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第1章

きっかけというか、理由というか 1

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 多分、これが絶体絶命とかいうやつなんだろう。ピンチなんて言葉では表せないくらい、俺は今、追い詰められている。

「い、いや、だから、知らなくて……!」

 ぶんぶんと首を横に振る。けど、俺を取り囲む三人の男は、俺の意見をちっとも聞いてくれない。

 それどころか、俺に対してすごんでくる。自称小心者の俺は、もう頭の中が真っ白だ。

「けど、ここに借用書があるんだよ」
「ち、父の借金なんて、知りませんから!」

 バンっと音がしそうなほどに勢いよく突きつけられたのは、借用書。

 書いてある金額は三千万。借りた人物の名前は『岩波いわなみ 利次としつぐ』。一応俺の父……である。

「そうはいかないんだよ。こちとら金を回収しなくちゃならないんでな」

 先ほど借用書を突きつけてきたのとは別の男が、俺にぐいっと顔を近づけてきた。鋭い眼光。目元には傷があって、いかにもな極道……の人間。平凡な一般市民だと、一生関わることがないであろう人種。ぜひとも俺も一生関わらずに済みたかった。

 視線を彷徨わせる。二人の男は、やっぱりどう見ても堅気の人間じゃない。ただ唯一。後ろに控えている若い人は爽やかなイケメン。もしかしたら、この人だったら助けてくれるんじゃないかって思って、縋るような視線を向ける。

 が、そのイケメンは俺に手を合わせてきた。ウィンクを飛ばしてきたかと思えば、口パクで「ごめんね」と伝えてくる。は、腹が立つ……!

(っていうか、なんで大学から帰ってきてすぐにこんな状態に陥ってるわけ!?)

 いきなりのことで頭がパニックになっている。一応、こうなった経緯を思い出して、頭を落ち着けよう。

 朝。いつものように爆睡する義父を起こさないようにと、静かにアパートを出た。今日受ける講義は二限目と三限目。なので、一限目の間は図書室でレポートでも作ろう。そう思って、少し早めに登校した。

 そして、講義を受けてキャンパス内の食堂で昼食を済ませた。今日食べた日替わりランチはからあげで、めちゃくちゃ美味しかった……って、そうじゃない。

 昼食を済ませ、三限目の講義も受けた俺は帰宅することに。俺のバイト先は居酒屋なので、まだかなりの時間があったためだ。

 近くのコンビニで新作のスイーツとコーヒーを購入して、アパートに帰った。すると、駐車場に黒塗りの高級車が停まっていて。

 おんぼろアパートに高級車は似合わないなぁと思い、他所目で通り過ぎて部屋の鍵を開けようとして……今に至る、というわけだ。

(っていうか、親父は何処に行ったんだよ……!)

 そうだ。義父の借金ならば、義父が払うのが道理だろう。

 その一心で俺が縋るように男の一人に視線を向ければ、男はため息をついた。その後、近くの壁をバンっとたたく。

 おんぼろアパートが、ちょっとだけ揺れたような気もする。そもそもここは二階だし。

「岩波 利次は音信不通だ。……ま、いわば蒸発したってところだろうな」
「え……」

 驚いた俺は、慌ててポケットからスマホを取り出し、義父の名前をタップする。

 出てくれと祈るものの、無情にもスマホから聞こえてくるのは『電波の届かない~』という聞きなれた言葉。

 ……う、嘘、だろ?

「な、そういうことだ」

 スマホの画面を見て呆然とする俺の肩に、男の一人が手を置いた。生憎、今の俺にはそれを振り払う元気も気力もない。

「というわけで、息子のお前に三千万きっちりと払ってもらうということで」

 そうは言われても、納得できない。

 どうして俺が、あのダメ男が作った借金を払わなくてはならないんだろうか。

「……俺にそんな金、ないんですけど……」

 でも、とりあえずは。この場をしのごうと思って、そんな言葉を口にした。

 記憶にある限り、俺の財布の中身は五百円だ。通帳の中身も、スマホ代金の引き落とし分しか入っていない。

(給料日明後日だし……)

 とはいっても、三千万も入るわけがないんだけど……。

「あぁ? ごちゃごちゃ言わずに払えよ。金がないのならば、今すぐにでも作って来い」
「……い、いや、それって」

 つまり、臓器でも売れとかそういうことなんだろうか?

 そんなこと出来るわけがない。いろいろな意味で、倫理的に無理だ。

 その一心で首をゆるゆると横に振る俺。詰め寄ってくる二人の男。完全にヤバい状況。冷や汗だらだら状態である。

「だ、だからっ……!」

 さすがにこのままの押し問答が続くのは嫌だったので、意を決して声を張り上げる。

 男たちが一瞬だけ目を見開いた。けれど、すぐに「あぁ?」とすごんできた。……どうやら、逆効果だったらしい。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう――と思い、焦る俺。

 俺のその様子を見かねたのか、先ほど俺を無情にも見捨てたイケメンさんが手を挙げる。

「あの、少しいいですか」

 人当たりのいい笑みを浮かべて、強面な二人の男に声をかけるイケメンさん。

「……なんだよ、佳季よしき

 どうやらあのイケメンさんは佳季さんと言うらしい。……いらない知識だ。

「いやぁ、この状態でずっともめてるのって、色々な意味でヤバいんじゃないですか」
「……じゃあ、どうしろっつーんだよ」
「面倒なんで、うちに連れて行きましょうよ。そこでだったら、なにか解決策があるかも」

 佳季さんは、スマホをタップしつつそう提案してきた。
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