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第一章:白銀の目覚め
第5話 遭遇
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搬入用の通路は暗く、狭かった。電気が通っていないのだから無理もない。
俺とリオンは携帯していた小型の懐中電灯で足元を照らしながら建物の中を進んだ。
不思議なことに、裏口は全く荒らされた気配がなく、俺たちは難なく商業施設の広場に辿り着くことができた。途端に、何ともいえない強烈な臭いが鼻をついた。
「──っ!? まさかここも?」
「地下の食料品売り場のナマモノが腐っているのね。人間の腐臭じゃないよ」
「そっか……」
商業施設ということは当然地下は食料品売り場になっており、そこには魚や肉、いろいろな生ものが売っていたのだろう。それが電力が止まったことによって腐ってしまったのだ。
「ってことは、ここはつい最近まで電気が通っていたんだな?」
「そういうこと。そして、つい最近まで生存者がいた……と思う」
「今はいないのか?」
「気配がしないもの」
リオンが言う「つい最近」というのは1ヶ月か2ヶ月か──そんな次元の話だろう。今のショッピングモールは完全に機能を停止してしまっており、人の気配はない。並んでいる服屋や宝石店、雑貨屋も荒らされた形跡はなく、あの『堕天』以降、時間の流れが止まってしまったかのようであった。
「壁内に発電所はないから、電力は壁外から供給されていた。壁外の人達も壁内に生き残りがいると想定して止めてなかったはずだから……ここが停電しているのは多分電線が切られたから……」
「電気がないだけで、街は一気に生気を失ってしまうものだな」
俺たち人間が思っているよりも電気の恩恵は偉大だ。普段当たり前に供給されているそれが失われてしまったら、驚くほどに現代の人間たちは無力だった。
ふと、俺はこんなことを思い至った。
「ここにいた人達はどこへ行ったんだろうな?」
「さぁ……?」
リオンは心ここに在らずといった感じの返事。なにか別のことを考えているらしい。
「もしかしたらまだどこかに隠れているかもしれない」
「ここにはもう誰もいないよ?」
「どうしてそう言いきれる!?」
思わず感情をあらわにしてしまった。リオンの素っ気ない態度もそうだが、もしかしたらはぐれた家族がここに逃れてきたかもしれないという一縷の望み──あてもない希望のようなものが心の片隅に引っかかっていたからだ。
もし父親や母親や妹がどこかで助けを求めていたら……? それを助けずに帰ってしまったら一生後悔するだろう。
「見たでしょ? ここには蝕が侵入した形跡がある。なのにこんなに中が荒れていないということはその時には皆どこかに逃げていたか、既に死んでいたか──」
「──そんなの分からないだろう!」
「怒鳴らないで。バカなの?」
もしかしたら生きているかもしれない──家族がいるかもしれないのに、「死んだ」という言葉を使ったリオンに、一瞬にして頭に血が上った。だがリオンはあくまでも冷静だ。そんな様子も頭にくる。どさくさに紛れて俺を「バカ」呼ばわりしたことも。
「手分けして生存者を探すぞ!」
「やるなら一人でやって。時間の無駄」
リオンは首を左右に振って周りを見回すような仕草をした。それが、俺の提案に対する拒否の意を示しているようでもあった。
全く、ここぞと言う時に頼りにならないやつだ。これだからSランクは……。お高くとまって自分では動こうとしない。
「あーそうか! じゃあ勝手にさせてもらうわ!」
リオンは放っておいて、俺は近くから順に片っ端から扉を開けてまわり、人影を探す。
「誰か! 誰かいないか! いたら返事をしてくれ! 助けに来たぞ!」
返事はない。人影も見当たらない。どこを開けても狭い通路が続いていたり、外へ続く非常口だったり……そんな感じだ。やはりリオンの言うとおり、ここにはもう生存者はいないのかもしれない。
でも諦めるわけにはいかなかった。チラッと腕時計を見ると、探索にかけられる時間はあと10分ほど。それまでに生存者なり、何かしらの手がかりなりを見つけなければ、ただの無駄足になってしまう。
動かなくなってしまったエスカレーターを登って吹き抜けになっている2階のフロアへ。しばらく探索していると目の前に重厚感のある扉が現れた。看板を見ると、どうやら映画館らしい。なんでもあるな大型商業施設は……と感心しながら、扉に手をかけた。映画館なのだから、中にはそれなりに広い空間が広がっているのだろう。生存者が集まっていても不思議ではない。
扉を引こうとした時、唐突に嫌な予感を感じた。背筋がゾワッとするような、全身の毛穴が開くような……明確ななにかを感じたわけではないのだが、手に嫌な汗をかいた。
「──この感じ、以前もどこかで……」
ふと気配を感じて振り向くと、少し離れたところにリオンがいた。彼女はこちらを見下ろすように近くの階段の踊り場の上に寝そべりながら、スナイパーライフルを構えている。──その銃口は真っ直ぐに俺の方を向いていた。
「おい、なんのつもりだ!」
「……やっと見つけた」
「なんのことだ!」
リオンは俺の声など聞こえていない様子で、ブツブツと呟きながら今まさにデバイスの引き金を引こうとしている。
(クソッ! やっぱりあんなやつ信用するんじゃなかった!)
なんのつもりかは知らないが、彼女は俺の事を始末するつもりらしい。壁内の人間だという情報を鵜呑みにして、勝手に親近感を覚えていた俺が間違っていた。
「あぁそうかい! そっちがその気なら俺も黙ってやられるつもりはないからな!」
腰のホルスターからデバイス『雷電』を引き抜いて構える。が、リオンはデバイスを向けられても微動だにしなかった。──そして、スナイパーライフルのスコープを覗いたまま一言。
「ハルト、そこにいると危ないよ?」
「あぁ?」
意図を測りかねてチラッと視線を逸らすと、ちょうど10メートルほど離れたところに映画館の中に入る別の扉があることに気づいた。そして──その扉はなにかがぶつかったかのように大きくひしゃげ、こじ開けられているのがわかった。
「──っ!?」
俺はそれの意味するところを理解した刹那、思いっきり横に跳んだ──のと、背後の扉をぶち破ってなにかが突進してきたのと、それをリオンのスナイパーライフルから放たれた一条の光線が貫いたのはほぼ同時だった。
『ギャァァァァァァァッ!!!!』
この世のものとは思えない咆哮を上げながら、その『なにか』は壁に激突する。受け身を取ってからそちらを確認すると、体長10メートルほどの大きな黒い塊が、壁の近くで蠢いていた。
「蝕!?」
間違いない。こいつは──俺たちの日常をぶっ壊し、地獄に突き落とした張本人。そして、何度も俺の背後に迫りその凶牙にかけようとしてきた憎き相手だった。
(なんでここに蝕が……もうこの近くにはいないんじゃなかったのか!)
現に目の前に蝕がいるのだから、そんなことを考えても仕方ない。今やるべきことはただ一つだった。
幸い奴は今も苦しげにうねうねと蠢いている。──今ならやれる!
デバイスをそちらに向けると、蝕は急速に形を取り戻し始めた。黒いモヤモヤとした塊から、巨大な一匹の狼の姿に──
「ハルトこっち!」
死角から無理やり腕を引かれて物陰に引き込まれた。リオンだ。彼女は右肩にスナイパーライフルを担ぎながら、左手で俺の右腕を思いっきり引っ張ったらしい。
「っておい!」
抗議の声を上げた瞬間、先程まで俺の頭があった空間を黒い塊が勢いよく通り過ぎていった。
俺とリオンは携帯していた小型の懐中電灯で足元を照らしながら建物の中を進んだ。
不思議なことに、裏口は全く荒らされた気配がなく、俺たちは難なく商業施設の広場に辿り着くことができた。途端に、何ともいえない強烈な臭いが鼻をついた。
「──っ!? まさかここも?」
「地下の食料品売り場のナマモノが腐っているのね。人間の腐臭じゃないよ」
「そっか……」
商業施設ということは当然地下は食料品売り場になっており、そこには魚や肉、いろいろな生ものが売っていたのだろう。それが電力が止まったことによって腐ってしまったのだ。
「ってことは、ここはつい最近まで電気が通っていたんだな?」
「そういうこと。そして、つい最近まで生存者がいた……と思う」
「今はいないのか?」
「気配がしないもの」
リオンが言う「つい最近」というのは1ヶ月か2ヶ月か──そんな次元の話だろう。今のショッピングモールは完全に機能を停止してしまっており、人の気配はない。並んでいる服屋や宝石店、雑貨屋も荒らされた形跡はなく、あの『堕天』以降、時間の流れが止まってしまったかのようであった。
「壁内に発電所はないから、電力は壁外から供給されていた。壁外の人達も壁内に生き残りがいると想定して止めてなかったはずだから……ここが停電しているのは多分電線が切られたから……」
「電気がないだけで、街は一気に生気を失ってしまうものだな」
俺たち人間が思っているよりも電気の恩恵は偉大だ。普段当たり前に供給されているそれが失われてしまったら、驚くほどに現代の人間たちは無力だった。
ふと、俺はこんなことを思い至った。
「ここにいた人達はどこへ行ったんだろうな?」
「さぁ……?」
リオンは心ここに在らずといった感じの返事。なにか別のことを考えているらしい。
「もしかしたらまだどこかに隠れているかもしれない」
「ここにはもう誰もいないよ?」
「どうしてそう言いきれる!?」
思わず感情をあらわにしてしまった。リオンの素っ気ない態度もそうだが、もしかしたらはぐれた家族がここに逃れてきたかもしれないという一縷の望み──あてもない希望のようなものが心の片隅に引っかかっていたからだ。
もし父親や母親や妹がどこかで助けを求めていたら……? それを助けずに帰ってしまったら一生後悔するだろう。
「見たでしょ? ここには蝕が侵入した形跡がある。なのにこんなに中が荒れていないということはその時には皆どこかに逃げていたか、既に死んでいたか──」
「──そんなの分からないだろう!」
「怒鳴らないで。バカなの?」
もしかしたら生きているかもしれない──家族がいるかもしれないのに、「死んだ」という言葉を使ったリオンに、一瞬にして頭に血が上った。だがリオンはあくまでも冷静だ。そんな様子も頭にくる。どさくさに紛れて俺を「バカ」呼ばわりしたことも。
「手分けして生存者を探すぞ!」
「やるなら一人でやって。時間の無駄」
リオンは首を左右に振って周りを見回すような仕草をした。それが、俺の提案に対する拒否の意を示しているようでもあった。
全く、ここぞと言う時に頼りにならないやつだ。これだからSランクは……。お高くとまって自分では動こうとしない。
「あーそうか! じゃあ勝手にさせてもらうわ!」
リオンは放っておいて、俺は近くから順に片っ端から扉を開けてまわり、人影を探す。
「誰か! 誰かいないか! いたら返事をしてくれ! 助けに来たぞ!」
返事はない。人影も見当たらない。どこを開けても狭い通路が続いていたり、外へ続く非常口だったり……そんな感じだ。やはりリオンの言うとおり、ここにはもう生存者はいないのかもしれない。
でも諦めるわけにはいかなかった。チラッと腕時計を見ると、探索にかけられる時間はあと10分ほど。それまでに生存者なり、何かしらの手がかりなりを見つけなければ、ただの無駄足になってしまう。
動かなくなってしまったエスカレーターを登って吹き抜けになっている2階のフロアへ。しばらく探索していると目の前に重厚感のある扉が現れた。看板を見ると、どうやら映画館らしい。なんでもあるな大型商業施設は……と感心しながら、扉に手をかけた。映画館なのだから、中にはそれなりに広い空間が広がっているのだろう。生存者が集まっていても不思議ではない。
扉を引こうとした時、唐突に嫌な予感を感じた。背筋がゾワッとするような、全身の毛穴が開くような……明確ななにかを感じたわけではないのだが、手に嫌な汗をかいた。
「──この感じ、以前もどこかで……」
ふと気配を感じて振り向くと、少し離れたところにリオンがいた。彼女はこちらを見下ろすように近くの階段の踊り場の上に寝そべりながら、スナイパーライフルを構えている。──その銃口は真っ直ぐに俺の方を向いていた。
「おい、なんのつもりだ!」
「……やっと見つけた」
「なんのことだ!」
リオンは俺の声など聞こえていない様子で、ブツブツと呟きながら今まさにデバイスの引き金を引こうとしている。
(クソッ! やっぱりあんなやつ信用するんじゃなかった!)
なんのつもりかは知らないが、彼女は俺の事を始末するつもりらしい。壁内の人間だという情報を鵜呑みにして、勝手に親近感を覚えていた俺が間違っていた。
「あぁそうかい! そっちがその気なら俺も黙ってやられるつもりはないからな!」
腰のホルスターからデバイス『雷電』を引き抜いて構える。が、リオンはデバイスを向けられても微動だにしなかった。──そして、スナイパーライフルのスコープを覗いたまま一言。
「ハルト、そこにいると危ないよ?」
「あぁ?」
意図を測りかねてチラッと視線を逸らすと、ちょうど10メートルほど離れたところに映画館の中に入る別の扉があることに気づいた。そして──その扉はなにかがぶつかったかのように大きくひしゃげ、こじ開けられているのがわかった。
「──っ!?」
俺はそれの意味するところを理解した刹那、思いっきり横に跳んだ──のと、背後の扉をぶち破ってなにかが突進してきたのと、それをリオンのスナイパーライフルから放たれた一条の光線が貫いたのはほぼ同時だった。
『ギャァァァァァァァッ!!!!』
この世のものとは思えない咆哮を上げながら、その『なにか』は壁に激突する。受け身を取ってからそちらを確認すると、体長10メートルほどの大きな黒い塊が、壁の近くで蠢いていた。
「蝕!?」
間違いない。こいつは──俺たちの日常をぶっ壊し、地獄に突き落とした張本人。そして、何度も俺の背後に迫りその凶牙にかけようとしてきた憎き相手だった。
(なんでここに蝕が……もうこの近くにはいないんじゃなかったのか!)
現に目の前に蝕がいるのだから、そんなことを考えても仕方ない。今やるべきことはただ一つだった。
幸い奴は今も苦しげにうねうねと蠢いている。──今ならやれる!
デバイスをそちらに向けると、蝕は急速に形を取り戻し始めた。黒いモヤモヤとした塊から、巨大な一匹の狼の姿に──
「ハルトこっち!」
死角から無理やり腕を引かれて物陰に引き込まれた。リオンだ。彼女は右肩にスナイパーライフルを担ぎながら、左手で俺の右腕を思いっきり引っ張ったらしい。
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