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第4話 魔女として処刑されることに……
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「お嬢様、失礼なことを申し上げてもよろしいでしょうか?」
再び静寂が支配した地下牢で、私はセシリアお嬢様に声をかけた。
「失礼だと分かっているのならやめておきなさい。それに、私はあなたの言いたいことがだいたいわかりますよ、エミリーさん」
その言葉に、私は一瞬何も言えなくなってしまう。しかし、どうしても伝えなければ……この、聡明で愚かな主人が身を滅ぼしてしまう前に!
「恐れながら! お嬢様はご自分の身体をもっと大切にされた方がよいかと!」
「……」
お嬢様は何も言わずに、ただ悲しそうに目を伏せた。
「お嬢様のお身体はお嬢様だけのものではないのです! 今お嬢様に倒れられては──」
「それはわかっています!」
突然大きな声で話を遮られてしまい、私は驚いて口を閉ざす。すると、セシリアお嬢様が申し訳なさそうに謝った。
「怒鳴ってしまってすみませんでした。けれど、あなたの言いたいことはわかっているつもりです。領民やフレデリカ嬢のためにも私はランベール様を宥める役を担わなければならない。……この不自由な身体でも、やるべきことはたくさんある。──それはわかっているのです」
私はそんなことをお嬢様には求めていない。
思わず唇を噛む。私の考えていることは単にお嬢様にこれ以上傷ついて欲しくない、それだけだった。
けれど、きっと聡明お嬢様には私の自己中心的な考えはわからないのだろう。彼女はもっとずっと先を──無学な私は見ることができないような景色を見据えているのだから。
「私の身体などどうなってもいい。私の身一つで領民の生活が守られるのであれば、いくらだって利用すればいいんです」
お嬢様の口から出たその言葉を耳にして愕然とする。
「ですから、お願いです。エミリーさん……どうか私を哀れだなんて思わないでください。私に着いていけないと思ったら、すぐにでも別の主を探していただいて構いません。私のせいであなたが傷つくのだけは絶対に嫌です」
「何を仰るのですか!? 私はお嬢様のメイドですよ? 一生お嬢様の側にいると誓ったではありませんか!」
私が必死になって訴えると、お嬢様は少し困ったように笑った。
「そうでしたねごめんなさい。……ならば、もう少し待っていていただけますか? 私の読みではもうすぐここから出られると思いますので」
「えっ? それはどういう……?」
「ふふっ、秘密です。でも少しだけヒントを。──王家はなかなか反乱を鎮められないランベール様をそのままにしておくでしょうか?」
人差し指を口に当てて笑うお嬢様の顔はとても美しかったが、私は彼女の発言の意味がわからず困惑するばかりであった。
☆
セシリアお嬢様の言葉の意味がわかったのは翌日のことだった。突然激しく靴を踏み鳴らす音がして、地下牢にランベールが部下を伴って現れたのだ。
その様子は酷く慌てているようで、息も荒かった。
そしてランベールは牢の中のセシリアお嬢様を見るなり、「貴様ぁ!」と叫んで鉄柵を掴んだ。お嬢様は驚いた様子もなく小さく微笑んだ。
「どうかされましたか? ランベール様?」
「白々しいぞ! 貴様が王家と通じてこのような書状を送らせたのであろう!」
そう言いながらランベールが広げたのは王家の紋章入りの便箋だった。そこには、丁寧な文字が書かれている。
『三月のうちに領内の反乱を鎮められなかった場合、オージェ領は接収し、以後王家の直属領として治めるものとする』
お嬢様がわざとらしくため息をつく。
「やはりそうでしたか。困りましたね……。しかし、これは私が謀ったことではありません」
「嘘をつくでない!」
「本当です。私は地下牢に閉じ込められた状態で城の外と連絡を取る手段など持ち合わせていません」
「……」
ランベールは険しい顔で黙ってしまう。その隙に、セシリアお嬢様が続ける。
「私はずっと、オージェ領とランベール様を思って行動しておりました。このような事態にならないように、ご助言も差し上げようとしたのに、聞き入れていただけなかった……」
お嬢様の声が震え始める。お嬢様は泣いていた。だけれど、私には何故かそれが演技だとわかった。
涙を流すお嬢様の肩に、ランベールがそっと手を置いた。
「いや、その……疑ってすまんかった。やはりワシには貴様の策が必要なようだ。……認めたくは無いがな」
その言葉を聞いた時、私は驚いた。あれほどお嬢様に辛く当たっていたランベールが、どういう風の吹き回しだろうか? 彼はそこまで追い詰められているというのだろうか?
「ありがとうございます、ランベール様。……この状況からできるだけランベール様の立場を悪くせずに反乱を鎮める方法が一つだけあります」
「──なんだと!?」
ランベールの目が期待に輝く。この期に及んでも、起死回生の策を持っているお嬢様には、私も驚くしかなかった。本当にそのような事が可能なのだろうか?
「はい。ランベール様に領民を大切にすることを約束していただけたのなら、すぐにでもそれを実行に移したいと思います」
それを聞いたランベールは苦虫を100匹ほど噛み潰したような表情をしながらも渋々頷いた。もう、これしか道がない。セシリアお嬢様に縋るしかないというのはランベールも分かっているのだろう。
「……約束しよう。だからその策とやらを教えてくれ!」
セシリアお嬢様はにっこりと笑みを浮かべた。そして、ランベールに策を耳打ちする。全てを聞いたランベールは信じられないといった様子だった。
「貴様……正気か? そんなことをしては……」
「いいえ、これが恐らく最善手です。──散々虐げられてきた領民の怒りを鎮めるには、誰かが人身御供になるしかありません」
「……しかし、それでは貴様は」
「今までありがとうございました」
最後にセシリアお嬢様がランベールの耳元で呟くと、彼はそれ以上何も言えなくなってしまった。
☆
数日後、城の中にあるオージェ邸の前には、多くの領民が集まっていた。
皆、「ランベールに取り入って誑かし、領民を虐げるよう仕向けて贅の限りを尽くしていた魔女、セシリア・オージェ」の処刑を見物に来ているのだ。
やはりというか、領民の不満は凄まじいものがあり、さっさとあの魔女を殺せと騒いでいる。領民たちに紛れてその様子を見ていた私は胸が痛くなった。
お嬢様は悪くないのに、なぜこれほどまでに罵倒されなければならないのか。どうしてお嬢様がこんな目に遭う必要があるのだろうか……。
やがて、お嬢様がランベールやオージェ伯爵家の私兵に連れられて広場に姿を現した。ボロボロのみすぼらしい服を着せられ、縄で身体を縛られ、おまけに服から覗く肌には痣が目立つ。痛々しい姿だった。
「セシリアお嬢様……」
思わず私が声を漏らす。
領民たちからは「あいつだ! あいつが魔女だ!」「俺たちから好き勝手税を搾り取りやがって!」と口々に不満の声が上がった。中には石を投げる者まで現れる始末だ。
そうこうしているうちにお嬢様の罪状を読み上げる番になったようで、ランベールが領民たちの前に立って、大声を張り上げる。
「聞けぇーいっ! これよりオージェ領を混乱に陥れた悪女、セシリア・オージェの公開処刑を執り行う!」
すると、それに呼応するように民衆たちが一層沸き立った。
「こいつは領民を苦しめただけでなくランベール様を誑かして、領地を乗っ取ろうとしていたんだ!」
「あんな綺麗な顔した小娘に騙されるとはランベール様も落ちぶれたな!」
「殺せっ!」
私はただ、黙って見ているしかなかった。
「ワシはこの魔女の呪いを自ら打ち破り、貴様ら領民のために処刑に踏み切ったのだ!」
ランベールがそう言うと、お嬢様への罵りがさらにヒートアップする。もはや誰も彼もがお嬢様のことを敵とみなしているように見えた。そして、同時に呪いをかけられていたランベールに対する同情と、自ら魔女の呪いを解いたことに対する賞賛の声も聞こえるようになった。
領民の評価は一変した。ランベールは加害者から被害者になったのだ。……お嬢様の策のおかげで。
「静粛にしろぉい! ……これからセシリアの最期の言葉を聞いてもらう!」
ランベールはお嬢様に向かって剣を向けた。
「貴様には最後のチャンスを与えてやった。それなのに我々を裏切り続けたな。これは、神に対する反逆である。よって今から串刺しの刑に処す。その罪を贖って死ぬがよい」
ランベールが高々と宣言すると同時に、彼の合図を受けた兵士が一斉に動き出した。長槍を構えてお嬢様を取り囲む。
「死ぬ前に何か言い残したことはあるか? 懺悔でもなんでも聞いてやるぞ。最後の温情だ」
お嬢様が目を瞑ったまま、首を振ったように見えた。
「──ありません」
その答えを聞いたランベールがニヤリと笑った。
「そうか、では死ぬがよい!」
ランベールの合図で、数本の槍がお嬢様の身体に突き刺さる。彼女は小さな悲鳴を上げて血を流しながら地面に倒れ込んだ。領民たちからは歓声が上がった。そして、彼女の死に様を見物しようと人がどんどん集まってくる。
「ええい近寄るな! 魔女の死体だ、呪われるぞ!?」
ランベールが大声を張り上げると、野次馬たちは恐れおののいて逃げていった。
再び静寂が支配した地下牢で、私はセシリアお嬢様に声をかけた。
「失礼だと分かっているのならやめておきなさい。それに、私はあなたの言いたいことがだいたいわかりますよ、エミリーさん」
その言葉に、私は一瞬何も言えなくなってしまう。しかし、どうしても伝えなければ……この、聡明で愚かな主人が身を滅ぼしてしまう前に!
「恐れながら! お嬢様はご自分の身体をもっと大切にされた方がよいかと!」
「……」
お嬢様は何も言わずに、ただ悲しそうに目を伏せた。
「お嬢様のお身体はお嬢様だけのものではないのです! 今お嬢様に倒れられては──」
「それはわかっています!」
突然大きな声で話を遮られてしまい、私は驚いて口を閉ざす。すると、セシリアお嬢様が申し訳なさそうに謝った。
「怒鳴ってしまってすみませんでした。けれど、あなたの言いたいことはわかっているつもりです。領民やフレデリカ嬢のためにも私はランベール様を宥める役を担わなければならない。……この不自由な身体でも、やるべきことはたくさんある。──それはわかっているのです」
私はそんなことをお嬢様には求めていない。
思わず唇を噛む。私の考えていることは単にお嬢様にこれ以上傷ついて欲しくない、それだけだった。
けれど、きっと聡明お嬢様には私の自己中心的な考えはわからないのだろう。彼女はもっとずっと先を──無学な私は見ることができないような景色を見据えているのだから。
「私の身体などどうなってもいい。私の身一つで領民の生活が守られるのであれば、いくらだって利用すればいいんです」
お嬢様の口から出たその言葉を耳にして愕然とする。
「ですから、お願いです。エミリーさん……どうか私を哀れだなんて思わないでください。私に着いていけないと思ったら、すぐにでも別の主を探していただいて構いません。私のせいであなたが傷つくのだけは絶対に嫌です」
「何を仰るのですか!? 私はお嬢様のメイドですよ? 一生お嬢様の側にいると誓ったではありませんか!」
私が必死になって訴えると、お嬢様は少し困ったように笑った。
「そうでしたねごめんなさい。……ならば、もう少し待っていていただけますか? 私の読みではもうすぐここから出られると思いますので」
「えっ? それはどういう……?」
「ふふっ、秘密です。でも少しだけヒントを。──王家はなかなか反乱を鎮められないランベール様をそのままにしておくでしょうか?」
人差し指を口に当てて笑うお嬢様の顔はとても美しかったが、私は彼女の発言の意味がわからず困惑するばかりであった。
☆
セシリアお嬢様の言葉の意味がわかったのは翌日のことだった。突然激しく靴を踏み鳴らす音がして、地下牢にランベールが部下を伴って現れたのだ。
その様子は酷く慌てているようで、息も荒かった。
そしてランベールは牢の中のセシリアお嬢様を見るなり、「貴様ぁ!」と叫んで鉄柵を掴んだ。お嬢様は驚いた様子もなく小さく微笑んだ。
「どうかされましたか? ランベール様?」
「白々しいぞ! 貴様が王家と通じてこのような書状を送らせたのであろう!」
そう言いながらランベールが広げたのは王家の紋章入りの便箋だった。そこには、丁寧な文字が書かれている。
『三月のうちに領内の反乱を鎮められなかった場合、オージェ領は接収し、以後王家の直属領として治めるものとする』
お嬢様がわざとらしくため息をつく。
「やはりそうでしたか。困りましたね……。しかし、これは私が謀ったことではありません」
「嘘をつくでない!」
「本当です。私は地下牢に閉じ込められた状態で城の外と連絡を取る手段など持ち合わせていません」
「……」
ランベールは険しい顔で黙ってしまう。その隙に、セシリアお嬢様が続ける。
「私はずっと、オージェ領とランベール様を思って行動しておりました。このような事態にならないように、ご助言も差し上げようとしたのに、聞き入れていただけなかった……」
お嬢様の声が震え始める。お嬢様は泣いていた。だけれど、私には何故かそれが演技だとわかった。
涙を流すお嬢様の肩に、ランベールがそっと手を置いた。
「いや、その……疑ってすまんかった。やはりワシには貴様の策が必要なようだ。……認めたくは無いがな」
その言葉を聞いた時、私は驚いた。あれほどお嬢様に辛く当たっていたランベールが、どういう風の吹き回しだろうか? 彼はそこまで追い詰められているというのだろうか?
「ありがとうございます、ランベール様。……この状況からできるだけランベール様の立場を悪くせずに反乱を鎮める方法が一つだけあります」
「──なんだと!?」
ランベールの目が期待に輝く。この期に及んでも、起死回生の策を持っているお嬢様には、私も驚くしかなかった。本当にそのような事が可能なのだろうか?
「はい。ランベール様に領民を大切にすることを約束していただけたのなら、すぐにでもそれを実行に移したいと思います」
それを聞いたランベールは苦虫を100匹ほど噛み潰したような表情をしながらも渋々頷いた。もう、これしか道がない。セシリアお嬢様に縋るしかないというのはランベールも分かっているのだろう。
「……約束しよう。だからその策とやらを教えてくれ!」
セシリアお嬢様はにっこりと笑みを浮かべた。そして、ランベールに策を耳打ちする。全てを聞いたランベールは信じられないといった様子だった。
「貴様……正気か? そんなことをしては……」
「いいえ、これが恐らく最善手です。──散々虐げられてきた領民の怒りを鎮めるには、誰かが人身御供になるしかありません」
「……しかし、それでは貴様は」
「今までありがとうございました」
最後にセシリアお嬢様がランベールの耳元で呟くと、彼はそれ以上何も言えなくなってしまった。
☆
数日後、城の中にあるオージェ邸の前には、多くの領民が集まっていた。
皆、「ランベールに取り入って誑かし、領民を虐げるよう仕向けて贅の限りを尽くしていた魔女、セシリア・オージェ」の処刑を見物に来ているのだ。
やはりというか、領民の不満は凄まじいものがあり、さっさとあの魔女を殺せと騒いでいる。領民たちに紛れてその様子を見ていた私は胸が痛くなった。
お嬢様は悪くないのに、なぜこれほどまでに罵倒されなければならないのか。どうしてお嬢様がこんな目に遭う必要があるのだろうか……。
やがて、お嬢様がランベールやオージェ伯爵家の私兵に連れられて広場に姿を現した。ボロボロのみすぼらしい服を着せられ、縄で身体を縛られ、おまけに服から覗く肌には痣が目立つ。痛々しい姿だった。
「セシリアお嬢様……」
思わず私が声を漏らす。
領民たちからは「あいつだ! あいつが魔女だ!」「俺たちから好き勝手税を搾り取りやがって!」と口々に不満の声が上がった。中には石を投げる者まで現れる始末だ。
そうこうしているうちにお嬢様の罪状を読み上げる番になったようで、ランベールが領民たちの前に立って、大声を張り上げる。
「聞けぇーいっ! これよりオージェ領を混乱に陥れた悪女、セシリア・オージェの公開処刑を執り行う!」
すると、それに呼応するように民衆たちが一層沸き立った。
「こいつは領民を苦しめただけでなくランベール様を誑かして、領地を乗っ取ろうとしていたんだ!」
「あんな綺麗な顔した小娘に騙されるとはランベール様も落ちぶれたな!」
「殺せっ!」
私はただ、黙って見ているしかなかった。
「ワシはこの魔女の呪いを自ら打ち破り、貴様ら領民のために処刑に踏み切ったのだ!」
ランベールがそう言うと、お嬢様への罵りがさらにヒートアップする。もはや誰も彼もがお嬢様のことを敵とみなしているように見えた。そして、同時に呪いをかけられていたランベールに対する同情と、自ら魔女の呪いを解いたことに対する賞賛の声も聞こえるようになった。
領民の評価は一変した。ランベールは加害者から被害者になったのだ。……お嬢様の策のおかげで。
「静粛にしろぉい! ……これからセシリアの最期の言葉を聞いてもらう!」
ランベールはお嬢様に向かって剣を向けた。
「貴様には最後のチャンスを与えてやった。それなのに我々を裏切り続けたな。これは、神に対する反逆である。よって今から串刺しの刑に処す。その罪を贖って死ぬがよい」
ランベールが高々と宣言すると同時に、彼の合図を受けた兵士が一斉に動き出した。長槍を構えてお嬢様を取り囲む。
「死ぬ前に何か言い残したことはあるか? 懺悔でもなんでも聞いてやるぞ。最後の温情だ」
お嬢様が目を瞑ったまま、首を振ったように見えた。
「──ありません」
その答えを聞いたランベールがニヤリと笑った。
「そうか、では死ぬがよい!」
ランベールの合図で、数本の槍がお嬢様の身体に突き刺さる。彼女は小さな悲鳴を上げて血を流しながら地面に倒れ込んだ。領民たちからは歓声が上がった。そして、彼女の死に様を見物しようと人がどんどん集まってくる。
「ええい近寄るな! 魔女の死体だ、呪われるぞ!?」
ランベールが大声を張り上げると、野次馬たちは恐れおののいて逃げていった。
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