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第38話 明けの明星
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☆
領内で戦が発生しているせいか、王都の空気はピリピリとしていて、【エスポワール】を訪れる客も減ってしまった。それでもヘレナは店を開け続け、私たちはその手伝いに追われることになった。
理由を聞くと、情報収集のためらしい。私としても、王国軍とヴラディ領──ローラ達の戦の勝敗が気になって仕方なかった。
店を訪れる客の話では、戦局はやはり一進一退であるものの、物量に優る王国軍が少しずつ優勢になりつつあるらしい。やっぱりローラ達が心配だ。
そんなある日のこと、ヘレナはおもむろにこんなことを言い始めた。
「アニータちゃん。今度の遠征任務はクラリスと組みなさい」
「えぇ……」
思わず顔をしかめてしまう。私の唯一無二のパートナーはリサちゃんのはずだ。何が悲しくてあんなクサそうな吸血鬼と一緒に行動しなければならないんだろう。リサちゃんはどう思っているのだろうか? ──と思ったら、案の定リサちゃんも不満そうな表情を浮かべていた。
「えー、リサは嫌です」
「リサちゃん……?」
やはりリサちゃんとしても、私を他の人に取られるのは嫌らしい。まあ、私も同じ気持ちなんだけれども……。そんな私達の思いを知ってか知らずか、ヘレナが言葉を続ける。
「クラリスを簡単に抑えられるのはアニータちゃんだけなのよ? 本来アニータちゃんは彼女と組むべきなの。でも今まではアニータちゃんがまだ慣れてないのと、クラリスが引きこもってたのもあったから……」
ぷくーっと頬を膨らませて不満をあらわにするリサちゃん。その隣で私も不満気な表情をしてみせる。しかしヘレナは涼しい顔で素知らぬ態度だ。
「リサ、我慢してちょうだい」
そう言われるとリサちゃんは何も言えないのか、「うー」と言いながら口を尖らせるだけだ。──可愛い。抱きしめたくなってきたが、さすがに自重しておくことにした。今はそんなことをやってる場合ではない。
リサちゃんはため息をつく。
だが、部屋の隅でその様子を見ていたクラリスは声を上げた。
「あ、あんたらウチの意思を無視して勝手に決めないでくれる!? 誰と組むかなんてウチが決めるよ!」
するとヘレナは冷たい視線をクラリスに向けた。
「あなたはあたしの命令に従う。それが契約の条件でしょう? それともまた電撃食らいたいのかしら?」
「ぐっ……」
悔しげな表情で唇を噛むクラリス。毎回クラリスに電撃をお見舞いしている私からするととても心苦しい。もうそろそろヘレナの腰巾着辞めようかなぁ……でもこいつに逆らうと怖いんだよな純粋に。
「それで、ウチはアニータと何をすればいいの?」
ヘレナは無言のままその豊満な胸元から何やら紙切れのようなものを取り出した。クロちゃんが運んできてくれた依頼の紙だろうか。私にはよく見えない。
「あなたたちにやってもらいたいのは、この『調査』よ」
クラリスはその紙を受け取るとまじまじと見つめた。そこには、王都郊外のとある場所の地図と、『至急確認すること』の文字が記されていた。
『王都郊外で怪しい実験が行われているという通報がありましたので、その事実の確認に行って欲しいのです。最近、強化された魔獣が異常に増加している件と何か関係があるのかもしれませんね。それじゃあよろしくお願いしますね』
とまあ、このような感じの依頼文が書いてあった。
確かに、これはただ事ではなさそうだ。
「でもさ、魔獣が強化されてるのって、魔王が復活したせいじゃなかったっけ?」
私が疑問を口にする。
「ええ、だからこれはその関連性を調べてほしいっていう意図もあるわ。だけどそれよりも……もっと重要なことがあるの」
「重要なこと?」
「ええ。この書き口、依頼の仕方……クラリスなら心当たりあると思うけれど?」
ヘレナに尋ねられ、クラリスはため息をついた。
「どうせ『あいつら』でしょ?」
「あいつらって?」
「ウチらと同じSSランクギルドの『明けの明星』のヤツら」
「SSランクギルド……私たちの他にもあったんだね……」
「いくつかあるけれど、その中でも『あいつら』はトップの実力を誇る最悪のギルドだよ」
「私たちよりも強いの?」
「さあ? どうかな?」
クラリスは意味深な言い方をするが、ヘレナはそれ以上語るつもりはないらしい。──一体、そのギルドとはどんな連中なんだろう? 名前を聞く限りでは私たち『宵の明星』の対になるようなギルドみたいだけど。
私はそんなことを考えていた。
「とにかく、クラリスとアニータちゃん。あなたたちは明日にでも出発してちょうだい。場所は地図に書き込んでおいたから」
☆
翌日、私とクラリスは二人で街外れの森の奥へと向かっていた。
「あのー、本当にこっちであってるの? 私、全然道覚えてないんだけど……」
森の中は薄暗くて、木陰も深いのでかなり不気味だ。こんなところを女の子2人で歩くなんて普通だったら自殺行為だと思う。それに何より、私の隣にいる吸血鬼のクラリスが嫌すぎるのだ。正直言って今すぐ逃げ出したい。
しかしそんなことを言えるわけもなく、結局私は黙々と目的地に向かって歩き続けることになった。しばらく歩いたところで、ようやく開けた場所にたどり着く。どうやら、森の中にできた広場のような場所らしい。地面は一面草花に覆われていて綺麗なところだ。──しかし……。
「あれ? なんかいる……」
広場の中心には人の姿があった。──いや、人じゃない。それは異形の化け物であった。真っ白な肌をした人間型の身体を持つそれは、どこか生気のない目つきをしていて、ゆらりと立ち上がるとこちらを見据えてきた。
「ひゃあっ!? きもっ! ……ていうかなにあれ!」
思わず叫び声を上げると、隣に立つクラリスも顔をしかめた。
「あんたもきもいから静かにして」
「は? キレそう」
「とりあえずアレが何なのか調べてみるしかないでしょ。危害を加えてくるのかそうじゃないのかすら分からないんだから」
誠に遺憾ながら、クラリスの言う通りだ。こいつ、まともな事言えたんだ。……まあそんなことはどうでもいい。
私は覚悟を決めるとゆっくりと近づいていった。すると、ソレは私たちの存在を認識するなり、奇怪な鳴き声を上げて襲いかかってきた。
「うわぁっ! 【ファイヤーボール】!」
反射的に火の玉を放つ私。しかし私の放った火球は命中することなく空しく空中で霧散した。
「なにやってんの?」
「ち、違うもん!」
慌てる私とは対照的に冷静な表情を見せるクラリス。彼女は右手に持ったレイピアをその怪物に向けると、鋭い声を上げた。
「はああッ!」
直後、クラリスの剣先から放たれた眩い閃光が、その白い肌をした怪物を飲み込んだ。一瞬にして跡形も無く消し去られた怪物を見て私は呆然と立ち尽くすことしかできない。圧倒的火力である。やはり彼女の魔法の強さだけは認めざるを得ない。
だがその直後、背後に現れたもう1体の異形の生物がその大きな腕を振り下ろした。クラリスはその攻撃をすんでの所で回避すると、手にしていた剣で相手の胸元を突き刺した。
「……よし」
胸元に穴の開いた怪物はそのまま地面に倒れ伏すと、やがて動かなくなった。それを確認すると、クラリスは大きく息をつく。
「ふう、終わったよ。さあ早く行こう。この先に何かありそうだよ」
「ていうかあんな魔物見たことないけどなんなの……?」
「さぁ? 実験の副産物ってところじゃない? ま、この程度じゃウチらの敵にはならないし、サクっと終わらせちゃおうよ」
私たちはさらに森の奥地へと進んで行った。
領内で戦が発生しているせいか、王都の空気はピリピリとしていて、【エスポワール】を訪れる客も減ってしまった。それでもヘレナは店を開け続け、私たちはその手伝いに追われることになった。
理由を聞くと、情報収集のためらしい。私としても、王国軍とヴラディ領──ローラ達の戦の勝敗が気になって仕方なかった。
店を訪れる客の話では、戦局はやはり一進一退であるものの、物量に優る王国軍が少しずつ優勢になりつつあるらしい。やっぱりローラ達が心配だ。
そんなある日のこと、ヘレナはおもむろにこんなことを言い始めた。
「アニータちゃん。今度の遠征任務はクラリスと組みなさい」
「えぇ……」
思わず顔をしかめてしまう。私の唯一無二のパートナーはリサちゃんのはずだ。何が悲しくてあんなクサそうな吸血鬼と一緒に行動しなければならないんだろう。リサちゃんはどう思っているのだろうか? ──と思ったら、案の定リサちゃんも不満そうな表情を浮かべていた。
「えー、リサは嫌です」
「リサちゃん……?」
やはりリサちゃんとしても、私を他の人に取られるのは嫌らしい。まあ、私も同じ気持ちなんだけれども……。そんな私達の思いを知ってか知らずか、ヘレナが言葉を続ける。
「クラリスを簡単に抑えられるのはアニータちゃんだけなのよ? 本来アニータちゃんは彼女と組むべきなの。でも今まではアニータちゃんがまだ慣れてないのと、クラリスが引きこもってたのもあったから……」
ぷくーっと頬を膨らませて不満をあらわにするリサちゃん。その隣で私も不満気な表情をしてみせる。しかしヘレナは涼しい顔で素知らぬ態度だ。
「リサ、我慢してちょうだい」
そう言われるとリサちゃんは何も言えないのか、「うー」と言いながら口を尖らせるだけだ。──可愛い。抱きしめたくなってきたが、さすがに自重しておくことにした。今はそんなことをやってる場合ではない。
リサちゃんはため息をつく。
だが、部屋の隅でその様子を見ていたクラリスは声を上げた。
「あ、あんたらウチの意思を無視して勝手に決めないでくれる!? 誰と組むかなんてウチが決めるよ!」
するとヘレナは冷たい視線をクラリスに向けた。
「あなたはあたしの命令に従う。それが契約の条件でしょう? それともまた電撃食らいたいのかしら?」
「ぐっ……」
悔しげな表情で唇を噛むクラリス。毎回クラリスに電撃をお見舞いしている私からするととても心苦しい。もうそろそろヘレナの腰巾着辞めようかなぁ……でもこいつに逆らうと怖いんだよな純粋に。
「それで、ウチはアニータと何をすればいいの?」
ヘレナは無言のままその豊満な胸元から何やら紙切れのようなものを取り出した。クロちゃんが運んできてくれた依頼の紙だろうか。私にはよく見えない。
「あなたたちにやってもらいたいのは、この『調査』よ」
クラリスはその紙を受け取るとまじまじと見つめた。そこには、王都郊外のとある場所の地図と、『至急確認すること』の文字が記されていた。
『王都郊外で怪しい実験が行われているという通報がありましたので、その事実の確認に行って欲しいのです。最近、強化された魔獣が異常に増加している件と何か関係があるのかもしれませんね。それじゃあよろしくお願いしますね』
とまあ、このような感じの依頼文が書いてあった。
確かに、これはただ事ではなさそうだ。
「でもさ、魔獣が強化されてるのって、魔王が復活したせいじゃなかったっけ?」
私が疑問を口にする。
「ええ、だからこれはその関連性を調べてほしいっていう意図もあるわ。だけどそれよりも……もっと重要なことがあるの」
「重要なこと?」
「ええ。この書き口、依頼の仕方……クラリスなら心当たりあると思うけれど?」
ヘレナに尋ねられ、クラリスはため息をついた。
「どうせ『あいつら』でしょ?」
「あいつらって?」
「ウチらと同じSSランクギルドの『明けの明星』のヤツら」
「SSランクギルド……私たちの他にもあったんだね……」
「いくつかあるけれど、その中でも『あいつら』はトップの実力を誇る最悪のギルドだよ」
「私たちよりも強いの?」
「さあ? どうかな?」
クラリスは意味深な言い方をするが、ヘレナはそれ以上語るつもりはないらしい。──一体、そのギルドとはどんな連中なんだろう? 名前を聞く限りでは私たち『宵の明星』の対になるようなギルドみたいだけど。
私はそんなことを考えていた。
「とにかく、クラリスとアニータちゃん。あなたたちは明日にでも出発してちょうだい。場所は地図に書き込んでおいたから」
☆
翌日、私とクラリスは二人で街外れの森の奥へと向かっていた。
「あのー、本当にこっちであってるの? 私、全然道覚えてないんだけど……」
森の中は薄暗くて、木陰も深いのでかなり不気味だ。こんなところを女の子2人で歩くなんて普通だったら自殺行為だと思う。それに何より、私の隣にいる吸血鬼のクラリスが嫌すぎるのだ。正直言って今すぐ逃げ出したい。
しかしそんなことを言えるわけもなく、結局私は黙々と目的地に向かって歩き続けることになった。しばらく歩いたところで、ようやく開けた場所にたどり着く。どうやら、森の中にできた広場のような場所らしい。地面は一面草花に覆われていて綺麗なところだ。──しかし……。
「あれ? なんかいる……」
広場の中心には人の姿があった。──いや、人じゃない。それは異形の化け物であった。真っ白な肌をした人間型の身体を持つそれは、どこか生気のない目つきをしていて、ゆらりと立ち上がるとこちらを見据えてきた。
「ひゃあっ!? きもっ! ……ていうかなにあれ!」
思わず叫び声を上げると、隣に立つクラリスも顔をしかめた。
「あんたもきもいから静かにして」
「は? キレそう」
「とりあえずアレが何なのか調べてみるしかないでしょ。危害を加えてくるのかそうじゃないのかすら分からないんだから」
誠に遺憾ながら、クラリスの言う通りだ。こいつ、まともな事言えたんだ。……まあそんなことはどうでもいい。
私は覚悟を決めるとゆっくりと近づいていった。すると、ソレは私たちの存在を認識するなり、奇怪な鳴き声を上げて襲いかかってきた。
「うわぁっ! 【ファイヤーボール】!」
反射的に火の玉を放つ私。しかし私の放った火球は命中することなく空しく空中で霧散した。
「なにやってんの?」
「ち、違うもん!」
慌てる私とは対照的に冷静な表情を見せるクラリス。彼女は右手に持ったレイピアをその怪物に向けると、鋭い声を上げた。
「はああッ!」
直後、クラリスの剣先から放たれた眩い閃光が、その白い肌をした怪物を飲み込んだ。一瞬にして跡形も無く消し去られた怪物を見て私は呆然と立ち尽くすことしかできない。圧倒的火力である。やはり彼女の魔法の強さだけは認めざるを得ない。
だがその直後、背後に現れたもう1体の異形の生物がその大きな腕を振り下ろした。クラリスはその攻撃をすんでの所で回避すると、手にしていた剣で相手の胸元を突き刺した。
「……よし」
胸元に穴の開いた怪物はそのまま地面に倒れ伏すと、やがて動かなくなった。それを確認すると、クラリスは大きく息をつく。
「ふう、終わったよ。さあ早く行こう。この先に何かありそうだよ」
「ていうかあんな魔物見たことないけどなんなの……?」
「さぁ? 実験の副産物ってところじゃない? ま、この程度じゃウチらの敵にはならないし、サクっと終わらせちゃおうよ」
私たちはさらに森の奥地へと進んで行った。
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