様の右目の下に突きつけた。そしてニヤリと笑うと一気に力を込めて、右目の下から左顎にかけて容赦なく切り裂いた。
「うぅっ……」
ベッドに鮮血が飛び散り、お嬢様が苦しそうに身を捩らせる。その様子を見て興奮しているのか、アロイスの顔は赤く上気していた。お嬢様の血を舐めると、「美しい……まるで天使のようだ」などと呟いていた。狂人だとしか思えなかった。それでも、私は彼の命令どおり動くことができなかった。私が止めに入ればアロイスは何をするか分からない。お嬢様を取られると思って彼女を殺すかもしれない。……そう思わせるだけの狂気があったのだ。
結局、お嬢様の顔に傷をつけたアロイスは満足したようで、私たちを部屋から退出させた。
お嬢様の部屋に戻って彼女の顔を見れば、綺麗だった顔は斜めに横切る大きな傷で見るも無残な状態だった。薬を塗って包帯を巻き、治療は施したものの、傷跡は一生残るだろう。
「お嬢様……」
「大丈夫ですよ。これくらい何ともありません」
私を心配させまいと、強がってみせるがとてもじゃないが痛々しい姿だ。それより……と前置きしてからお嬢様は話し始める。
「私には、物語に描かれるような心躍るような恋愛など、する権利がないのでしょうね……」
お嬢様は自分の身体にコンプレックスを抱いていることを知っていたが、こんなにも卑下することはなかった。それだけ今回の件はお嬢様の心に大きな傷を残したのだろうか。
「いいえ。そんなことはございません。たとえどんなことが起ころうと、お嬢様は素敵な女性です」
「慰めはいいんですよ。あの人に一瞬でも期待してしまった、私がいけないのです」
「アロイス公のこと、お慕いされていたのですか?」
「さぁ? 分かりません。でも、あの人ならもしやと心の中で思っていたのでしょう」
「お嬢様が愛されているのは事実だと思いますが……」
「でもそれは歪んだ愛情でした。私としたことが完全に見誤っていた。これほどの独占欲は、書物にはそうそう描かれませんでしたから。……誰も、私のことを心の底から愛してはくれないようです」
お嬢様は自嘲気味に笑いながらそう言うと、窓辺に寄って行き、外を眺めながら何か物思いにふけているようだった。私はそれ以上何も言えずに黙っているしかなかった。
アロイスがお嬢様を他の人に取られるのを恐れるあまり、お嬢様の顔を傷つけるなどという行動をとったのは私にも理解できた。彼は本当は弱い人間なのだろう。だからこそお嬢様に頼り、お嬢様は彼の期待に応えようとしている。
……だが、それが結果的にお嬢様の自由を奪う行為に繋がるなんて!
お嬢様は人並みの幸せと、自由を望んだだけだった。なのに、貴族という立場と病気がそれを許さなかった。アロイスはお嬢様をただの都合の良い道具としか見ていなかった。それが私にはたまらなく辛かった。
もし神というものが存在しているのなら、なんて無慈悲で残酷なのだろう。
顔に包帯を巻いたまま物思いにふけるお嬢様は、酷く悲しげだった。今なら私にもお嬢様の気持ちが分かる気がする。信じていたものに裏切られることほど、胸が苦しくなることはない。
「私は何があってもお嬢様の味方です」
私の呟きが聞こえたのか、こちらを振り向かず「ありがとうございます」とだけ言うお嬢様。その表情は見えないけれど、声は微かに震えてるように感じた。
☆
お嬢様の顔が切り裂かれて数日後、再びアロイスからの呼び出しがあった。私は乗り気ではなかったもののお嬢様が行くというので、車椅子に乗せてアロイスの自室を訪ねる。
今度アロイスがお嬢様に変なことしてきたら首が飛ぶのを覚悟で止めに入ろうと心に決め、部屋に入る。
アロイスはいつものようにソファに腰掛けて待っていた。その表情は険しく、何かを思い悩んでいるようにも思える。お嬢様と目が合うと、「来てくれたか」と言って微笑みかけてきた。先日とはまるで別人のような態度である。だが、私の警戒心は変わらない。
お嬢様をテーブルの反対側に座らせると、私は少し離れた場所に立って二人を見守ることにした。
最初に口を開いたのはアロイスだった。
「よく来てくれたなセシリア殿」
「公爵であるアロイス様からのお誘いを私ごときが断れるわけがありません」
「……そうだったな。すまなかった。俺は今まで自分勝手に生きてきたが、今回ばかりはどうしても謝りたかったのだ」
「何を仰っているのか分かりません」
「この前は怖がらせてしまって申し訳ない。お前の美しい顔を見た時……なぜか恐怖を感じてしまったのだ」
アロイスはどうやら本気でお嬢様のことを愛しているようだ。しかし、愛しているからといって他人を傷つけ、監禁するのはやりすぎではないだろうか。お嬢様が抵抗できないのを良いことに自分の思うままに扱うなど……。
私が腹を立てていることに気付いたのか、お嬢様が目で落ち着くようにと促してくる。ここで怒りをあらわにしても何も解決しないのは分かっていたが、お嬢様を傷付けた相手に同情することはできなかった。
アロイスは続ける。
「その上で頼みがある。──俺に協力してくれるか?」
協力……? 訝る私だったが、お嬢様は淡々と尋ね返した。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「俺には野望がある。この国を乗っ取り、ゆくゆくは大陸全土を支配するという大きな野望がな」
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