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第2章 姉妹契約

Act.20 ヒーロー(佐紀)

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 アンナは佐紀をグラウンドの端に誘った。瑞希が作った円の中では代わりに玲果と真莉の2人が対峙する。

 佐紀が興味を持つのはいつだって自分より明らかに強い相手だった。その相手を見て学び、技を自分のものにして強くなってやるという信念が彼女の中にあったからだ。だが、手取り足取り教えられるのはどうも苦手だった。井川佐紀という魔導士はだいぶめんどくさい性格なのだ。

「わたくしがあなたよりも強いのは恐らく、良き師匠と姉を持ったからですわ」
「……」
「わたくしはこの征華に入学する前、師匠であるソフィーから体術や魔法の基礎を習い、それをお姉さまの元で実践することで力をつけました。──班の皆さんのおかげというのもありますが」
「……つまり、先輩が強いのは全部他人のおかげだってことか?」

 アンナの言葉に、佐紀は不快そうに眉をひそめた。

「もちろん、わたくしが勇者の末裔で、優れた潜在能力を持っていたというのもあるかもしれませんが、それを十全に引き出していただけたのは、ソフィーとななお姉さまのおかげだと思っておりますわ」
「……そうか。でもオレ、どうも誰かの元で何かを習うっていうのが苦手なんだよ」
「わたくしもそうでしたわ。なので、全て相手の背中を見て学んでおりました」
「背中を見て学ぶ……か」

 佐紀はアンナの言葉を繰り返した。佐紀にとっての世界は自分に喧嘩を売ってくるものと守るべき家族とその他有象無象でしか構成されていないもので、自分に背中を見せてくれるような存在に出会ったことがなかった。
 いまいちアンナの言っている意味が分からなかった佐紀は、考えることをいったん放棄して、最も尋ねたかったことをアンナに尋ねてみた。


「……なんで先輩はあの時、黙って殴られてたんだ?」
「それは……」

 アンナは慎重に言葉を選んでいるようだった。

「わたくしの力は、人間に対して振るうものではありませんので」
「自分に対して危害を加えてくる人間に対しても? 先輩はそんな人間も他の人間と同じように守るのか?」
「もちろんですわ」

 即答だった。アンナは迷いなくそう言い放った。

「……」
「それがヒーローというものでしょう?」
「バカバカしいな。ヒーロー気取りとは」

 佐紀は再び興味を失ったように吐き捨てる。しかし、アンナは首を横に振った。

「佐紀さん。あなたが強くなりたいと願うのは何のためですの?」
「それは……本当は家族を守るためだったけど、今はもうなんのために強くなろうとしてるのか……でも、強くなりたいんだ。じゃないとオレ、どうしていいかわかんねえよ」
「大切なものを見つけることですわね」
「大切なもの?」
「そう、守りたくなるような大切なものを見つけた時、人は強くなるんですのよ。そしてその時、自ずと理由が見つかる」
「そうか、先輩の言ってることはよくわかんねぇな」

 佐紀はそう言って天を仰いだ。アンナも佐紀の隣で同じように天を仰いでから、皆の方に視線を戻した。彼女の視線の先では、真莉がアンチフィールドで玲果を圧倒し、玲果が降参というように両手を上げているところだった。


「……ヒーローの話をしましょうか」
「いらねぇ」
「わたくしがななお姉さまからオススメされたアニメのヒーローは、どんな時でも決して諦めませんでしたわ」
「だからいらねぇって言ってんの。なんで話すんだよ……」

 語り始めたアンナの隣で佐紀が呆れてみせる。だが、アンナは話を止めなかった。

「敵に追い詰められても、大切な仲間を人質に取られても、守っているはずの人間たちに石を投げられても、ヒーロー──彼女は正義のために戦い続けた。何度倒れても立ち上がって皆のために戦った。……わたくしに背中を見せてくれた、3人目の人物が『彼女』ですわ」
「それがどうしたんだよ……」
「だからわたくしは世界を救うことを諦めませんの。何があっても、この命ある限りは勇者の末裔として、全力で魔王と戦うつもりですわ」
「バカなんだな」
「よく言われますわ。でも、ヒーローはバカなくらいじゃないと務まらないと思いますの」
「オレにはとっても真似できねぇ。信念が理解できないからな」
「わたくしもそうでした。……そのうちわかる時が来ますわ」

 アンナはそう言うと軽く背伸びをして「話しすぎましたわね」と言いながら、首につけていたドッグタグを外して佐紀の方へ差し出した。佐紀は突然のことに面食らってしまった。

「はぁ?」
「どうです? わたくしと姉妹スールになりませんか?」
「何言ってんだお前、それが何を意味してんの知ってんのか!?」
「ええ。本当はわたくしも妹なんていなくてもいいと思っていましたが、あなたを見ていると何故か他人な気がしなくて……」
「どういうことだよそれ!?」
「そのままの意味ですが? わたくしがあなたの面倒を見てさしあげますと言ってます」

 佐紀はアンナの手を振り払った。

「聞いてなかったのか? オレは他人に手取り足取り教えられるのは嫌いだって言ってるんだ。姉妹なんて御免だよ」
「わたくしも人に何かを教えるのは苦手ですわ。なので、こういうのはどうでしょう? わたくしはあなたに背中を見せて、あなたはそれを見て学ぶというのは?」
「それ、先輩になんの得があるんだよ?」
「わかりません。でも、姉妹を作れと教官に言われておりますの。どうせならあなたがいいですわ。つまりただのわがまま。──考えておいてくださいまし」

 そう言うと、アンナは佐紀の側から離れて同級生と話しに行ってしまった。
 佐紀はなにか言いたそうな顔でしばらくそちらを眺めていたが、やがて模擬戦へと視線を戻した。瑞希に挑んでいた莉々亜は、弓を使って風や氷の魔法を放っていたが瑞希の防御力の前に手も足も出ず、盾で押し出されるようにして場外に出てしまった。──これで1年生の1勝2敗だ。


「よし、次はわたしの番だねっ!」

 意気揚々と円の端に向かって歩いていくのは、身長ほどの大きさの大剣を引きずるようにしている炎火煉。対するは、こちらも大きな斧を構えている朝木かなで。

(火煉の得意魔法は炎だというし、それはかなで先輩も同じ……これは見ものだな)

「さあ、どこからでもかかっておいで!」
「いきますっ!」

 かなでの声に火煉が応じた刹那、彼女が握っていた大剣が真っ赤な炎をまとった。そして、地面に対して噴射した炎によって大剣が浮かび上がる。

「はぁぁぁぁぁっ!」

 火煉はそのまま炎と一体になるようにして、凄まじい勢いでかなでに突っ込んでいった。かなでも炎をまとった大斧でそれを真正面から迎え撃った。

「うぉぉぉぉぉっ!」

 ゴォォッ! と轟音が響き、空気が揺れる。熱風が撒き散らされ、見物していた神田班と大黒班の面々は思わず両腕で顔を庇った。

「まだまだぁぁぁっ!」

 火煉の炎の威力が増す。かなではその勢いに押されるようにして倒されるように円の外に出た。

「えっ、かなでに真っ向勝負で勝てる1年生なんてヤバくない……?」
「あの炎……第六、いや第七階梯はいってるかな……」
「とんでもない逸材見つけちゃったよ……後で姉妹申し込みに行こ……」

 3年生のみやこ、瑞希、玲果の3人が顔を見合せながら口々にそんなことを呟いた時、立ち上がったかなでが火煉の肩を叩いた。

「いやぁすごいね……! その武器はオーダーメイドでしょ?」
「いいえ、家に代々受け継がれてたものです。でも、わたしの魔力を上手く活かせるように調節してあるんですよ」
「炎家……かぁ。確かに、かななんかよりもよっぽど名のある名家だね」

「火煉の家も有名な魔導士の家系なのか?」
「まあ、そこそこって感じですね。私の宮園家ほどじゃないですけど」
「ふぅん。そんなものか……」

 佐紀が隣で不貞腐れていた莉々亜に尋ねると、莉々亜は不機嫌そうに答えた。今まで家系がどうのこうのだの全く考えてこなかった佐紀だったが、強い魔導士はそれなりの名家出身という場合もあるらしい。と頭の片隅に記憶しておくことにした。


「さーってと、最後はさかまきかぁ……これに勝ったら1年生が勝ち越しちゃいますねー?」
「えへへ、お手柔らかにねー?」

 最後に紫陽花とみやこが円の中で向かい合う。

「お手柔らかにって、どのくらい解放すればいいですかね?」
「ん?」
「暴走しない程度に本気って感じでいいですか?」
「あー、うん。とりあえず君の全力を見せて欲しいなぁ」
「りょーかいです。じゃあギリの4段階解放で!」

 紫陽花は、どこからかいくつかのカプセルのようなものを取り出して口に含む。そして、コアに魔力を流し、大きな薙刀のような武器を展開した。それを見たみやこも大盾を構えて防御の体勢をとる。

「じゃあおいで?」
「いきますよーっ!」

 紫陽花の背中からまた黒い触手のようなものが伸びる。その数、4本。そして、そのままみやこに突っ込んでいった。

「えいやぁぁぁ!」
「なかなかやるね……」

 闇の単属性。薙刀と4本の触手による波状攻撃。愚直なまでに力にものをいわせた激しい連撃を、みやこは大盾と周囲に張り巡らせた魔力結界を駆使してさばききった。結果、攻撃を繰り出し続けた紫陽花が先に魔力が尽きて倒れたため、みやこの勝利となったのだった。
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