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「こーんな簡単に終わっちゃうんだねぇ…」


目の前にはやたらと綺麗な建物。
昔は当たり前だった煙突もない。
煙も出ない。

(昔はあの煙が恐ろしいと思っていたが、見送る側になると寂しいもんだ)

そう、ここは火葬場である。
建物を寂しげに眺める彼女の名前は榊原チヨ。
あと1週間で88歳の誕生日を迎えるというところで夫を亡くし、先程見送ったばかりだ。

17歳で当時珍しい恋愛結婚をした。
5人の子供を授かり、12人の孫に恵まれ、ひ孫の3人目が少し前に生まれたところ。

夫とゆっくり過ごす日々は何の変化もなく、刺激もなく、だけれども満たされていた。チヨには何にも変えがたい幸せだった。
しかし終わりは本当に突然で。

「おやすみ」と言って布団を並べて寝て、翌朝には冷たくなっていたのだ。
「おはよう」を言いたかったし、言う日々が続くのだとチヨは信じきっていた。

(2人ともいい年なんだから終わりが来ることくらい覚悟しておかなきゃいけなかったんだろう)

しかし心にポッカリと空いた穴は大きすぎるのか、明日からのことが何も浮かばない。


「1人でどう生きていけばいいやら…」

呟いた声は青空に溶けていった。



————————



「ばあーちゃーーーん!!!!」


建物内に戻ったところで末の孫に声を掛けられる。

「ん?どうした?」

「どこ行ってたの?」

「ちょっと外の空気を吸いに行ってたんだよ」

「ふーん? あ、お母さんが呼んでたよ!」

「そうかい、じゃあ一緒に行こうか」

「うん!!」

まだ10歳の孫は元気が有り余っており、火葬場では体力を持て余し気味である。

「ねえねえ、ばあちゃんってさ…」

思ったことをすぐ口に出す孫にしては口籠る。


「ん?」

「…あのさ、俺んちに一緒に住むの!?」

「えっ!?」

「あれ?違うの?」


こんなことを話すのは次女夫婦…つまり孫にとっての両親しかいない。


「それはねぇ…ちょっと難しい話だからねぇ…」

「えー!なんでー!俺は嬉しかったのに…」

「ありがとうねぇ。ばあちゃんも嬉しいよ」


その言葉に顔を輝かせる孫。


「じゃあ一緒に住む!?」

「…うーん…」

(どうしようかね…)


「————たよ!ねぇ!ばあちゃん聞いてる!?」

そんなことを考えているうちに控室に到着したらしい。


「あぁ、ごめんよ。ちょっと考えごとをね」

「もー!はい、どうぞ」


扉を開けて、抑えてくれている。
年寄りを労る…これからもそういう心を忘れないでいてほしい思う。


「ありがとうね」

「あっ、お母さん!どこ行ってたの!?」

「ちょっとね、空気を吸いへ外に行ってたんだよ」


控室には50歳になる次女とその夫がいた。
孫は父親の方へ行き、チヨに会釈する父親と共に一緒に外に出て行く。

扉が閉まったのを確認してから娘が口を開いた。



「これからのことなんだけど…ねぇ良かったら一緒に住まない?」

「…やめておこうかな」

「なんで?…やっぱりお父さんと一緒に暮らした家を出て行くのは嫌?」

「そうだね、それもあるけど…」


思い出が詰まった家を出るのが嫌というのが大体の理由で間違いはない。
しかし、チヨは怖かったのだ。
夫のように一緒に住む誰かが翌朝、冷たくなっていることが。いつもと同じ朝が来ないことが。
勿論、可能性としてはチヨの方が十二分に高い。
分かってはいるが怖いものは怖いのである。


「出来れば当分の間は1人で暮らしたいと思ってるよ」

「当分の間って…いずれは一緒に住めるってこと?」

「心の整理がついたらね」

「心配なのよ、お母さんのこと…」

「分かってるよ、ありがとうね」



———————————



最近では繰り上げて行うことが多くなった初七日法要まで無事終わり、帰宅の途に着く。

夫と一緒にいられる最後の日だと思い頑張ったのだが、普段変化のない日常を送る老体には鞭を打ち過ぎたらしい。

疲れが足に出てきているようで上がらなくなってきていた。
家までは車で送ってくれたのだが、それからは全てを1人でしなくてはならない。
手伝ってくれるという申し出は断った。何故ならこれからはこれが日常になるのだから。

動くのが億劫で億劫で仕方がなかったが、なんとか寝る準備までを済ませる。
やはり1人で寝るのはまだ慣れないようで、ようやく2階にある布団の前に辿り着いたというのに1階に忘れ物をしてしまった。
取りに行くため、階段を降りる——その時だった。


つんっ


「!!!」

躓いてしまった。驚き過ぎて声を出す間も無い。
衝撃に備えて目をギュッと瞑るチヨ。

(見送った日に同じところに行ってしまうのかねぇ…それも悪くはない、けど…)

まだ生きていたい。

そんな考えに至った、その瞬間。
どこかで風の音が聞こえた。

来るであろう衝撃も来ない。

(…?)

恐る恐る目を開けて見るとそこは先程までいたはずの自宅では無かった。
だってチヨは空に浮かんでいたのだから。
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