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第1章

きっかけというか、理由というか 6

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「へぇ」

 俺の言葉を聞いた蒔田さんが、唇の端を上げて笑う。

 その笑みは先ほどの子供っぽいものとは全然違う。大人の男っていう感じで、色気たっぷり。

 彼の色香にやられてしまいそうになるほどだ。

「そっかそっか。……光栄なことだな」

 蒔田さんがそう呟いて、俺の唇を指でなぞった。

 ごつごつとした、太い指。撫でられた箇所がまるで熱を持ったように熱く感じる。

(なんだろ、すごい、胸が……)

 胸の鼓動がどんどん大きくなって、早くなる。いたたまれなくて蒔田さんから顔を逸らすものの、すぐに手で戻された。

 結局、彼と見つめ合う形になってしまう。

「あ、あの、蒔田、さん……」

 恐る恐る彼のことを呼ぶ。そうすれば、彼がおもむろに俺の肩を掴んで身体の向きを強引に変えさせた。そして――押し倒してくる。

 勢いよく押し倒されて、背中がソファーのひじ置きにぶつかった。その所為で鈍い痛みが俺の身体を襲う。

 自然と眉をひそめていれば、蒔田さんが「痛かったか?」と問いかけてきた。

 失礼かもだけれど、この人、絶対にわかってやってるだろ――!

「い、たい、に決まってますよ……!」

 背中を思いきり打ち付けたのだ。痛いに決まっている。

 そう思って顔を上げれば、俺の身体に跨る蒔田さんとばっちりと視線が合った。

 ……い、いたたまれない。っていうか、この状況――。

(いや、いきなり――!?)

 まだ覚悟とかちっとも決まってないんですけど――!

 というよりも前に。また唇を塞がれた。

 逃げようとして、もがく。でも、逃げられない。男にしては小柄な俺だ。力の差は歴然だった。

 今度は必死に抵抗しようと、蒔田さんの胸を押す。が、それさえも彼にとっては大したダメージではなかったらしい。

 余裕たっぷりに俺のその手を取って、自らの指と俺の指を絡ませる。

「んっ、っはぁ」

 唇が離れて、ようやく息苦しさから解放された。

 大きく肩を揺らして酸素を求めていれば、蒔田さんが声を上げて笑ったのがわかる。

「なに? これくらいで?」

 なんか、カチンときてしまった。

 蒔田さんにとってはこれくらいでも、俺にとってはとんでもないことなんだって――!

「お、俺にとってはとんでもないことなんですけど!?」

 思いきり睨みつけて、抗議してみる。だけど、息苦しさの所為で若干涙目になった俺に睨まれても、大した威力はない。

 その証拠に、蒔田さんは余裕たっぷりに笑っていた。

「ま、いいよいいよ。初心ってことだし。こっちのほうが、楽しめるかも」

 なんだろうか、この人。まじな下衆じゃないか。人の純情を弄んで楽しむなんて……。

「じゃあ、いろいろと教えてやる」

 しかも、めちゃくちゃ上から目線。あぁ、もう、なんか無性に腹が立つ!

「い、いいです――!」

 断りの言葉を口にしようとして、それよりも先に蒔田さんが俺の口に指を突っ込んでくる。驚いて、あんぐりと口を開けたまま固まった。

 それは、噛むのが恐ろしかったというのもある。

「そう、そのまま口を開けておけ」

 命令口調でそう言われて、俺はおずおずと頷く。すると、蒔田さんの指が俺の口から出て行った。

 そして――また、唇が重なった。

「んっ」

 咄嗟に口を閉じようとするものの、先ほどの命令を無視することは出来なくて。

 その所為で開けっ放しになった口に、ぬるりとしたものが入ってくる。……むり、むりっ!

(これ、絶対に深いキス……!)

 なんで、この人は。この人は――俺のハジメテをいとも簡単に奪い去っていくんだろうか。

 頭の中に浮かんだ疑問はすぐに消える。

「んんっ、んぅ」

 蒔田さんの舌が、俺の頬の内側をつついてきたためだ。

 驚いてその舌を押し返そうと自身の舌を動かす。けど、それを逆手に取られて舌を絡められてしまった。

 ……冷静に考えれば、そうなることは当たり前だったのに。

「んっ、んんっ……!」

 苦しい。辛い。さっきのキスの比じゃない……!

 蒔田さんの舌が、俺の口腔内を蹂躙していく。歯列をなぞられたり、口蓋を舐められたり。

 そのたびに、俺の身体にはゾクゾクとしたものが這いまわる。気持ち悪いという気持ちは、どんどんしぼんでいった。

(なんで、こんなに……)

 頭の中がふわふわとする。混乱して、もうおかしくなってしまいそうで。

 若干意識を飛ばしかけた俺を引き戻したのは、蒔田さんの手だった。

「んっ!?」

 蒔田さんの手が、俺のシャツの中に滑り込んできた。咄嗟に身を硬くした俺を宥めるように、絡められた指で手の甲を撫でられる。

 まるで「大丈夫だから」と言われているような感覚。……絶対、大丈夫じゃないのに。

(ぁっ、だ、め……っ!)

 なんの迷いもなく、蒔田さんの手が俺の上半身を這いまわる。腹とか、脇腹とか。そういうところを撫でられたかと思えば、今度は背中を撫でられた。

 別に変なところに触れられているわけじゃない。ただ、身体を撫でられているだけだ。

 なのに、なんだか無性に気持ちが昂っていく。多分、触り方とか、そういうことなんだろう。この触れ方、いやらしいし。

 その所為で、俺はこんなことになっている。乱れてしまっている。……絶対、そうに決まっている。
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